第25話 いつもの足と、もう一歩
次の試用の日、ミナはいつもの袋を背負ってギルドへ来た。
中に入っているのは水筒と布、採取に使う道具。
依頼の紙は、別の小さな包みにしてある。
今日は練習室で確かめた後、近くの採取地まで歩く予定だった。
扉を開けると、リゼが机から顔を上げた。
「おはよう。脚の調子は?」
「大丈夫です。昨日は、早めに帰りました」
オルヴェンも、窓際の椅子から立った。
再びリュネールへ来た二人は、午後には別の試用者と会うという。
机には、長さの違う補助帯が並んでいた。
「ほかの方も、使うんですか」
「ああ。椅子から立つのが難しくなった方や、怪我をした後、以前と同じようには脚を動かせなくなった方にもね」
オルヴェンは、広げていた記録を閉じた。
「暮らしに必要な動きを、少ない負担で続けられるようにしたい。君には、軽い体格での使い心地と、採取の仕事でどう感じるかを聞かせてもらう」
「私が使えたら、ほかの方も使えるというわけではないんですね」
「その通り。痛む場所も、動かせる範囲も違う。使う方ごとに確かめる必要がある」
ミナは、隣の帯を見た。
自分のものより当て布が広い。
同じ道具に見えても、つける人によって変えるところがあった。
*
前回、腰へ当たった縁は、丸く柔らかくなっていた。
脚の帯にも、短い繋ぎが増えている。
ミナが椅子へ座ると、リゼは横から布の動きを見た。
「ゆっくり、立ってみて」
補助を入れずに、一度。
次は、低い補助を入れて。
立つときの軽さは、覚えていた。
座る途中で止まっても、腰の帯が上へ引かれる感じは少ない。
「前は、ここを戻したくなりました。今日は、手を当てなくても大丈夫です」
「膝を曲げたまま、少し待てる?」
ミナはうなずいた。
座りきる前に止まり、また立つ。
その後で、停止の印を押した。
光が弱まり、消えた。
前より急ではない。
それでも、脚へ戻る重さはあった。
「切れ方は、ゆっくりになりました。でも、やっぱり重く感じます」
「補助がなくなったことは、わかる方がいい。ただ、姿勢を崩すほど急に変わっては困るからね」
オルヴェンの筆が動く。
ミナは、もう一度自分の力で立った。
今日は、最初にそれをしておいてよかったと思った。
歩いて、向きを変える。
段差に見立てた低い台へ足をかける。
職員が横につき、痛みがないことと、止める印へ手が届くことを確かめた。
袋を背負うと、リゼが肩紐へ目を向けた。
「外す留め具と、帯の印を取り違えない位置にしましょう」
袋を下ろす手と、補助を止める手。
ミナは順に動かし、どちらも服に隠れない位置へ直してもらった。
*
採取地へは、ギルドの職員が同行した。
リゼも工具の袋を持ち、オルヴェンは休憩所で待つことになった。
依頼は、茎を傷めずに持ち帰る薬草だった。
場所も道も、一度行ったことがある。
試用のために、普段より遠いところを選ぶことはしなかった。
歩き始めは、補助を入れない。
水晶の記録を確かめ、休憩所までにかかった時間を帳面へ書いた。
公開配信はしていない。
今日は、足元と道具へ目を向ける。
採取地で、袋を置く。
布を広げ、目当ての株を見つけた。
初めの数本は、そのまま採った。
膝を曲げ、刃を入れ、立ち上がる。
次に補助を入れると、腰を上げる動作が楽になった。
ミナは、株を一つ通り過ぎた。
「今のは、採らない?」
リゼが尋ねる。
「葉の裏に傷がありました。隣を見ます」
動きやすくなっても、確かめるものは変わらない。
ミナは次の株へしゃがみ、茎の根元を見た。
布へ並べる。
束の数を確かめる。
膝を伸ばす。
いつもなら、そろそろ一度、腰へ手を当てる頃だった。
今日は、そのまま次へ行けそうだった。
ミナは手を止めた。
あと何本必要か、依頼の紙を見る。
「休憩します」
「まだ動けそうだけれど?」
リゼは、答えを待つように言った。
「いつもは、ここで休んでいるので。楽だと、休むのを忘れそうです」
採った草を日陰へ寄せる。
補助を切り、座って水を飲んだ。
立ち上がると、太腿へ力が要った。
痛くはない。
けれど、道具を使っている間も、自分の脚は動いていた。
「休む時刻は、自分で決めた方がいいですね」
職員が記録へ書いた。
リゼも、帯の内側を確かめながらうなずいた。
*
必要な分がそろうと、袋にはまだ隙間があった。
近くには、買い取りに出せる草もある。
帰りの時間も、少し残っていた。
ミナは一度袋を背負い、補助を入れて立った。
思っていたより軽く持てる。
これなら、もう少し。
考えてから、停止の印へ手を伸ばした。
肩へ重さが戻った。
腰にも、荷のある感じがした。
足を出す前に、紐を持ち直す。
「増やさないことにします」
リゼが、草の方からこちらへ目を戻した。
「どうして?」
「帯を使っているときの重さで決めたら、途中で止まったときに困るので」
袋を下ろし、包みの間へ布を足した。
持ち帰る量は、初めに決めた分だけにする。
帰りの坂では、短い区間だけ補助を使った。
膝を伸ばし、体を上へ運ぶときの負担が減る。
けれど、袋の紐が肩へ当たるところは同じだった。
「肩は、軽くならないんですね」
「ええ。荷物の重さが消えたわけではないもの」
リゼは足元を見ながら答えた。
「次に直したいのは、どこ?」
ミナは、腰の帯へ指を当てた。
「しゃがんでいる間に、ここへ土が入りました。払おうとすると、留め具にも触ってしまいます」
立つときには、気にならなかった場所だった。
草の間へ膝をつき、布を広げたときに初めてわかった。
「そこを聞きたかったのよ」
リゼは、その位置を紙へ描いた。
*
休憩所へ戻ると、オルヴェンが椅子を空けてくれた。
帯を外し、服の上から当たっていた場所を確かめる。
擦れて痛むところはない。
脚は少し疲れている。
ミナは座ったまま、順に話した。
しゃがむ回数が多くても、立ち上がりやすかったこと。
補助を切ると、荷を軽く見積もっていたと気づいたこと。
休憩を自分で決めないと、続けてしまいそうだったこと。
「働いている間の使い方が、よくわかった」
オルヴェンが言った。
「午後に来る方には、休むときと、動き始めるときの感覚も聞いてみよう」
ミナは、今使った帯を見た。
自分が土を払いたかった場所は、別の人なら違う動作で触れるかもしれない。
今日書いてもらったことが、その人へつけるときにも役立つのだろうか。
ギルドへ戻る道は、補助を使わなかった。
納品口で草を確かめてもらい、受領の印を受ける。
試用の記録にも、終了の時刻が入った。
「今日は、ここまで。ありがとう」
リゼが帯を受け取った。
ミナは、空いた腰へ手を当てた。
道具を借りる前と同じ服に戻っていた。
*
練習室で少し休んでから、帰り支度をした。
そのとき、オルヴェンが別の包みを机へ置いた。
リゼが工具の袋から出したものだった。
「こちらは、君へ渡したいものだ」
布を開くと、細い補助帯が現れた。
留め具の形は似ている。
ただ、腰から脚へ伸びる帯の取り方が違った。
「今日のものとは、別ですか」
「うん。こちらは、短時間の身体強化を助ける帯だ。君の体格と、前に見せてもらった動きに合わせてある」
ミナは、二人を交互に見た。
「私に、ですか」
「料理から研究の手がかりをもらった。そのお礼を、まだ渡せていなかったからね。試用にも協力してくれた」
オルヴェンは、畳んだ説明の紙を添えた。
「君の仕事では、急に踏み出したり、踏ん張ったりする必要がある。少しでも、帰るための助けになればと思った」
ミナはすぐには手を伸ばさなかった。
冠位の二人が、自分に合わせて作ってくれたものだった。
「……高いもの、ですよね」
「ええ。だから、受け取る前に使い方を聞いてほしいの」
リゼは帯を持ち上げた。
「今日まで使った帯は、暮らしの動作を少ない力で続けるためのもの。こちらは、とっさの一歩や踏ん張りを助ける。ずっとつけて力を出し続ける使い方はしないでね」
魔石を収める場所を開く。
低い出力での確認を済ませたことと、ミナに合わせた調整はこれからも確かめることを説明された。
「力が増えても、足を置く場所はあなたが選ぶ。勝手に避けてくれる道具ではないわ」
「はい」
「そして、切った後は?」
ミナは、椅子を見た。
「体が、重く感じます」
「そう。普段より強く動いた分の疲れも残る。動けている間に、それを感じにくいこともあるの」
オルヴェンが、紙の一行を示した。
使う長さの目安。
止め方。
使った後に、休んで確かめること。
「危険を離れた後、歩く力まで使い切ってしまっては困る。力を出せる間だけで、計画を立てないことだ」
ミナは、しばらく帯を見ていた。
「……帰れなくなる可能性があるときに、使うんですね」
オルヴェンがうなずいた。
「そうだね。必要だと判断したとき、使えるように備えておく」
リゼは、ミナの手が届く位置へ印を合わせた。
「これがあるから遠くへ行ける、とは考えないで。普段の道は、今のあなたの脚で決めましょう」
「はい。練習も、続けます」
*
確認は、一つの動作だけにした。
採取地で歩いた後なので、速さを上げすぎない。
ミナは袋を下ろし、床の線へ足を置いた。
横へ移る場所と、その後に離れる方を見る。
職員が少し離れた位置へ立ち、リゼが停止の印を指した。
まず、補助なしで一歩。
後ろの脚で体を送り、足を置く。
次へ動こうとすると、少し踏み直した。
休んでから、補助を入れた。
同じ場所を見る。
自分で膝を曲げ、足を出す。
体が、置いた足の上へ来た。
上体だけが先に行かない。
次の一歩も、出せそうだった。
「あ」
ミナはそこで止まった。
床の線と、自分の足を見る。
「今、置き直さなくても」
「ええ。自分で選んだところへ、体を運べたわね」
リゼが言った。
ミナは、もう一度やりたくなった。
けれど、約束したのは一度だった。
停止の印を押す。
重さが戻った。
さっきなら軽く出せた足を、今は一度確かめてから動かす。
椅子へ座ると、息が少し早かった。
「今日は、繰り返さなくていい」
オルヴェンが水を渡してくれた。
「今の感覚を覚えて、使った後の脚も確かめよう」
ミナは水を飲んだ。
動けたことは、嬉しかった。
それと同じくらい、切った後で座れる場所があることに、ほっとしていた。
帯を外し、説明の紙と一緒に受け取った。
次に確かめてもらう日も決める。
「ありがとうございます。……大事に、使います」
リゼは留め具をもう一度見てから、包みを閉じた。
「使わずに帰れた日も、それでいいのよ」
*
下宿へ戻ると、管理人が封筒を渡してくれた。
「お姉さんから。さっき届いたよ」
差出人の文字を見て、ミナは袋を下ろした。
礼を言って階段を上がり、机へ封筒を置く。
帯をしまう前に、手紙を開いた。
店主のことを知らせてくれて、ありがとう。
すぐに返事ができなくて、ごめん。
その先には、仕事から戻る予定と、リュネールまでの道程が書いてあった。
天候で遅れることはあるけれど、その日程で会えるか、返事がほしいと。
ミナは、紙の端へ指を置いた。
近いうちに、ではなかった。
何日かかるかが、書いてある。
記録帳を開き、次の試用の日と並べて確かめた。
まだ、十日ほどある。
その日は依頼を入れずにおけばいい。
返事の紙を出してから、部屋を見回した。
椅子は、一脚。
寝台の端へ座ってもらうのは、少し窮屈かもしれない。
台所なら、二人で食べられる机がある。
ミナは階段を下りた。
「……人が来る日に、台所を使ってもいいですか」
管理人が、拭いていた器を置く。
「お姉さん、来られるの?」
「はい。まだ、返事を出してからですけど」
「日が決まったら教えて。ほかの人と時間を合わせよう」
ミナはうなずいた。
姉が何を食べたいか、手紙で聞いておこうと思った。
*
その夜、帯の包みは、机の端に置いた。
椅子を寄せ、床の小さな範囲を空ける。
補助をつけずに、習った足の位置を確かめた。
一歩。
止まって、顔を上げる。
帰る方へ、足を残す。
昼のようには軽く動けなかった。
だから、今日はゆっくりでいい。
脚の疲れを感じたところで、終わりにした。
机へ戻り、姉への返事を書く。
会える日が、楽しみなこと。
今は、採取の仕事をしていること。
夕飯を、一緒に食べたいこと。
最後の行を書く前に、包みへ目を向けた。
使える道具が、一つ増えた。
けれど、明日も歩くのは、自分の脚だった。
ミナは予定の日付をもう一度確かめ、手紙へ書き入れた。
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