第126話 いつもの材料がありません
朝の葉は、まだ乾ききっていなかった。
ミナは二つの笊を覗き、札が昨日のままついていることを確かめた。
端は少し縮れていたが、重なったところには柔らかさが残っている。
「今日は持って帰れそうですか?」
「まだだね。ここで袋へ入れると、後がよくない」
トリが葉を薄く広げ直した。
ミナも教わった通りに、もう一方の葉を返した。
匂いを確かめても、今の自分にははっきりした違いが分からなかった。
それも、そのまま書く。
「すぐ分からないと、困るかい」
「いえ。乾く前に、乾いたものと比べても違ってしまうので」
「そうだね」
トリは別の笊を持ってきた。
こちらは、昨日より前に採ったものだった。
葉を手に取ると、ミナの指の間で軽い音がした。
「このくらいまで待つ。雨の日には、もう少しかかるよ」
ミナは頷いた。
泊まって確かめられるようにしておいて、よかったと思った。
*
その日は、採取したものを集める場所と、舟へ積み込むところを見せてもらった。
岸の小屋には籠が並び、運ぶ人の名を書いた札が結ばれていた。
いくつかは木陰にあったが、昼近くなると日が差す場所もある。
ミナは昨日聞いたことを思い出し、普段どこへ置いているのか尋ねた。
「空いているところだよ。向こうが塞がっていれば、こっち」
運び手が小屋の軒先を示した。
「舟が遅れたときも、ここですか?」
「そう。雨なら中へ入れる」
ミナは、待つ時間だけでなく、待っている場所も書き留めた。
ゼルは舟から岸へ渡した板を確かめていた。
荷を背負った人が通り終わるまで待ってから、ミナを呼んだ。
「ここの仕事は、今日はここまでだ。昼の積み込みが始まる」
「はい。ありがとうございました」
ミナは運び手へ頭を下げた。
籠を動かす手を止めてもらった分、教わったことを忘れずに書いておきたかった。
*
昼食の後、ミナは夕飯の材料を買いに出た。
集落の通りは短く、軒下の売り台を何軒か回ると、また舟の見える場所へ戻った。
干した魚が紐に下がり、穀物の袋には木の匙が差してある。
青い葉物は籠へ盛られていたが、見慣れたものは少なかった。
「小麦粉は、ありますか?」
一軒で尋ねると、店の女性は奥から小さな袋を出した。
値段を聞いて、ミナはもう一度、袋の大きさを見た。
「この袋で、ですか?」
「そうだよ。欲しい人が少ないし、運んでくるものだからね」
リュネールなら、同じ金額でもっと買えた。
タルカで買った粉は、ここにもあった。
けれど、同じように練っても伸び方は違う。
いつもの生地を作るつもりで、同じ量の水を入れるわけにはいかなかった。
「今日は、やめておきます」
袋を戻してもらい、次に香草を尋ねた。
名前を言っても伝わらず、持っている乾いたものを少し見せる。
「うちにはないね。タルカの大きな店なら、あるかもしれないけど」
その香草は、コルナでもよく使っていた。
肉と煮れば、知っている匂いになる。
サハルでも手に入ったので、つい、次の町にもある気がしていた。
ミナは包みを閉じた。
残っている分は、あまり多くなかった。
*
ゼルが、隣の売り台で足を止めた。
「こっちなら、量を選べる」
台の上には、皮の厚い丸い実が並んでいた。
切ったものを見ると、中は黄色く、種の周りに柔らかな筋がある。
ミナの知っている南瓜に似ていたが、皮はもっと薄い緑だった。
「甘いんですか?」
「煮ると、少しな。今はよく出る」
売り手の男性が答えた。
ミナは小さく切ってもらえるか尋ね、それから食べ方を聞いた。
「皮を取って、茹でて塩だよ。豆と一緒でもいい」
「焼いたりは、しませんか?」
「できるだろうけど、俺はしないね。鍋に入れておけば済むから」
男性はそう言って、頼まれた分を切り分けた。
ゼルも、特に不思議そうな様子はなかった。
「ゼルさんも、茹でて召し上がるんですか?」
「自分で作るなら。火が通って、腹がもてば困らん」
ミナは昨日の空になった容器を思い出した。
おいしくなかったわけではないはずだった。
「おいしい方が、嬉しくはありませんか?」
「嬉しい。だが、どうすればそうなるかは知らん」
ゼルは黄色い切り口を見た。
「同じものを食べるために、毎回長く作業するなら、先に食べて休む」
ミナは少し考えた。
採取から戻り、道具を洗って、翌日の支度もする。
その後に料理の手順を増やすとなれば、そう思う日もあるのだろう。
店先では、昼の仕事を終えた人が、茹でた豆の包みを買っていた。
受け取ると、そのまま歩きながら口へ運んでいく。
ミナは丸い実の切れ端と、玉ねぎを買った。
肉の代わりに、少しの燻製魚も選んだ。
ゼルがよく食べると言ったもので、骨を外して使うつもりだった。
*
宿へ戻ると、かまどの近くで、女主人が鍋を混ぜていた。
ミナが買ってきたものを見せると、黄色い実を指して頷いた。
「それなら、すぐ煮えるよ。水を入れすぎないことだね」
「崩れやすいんですか?」
「うん。うちでは、少し形を残す。全部潰すと嫌がるのがいてさ」
女主人は、食堂の隅で網を直している夫へ目を向けた。
「腹に入れば同じだって言うくせに、そこだけはうるさいんだよ」
「歯応えは違うだろう」
向こうから返事が来て、ミナは笑った。
細かく料理の話をしなくても、好きな食べ方はあるらしかった。
かまどを使える時間を確かめ、ミナは下ごしらえを始めた。
黄色い実は、まず小さな一切れだけ煮てみる。
皮をどのくらい厚く取るのか、女主人にも見てもらった。
柔らかくなるまでの時間を確かめ、その間に玉ねぎを切った。
新しい包丁は、大きな実を切り分けるときに使った。
細かい骨を取るときは、小さい方へ持ち替える。
魚の身は塩気が強かったので、味つけの塩は、まだ出さなかった。
*
夕方、ミナは許可をもらって水晶を置いた。
映るのは、自分の手元と鍋の周りだけにした。
「今日は、買おうと思っていた材料が揃わなくて、別のものにしました」
挨拶の後に話すと、文字が届いた。
〈木の匙:何を作る予定だったの?〉
「最初は、生地で具を包もうと思っていました。でも、いつもの粉は高くて。香草も、こちらにはなかったんです」
ミナは、切った材料を見せた。
「なので、今日はこれを煮ます。少しだけ、先に焼いてみますね」
鍋の底へ油を薄く引き、黄色い実を並べた。
すぐには返さず、焼ける音を聞く。
端を持ち上げると、薄い焼き色がついていた。
いったん皿へ取り出し、同じ鍋で玉ねぎを炒める。
燻製魚をほぐして加えると、煙の匂いが温まって広がった。
そこへ焼いた実を戻し、水を少し注いだ。
〈石畳:宿で出たのは、白っぽい煮汁だったな。焼くと色がつくんですね〉
「はい。鍋についたところも、お湯で緩めて一緒にします」
底を木べらで軽くなぞった。
焦げつかせずに残った焼き色が、煮汁へ溶けていく。
脇では、ゼルが翌日の道について書いた紙を確かめていた。
水晶には映っていない。
配信のことは先に説明し、顔を映すのは、また相談してからにしてあった。
「それも、混ぜるのか」
ゼルが鍋を見て言った。
「はい。黒く焦がしたら苦くなりますけど、今日のは大丈夫です」
ミナは匙へ少し取り、味を確かめた。
魚の塩気が出ていた。
残りを煮てから、足りなければ塩を足せばよかった。
「ここからは、待つだけです」
蓋をして、火を弱めた。
ゼルはしばらく鍋を見ていたが、やがて紙へ目を戻した。
*
出来上がった鍋を開けると、黄色い実は角を残したまま柔らかくなっていた。
少しだけ潰れたところが、煮汁にとろみをつけている。
玉ねぎと魚を一緒にすくって、二つの器へ分けた。
昼に宿で分けてもらった蒸し雑穀も添える。
「熱いので、気をつけてください」
ゼルは器を受け取り、一口食べた。
次に、黄色い実だけを匙へ載せた。
「同じ材料か」
「はい。買ったものと、お水と油です。塩は、魚から出た分で足りました」
ゼルは、切り口の焼き色を見た。
「焼いたからか」
「それもあると思います。こちらの実が甘かったので、魚の塩気と合いました」
ミナも食べた。
いつもの香草は入っていない。
でも、燻製の匂いと、焼いたところの香ばしさがあった。
知っている味に戻そうとしなくても、これはおいしかった。
〈木の匙:いつもの鍋で、知らない料理ができたね〉
文字を読んで、ミナは鍋へ目を向けた。
「そうですね。食べ方を教えていただけたので、作れました」
女主人にも、味見の小皿を渡した。
一口食べると、女主人は夫を呼んだ。
「これ、ちょっと食べてごらん。形も残ってるよ」
「そこばっかり言うな」
ミナは笑いそうになり、匙を置いた。
配信の向こうにも聞こえたらしく、短い笑いの文字が届いた。
*
配信を終えてから、ゼルが空の器を返した。
「何度も鍋を替えていると思った」
「一つです。途中で取り出すお皿は使いましたけど」
「焼いて、出して、戻すのか」
「はい。玉ねぎを炒める場所が欲しかったので」
ゼルは鍋と皿を見比べた。
それから、残っていた自分の紙を畳んだ。
「待っている間は、別のことができるな」
「焦げないように、ときどき見ますけど」
「そうか」
ミナは器を重ねた。
これでゼルが料理を好きになるとは限らない。
明日も、自分だけなら茹でて塩で食べるのかもしれない。
けれど、今日は作り方を聞いてくれた。
「次も、同じように作るか」
尋ねられて、ミナは少し考えた。
「材料によります。次の町では、別のものがあるかもしれませんから」
ゼルは頷き、洗い場へ運ぶ水桶を持ち上げた。
「なら、売っているものを見てから決めればいい」
ミナは、まだ少し残っている王国の香草を袋へ戻した。
使い切ったら困ると思っていた包みが、さっきより軽く感じられた。
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