↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/122

第20話 選べるようになった道

読んでいただきありがとうございます。評価、レビュー、応援いただけると幸いです

 試験の翌朝、ミナはいつもより遅く起きた。


 脚は、まだ重かった。

 寝台から下りて立つと、ふくらはぎが少し張る。

 窓際の手袋は乾いていたが、それを袋へ戻すのは朝食の後にした。


 今日は採取へ行かない。

 そう決めても、日が高くなると少し落ち着かなかった。

 晴れている。歩く人の声が、窓の下から聞こえる。

 昨日取った札が、机の上にある。


 ミナは札の横へ記録帳を開き、試験で折れた葉のことを書いた。

 袋を急いで置くときにも、包みが動かないようにしたい。

 仕切りに使う布を畳み直し、台所で昼の分を用意する。


 階段を下りると、管理人が洗った鍋を拭いていた。


「今日は休み?」


「はい。……少し、もったいない気もしますけど」


「昨日帰ってきたばかりでしょう。札は明日も使えるよ」


 ミナは、机に置いてきた札を思い浮かべた。

 確かに、明日になって消えるものではない。


 昼食を食べた後、もう一度寝台へ横になった。

 休んだ分を、どこかへ書き足したくなった。


     *


 次の朝、ギルドの依頼板の前で、ミナは立ち止まった。


 今まで見ていたのは、端の小さな区画だった。

 見習いでも引き受けられるものと、持ち込んだ素材を買い取ってもらえるもの。

 今日はその隣の紙も、読んでいい。


 高い報酬の数字が、最初に目に入った。

 薬草の名前も、講習で聞いたことがある。


 その下へ目を移す。

 指定の束数が多い。

 採取地までは、片道で今までの倍近く歩く。

 持ち帰る際の条件には、根を乾かさないこととあった。


 ミナは、袋を背負ったときの重さを考えた。

 水を含んだ布も、帰りには荷物になる。


 紙から手を離し、別の依頼を読んだ。


「新しい札になりましたね」


 受付の職員が、地図を広げてくれた。

 ミナが出した登録札を確かめ、区画を指で示す。


「見習いの間は、この境界まででした。今は、こちらと、この尾根の手前も選べます」


 見覚えのある道の先に、細い線が続いていた。

 遠くから眺めたことしかない場所が、地図の上では近く見える。


「ここも、行けるんですか」


「はい。ただ、歩ける距離も足場も同じではありません。初めてなら手前から。ここより奥には、別の条件があります」


 職員が、さらに先の境界を指した。中級、そして上級の文字が書いてある。

 札が変わったからといって、全部の線を越えられるわけではない。


 ミナは、新しく選べる区画をもう一度見た。

 地図の端に、小さな水場の印があった。

 そこまで歩くなら、どれくらいかかるのだろう。


「そのうち、こちらも行ってみたいです」


「帰りの道も調べてから、ぜひ」


 今日選んだのは、使い慣れた休憩所の先にある採取地だった。

 見習いの境界から少し進むが、道は標識に沿って続いている。

 必要な素材は、講習で扱った薬草の葉。

 香油を作る店からの、小口の依頼だった。


 量は、今まで背負って帰れた範囲に収まる。

 納品までの時間も、自分の歩き方で見積もれた。


「こちらを、受けたいです」


 職員は納品条件を一つずつ確かめ、受付の紙へ名前を書くように言った。

 ミナは筆を持った。

 買い取りの窓口へ持っていくときとは違う。

 必要なものを、必要な状態で持ち帰ると、先に約束する。


 書き終えた名前の横へ、受付の印が押された。


     *


「ミナ」


 道具を確かめていると、トーマがやってきた。

 腕の布は、前より小さくなっていた。


「傷、大丈夫ですか」


「うん。浅かったから。袋も、職員の人が回収してくれた」


 肩の紐をつまんで見せる。

 土を落とした袋には、見覚えがあった。


「この前、ちゃんと言えなかった。ありがとう」


「私だけで、何かできたわけじゃないです」


「でも、見えたって言ってくれたんだろ」


 ミナは、自分がいた岩の陰を思い出した。

 言う前は、あの道で本当にいいのか迷っていた。


「……はい」


「今度は俺が助けるよ」


 トーマが少し勢いよく言ったので、ミナは顔を上げた。


「助けなくていい日にしましょう」


 彼は口を開けたまま、少し止まった。

 それから笑った。


「そっか。それが一番だな」


 今日は二人とも、別の依頼だった。

 トーマは量の多い、街道に近い区画へ行くという。

 自分が選んだ紙を見せ合い、出発の時刻を確かめた。


「じゃあ、また帰ってから」


「はい。帰ってから」


 その約束なら、ミナもすぐに返事ができた。


     *


 採取地へ向かう道で、水晶の設定を確かめた。

 位置の共有と記録は、出発前から動いている。

 公開配信は、始めていなかった。


 今日は初めて受けた依頼を、まず自分で終えたい。

 見慣れた場所を過ぎるときには、標識の番号を記録した。


 境界の杭が見えた。

 今までは、ここで折り返していた。

 ミナは地図を開き、その先の道と向きを照らす。

 同じような木が続いていても、足元の土は少し乾いている。

 歩き出す前に、帰ってくる方の景色も見ておいた。


 小さな坂を上ると、草の匂いが変わった。

 明るい斜面に、目当ての株が点々とある。


 依頼の紙を、もう一度読む。

 花が開く前の、傷の少ない葉。

 茎の混入は少なく。濡れたまま重ねないこと。


 買い取りなら、種類と量を確かめてもらっていた。

 今日は、ここに書かれた状態へ合わせる。


 ミナは一本を手に取って、裏側を見た。

 筋を確かめ、株の育ち方も見る。

 若い株には手をつけなかった。


 袋を置く場所を先に決める。

 採った葉を並べる布と、手を拭く布は分けた。


 包丁を入れる。

 茎が離れ、葉が手の中へ収まった。

 料理のときと同じように、次に使う手を空けてから、もう一本に触れる。


 少し進むと、よく育った株がまとまっていた。

 ここで全部揃えられそうだった。

 でも、同じ株から取りすぎないように、別の場所へ移る。


 屈んだまま作業を続けると、腰が重くなった。

 ミナは刃を収め、立った。

 急いで数を増やそうとすると、葉の裏を見る手順を飛ばしそうになる。


 水を飲む。

 時刻を見て、今ある葉を数え直す。


 あと少し。

 戻るための時間は、まだ残っていた。


 必要な分が揃ったとき、袋には余裕があった。

 もう少し採って、別に買い取ってもらうこともできる。


 ミナは残っている株を見た。

 次に来たとき、育っているだろうか。


 袋の口を閉じた。

 今日は、約束した分を持って帰る。


     *


 帰り道の休憩所で、包みを確かめた。


 下の葉が、少し横へずれていた。

 布の仕切りを寄せ、隙間を埋める。

 採ったときの形のまま納品する。帰り道も作業の続きだった。


 休憩を終える前に、残りの水を見た。

 行きより軽くなった水筒と、行きより重くなった袋。

 同じ道でも、足の運びは違う。


 境界の杭を通り過ぎ、見慣れた道へ戻る。

 ミナは、少しだけ肩の力を抜いた。

 けれど、町の入口まではまだ歩く。


 ギルドへ着いたのは、予定より少し早かった。

 受付へ札を見せ、依頼の納品口へ進む。


 職員が、葉を一束ずつ広げた。

 ミナは机のこちら側で、手を揃えて待った。


「数は揃っています。……こちらは、端が傷んでいますね」


 小さな裂け目を示された。

 見分けるときには、気づかなかったところだ。


「次は、縁も確認します」


「この程度なら今回の条件に収まります。ほかの状態も良いので、受領します」


 紙へ印が押された。

 ミナの名前の隣に、完了の文字が入る。


 硬貨を受け取り、数を確かめた。

 重さは、今まで持ったことのある硬貨と同じだった。

 でも、今日は何をして受け取ったのか、最初から最後まで自分で説明できる。


 出発前に読んだ条件を、もう一度見た。

 この葉が、誰かの作る香油になる。


「ありがとうございました」


 窓口から離れても、指先に硬貨の縁の感触が残っていた。


     *


 帰りに、ミナは肉屋の前で止まった。


 肉の値段を見る。

 財布を開き、下宿代に残す分と、明日からの食費を確かめる。

 今日の報酬を、全部使うことはできない。


 いつも買う干し肉の横に、生の肉が並んでいた。


「少しだけでも、買えますか」


 店の人は、台の上の肉を示した。


「どれくらい?」


 ミナは手で、大きさを示す。

 切り分けられた肉は、思っていたより大きかった。


 「合格したんだろ?おめでとう。少しおまけだよ」


 店の人がミナの首から下げた札を指差す。


 紙へ包まれた肉を手渡されお礼を言う。感謝と嬉しさでいっぱいだった。


 根菜と、料理用の厚い紙も少し買った。

 足りない分は、下宿に残っている芋を使う。


     *


「今日は、肉があります」


 台所で配信を始め、ミナは包みを開いた。

 文字板に、灰ねこさんの名前が出ている。


〈灰ねこ:合格、おめでとう。報告の記録も見たよ〉


「ありがとうございます。今日は、資格を取ってから初めて依頼を受けてきました」


〈灰ねこ:それで、ごちそうなんだね〉


「はい。店の人もおまけしてくれて」


 肉を全部切ってしまう前に、明日の分を分けた。

 塩をして、涼しい保存箱へ収める。

 今夜使う分は、小さく切らずに薄く広げた。


「根菜と一緒に、包んで蒸し焼きにします。肉が少なくても、汁が下に落ちるので」


 芋の皮をむく。

 根菜も洗って、端の硬いところを落とした。


 視聴者の数字が、二になった。


 ミナは画面へ顔を向けた。


「こんばんは。今日は、初仕事が終わったので、お祝いの夕飯です」


 しばらく文字は来なかった。

 ミナは包丁へ視線を戻した。


 芋を薄く切り、紙の上へ少しずつずらして並べる。

 根菜も同じくらいの厚さにする。

 その上へ肉を置き、塩と、乾かしてあった香草を少し。


〈やまみち:その根菜、ずいぶん薄く切るんだね〉


 見覚えのない名前だった。


「はい。厚いと、肉より後に火が通るので。芋も、重なりすぎないようにしています」


〈やまみち:なるほど。揃えているのは、見た目のためだけじゃないんだ〉


「厚さが違うと、まだ硬いところが残ることがあるんです」


 端から紙を折り、汁が外へ出ないように閉じる。

 鍋に置き、底へ少し水を入れた。

 蓋をして、火を弱める。


〈灰ねこ:包みの下にも水を入れる?〉


「はい。底が先に焦げないように。紙は、鍋からはみ出させないでくださいね」


 ミナは火元から離れた位置に紙の端が収まっているか、確かめた。

 待っている間に、使った道具を洗う。


「新しく行ける採取地も、増えたんです。今日は近いところにしましたけど、水場のある区画もありました」


〈やまみち:行きたい場所ができた?〉


「はい。でも、まだ帰る時間がわからないので、調べてからにします」


〈やまみち:それなら、楽しみに取っておけるね〉


 ミナはうなずいた。

 できない場所だと思っていたときと、準備をすれば行ける場所になった今とでは、地図の見え方も違う。


     *


 ギルドが用意した滞在部屋で、ロゼッタは水晶を見ていた。


 試験の記録では、ミナは一本の葉を何度も確かめていた。

 知らないことを、知っているふりで埋めない子だった。

 今、水晶の向こうでは、次に何をするか迷う様子がない。


 切る前に並べる場所を空ける。

 材料の硬さに合わせて厚みを変える。

 火にかけた後で、使い終えた道具を片づける。


 慣れている、というのは、手が速いことだけではなかった。


 葉を包んだときも、あの子には順番があった。

 講習で教えた通りの手つきではなく、それまでに覚えてきたものを使っていたのだ。


 ロゼッタは、横に置いた夕食へ目を移した。

 今日の分は、もう買ってある。

 それでも、紙の中で肉の汁を吸っている芋が気になった。


     *


 蓋を取ると、湯気が上がった。


 ミナは包みを皿へ移し、顔から離して紙を開く。

 香草と肉の匂いが、一緒に出てきた。

 芋は柔らかく、端に少し焼き色がついている。

 肉にも火が通っていた。


「できました」


〈灰ねこ:これは、少しだけには見えないね〉


「下に芋があるので」


 ミナは笑って、匙を入れた。

 底に溜まった汁を、芋へかける。

 薄い一枚にも、肉の味がついていた。


 明日の分を取り分けても、今夜の皿は寂しくなかった。


「……おいしいです」


 次の一口を取ってから、文字板を見た。


〈やまみち:その包み方、明日も見られる?〉


「明日は、残してある肉で違うものを作るかもしれません。でも、包み方は、もう一度できます」


〈やまみち:ありがとう。また見に来るよ。今度は野菜メインがいいな。〉


 ミナは、匙を持ったまま少し背筋を伸ばした。


「はい。来られるときに、ぜひ」


 新しい人にも、楽しんでもらえたらしい。

 今日は、報告できることが多かった。


     *


 セリカのもとへ届いた封筒には、いくつかの転送印があった。


 仕事を終えて借りた部屋へ戻ると、宿の主人が預かっていたものを渡してくれた。

 差出人の文字を見て、セリカは荷物を下ろす前に封を開けた。


 店主が亡くなったこと。

 食堂を閉めたこと。

 リュネールへ移り、下宿から仕事を探していること。


 読み終えて、最初の行へ戻った。


 自分が次に行けば、妹はいつもの食堂にいる。

 そう思って、予定を延ばしていた。

 その場所が、もうない。


 最後に、今の住所が書いてあった。

 手紙が迷わないようにと、一字ずつ丁寧に。


 セリカは椅子へ座り、封筒と日付を並べた。

 この手紙が書かれた日から、今日までの間に、ミナは何をしていただろう。

 送った金だけで、足りていただろうか。


 立ち上がりかけて、止まった。

 明日引き受ける仕事には、待っている者がいる。

 出発を遅らせるなら、今、伝えなければならない。


 依頼の控えを出す。

 集合の時刻。必要な日数。帰還予定。

 終えた後にリュネールへ向かう道を、地図で確かめた。


 それから、白い紙を一枚取った。


 近いうちに、会いに行きたい。


 書いて、筆を止める。

 いつも、そう書いてきた。


 セリカは新しい紙へ、仕事の帰還予定と、そこから移動にかかる日数を書いた。

 その日程で会えるか、ミナに尋ねる。


 返事を待つ間にも、旅の支度はできる。

 まず、今の暮らしを、妹の口から聞きたかった。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

カクヨムでも連載中です

人物紹介やシーンの挿し絵なども掲載しています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。