↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
157/228

第157話 初めての王都、セントリア

 王都セントリアが見えてきた、と前の荷馬車から声がした。


 ミナは幌の端から顔を出した。

 街道の先に、灰白色の城壁が横たわっている。その上へいくつもの塔が突き出し、さらに奥には、午後の光を受ける淡い色の屋根が見えた。

 どれが王城なのか、まだわからない。

 それを尋ねようとして、先に城門の大きさへ目を奪われた。


「あそこを、通るんですか」

「そう。荷車は右の列だね」


 隣に座っていた女性が、街道から分かれる道を示した。

 門の手前で、荷馬車の列がゆっくり曲がっている。歩いて入る人は、その脇の別の入口へ向かっていた。

 干し草を高く積んだ車と、大きな樽を幾つも載せた車。その向こうからは、空になった荷台が戻ってくる。


 ミナは袋を膝へ引き寄せた。

 リュネールの門でも人を待つことはあったが、これほど長い列の中へ入るのは初めてだった。


 順番が来ると、同行する担当者が書類を出した。

 荷物と人数を確かめる声が、門の下で響く。

 頭上の石を見上げたまま進んでいると、急に視界が明るくなった。


 通りの先にも、通りがあった。


 高い建物の間を、まっすぐ道が続いている。二階や三階の窓から店の旗が下がり、軒先では水桶を持った人が石畳を洗っていた。

 馬の蹄の音に、車輪の音が重なる。

 建物が途切れたと思ったところにも、横へ延びる道と、その奥の屋根が見えた。


「……広いですね」

「王都は初めて?」

「はい」


 ミナが頷くと、女性は奥の高台を指した。


「あれが王城。私たちは、手前で曲がるよ」


 塔の間に、旗が揺れていた。

 あそこに国王がいるのだと思って見ていると、近くから甘く香ばしい匂いが流れてきた。

 思わず振り向く。

 店先で、焼き上がったばかりの丸いパンが籠へ移されていた。表面には、細かく砕いた何かが散っている。


「気になる店は、目印も覚えておきな」


 女性が笑った。

 ミナは少し頬を熱くして、パン屋の看板を見た。

 けれど、すぐ次の角にもパンの絵を描いた看板があった。


     *


 支援団の集合場所は、倉庫と宿舎を備えた建物だった。


 中庭には木箱が並び、壁際では長い管を布で包んでいる人がいた。別の荷台には、鍋が入れ子にして積まれている。

 ミナは知っている道具を見つけて、少し安心した。


 受付で名前を告げると、担当の女性が名簿と通知を照らし合わせた。


「ミナさん。調理補助で、十四歳。こちらで間違いありませんね」

「はい」

「…あら、今回の支援団では、あなたが最年少です。頑張ってくださいね」


 ミナは、後ろで荷物を下ろしている人たちを見た。

 年上の人が多いとは思っていたが、自分より若い人はいないらしい。

 背筋を伸ばすと、受付の女性は説明の紙を机へ広げた。


「現地では厨房の責任者から指示を受けてください。移動中に困ったことがあれば、まず班の担当者へ。今から、その方にも会ってもらいます」


 宿泊する部屋と、食事を取る場所。

 翌朝の集合時刻と、出発前に受ける確認。

 女性は一つずつ指しながら説明した。


「聞き取れなかったところは?」

「外へ出るときも、班の方に行き先を伝えるんですね」

「ええ。帰る時刻も。予定が変わることがありますから」


 ミナは頷き、紙の端へ時刻を書き留めた。


 部屋には、すでに二人の女性が荷物を置いていた。

 一人は衣服や寝具の補修を担当する人で、もう一人はミナと同じ炊事班だった。

 挨拶をすると、窓際の寝台を勧めてくれた。


「荷物、上げられる?」

「はい。ありがとうございます」


 袋を下ろすと、肩が軽くなった。

 窓からは、中庭を横切る人の頭と、向かいの屋根が見える。

 この町に着いたばかりなのに、もう明日やることが決まっていた。


     *


 班の説明が終わった後、ミナは水場の場所を確かめに行った。


 中庭の端では、箱を囲んで数人が話している。

 開いた蓋の内側に、細い線が幾つも刻まれていた。


「この記録は、到着してからのものと分けてください。移動中にも、置かれた環境が変わりますから」


 聞き覚えのある声に、ミナは足を止めた。

 白い髪と、眼鏡の横顔。

 声を掛けてよいものか迷っていると、先に相手が気づいた。


「ミナさん?」

「オルヴェン様。こんにちは」


 オルヴェンは手にしていた紙を隣の人へ渡し、ミナの方へ歩いてきた。


「なんと、君も来ることになったんだね。北へ行くための準備をしているとは聞いていたけれど」

「はい。調理の確認と、講習を受けてきました。厨房のお手伝いで参加させていただきます」


 説明の紙を見せると、オルヴェンは担当の欄へ目を落とした。


「そうか。仕事を任せてもらえたんだね」


 その言葉で、料理屋を出る前に店主が言ってくれたことを思い出した。

 教わりながら、ちゃんと働いてくれた。

 向こうでも、そうしてくればいい。


「まだ、寒いところの台所はわからないんですけど」

「私にも、行って確かめなければわからないことはあるよ」


 オルヴェンは中庭の箱を振り返った。


「向こうで使っている設備を見せてもらって、現地の方の話も聞く。ここで決めた通りに全部できるとは限らないからね」


 ミナは頷いた。

 こちらで使える道具でも、向こうの台所へそのまま収まるとは限らない。水や燃料についても、まず教わる必要がある。


「君が台所にいる間に、私は別の場所へ出ている日もあると思う。食事の時間がずれるかもしれないね」

「戻る時間がわかったら、厨房の方にも教えていただけますか」


 言ってから、ミナは少し慌てた。


「あの、私が決めるわけではないんですけど。温め直すものを、分けておけると思うので」

「うん。必ず伝えよう」


 オルヴェンが笑った。


「エルディアでの合同演習でも、君の食事には助けられたからね。また食べられるのは嬉しいよ」


 ミナは紙を持ち直した。

 これまで、教えてもらったり、道具を使わせてもらったりすることが多かった。

 今度は北の国で、仕事から戻るオルヴェンの食事を用意する。


「冷めないように、相談してみます」

「楽しみにしているよ。ただ、君も食べるのを忘れずに」


 箱のそばから呼ばれ、オルヴェンは返事をした。

 ミナも頭を下げて、水場へ向かった。


     *


 翌日の確認を終えた午後、ミナは外へ出る許可をもらった。


 キリルからの返事は、宿舎の受付に届いていた。

 手紙に書いておいた到着予定に合わせ、時間を空けてくれたらしい。

 ただし、長くはいられないとも書いてあった。


 待ち合わせは、宿舎から二つ目の角にある井戸だった。

 ミナが着くと、赤茶色の肩掛けをした少年が、井戸の縁から体を起こした。


「おう」

「キリル。待たせちゃった?」

「今来たとこ。……荷物、それだけか?」

「うん。宿舎に置いてきたから」


 小さな袋を見せると、キリルは頷いた。

 その脇には、本の角がのぞく鞄があった。


「今度は北かよ。お前、ほんとにいろんなとこ行くな」

「私も、北へ行くとは思ってなかった。キリルは、ずっと王都?」

「試験の準備でな。こっちじゃないと借りられない本もあるし」


 話しながら、通りを歩いた。

 向かってくる荷車を避けようとしたミナの横を、別の人が通り抜ける。

 少し足を止めると、キリルも振り返った。


「そっちより、壁側。ここ、昼は混むんだ」

「ありがとう。道が広いのに、人も多いね」

「お前、王都は初めてだっけ」

「うん」


 キリルは通りの先を見てから、横の道へ折れた。


「じゃ、こっち。遠回りだけど、人は少ない」


 細い路地を抜けると、小さな広場へ出た。

 洗濯物を干した家の前で、子供が木の輪を転がしている。

 大通りから一本離れただけで、馬車の音が遠くなった。

 王都にも、下宿の裏に似た場所がある。

 ミナは少し歩きやすくなって、隣へ並んだ。


     *


 キリルが連れていってくれたのは、魔法を学ぶ者が借りて使う練習場だった。


「この後、ここで練習するから。見てくなら、受付で聞くけど」

「見てもいいの?」


 見学の許可をもらい、指定された場所へ入った。

 石の台が幾つか並び、周囲には燃えるものを置かないよう線が引いてある。

 大きな火を出す練習は、別の場所でするという。


 キリルは借りた器具を台へ置いた。

 浅い金属皿の上に、決めた範囲の火を保つためのものらしい。


「派手なのじゃねえぞ」

「うん」


 キリルが手をかざすと、小さな炎が浮かんだ。

 皿の中心で、細く揺れている。

 ミナは、炎の先が器具の印を越えないことに気づいた。


「その大きさにしておくの?」

「そう。強くするより、こっちの方が難しいんだよ」


 話した拍子に、炎の先が少し伸びた。

 キリルが口を閉じる。

 火は元へ戻ったが、今度は少し小さくなった。


 ミナも黙って見ていた。

 薪なら、火が弱くなってから足すと、すぐには元へ戻らない。

 キリルは何も入れず、炎だけを戻している。


 決めた時間が終わると、彼は火を消して息を吐いた。


「……途中、揺れたな」

「でも、大きくなりすぎなかった。すごいね」

「そこまで揺らすなって言われてんの」


 少し不満そうに言いながらも、キリルの口元は緩んでいた。

 鞄から紙を出し、今の結果を書き込む。

 同じような記録が、下まで並んでいた。


「毎回、書いてるんだ」

「うまくいったの、一回だけじゃ駄目だからな」


 ミナは頷き、器具へ目を戻した。


「これ、お鍋を置いても同じようにできるの?」

「これは鍋用じゃねえけど……何で?」

「冷たいお鍋を置いたときと、もう温まっているときで、欲しい火が違うから」


 キリルは器具を見た。


「火を同じにするのと、鍋の中を同じ温度にするのは、別ってことか」

「うん。材料を足しても、温度が下がるでしょう?」

「……そっちは、まだやってねえな」


 彼は少し考え、記録とは別の端へ書き足した。


「材料を入れたときのことも、書いてくれるの?」


 ミナが横から紙を覗き込んだ。

 キリルが顔を向けると、すぐそばに茶色い瞳があった。

 筆の先が止まる。


「……っ、ああ。聞くの、忘れねえように」


 顔を戻し、紙を少し前へずらした。

 耳が熱い。何か書こうとしたが、さっきまで書いていた言葉が一瞬わからなくなった。


「見えにくかった? ごめんね」

「いや。ここ、狭いだけ」


 台の上には、まだ十分な空きがあった。

 キリルは器具をわずかに寄せ、何でもない顔をして続きを書いた。

 ミナは紙に目を向けたまま、その隣で待っていた。


「先生に聞いてみる。勝手に鍋置いたら、怒られそうだし」


 ミナは笑った。


「私も、北の台所で聞いてみるね。魔法で温める道具も使うみたいだから」

「じゃあ、どんなふうに使ってたか、教えろよ」

「うん」


 キリルはもう一度器具へ向き直った。

 次の練習が終わるまで、ミナは話しかけずに待った。


     *


 別れる前に、通りの店で焼き菓子を一つずつ買った。


 薄い生地の間から、煮た果物がのぞいている。

 端をかじると、甘い匂いと一緒に、欠片がぽろぽろ落ちた。

 ミナは慌てて包みの紙を広げた。


「それ、歩きながら食うと大変だぞ」

「先に教えてほしかった」

「今、思い出した」


 キリルも自分の服についた欠片を払った。

 二人で店先の腰掛けへ座る。

 通りの向こうでは、配達の荷を抱えた人が、店の入口へ手を振っていた。


「試験の勉強、難しい?」

「難しい。魔法が使えりゃ全部わかるってもんでもねえし。覚えること、多い」


 キリルは鞄を足元へ寄せた。


「でも、わかんなかったとこが解けると、もうちょいってなるんだよな」


 ミナは頷いた。

 図鑑の説明と、実際に見た葉の形がつながったときのことを思い出す。

 知りたいことが減ると、別の知りたいことが出てくる。


「帰ってきたら、学校の話、聞かせてね」

「まだ受かってねえって」

「うん。だから、楽しみにしてる」


 キリルは一度ミナを見て、焼き菓子の残りへ目を落とした。


「……おう。お前も、ちゃんと帰ってこいよ」

「うん。手紙も書くね」


 返事を届ける先を確認してから、井戸まで戻った。

 キリルは図書室へ、ミナは宿舎へ向かう。

 角を曲がる前に振り返ると、彼はすでに人の流れの中を歩いていた。

 片手で鞄の紐を直しながら、迷わず次の道へ入っていく。


 ミナも宿舎の方へ向き直った。

 今度は、角にある店の看板を覚えていた。


     *


 夕方、北行きの荷物につける札が配られた。


 ミナは説明を聞き、自分の班と名前を記入した。

 似た袋が並ぶ中で見つけやすいよう、札をつける位置も揃える。

 隣の寝台の女性が、書き終えた札を見せてくれた。


「これで、向こうでも迷子にならないね」

「袋が、ですか?」

「私たちも」


 ミナは笑い、紐を結んだ。


 窓の外で、王都の鐘が鳴った。

 どこか別の塔からも、少し遅れて音が重なる。

 見ていない通りも、気になる店も、まだたくさんあった。


 帰りに時間があったら、あのパン屋へも行ってみたい。

 ミナは記録帳の隅へ、看板の絵を小さく描いた。


 その隣には、キリルが教えてくれた道と、手紙の宛先。

 新しい頁には、明日の集合時刻を書いた。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。