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第127話 続けられるやり方で

 同じ場所の葉でも、毎日同じようには運べなかった。


 舟がすぐ来た日もあれば、別の荷を積み終わるまで待った日もある。

 空が曇っていた朝と、昼前から日差しの強くなった日では、籠を下ろしたときの温かさも違った。


 ミナは数日かけて、トリと採取を繰り返した。

 籠へ入れる分と、薄く広げる分。

 乾燥場所では札を分け、採った日ごとに並べた。


 最初に採ったものが乾く頃には、記録帳の頁も増えていた。


「これと、これだね」


 トリが札を読んで、二つの笊を持ってきた。

 ミナは受け取り、葉を少しずつ取り分けた。

 同じくらいの量を、同じ大きさの布へ載せる。


 手で軽くほぐしてから、順に匂いを確かめた。


「……こちらの方が、少し残っているように思います」


 ミナが示した方を、トリも確かめた。


「私も、そう思う。昨日乾いた分より、違いが分かるね」


 ミナは札を見た。

 その日は、舟を長く待った日だった。


     *


 全部が、はっきり違ったわけではなかった。


 最初の日の分は、どちらもよく似ていた。

 舟を待たずに戻り、すぐに広げられた日だった。

 少なくとも、籠へ入れたら必ず悪くなる、ということではなさそうだった。


「なら、毎回この網にしなくてもいいのかい」


 トリが尋ねた。

 ゼルの貸してくれた網は、作業台の横へ畳んであった。

 試すには便利だったが、同じ量を運ぼうとすると持つものが増える。


「はい。まだ、これが一番いいとは言えません。ただ、長く待つときは、重ねたままにしない方がよさそうです」


 ミナは記録を開いた。

 採った時刻と、舟へ載せた時刻。その間、どこへ置いたか。

 後から思い出して書いたところには、そう分かる印もつけていた。


「ここまで書くと、前のことを昨日と間違えずに済むね」


「私、順番を入れ替えて覚えていることがあるので」


 ミナが答えると、トリは笑った。


「私もあるよ。毎日同じ道を行ってると、余計にね」


 その日の午後、タルカの商会から担当者と香油の職人が来た。

 最初の比較ができるようになったら、と約束していた訪問だった。


 職人はミナたちの見た順番を聞く前に、番号だけつけた試料を確かめた。

 葉の状態を見て、指先で少しほぐし、匂いを比べる。


「こっちは、作業場へ届いていたものより使いやすそうだ」


 指した番号は、待ち時間の長い日に、薄く分けて運んだものだった。

 ミナは顔を上げた。


「でも、以前の採取地のものと同じになったわけじゃない。油に移したときも確かめたいから、この分は持って帰っていいかい」


「はい。残す分と、分けてあります」


 小さな袋へ札を添え、記録の写しも渡した。

 職人がそれを読む間、ミナは膝の上で手を揃えた。


     *


「で、明日からどうしようか」


 トリが言った。

 皆の目が、机の上から、壁へ立てかけた籠へ移った。


「少なく採ればいいのは分かるけど、それでは往復が増える。今の道だと、それも困るんだ」


 ゼルが、床に置かれた浅い笊を見た。


「待っている間だけ広げるなら、ここで使っているものを借りられないか」


「舟待ちの小屋に置くの?」


「そうだ。歩く間は籠に入れる。舟がすぐ来るなら、そのまま運ぶ。待つなら、一度出す」


 ミナは、荷を集める小屋を思い浮かべた。

 日陰の広さにも限りがあり、ほかの荷を置く場所まで使うわけにはいかない。


「積み込むときに、急いで戻すことになりませんか?」


「なるな」


 ゼルは頷いた。


「だから、運び手にも話を聞く。こちらだけで決めても続かん」


 結局、皆で小屋へ行くことになった。


 荷運びの人は話を聞き、軒の内側を指した。

 今は使っていない板が、壁へ立てかけてあった。


「この幅なら、邪魔にならない。棚にしてもいいけど、舟が来てから一枚ずつ詰め直されると待つことになるよ」


「布ごと持ち上げて戻せたら、どうでしょうか」


 ミナは、試料を包んだ布を広げて見せた。

 葉を載せて運ぶところまでは試している。

 待つ間だけでも、籠の中から出せるかもしれなかった。


 トリが籠を持ってきた。

 布の端を残して敷き、乾燥に使う葉を少し載せる。

 二人で持ち上げてみると、真ん中へ寄りすぎた。


「これじゃ、出した先でも重なるね」


「もう少し小さく分けます」


 ミナは布を畳み直した。

 今度は一包みずつ、浅い笊へ移してから開く。

 端まで広げる作業は残るが、一本ずつ取り出すよりは早かった。


 戻すときにかかる時間も、運び手に見てもらった。


「これなら、積む荷を揃えている間にできるね」


 トリが布を引き寄せた。


「大きさを覚えておこう。家にある古い布で足りると思う」


 ミナは、小屋の壁へ目を向けた。

 少し前には、そこはただ、荷物を待たせる場所だった。

 今は、使える棚の高さを皆で測っていた。


     *


 商会への報告は、宿の机でまとめた。


 見たことと、聞いたこと。

 比べて違いがありそうだったこと。

 まだ確かめられていないこと。


 産地そのものの違いは、今回だけでは分からない。

 花の違う、似た草の話も聞いたが、その株はまだ見ていなかった。

 ミナは、その二つを消さずに残した。


 担当者は写しを読み、札をつけた試料と照らし合わせた。


「誰に、どこを確かめればいいのかが分かりますね。続きも頼みやすい」


「まだ、全部の理由は分かっていませんけど」


「ええ。でも、今から変えられることも分かりました。こちらで、棚と布の費用を相談しておきます」


 ミナは頷いた。

 誰かの手間だけを増やすことにならず、少し安心した。


 今回の仕事の分として、報酬も受け取った。

 葉の重さを量って渡すときとは、少し違う緊張があった。


 舟を待った時間も、荷物を置いた場所も、ただ見ていたわけではなかった。

 書いて持ち帰れば、次の仕事をする人へ渡せる。


「ありがとうございました」


 ミナが頭を下げると、担当者は次の依頼先の紙を出した。


「この先は、川を下った町で。別の産地から届く素材も、そこで集まります」


 ゼルが横から地名を確かめた。


「途中で一晩、泊まる。舟の出る日は、明日聞いてくる」


「宿ですか?」


「川沿いの野営地だ。今の状況は、出発前に確認する」


 ミナは袋の底に入れたテントを思い出した。

 宿へ着くたびに荷物を出しても、そこだけは畳んだままだった。


「では、今日のうちに広げて確かめておきます」


「杭と紐もな」


「はい」


     *


 出発の前日、トリが宿へ来てくれた。


 手には、小さく畳んだ布を持っていた。

 昨日相談した大きさに合わせて、端を縫ったものだった。


「これで、明日から試してみる。忙しくて続けられないようなら、それも商会へ伝えるよ」


「お願いします。困ったところも、教えていただけたら」


 トリは頷き、それから庭を見た。

 ミナのテントが、張ったままになっている。

 布の内側も乾かしてから、しまうつもりだった。


「あんたは、もう次へ行くんだね」


「はい。別の土地のものも見て、比べたいので」


「また来るなら、声をかけな。今度は、あの上に生える草も見せるよ」


「ありがとうございます」


 ミナは記録帳へ、その約束も書き足した。


 トリを見送った後、ゼルと荷物を確かめた。

 テントを畳み、紐をまとめ、濡れていないことを見てから袋へ入れる。


「昼の分は、何を買う」


 ゼルが尋ねた。


「明日は、出発前のお店で見ようと思っています。夜に作る分も、足りないものを買っておきたいです」


「なら、荷の隙間を少し残しておけ」


 ミナは袋の口を締めかけて、手を止めた。

 きれいに詰め終わることばかり考えていた。


「……はい。二人分ですものね」


 ゼルは、いつもと同じ顔で頷いた。

 ミナは着替えの包みを、もう少し小さく畳み直した。


     *


 玄関へ入るなり、バルドは大きく息を吐いた。


「ただいま」


「おかえりなさい。袋、そこで開けないでね。先に外の土を落として」


 妻に言われ、バルドは背負い袋を持ったまま、もう一度戸口へ戻った。

 エルディアでの合同演習から戻って以降、各地のギルドを回って講習を続けていた。

 今回は、久しぶりの帰宅だった。


 手を洗って食卓へ着くと、見慣れた器が置かれた。

 旅先の食事に不満はなかったが、この器を見ると肩の力が抜けた。


「ミナちゃん、ルガンに着いたって」


「そうか。無事に着いたなら……ルガン?」


 バルドの手が止まった。

 妻が向かいへ座る。


「知らなかったの?」


「次の旅に出るというのは、聞いていたんだが」


 巡回中も、見られるときには記録を見ていた。

 けれど、全部ではない。

 帰国したところから、帰郷と次の仕事の相談が、頭の中で繋がっていなかった。


「あの子と同じ国か」


「そう。それで思い出したけど、手紙が来てるわよ」


 妻が棚から封筒を二つ持ってきた。

 長男からは、王国兵としての勤めと、次に休めそうな時期。

 次男からは、ルガンで世話になっている彫刻の工房について書いてあった。


 バルドは、次男の手紙を開いた。

 知らない木の扱いを教わったこと。まだ同じ失敗をすること。

 次に別の工房へ移る前に、今の仕事を仕上げたいということ。


「……元気にやっているな」


「ええ。ミナちゃんにも、教えてあげる?」


 バルドは少し考え、首を横に振った。


「今はいい。彼女にも、仕事と旅の予定がある」


「近くなら、寄ってくれるかもしれないわよ」


「だからだ。気を遣わせたくない。あいつにも、修行があるだろう」


 妻は頷き、冷める前に食べるよう促した。

 バルドは手紙を畳み、汁物の椀を持った。


 食後、次男へ返事を書く紙を出した。

 息子のいる町の名を確かめ、今度は配信の記録を開く。


 水晶の向こうで、ミナが見慣れない黄色い実を切っていた。

 画面の外から、落ち着いた低い声がする。


 知らない土地で、一緒に食べる相手ができたらしい。

 バルドは少し笑い、椅子へ深く座り直した。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

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