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第130話 作る人に聞いてみます

 朝の通りに、木を削る音が続いていた。


 宿の戸を出ると、昨日は閉まっていた作業場の窓が開いていた。戸口では、丸まった木屑を大きな袋へ詰めている。

 ミナは長い茎の包みを抱え直した。

 歩く人へ先が当たらないよう、曲がり角では少し立てる。昨日、袋の横へ結んで歩いたときよりも、町の中では気を遣った。


「向こうの、水車のある建物だ」


 ゼルが示した先で、水路が二つに分かれていた。

 一方の水がゆっくりと輪を押し、その音に重なって、作業場の中から何かを叩く音が聞こえた。


 入口には、湿った草に似た匂いがあった。

 軒下の竿に細い繊維が掛けられ、奥には浅い水槽が並んでいる。

 ミナが依頼の紙を見せると、袖を肘までまくった女性が作業台を空けてくれた。


「昨日、到着を知らせてくれた子だね。こっちへ置いて」


「はい。場所ごとに札を分けています」


 包みを開く。

 まっすぐな茎と、節の近くに傷のある茎。それから、持ち帰る途中で泥がついたものは別にしてあった。


 女性は一本を取り、節の間へ小さな刃を当てた。

 硬い表面が裂け、その下から細い筋が現れる。

 指に巻きつけて引くと、ミナが思っていたより長く、途切れずについてきた。


「このまま紐になるんですか?」


「まだ。余計なところを落として、処理してからほぐす。向こうに掛けてあるのは、その途中」


 女性は竿を顎で示した。

 植物の茎だったものが、布の端の糸のように垂れている。


「束ねるだけのものと、籠に縫い込むものでは、仕上げも違うんだよ」


 ミナは見せてもらった繊維へ触れた。

 乾いている部分は軽く、指で曲げても、茎のようには折れなかった。


     *


 次に女性が選んだのは、傷のある一本だった。


「これは、採ったときから?」


「はい。こちらの泥は後でついたものですが、その傷は最初からです。切り落とさずに持ってきました」


 ミナは記録帳を開き、採った場所の簡単な絵を示した。

 女性は傷の上と下で表面を開いた。引いた筋が、傷のところで短く切れる。


「こうなると、長い紐には使いにくい。けれど、全部捨てるわけじゃないよ。短くても使えるものへ回す」


「傷のないところだけ切って持ってきたら、分からなくなりますね」


「見た目のきれいな短い茎ばかり届くこともあってね。こちらでは、最初から短かったのか、途中で折れたのか分からない」


 ミナは、包丁で長さを揃えようとした自分の手を思い出した。

 袋には収まりやすくなる。

 でも、この人は、その先まで繋がった繊維が欲しかったのだ。


「次も、長さはこのままでよいですか」


「この依頼ならね。別の用途なら切ってもらうこともある。注文の紙に、もっと分かるように書いておくよ」


 女性は依頼の控えへ、一行書き足した。

 ミナも同じ内容を自分の帳面へ残す。


 今度は、節の色が濃い一本を裂いた。

 こちらは筋を取り出すまでに手間がかかり、途中へ硬い皮が残った。

 ミナは手元を見せてもらいながら、昨日の見本と比べた。


「採るときに、これを全部見分けるのは難しそうです」


「最初から全部は頼まないよ。今回は違いを見たいんだから、混ぜずに持ってきてくれればいい」


 受け取りの確認が済むと、茎の束は作業場の奥へ運ばれた。

 残りの処理を終えてから、産地ごとに比べるという。

 ミナは見学の礼を言い、軽くなった包みを畳んだ。


 入口へ戻る途中、乾かした繊維を撚っている人がいた。

 両手の間から、見覚えのある紐が伸びていく。

 ミナは、自分の袋を結んだ紐をそっとつまんだ。


     *


 昨日立ち止まった工房は、角を二つ曲がったところにあった。


 軒先の籠には、朝の光が斜めに入っていた。

 奥の作業台には削りかけの椀が並び、壁には幅の違う刃物が掛かっている。床の木屑を踏むと、靴の下で柔らかい音がした。


 昨日の青年が、台に固定した板を削っていた。

 ミナに気づくと、道具を置いて顔を上げる。


「見本、持ってきてくれたんですね」


「はい。使っている袋も見ていただきたくて」


「どうぞ。そこの台なら空いてます」


 青年は手についた粉を払い、布で台を拭いた。

 赤茶色の短い髪に、細かな木屑が一つついている。作業着の袖から出た腕は丈夫そうで、指先には削り傷の跡があった。


「俺はトビアス。ここで修行させてもらってます」


「ミナです。こちらが、案内をお願いしているゼルさんです」


 ゼルが頷く。

 ミナは袋を下ろし、布と、以前使った仕切りを取り出した。


「採った葉を重ねすぎずに運べるものを探しています。軽くて、丈夫で……できれば、使わないときに場所を取らないものが」


「袋に入れたまま使う? それとも、外へ出して広げる?」


 ミナは言葉を止めた。


「両方、できたらと思っていました」


「じゃあ、袋の口も見せてもらっていいかな」


 トビアスはまず、袋の一番広いところではなく、口の幅を測った。

 それから台の上の木枠を一つ取り、中へ入れようとする。

 枠は袋の胴には収まりそうなのに、口で引っかかった。


「出来上がってから入らないと困るから」


「……はい。広いところだけ測るつもりでした」


 ミナが言うと、ゼルが横から口を開いた。


「重さも見てくれ。中身だけでなく、袋も本人が背負う」


「分かりました。まず、何を入れるのか聞かせてください」


     *


 ミナは葉を運んだときの話をした。


 歩いている間は籠へ入れ、舟を待つ間に布ごと出して広げたこと。

 大きい布では、持ち上げると葉が真ん中へ寄ってしまったこと。

 トビアスは途中で頷きながら、細い棒を並べた。


「出した先で使う枠と、袋の中の仕切りは、分けた方がよさそうだね」


「一緒には、難しいですか?」


「できるかもしれないけど、全部を支えようとすると厚くなる。それを毎日持って歩くなら、要らない部分まで重くなるから」


 薄い板を持たせてもらった。

 一枚なら気にならない。けれど、同じものを何枚も重ねると、掌へはっきり重さが乗った。


 袋の中で形の潰れやすいものを分ける、取り外しのできる仕切り。

 布を載せて広げる、浅い木枠。

 ミナは二つに分けて絵を描いた。


「濡れた葉も、ここへ載せる?」


「採ったばかりのものもあります」


「なら、乾かせる形にしたいな。布は外して洗える方がいい。溝を増やすと便利だけど、そこに泥が残る」


 トビアスは削りかけの板を戻し、別の木を手に取った。

 同じ色に見えた二本でも、持つと重さが違う。


「こっちは軽い。ただ、薄くしすぎると割れやすいから、角の作り方を親方に見てもらう」


 隣の台で仕事をしていた年配の職人が、絵をのぞいた。


「籠の底まで欲しいなら、編む方へ回すよ。木だけで塞ぐと水が抜けない」


「今日は、枠だけでお願いします。布は今使っているものを合わせてみたいです」


 ミナが答えると、職人は寸法を確かめた。

 角のところへ印をつけ、トビアスと短く話し合う。

 削る厚さや木目の向きは、ミナにはまだ分からなかった。

 けれど、二人が同じ木片を何度も裏返すのを見ていると、ただ四角く繋げればよいわけではないことは分かった。


 仕切りは一組、枠はまず一つ。

 使ってから数を増やせるよう、寸法の控えをもらうことにした。

 代金と完成の予定を聞き、手付けを払う。

 加工場の結果を待つ間に、試しに使う時間も取れそうだった。


「ありがとうございます。相談する前より、持って帰る形が分かりました」


「こっちも、使うところを聞けて助かったよ」


 トビアスが絵の脇へ、ミナの名前を書いた。

 綴りを確かめてから、ふと顔を上げる。


「その話し方、アルセリアの人?」


「はい。リュネールから来ました」


「やっぱり。俺もアルセリアだよ」


 ミナは顔を上げた。

 親方へ話すときより、今の声の方がずっと聞き慣れた響きだった。


「こっちで同じ国の人と話すの、久しぶりだな」


     *


 昼の休憩を知らせる声が、奥から聞こえた。


 トビアスは道具を片づけ、小さな包みを台の端へ置いた。

 中には固くまとめた穀物の塊と、塩漬けの野菜が入っている。

 水筒の蓋を開けながら、ミナへ尋ねた。


「ずっと採取の仕事をしながら旅してるの?」


「はい。エルディアでは、食堂のお手伝いもしていました」


「料理もするんだ」


「そちらの方が、長いです。小さいころから食堂にいたので」


 トビアスは少し意外そうにして、それから笑った。


「そっか。俺は、こっちへ木彫りを習いに来たんだ」


 壁際の棚を示す。

 椀や箱に混じって、小さな鳥や、丸くなった動物が並んでいた。

 どれも途中のようで、片側にはまだ角張った木が残っている。


「ああいうのが作りたくて。でも、先に刃を研げるようになれって言われた」


「研ぐところからなんですね」


「切れない刃を力で押したら、木より先に手を切るからって。今も、毎朝見られてる」


 トビアスは指先を少し曲げた。

 ミナも、包丁の手入れを何度も見てもらったことを思い出した。


 青年は昼食を一口かじり、水を飲んだ。


「ここの飯も、嫌いじゃないんだけどさ。たまに、あっちの煮込みが食いたくなるんだよな」


「お肉と、根菜の入ったものですか?」


「そう。汁が少し、とろっとしてるやつ。寒い日に食うと腹が温まって」


「粉を少し使うものなら、私も作ります」


 ミナは、宿へ戻した食材の包みを思い浮かべた。

 小麦粉は、まだ残っている。

 全部を生地にするほどは使わなくても、煮込みの汁へ少し加えるなら足りるはずだった。


「よかったら、今度作りましょうか」


 言ってから、ミナは窓の外を見た。


「宿の台所を使えるか、先に聞いてみます。こちらのお肉や野菜も見てからになりますけど」


「本当に? だったら材料代は出させて。俺も食うんだし」


「はい。人数を決めてから、分けましょう」


 ゼルへ目を向けると、彼は頷いた。


「明日は町にいる。夕方には戻れる」


「じゃあ、明日の夕飯で。使えると分かったら、お知らせに来ます」


 トビアスの返事は、最初に工房で聞いた声より少し明るかった。


     *


 宿へ戻る道で、ミナは肉屋の場所を確かめた。


 店先には、知っているものと違う形の根菜も並んでいた。

 今日すぐ買うのはやめ、明日の朝に見せてもらえるか聞く。宿では台所の使用について相談し、夕方の仕込みが終わってからならよいと言ってもらえた。

 火を使う時間と、借りてよい鍋の場所を確かめる。


「作業台は、終わったら空けておくれ」


「はい。使う前と同じように戻します」


 工房へ知らせに行くと、トビアスはもう仕事へ戻っていた。

 ミナの枠に使う木へ印をつけている。


「明日、大丈夫です。場所も書いてきました」


「ありがとう。仕事が終わったら行くよ」


 紙を渡すとき、棚の小さな鳥が目に入った。

 嘴はまだ削りかけだったが、首を傾けた姿に、見覚えのある仕草があった。


「あの鳥、こちらの町で見た鳥ですか?」


「うん。窓のところへ来るんだ。見てると、すぐ逃げるけど」


「何か気にしているみたいで、かわいいです」


 トビアスは鳥を見て、少し照れたように笑った。


「ありがとう。そう見えたなら、よかった」


 ミナは工房を出た。

 軒下の木屑に、午後の光が当たっている。

 今日は採ったものを届けに来た。その帰りには、作ってもらう道具と、夕飯を一緒に食べる約束ができていた。


 明日の煮込みに使う粉は、少しだけ大事に取っておこう。

 ミナはそう考えながら、宿への角を曲がった。



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