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第139話 次の人にも作れるように

 翌朝、ミナは先に集荷所へ寄った。


 軒下には、乾かした枝を入れた浅い箱が並んでいた。

 担当者は一つを持ち上げ、底へ落ちた葉の欠片を見せてくれた。


「風に当てた分は、こちらです。使えないほどではありませんが、枝から外す前に落ちたものが、少し多かった」


 ミナは箱の札と帳面を見比べた。

 最初に採って、岩の上へ広げていた分だった。


「細かくなったものも、使えるんですか?」


「用途を分ければ。ただ、枝ごと揃えて渡す注文には混ぜられません。こちらで選り分ける手間もあります」


 担当者は、覆いを掛けて運んだ方の箱も並べた。

 こちらにも欠片はあった。何も落ちないわけではない。

 違いを見るには、採った量も同じにして比べる必要があるという。


 次に頼まれたのは、前回と同じ区画で、扱い方を揃えて少量採る仕事だった。

 別の採取人が持ってきた分とも照らし合わせたいそうだ。


「いつ、伺えばいいでしょうか」


「明後日以降で。案内役と天気を見て決めてください。処理を確かめるところまでなら、その後、数日見ておいてもらえれば」


 ミナは頷き、宿泊の扱いと報酬を確認した。

 予定より少し長く、この町にいることになる。

 それでも、いつまで待てばよいか分からない滞在ではなかった。


 集荷所を出てから、イェルカと日程を相談する。

 昼食を試す明日は、空けられる。

 ミナはその返事を、セナへ届けに行った。


     *


「十二人。予定は変わっていないよ」


 セナは台の上へ、粉の袋を置いた。

 ミナも、宿で試した麺を少し持ってきていた。

 昨日のものを置いておいたのではなく、今朝、量を少なくして作り直したものだった。


「薄くしすぎると、持ち上げるときに端が欠けました。これくらいなら、匙ですくえました」


 セナが一本を指で持った。

 長さを確かめ、脇の湯へ落とす。


「並べる場所は?」


「最初は、全部離して置こうと思ったんです。でも、それだと板が足りなくなりそうで」


 ミナは布に包んだ生地を出した。

 薄く伸ばしたものを全部切らず、板へ収まる大きさで止めてある。


「こちらなら、切る前に置けます。最後に短く切る分は、残ってしまいますけど」


「切ったものを十二人分、広げるよりはいいね」


 セナは煮えた麺をすくい、自分でも噛んだ。

 しばらくして、頷く。


「厚さはこれで。明日は、私も生地を触ってみるよ。あんただけ作れても困るからね」


「はい」


 汁は、普段使っている肉と根菜で用意する。

 粒の穀物を入れない分、汁の量は変わる。麺を煮た後にどれくらい減るかは、小さい鍋で確かめた。

 足りなかった場合に出せる保存食も、いつもの分を残しておく。


 必要な粉と薪は、炊事場の予算で出してもらえることになった。

 ミナが一人で買い揃える話にはならなかった。


「明日、朝の支度が始まるころに来られる?」


「はい。終わった後の片づけまで、お手伝いします」


「じゃあそれで、頼むよ。まずは、一回やってみよう」


     *


 試す日の朝、作業場にはまだ薄い影が残っていた。


 道を通す綱は下がり、空の荷車が一台ずつ入っていく。

 イェルカと一緒に屋根の下へ着くと、セナはもう肉を切っていた。

 今日は班のまとめ役にも話が通っていた。


「最初に五人、次が七人。交代の順が変わった」


 ミナは帳面を開いた。

 十二人を、同じ六人ずつと考えていた。

 数字を直し、使う椀を数え直す。


「分かりました。後の方を、多めに分けておきます」


「一人前も、みんな同じには食べないよ。少なめでいい人には聞いて。おかわりの分も、先に全部よそわないように」


 セナが言い、鍋へ肉を入れた。

 音が上がる。

 ミナは台の反対側へ回り、粉を量った。


 水を加えたところで、セナにも触ってもらう。

 彼女は指先で押し、それから掌で生地を寄せた。


「家でちぎって使うときより、固めだね」


「伸ばすので、まずこのくらいで。置いた後に、もう一度確かめます」


 布を掛け、空いた時間に根菜の皮を落とした。

 イェルカは水を運ぶ場所と、出来上がった器を置く台を確認していた。

 手伝いは朝のうちだけで、その後は自分の仕事へ向かうという。


「道が混んでいたら、帰りもここで待って。鍋を見ながら綱をくぐらないこと」


「くぐりません」


「念のため。夢中になると、返事だけになる人もいるから」


 ミナが顔を上げて頷くと、イェルカは笑った。


     *


 生地を伸ばす板には、思っていたより場所が要った。


 十二人分をまとめて作ったため、次に伸ばす塊が、肘のそばまで来ていた。

 ミナは一度手を止め、まだ触らない分を鉢へ戻した。

 粉を振った板の上に、一枚ずつ置いていく。


「こっちは、まだ濡れているよ」


 セナに呼ばれ、ミナは置きかけた生地を持ち直した。

 洗った板の隅に、湿りが残っていた。


「すみません。先に拭きます」


「気づいたからいい。ここでくっついたら、剥がす方が大変だ」


 布を替え、乾いたところから使った。

 伸ばし終えたころには、腕が少し重くなっていた。

 二人分なら短い作業でも、十二人分は違う。


 ミナは使い終わった道具をよけて、台の端を空けた。

 セナがそこへ器を置く。

 鍋では根菜が柔らかくなり、肉の脂が小さく浮いていた。


 やがて、上から男が下りてきた。


「先の五人、そろそろ来る」


 ミナは最初の分を切り始めた。

 長い帯を短く分け、軽く粉を落として皿へ移す。

 セナは汁を別の鍋へ取り分け、火へ掛けた。

 ほかの組の食事が出た後、空いた鍋を使わせてもらっている。


 煮立った汁へ麺を入れると、湯気が顔の前を通った。

 一度に全部沈めず、ほぐしながら落とす。

 鍋の中が静かになった。


 小さい鍋で試したときより、煮立ち直すまでが長い。


「もう少し、待ちます」


「うん。火はこれ以上強くしないで。底がつく」


 セナの返事を聞き、ミナは匙を鍋底へ通した。


     *


 五人が手を洗って戻ったころ、最初の一杯をよそえた。


 根菜を先にすくい、麺と肉を入れる。

 汁を足して渡すと、受け取った作業員が椀を少し顔から離した。


「今日は熱そうだな」


「はい。麺を今、煮たところなので」


「いい匂いだ」


 短い麺は、匙の上に折り重なった。

 作業員は息を吹きかけてから食べ、もう一度、椀の中を見た。


「粉のやつか。これは食べやすいね」


 隣の人が、肉と一緒にすくった。


「汁が絡むな」


 ミナは空いた椀を取りながら、少し頬を緩めた。

 けれど、一杯目を配り終えると、鍋に残った麺が思ったより少ない。

 最初の器へ、多く入れすぎていた。


 セナが手元を見た。


「次は、その匙で何回すくうか決めよう。足りない人には、後で足せばいい」


「はい」


 残りを数え、後の七人分へ手をつけずに済むか確かめる。

 先の組は一人が少なめでよいと言い、おかわりは二人だった。

 保存食を欲しい人にも渡し、全員が食べ終わるころには、取り分けた鍋がほぼ空になった。


 ミナは、空の鍋をのぞいた。

 足りたけれど、余裕は小さかった。

 おいしいと言ってもらえた後にも、直すところがあった。


     *


 次の七人が戻るまでには、間が空いた。


 道へ出した石の位置を直しているという。

 セナが知らせを聞き、ミナへ手を振った。


「まだ切らなくていい。布を掛けておこう」


 ミナは生地の端を確かめた。

 乾きすぎてはいなかった。

 汁の鍋には蓋をし、火を弱めておく。

 残った麺を鍋に入れていないので、待っている間に汁を吸うこともなかった。


 空いた器を洗い終えたころ、ようやく次の組が来ると知らされた。

 今度はセナが生地を切り、ミナが汁を取り分けた。


「この長さだね」


「はい。それくらいなら、すくいやすかったです」


 交代すると、ミナには鍋を見る余裕ができた。

 同じ匙で量を揃え、少なめを頼まれた器だけ、先によける。


 遅れて来た七人目は、椅子へ座る前に一度腰を伸ばした。

 この前、温かければなおいいと言っていた人だった。


「まだ、あるかい」


「はい。今、できます」


 ミナは鍋からすくい、器へ汁を注いだ。

 湯気が上がる。

 男は椀を受け取り、最初の一口をゆっくり冷ました。


「……おお。俺の分も、ちゃんと熱い」


 ミナは頷いた。


「お待たせしました」


「いや。こっちが遅れたんだ。ありがとう」


 男はもう一口食べ、隣の人の話へ顔を向けた。

 それからも、匙は止まらなかった。

 ミナは次の器を取り、まだ残っている根菜をすくった。


     *


 片づけを終えると、セナが小さな椀を二つ出した。


 残しておいた自分たちの分だった。

 ミナも腰掛け、一口食べる。

 何度も味は見ていたのに、座って食べると、お腹が減っていたことが分かった。


「毎日は、難しいね」


 セナが言った。

 ミナは匙を止め、頷いた。


「生地を伸ばすのに、時間が掛かりました。私がいない日は、ほかの支度もありますし」


「でも、今日くらいの人数で、交代が大きくずれる日には使える。朝の手がある日に限ってね」


 セナは、布を外した板を見た。


「細くしすぎなくてもよさそうだ。家のちぎったものより薄ければ、煮えるのは早い。切る回数も減らせる」


「もう少し幅を広くして、食べにくくないか試せますね」


「ああ。それは、こちらでもやってみる」


 ミナは袋から紙を出した。

 粉と水の量だけでなく、置いておく場所や、切り始める時刻も書く。

 数字の横には、手で確かめた固さを短い言葉で添えた。


 セナに読んでもらうと、一か所へ指を置かれた。


「ここは、『煮立ったら出来上がり』じゃないね」


「はい。真ん中まで火が通ったか、食べて確かめます」


「それも書いておこう」


 ミナは筆を動かした。

 紙を渡す相手は、もう生地を触り、同じ鍋を見ていた。

 書いたものだけを置いて去るより、聞いてもらえることが多かった。


 班のまとめ役が、食べ終わった人数を確認に来た。

 セナと話し、ミナへも礼を言う。

 相談しておいた手伝いの分として、小さな包みを渡された。


「材料の試しだけじゃなく、今日の支度もしてくれたからね」


 ミナは両手で受け取った。

 全部うまくできたわけではなかった。

 それでも、今日働いた分を受け取ってよいのだと、セナが頷いてくれた。


     *


 帰りは、仕事を終えたイェルカと一緒になった。


 道を通れる合図を待ちながら、ミナは昼食の話をした。

 麺を最初の器へ多く入れすぎたことも、切る役を替わってもらったことも。


「次も、あんたが作るの?」


「同じやり方を、セナさんも試してみるそうです。私は明日、採取へ行く支度をします」


「じゃあ、朝の集合を決めよう。天気が変わらなければ、前の区画へ行ける」


 ミナは頷いた。

 確認の採取をして、処理の結果を聞く。

 その後には、山の向こうへ続く道がある。


 綱が外され、二人は歩き出した。

 後ろで、空の器が重なる音がした。


 次にここを通るとき、今日より道が広くなっているかもしれない。

 炊事場では、少し幅の広い麺を切っているかもしれない。

 ミナは紙を渡した手を軽く握り、イェルカの隣を歩いた。



     *


 アルセリアの街道沿いで、グレンは村の男から話を聞いていた。


「この頃は、囲いの近くにも来ません。討伐してもらえたんでしょう?」


「被害が出ていないのは何よりだ。最後に見たのは、いつだろう」


 男は畑仕事の区切りを思い出しながら答えた。

 グレンは日付に幅を持たせて記し、同行するギルドの職員へ目を向けた。

 この辺りで、大きな討伐があった記録はない。


 午後、村の猟師に案内を頼み、森へ入った。

 幹には爪を擦った跡が残っていた。根元の土も掘り返されている。

 しかし、最近通った足跡が見つからない。

 岩陰の寝床は空で、争った跡も、死骸もなかった。


 持参した魔力探査装置を置き、しばらく待った。

 針は、測り始めた範囲から大きく動かなかった。


「いなくなったなら、助かりますが」


 職員が言った。


「そうだな。どこへ行ったのか、分かればもっといい」


 グレンは装置を収めた。

 今、異常が測れない。それ以上のことは、まだ言えなかった。

 近隣の村でも、見かけなくなった時期を聞くよう頼んだ。


 夕方、指定の野営地で小鍋を火に掛けた。

 玉ねぎと干し肉を炒め、水を加える。

 職員が湯気をのぞき、意外そうに笑った。


「本当に使うために、持ってこられたんですね」


「荷物にしておくだけでは、もったいないからな」


 二人分をよそい、自分の椀を取った。

 火の向こうには、昼に調べた森が黒く見えていた。


 グレンは食べ終えてから、地図を開いた。

 討伐済みを示す印はつけず、森の脇へ、最後に目撃された時期を書き込んだ。



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