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第14話 知っているもの、知らないこと

読んでいただきありがとうございます。応援いただけるとモチベーションにつながります。

 記録帳を開くと、紙の端から香草の匂いがした。


 ミナは葉が挟まっていないか確かめ、ギルドの机へ置いた。

 昨日渡された紙も、その隣へ広げる。


「受講の確認を、お願いしたいです」


 講習担当者は、ミナの名前と登録札を見た。

 帳面を開き、受けた講習へ印を付けていく。


「野営と、道の確認。採集物の基本。それから、先日の防御講座にも参加したんだね」

「はい。三回、行きました」


 担当者はうなずいた。


「試験までに、もう少し確かめたいところがある。今日は、採集物と記録を見ようか」


 机へ、浅い箱が置かれた。

 仕切りの中に、乾いた葉と茎が並んでいる。

 料理に使ったことのあるものもあった。


 ミナは、指された葉を見る。


「これは、香草です。硬い茎を取って、葉を使います」

「そうだね。こっちは?」


 少し大きな葉だった。

 縁が細かく裂け、乾いていても、真ん中の筋がよく見える。


「苦葉草です。料理には、あまり使いません」


 食堂では、仕入れた葉に混じっていたものを分けた。

 店主は匂いと形を確かめてから、別の籠へ寄せていた。


「では、薬草として買い取りに出すときは、どう採る?」


 ミナは、葉を見直した。


 使わないものとして、分けられた。

 けれど、売るために採ったことはなかった。


「……葉だけ、でしょうか」


「これは、茎も使う。採る時期によって、買い取れるところが変わるよ」


 担当者は別の箱を開いた。

 同じ草の、違う育ち方の標本が入っている。


「料理に使うかどうかと、採集物として扱えるかは、別なんだね」


 ミナはうなずいた。


 食べるものを知っている。

 それは、採集でも助けになっていた。

 でも、食べないものにも、仕事がある。


     *


 次は、記録帳だった。


 入った時刻。

 歩いた道。

 採ったものと量。

 帰った時刻。


 昨日、場所を変えて葉を採ったことも書いてある。


「ここは、よく書けているね」


 担当者が、休憩所の手前、と書いたところを指す。


「場所が分かる。水晶の記録と合わせて、確認する人に伝わる」


 次の行へ指が動く。


「休んだ時間も足しておこう。次に同じ道を歩くとき、どのくらい余裕があったか分かるから」


「はい」


 ミナは、覚えている時刻を書き加えた。

 ぴったりではないので、おおよそ、と添える。


 採ったものの状態についても、説明を受けた。

 袋へ詰めすぎると傷む葉。

 湿ったまま重ねてはいけないもの。

 料理なら、帰ってすぐ使えるものでも、買い取りでは別の扱いが必要になることがあった。


「こちらは、図鑑を借りられますか」


「貸し出し用があるよ。採り方の講習も、試験までに一度受けておこう」


 ミナは、日程を紙へ書き込んだ。


 空いていた欄が、一つ埋まる。


 試験の日までにすることは、思っていたより多かった。

 けれど、何をしたらいいか分からないままではなくなった。


     *


 最後に、担当者が試験の項目を示した。


 識別。

 道と時間の管理。

 野営。

 帰還と報告。


 その間に、もう一つある。


「魔物に遭遇したときの対応」


 ミナは、そこを読んだ。


「……こちらは、倒す試験ですか」


「倒した数を見るものではないよ」


 担当者は、紙を少し手前へ寄せた。


「相手と周りを見て、退くか、対処するかを判断する。逃げると決めたなら、実際に退けるかまで確認する」


「逃げても、いいんですか」


「もちろん。採集の仕事で、出会う魔物を全部倒す必要はないから」


 ミナは、肩の力を少し抜いた。


 担当者は続ける。


「ただ、逃げ道が狭かったり、誰かと一緒だったりすれば、考えることは変わる。監督者のいる範囲で、実地と実習を組み合わせて見ます。救援の合図も使うよ」


 紙へ、確認する講習の印を付ける。


「知っている魔物でも、今の自分が対処できるとは限らない。疲れているときと、荷物が重いときも違う」


 ミナは、ガマの脚を思い出した。


 知っている形だった。

 それでも、最初は手が動かなかった。

 灰ねこさんの文字が来るまで、何をしたらいいか分からなくなった。


 もう一度、同じことができるだろうか。


 包丁を持っている。

 足の動かし方も、少し習った。


 それだけでは、答えが出なかった。


「……確認する講習も、お願いします」


 担当者がうなずいた。


「選んだ理由を言えるように、普段の記録にも少しずつ書いてみて」


 ミナは紙を受け取った。


 帰る方。

 昨日、記録へ書いた言葉が、ここでも必要だった。


     *


 貸し出し用の図鑑は、厚かった。


 下宿まで持ち帰り、机へ置く。

 採集記録を横へ並べ、今日の苦葉草を探した。


 葉の形は、知っていたものと同じだ。

 その下には、採る時期と、使う部分が書いてある。


 ミナは小さな紙へ写した。

 見分けるときのところ。

 採っていい状態。

 持ち帰るときに気をつけること。


 一つ書くと、隣の草も気になった。

 似ているけれど、違う。

 図の細い筋を見ているうちに、窓の光が変わった。


 ミナは顔を上げた。


 お腹が空いていた。


 今日の夕飯は、昼に作った野菜の煮込みが残っている。

 パンは、少し硬くなったものがある。

 食べる前に、温め直そう。


 借りた図鑑を閉じ、包丁と小さな鍋を持って、共同台所へ向かった。


     *


「こんばんは。今日は、採集には行っていません」


 配信水晶を置いてから、ミナは鍋の火を弱めた。


「ギルドで、試験の確認をしてきました。知らない採り方が、いくつかありました」


 今日の葉の名前を、一つだけ話す。

 すべて説明しようとすると、自分でもまだ混ざりそうだった。


「図鑑を借りたので、また見ます」


 数字は、一だった。

 文字は届いていない。


 ミナは、小さな皿を持ってきた。

 硬くなったパンをちぎり、皿へ置く。

 別の鍋で、飲み物用の湯が沸いていた。


「今日は、こちらのお湯で、パンも柔らかくします」


 火を止める。

 鍋の縁に渡した小さな金属の台へ、パンの皿を載せた。

 湯には触れない高さだった。

 蓋をすると、皿が見えなくなる。


「食堂では、大きな鍋でやっていました。私は、一人分なので、このくらいです」


 その間に、夕飯の煮込みを器へよそう。

 台を拭き、香草を茶こしへ入れた。

 飲み物に使えるものとして、店で教わった葉だった。


 鍋の蓋を、少し持ち上げる。

 パンの端を木の匙で確かめ、また閉じた。


 まだ、もう少し。


 文字板が、光った。


〈湯のみ:その皿は、湯の中には入れていないのかね〉


 ミナは顔を上げた。


 昨日、一覧に出ていた名前だった。


「はい。お湯に入れると、パンがぬれてしまうので。上へ置いて、蒸します」


 金属の台を、手で形だけ示す。


「台は、下宿にあるものをお借りしました」


 返事は、すぐには来なかった。

 数字は、一のまま。


 ミナはもう一度、蓋を開ける。

 今度は、パンの端が柔らかくなっていた。


「こちらは、できました」


 布を使って皿を外す。

 パンは、別の布で包んだ。

 空いた鍋の湯を、茶こしを載せた器へ注ぐ。


 香草の匂いが、湯気と一緒に広がった。


 残った湯を見て、ミナは鍋へ蓋を戻した。

 管理人にも飲むか聞いてから、足りる分を使おう。


 文字が、もう一度届く。


〈湯のみ:パンの皿は、載せておけば温かいままだろう。もう外すのかな〉


「はい。柔らかくなったので」


 ミナは包んだパンを見た。


「ここからは、布で包めば、ご飯の間くらいは温かいです。蒸し続けると、ぬれすぎてしまうので」


 鍋へ目を戻す。


「こちらは、お湯を使う方だけ、蓋をしておきます」


 文字板が静かになる。


 ミナは香草を引き上げた。

 入れたままにすると、味が強くなりすぎる。

 茶こしを小皿へ置き、使った道具をまとめる。


 そこで、長めの言葉が届いた。


〈湯のみ:……なるほど。仕事が終わった方から、切り離すのか〉


 ミナは、その文を読んだ。


「パンの方、ですか?」


〈湯のみ:そう。全部を同じ状態で保っておく必要はないのだな〉


「はい。お湯は熱い方がいいですけど、パンは、食べられるくらいなら」


 木の匙を、器の横へ置いた。


「今夜は、すぐ食べますので」


 少しして、もう一つ届いた。


〈湯のみ:そのやり方は、店で覚えたものかね〉


「はい。店主さんが、大きな鍋で蒸していました」


 ミナは小さな鍋を見た。


「でも、食堂では次の人の分もあるので、お湯は何度も足していました。私のは、一回で終わります」


 客が続く鍋と、自分の夕飯の鍋。

 同じことをしているつもりでも、使う時間は違った。


〈湯のみ:なるほど。話してくれてありがとう〉


 ミナは少し笑った。


「こちらこそ。昨日も、見てくださっていましたよね」


〈湯のみ:うむ〉


 短い返事だった。


「ありがとうございました。チーズのお芋も、おいしくできました」


 昨日は、最後まで言葉が来なかった。

 今日は、少し話せた。


 ミナは包んだパンを開いた。

 煮込みへ浸すと、硬かったところが、匙で分けられる。


「今日は、こちらを食べてから、もう少し図鑑を見ます」


 そう言ってから、机で読んでいた時間を思い出した。


「……少しだけです。明日も、見られるので」


〈湯のみ:続きがあるなら、今日のうちに全部済ませなくてもよいな〉


「はい」


 香草の飲み物を、一口飲んだ。

 まだ、温かい。

 パンも、食べる分には十分だった。


 ミナは皿を、水晶の方へ少し寄せた。


「できました。いただきます」



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