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第156話 任せてもらうために

 確認の日、ミナが案内されたのは、ギルドに隣接する建物の台所だった。


 台の上には、芋と玉ねぎ、塩漬けの肉が置かれている。

 大きさの違う鍋が二つ。水の入った容器と、空の器。

 壁際には、ミナと同じように仕事の確認を受けに来た人が、順番を待っていた。


「まず、こちらを読んでください」


 担当者から渡された紙には、昼食を六人分用意することと、使える材料が書いてあった。

 六人のうち二人は、食べ始める時刻が遅れる。

 料理の名前は決められていなかった。


 ミナは紙を置き、肉の包みを見た。


「こちらは、どのくらい塩が入っていますか。お湯で少し煮て、味を確かめてもいいでしょうか」

「構いません。ほかに聞きたいことは?」

「遅れる方は、どれくらい後に来ますか」

「半刻ほどを予定しています。さらに遅れる可能性もあります」


 ミナは頷き、使う鍋を選んだ。

 少量の肉を煮る間に芋を洗い、傷んだところを確かめる。

 玉ねぎと肉を使った汁物にして、芋は崩れすぎない大きさに切ることにした。


 肉から出た汁を味見すると、思っていたより塩が強かった。

 先に塩を足さなくてよかったと思う。

 量を調整し、余った肉は使った分と分けて置いた。


「全部は使いませんか」

「はい。この量でも味が出そうなので。残りは、包み直しておきます」


 六人分を同じ大きさの器へ分けるところまで考えてから、火にかける。

 後から食べる二人の分は、別の鍋へ取り分けることにした。

 煮続けて濃くしないよう、待つ間の置き場所と、温め直す火を確認する。


 担当者は手元を見ていたが、途中で口を挟むことは少なかった。


 やがて、先に食べる四人分を器へ盛った。

 残る分の鍋には蓋をし、中身と人数を書いた紙をそばへ置く。

 紙を見た担当者が、少しだけ顔を上げた。


「これは?」

「私以外の方が開けても、何人分かわかるようにと思って」


 ルガンでは、食事を渡す相手と、作る場所に残る人が同じとは限らなかった。

 サハルでも、台所にいる全員へ、そのたびに説明して回れるわけではなかった。


 担当者は頷き、記録の紙へ何かを書いた。


     *


 食事の後は、片づけと残った材料の確認だった。


 洗うものをまとめ、使わなかった食材を量り直す。

 誰かがこぼした水を拭いてから、ミナは器を棚へ戻した。


「調理と、周囲への確認はできていますね」


 そう言われて、少しほっとした。

 けれど、担当者は続けた。


「ただ、今日と同じ台所が、向こうにもあるとは思わないでください。水や燃料の使い方は、現地のやり方を覚えてもらいます」

「はい」

「任せたいのは、責任者の下で働く補助です。献立を一人で決めたり、外へ食材を探しに出たりする役目ではありません」


 ミナは、応募したときにも聞いた条件を、もう一度確かめた。

 できる仕事を伝えたことと、何でも任せてもらえることは違う。


 次に渡されたのは、厚い手袋だった。


     *


 指を曲げると、布の厚みが指の間へ挟まった。


 ミナは手を開き、閉じ、もう一度開いた。

 普段の手袋より、ずっと指先が遠く感じる。


「そちらの袋を開けて、包みを一つ出してください」


 台に置かれた袋へ手を伸ばした。

 結び目をつまんだつもりが、布だけを押してしまう。

 引く方の紐を探し、指先を寄せる。片方をつかむと、もう片方が逃げた。


 いったん手を止め、袋の向きを変える。

 それでも、なかなかほどけなかった。


 手袋を外せば、すぐにできる。

 そう思って袖口へ触れかけ、ミナは顔を上げた。


「うまく、つまめません」

「どこが難しいですか」

「ここです。紐が短くて、指を入れるところが見つけにくいです」


 担当者は袋を受け取らず、隣の包みを示した。

 そちらには、指を掛けられる大きさの輪があった。


「こちらなら?」


 ミナは輪へ指を入れ、ゆっくり引いた。

 今度は、口が開いた。


 以前、配信で針しごとに聞かれたことを思い出す。

 頭で考えたときより、実際の指は動かなかった。


「自分の袋も、試してから直したいです」

「そうしてください。ただし、大きな輪は引っかかることもあります。使わないときに収めるところも考えましょう」


 その後は、包みを籠へ移し、布で覆い、決めた場所へ運んだ。

 難しい作業ではないはずなのに、一つずつ確かめると時間がかかった。


 終わって手袋を外すと、指先が急に細くなったように感じた。

 ミナは手のひらを見てから、できなかったことを記録した。


     *


 受け入れ先との確認を経て届いた通知には、参加予定者として名前を登録したと書いてあった。


 出発までに指定の講習を受けること。

 装備と体調の確認を済ませること。

 担当は、街道沿いの拠点における調理補助。


 ミナは最後まで読んでから、もう一度、自分の名前へ戻った。


「任せて、いただけるんですね」


 受付の職員が頷いた。


「講習と準備を終えることが条件です。わからないことは、その間に聞いてください」


 嬉しかった。

 同時に、厚い手袋の中で紐をつかめなかった感覚も残っていた。


 ミナは通知を丁寧に畳み、講習の日程を書いた紙と一緒にしまった。


     *


 出発までの数週間、仕事の予定の間に、講習と買い物の予定が入った。


 講習では、北の街道を何度も往復した人が、実際に使っている衣服を見せてくれた。

 暖かそうな上着だけでなく、薄いものを重ねることや、濡れたときに替えるものの置き方も教わる。


「荷物の一番下へしまうと、必要なときに全部出すことになる」


 そう言われ、ミナは自分の袋を思い浮かべた。

 雨のときにも、先に使う覆いを取り出しやすい場所へ入れていた。

 知っている工夫を、そのまま使えるところもあった。


 ただ、雪の上を歩く道具については、見ただけではわからなかった。

 まず扱い方を聞き、現地でも歩き方を教わると説明を受ける。

 雪のないリュネールで、北の道を歩けるようになるわけではなかった。


 寒くても動いているうちに汗をかくことがあると聞くと、ミナは上着の留め具を確かめた。

 閉めやすいだけでなく、緩められることにも意味がある。


 店では、普段より厚い靴下を履いて靴を試した。

 きつくないか聞かれ、立って数歩歩く。

 修理したばかりの旅靴は、普段使うものとして残すことになった。


 支援団から貸し出されるものと、自分で用意するものを分けて数えた。

 買ったものの値段を書き足すと、貯めた硬貨は少しずつ減っていく。

 それでも、必要なものを省いてよいとは思わなかった。


     *


 ラグは、道具の修理を頼んでいる工房へ、一緒に来てくれた。


 ミナが手袋をしたまま袋を開けて見せると、職人が紐の長さを確かめる。

 輪を作り直し、余る部分を押し込める小さな留めをつけた。


「引っ張るのは、こっちだ。荷物を入れた状態でも試してくれ」


 その場で袋を詰め直す。

 口を閉め、輪を収めてから、もう一度開く。


「……できました」

「暗いところでも、手でわかるかい?」


 ミナは目を伏せ、もう一度指を動かした。

 最初より時間はかかったが、今度も開いた。


 ラグが、その様子を見て頷く。


「覚えた手順が、使える形になりましたね」


 工房を出てから、ミナは袋を担ぎ直した。

 替えの服が増えた分、いつもよりかさばる。


「あとは、自分で運べる量にしないと」

「鍋をもう一つ、とはおっしゃいませんか」


 ミナは思わずラグを見た。


「……少し、考えました」

「台所の道具は、団で運ぶのでは?」

「はい。なので、持っていきません」


 ラグの口元が、わずかに緩んだ。

 ミナも笑って、今の荷物だけで歩いたときの重さを確かめた。


     *


 料理屋では、出発前に働く最後の日が決まった。


 仕込みを終えた後、ミナは店主へ挨拶をした。

 短い間だったが、切る厚さや、温め直す分の置き方を、何度も教えてもらった。


「戻る日は、まだはっきりとは……」

「その話は聞いたよ。帰って仕事を探すなら、また顔を出しな。空いているかどうかは、そのとき相談だ」

「はい。ありがとうございます」


 いつまでも席を空けて待ってもらうことはできない。

 それでも、帰ってから尋ねられる店があるのは嬉しかった。


 下宿へ戻り、前掛けを洗った。

 乾いたら、持っていく袋へ入れる。

 採取の道具は使う予定を確認し、必要なものを選び直した。


 セリカには、参加する仕事と行き先、団を通じて連絡が届く方法を書いた。

 危ない場所へ勝手に出かけないことも、つけ加えた。

 キリルとマルタへは、北へ向かう前に王都で集合する予定を知らせる。

 皆にも仕事や勉強があるので、会えるとは限らない。それでも、伝えておきたかった。


 夜の短い配信では、参加が決まったことを話した。


「調理のお手伝いで行くことになりました。まずは王都で、団の方たちと合流します」


〈夕餉係:決まったんですね。どんな台所か、聞けるのを楽しみにしています〉

〈針しごと:袋は開いた?〉


 ミナは手袋を取り出した。


「はい。直していただいて、練習しました」


 水晶の前で輪へ指を掛け、袋を開く。

 少し時間はかかったが、手袋を外さずにできた。


〈針しごと:そのくらい落ち着いてやればいいわ〉


 ミナは頷いた。


「向こうでも、わからないことは聞いてからにします」


     *


 出発の朝、窓の下にはまだ雪がなかった。


 ミナは部屋を片づけ、持っていかない道具をしまった。

 今回の食器は、使い慣れたものと、ルガンで買った木の匙。

 厚くなった記録帳とは別に、新しい帳面も一冊入れる。


 下へ降りると、管理人が戸口の敷物を直していた。


「行ってきます」

「気をつけて。寒いのを我慢して働くんじゃないよ」

「はい」


 集合場所までは、ラグが一緒に歩いてくれた。

 朝の店先から、パンの焼ける匂いがする。まだ開いていない工房の前を通り、広場へ出ると、同じ案内を持った人が何人か集まっていた。

 ここから王都までは、支援団へ加わる者がまとまって移動する。


 担当者に名前を告げ、荷物を置く場所を確かめる。

 それが済んでから、ミナはラグへ向き直った。


「戻ったら、またお料理を教えてください」


 ラグは少し目を細めた。


「では、一つは増やしておきましょう」

「私も、覚えてきます」

「楽しみにしています。ただ、最初から全部覚えようとなさらずに」


 ミナは笑って頷いた。

 行ったことのない国で、教わることはきっと多い。

 今日持っていく帳面も、どこまで埋まるのかわからなかった。


 出発を知らせる声がする。

 ミナは袋を持ち直し、ラグへ頭を下げた。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい、ミナさん」


 列へ加わると、前にいた人が少し場所を空けてくれた。

 ミナは礼を言い、自分の荷物を収める。

 袋の中には、仕事の内容が書かれた通知があった。


 今度の旅には、到着した後に受け持つ仕事がある。

 ミナは、名前を呼ばれたらすぐに答えられるよう、担当者の声へ耳を向けた。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

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