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第166話 私の町の味です

 玉ねぎを二つ並べて、ミナは少し迷った。


 片方は、掌にちょうど収まる。

 もう片方は、一回り大きい。籠の中に多いのは、そちらだった。

 皮は乾いて薄く、持ち上げると、かさりと音がする。


「大きい方が使いやすいか?」


 隣で在庫を数えていたベンノが聞いた。


「詰めやすいとは思うんですけど、前に作っていたものより大きいので」

「中へ何を入れる」

「肉と、刻んだ玉ねぎです。外側を残して、器にするんです」


 ミナは大きい方を持ち直した。

 皮の下の形を指で確かめる。


「これで、一つ焼いてみてもいいですか」

「ああ。使った量を控えておいてくれ。肉は、さっき切り分けた分がある」


 自分の町で作っていた料理を、一品。

 そう言ってもらってから、いくつか考えた。

 玉ねぎの肉詰めは、コルナの食堂でも出していた料理だった。切ると中から汁が出るので、ミナは皿の底に残ったものを、パンで拭って食べるのが好きだった。

 今ある材料でも、作れそうだった。


 けれど、見慣れた材料を揃えただけで、いつもと同じになるわけではない。

 肉をまな板へ置くと、脂の白いところが、思っていたより少なかった。


     *


 玉ねぎの上下を少し落とし、皮をむいた。

 底は、穴を開けない程度に平らにする。

 上から刃を入れ、中心を少しずつ外していくと、丸い器が残った。


 隣の女性が、洗った器を置きながら覗き込んだ。


「ずいぶん、きれいに抜くのね」

「薄くしすぎると、途中で割れてしまうので」


 取り出した中身を刻む。

 その一部を炒め、甘い匂いがしてきたところで火から下ろした。

 冷ましてから細かく叩いた肉へ加え、塩と乾いた香草、少量の脂を混ぜる。


 玉ねぎの中へ詰めると、肉が少し余った。

 押し込まず、小さく丸めて脇へ置く。

 器にした玉ねぎは、内側へ薄く塩を振ってあった。


 浅い焼き鍋へ並べ、底に少し汁を注ぐ。

 蓋をして、窯へ入れた。


 待っている間、ミナは紙へ大きさと使った肉の量を書いた。

 いつもの食堂の窯よりも、奥行きがある。

 ベンノに熱の強い場所を聞き、途中で鍋の向きを変えた。


 一度目に確かめたとき、肉の表面は色づいていた。

 けれど、玉ねぎの厚いところへ串を入れると、まだ抵抗があった。


「中は?」

「もう少しです。外側も、まだ硬いです」


 ベンノが覗く。


「次のパンを入れるまで、まだ使える。急がなくていい」


 ミナは蓋を戻した。

 焼き色だけを見て出さなくてよかった。

 この大きさなら、昔のものより時間がかかる。


 もう一度取り出したときには、串がすっと通った。

 試しの一つを半分に切り、肉の中心まで火が入ったのを確かめる。

 透明な汁が、切り口から皿へ広がった。


     *


「玉ねぎが甘いな」


 ベンノが言った。

 ミナも小さく切って口へ入れる。

 柔らかい外側に、肉の味がしみていた。香草は、コルナで使っていたものより少し強く香る。

 次は、ほんの少し減らしてもよさそうだった。


「脂は、ちょうどいい。この肉なら足して正解だ」

「よかったです」


 女性が漬け野菜の小皿を寄せた。

 ミナが刻んで添えておいたものだった。


「これと一緒だと、次のひと口が食べたくなるね」


 ミナは頷き、肉詰めの端へ少し載せた。

 温かい汁の甘さに、細かな歯触りと酸味が加わる。

 食堂で出していたときとは、少し違う。

 でも、好きな味だった。


 その日の試し焼きは、厨房の仲間の昼食に加えてもらった。

 外の雪運びを手伝って戻った男にも、一つ渡す。

 男は外套を掛け、冷えた手を温めてから席についた。


「これ、玉ねぎ全部食えるのか」

「はい。外側も柔らかくなっています」


 切り分けるたびに、皿へ汁が流れた。

 男はそれも匙ですくい、あっという間に食べ終えた。


「うまい。……もう一個ある?」


 ミナは焼き鍋を見た。

 残っているのは、余った肉で作った小さな丸だけだった。


「すみません。今日は、試しの分だけで」

「いや、謝らなくていい。パンをもらうよ」


 男はそう言って立った。

 ミナは自分の皿を見下ろす。

 一つ食べると、かなりお腹に溜まった。

 でも、外で雪を運んでいた人には、同じではなかった。


「もっと、大きくした方がいいでしょうか」


 ベンノは、空になった男の皿を見た。


「料理はうまい。あとは、誰の一食にするかだな」


 彼はパン籠を卓の中央へ寄せた。


「大きくすれば、焼く時間も変わる。肉も増える。これを中心にして、何と食べてもらうか考えてみろ」


 ミナは、コルナの皿を思い出した。

 パンを一緒に出していたし、腹を空かせた人には、芋を多くつけることもあった。

 今日は肉詰めを作ることばかり考え、皿の周りまで決めていなかった。


     *


 ミナは焼き鍋の底を、匙でそっと寄せた。


 玉ねぎと肉から出た汁が残っている。

 もったいなくて、捨てられそうになかった。


「これを、麦に混ぜてもいいですか」


 朝のうちに炊いた麦が、昼食用の鍋に残っていた。

 ベンノに量を確かめ、試す分だけ取り分ける。

 焼き汁を吸わせて温めると、粒の表面が薄く光った。

 塩を少し足し、余った肉の丸を添える。


 パンを取りに行った男へ、小皿を差し出した。


「こちらも、食べてみてもらえますか」

「もちろん」


 ひと口食べて、男は頷いた。


「これ、さっきの汁か。だったら最初から一緒に欲しいな」


 ミナも味を見た。

 パンで拭うのとは違って、麦の間から汁の味が出てくる。

 肉詰めを割った汁も、上からかけられそうだった。


「付け合わせは、これにします」

「麦の量は、こちらで普段出している分を見て決めよう」


 ベンノが言い、ミナの紙へ、必要な人数を書き添えた。

 玉ねぎの数だけでは、献立にならない。

 肉と麦と、添える漬け野菜。窯へ入る鍋の数も考えると、一度に焼ける量には限りがあった。


 ミナは窯の幅を見た。


「二回に分けるなら、最初の分を出している間に、次が焼き上がるようにしたいです」

「そうだな。パンを焼く時間もあるから、明日の段取りを一緒に決めるか」


 今度は、作り始める前に書くことが増えた。


     *


 その晩は、厨房を使い終える前に、短く配信させてもらった。


 翌日の下準備とは別に、材料代を払って小さな玉ねぎを一つ取ってある。

 いつも使えるわけではないので、今夜だけ、片づけの時刻までだった。

 水晶は通路を映さない向きに置いた。


「今日は、私のいた食堂でも作っていた料理です。玉ねぎに肉を詰めて焼きます」


 文字板に夕餉係さんの名前が出た。


〈夕餉係:玉ねぎの中へ戻すんですね。刻んで肉と炒めるところでした〉

「それも、おいしいです。こちらは、外側にも肉の汁がしみるんです」


 ミナは抜いた中身を、横の器へ移した。


「ここも使います。余ったら、別の料理へ入れられるので」


 底を薄くしすぎないよう、刃を入れる場所を見せる。

 文字を読むときには包丁を置き、それから、もう一度手元へ視線を戻した。


〈谷のかまど:これなら、うちの窯でも焼けそう〉

「玉ねぎの大きさで時間が変わります。今日、大きいもので試したら、前に作っていたときより長くかかりました」


 肉を詰め終えたところで、見覚えのない名前が出た。


〈潮待ち:こちらでは魚のすり身を野菜に詰めます。肉でもおいしそうですね〉


 ミナは文字板へ顔を寄せた。


「魚でも作るんですか。どんなお魚を使うんでしょう?」


〈潮待ち:うちは、その日に安かった白身魚です。港の近くなので〉


 ここで食べた燻製の魚を思い浮かべ、それから首を振った。

 同じ魚とは限らない。


「こちらの国に、お住まいなんですか」


〈潮待ち:いいえ。アルセリアから見て、東の海の向こうにある島国です。雪景色の記録から見に来ました〉


 思っていたより遠かった。

 ミナは壁の向こうにある夜の町を、一瞬だけ考えた。

 今、同じ水晶を見ている人のそばには、海と港があるらしい。


「見てくださって、ありがとうございます。魚を詰める料理も、そちらではよく作るんですか」


〈潮待ち:よその家はわかりませんが、母はよく作ります。市場で魚を買いすぎた日なんかに〉


 ミナは笑った。

 料理の名前より先に、籠をいっぱいにして帰ってくる人の姿が浮かんだ。


〈潮待ち:今度、母に味付けを聞いておきます〉

「ありがとうございます。こちらで買えるお魚でも、作れたら嬉しいです」


 小さな紙へ、魚のすり身、と書いた。

 詰める野菜も、次に聞いてみたい。

 ミナは紙を水晶の脇へ置き、焼き鍋の蓋を取った。


「今日は、こちらの肉詰めを焼きますね。お魚の方も、いつかお見せできるように」


     *


 翌日は、朝から玉ねぎの皮が籠に溜まった。


 大きさを揃えて選び、中を外す。

 底へ穴が開いてしまった一つは、刻んで具に回した。

 隣の女性が炒めた玉ねぎを冷ましてくれている間に、ミナは次の鍋を用意した。


 初めの鍋を窯へ入れた後も、手は止まらなかった。

 麦を温め、漬け野菜の量を分け、配膳の卓に皿を揃える。

 試しに一つ焼いたときには空いていた場所が、今日は次々に埋まっていく。


「こっち、置けるか?」

「はい。今、空けます」


 焼き上がった鍋を受け取ると、甘い匂いが広がった。

 ベンノが一つを確かめ、配膳を始めてよいと頷く。

 ミナは麦を盛り、その横へ肉詰めを置いた。

 焼き汁を少し。漬け野菜は、混ざらないよう端へ。


「今日は、いつもと違うな」


 皿を受け取った職人が、玉ねぎを覗き込んだ。


「私の町で、作っていた料理です。麦は、こちらで合わせてみました」

「そりゃ楽しみだ」


 次の人が来る。

 ミナは皿を出しながら、食べ始めた人の方を見すぎないようにした。

 気にはなるけれど、まだ渡していない人がいる。


 二回目の鍋が焼き上がる頃、最初の皿が返ってきた。

 玉ねぎの外側も、残っていなかった。


「腹に溜まるな。麦にも味がついていてよかった」


 昨日、雪運びから戻った男だった。

 今日は、もう一個とは言わなかった。

 代わりに、返した皿を指で示す。


「次に出る日も教えてくれ」


 ミナは嬉しくなって、ベンノを振り返った。


「また、材料のあるときにな」


 彼はそう答え、次の鍋へ手を伸ばした。


     *


 夕方、献立帳に料理の名前を書いた。


 玉ねぎの肉詰め焼き。

 その下へ、麦と漬け野菜を添える、と足す。


 コルナの食堂で食べた皿を思い出す。

 今日の皿は、それとまったく同じではなかった。

 こちらの肉と、大きな玉ねぎ。厨房で使っている香草。雪を運んで帰ってくる人のお腹に合わせた麦。

 ベンノたちに味を見てもらい、この町で出せる一食になった。


 頁の隣には、北へ来てから教わった料理が並んでいる。

 ミナはその間へ、今日使った紙を挟んだ。


 水晶の脇に、もう一枚残っていた。

 魚のすり身、と書いた紙だった。


 東の海の向こうでは、魚を買いすぎた日に、野菜へ詰める人がいる。

 どんな味がするのだろう。


 ミナは紙を捨てず、まだ白い頁へ挟んだ。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

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