第124話 川の道を教わります
ゼルのラウマは、ミナのものよりずっと多かった。
同じ店の、同じ蒸し器から盛られている。
けれど器の底の深さが違った。
ミナが目を向けると、ゼルは匙を止めた。
「足りなかったか」
「いえ。大きな器もあったんですね」
「頼めば出る」
ゼルは、また食べ始めた。
たれを混ぜる手が大きかった。
川辺で食べたものについて聞くと、葉で包む家もあれば、蒸し器の底に葉を敷く家もあったという。
使う葉の名前を聞いたところで、ゼルがミナの器を指した。
「冷めるぞ」
「……はい」
書くのは、食べ終わってからにした。
*
午後に訪ねたのは、油や香草を扱う小さな作業場だった。
軒下に浅い笊が並び、開いた窓から乾いた葉の匂いがした。
机の上には、商会で見たものと同じ名札の袋が置かれていた。
職人は、ミナが持ってきた紹介の紙を読み、二つの小瓶を出した。
「同じ量で作っても、こっちは香りが足りない。葉を増やすと、今度は余計なものまで多くなる」
片方ずつ蓋を開けてもらった。
ミナは手で軽くあおぎ、匂いを確かめた。
同じような香りだったが、後に残る感じが違った。
「こちらの草は、何に使うものですか?」
「主に、虫除けに使う香油だよ。店によって混ぜるものは違うけど、うちでは葉を使う」
職人が袋から一つまみ取り出した。
葉に交じって、細い茎が落ちた。
「茎も、少しなら構わない。ただ、細かく砕けてしまうと、量を分けて量りにくい」
ミナは、午前中に広げた三つの袋を思い出した。
「茎が多いから香りが弱い、ということですか?」
「それもあるかもしれない。でも、それだけなら、選り分ければ済む。今回のは、葉を揃えても前と違うんだ」
ミナは書きかけた筆を止めた。
分かりやすい違いを見つけると、それが理由のように思えてしまった。
「いつから変わりましたか」
尋ね直すと、職人は帳面を取り出した。
仕入れ先の記録が残っていた。
*
以前の採取地は、魔物の異変が起きた際に、しばらく入れなくなったらしい。
その間、別の場所で採ったものが届くようになった。
「魔物は、もういないんですか?」
「大きな騒ぎは収まってる。討伐も済んだ。ただ、前の道が全部戻ったわけじゃない」
ゼルが答えた。
「橋が落ちた場所もある。人が通れても、荷車が通れなければ運び方が変わる」
職人も頷いた。
「届かないよりは、ずっと助かったんだよ。だから、今のものをどう使えばいいかも知りたい」
ミナは、二つの小瓶をもう一度見た。
前と違うから、全部駄目だと言っているのではなかった。
採った場所が変わったこと。
途中で使う道も変わったこと。
乾かす場所や、袋へ詰めるまでの扱いは、まだ分からない。
職人に確かめながら、聞けたことを書き留めた。
「採取したままの葉も、少量お持ちしたいです。乾かしたものと比べられるように」
「それは助かる。こっちでも見てみよう」
ゼルが横から尋ねた。
「運ぶ間、水を含ませるのか」
「まだ、こちらの葉がどのくらい傷みやすいか分からなくて。採る方にも聞いてから決めたいです」
「なら、包むものは何種類か持っていけ」
ミナは頷いた。
いつもの布だけで済ませずに、現地で使っているものも見せてもらおうと思った。
*
商会へ戻ると、川沿いの道について知らせが届いていた。
翌朝、まず川の船着き場のある集落へ移動する。
そこから採取地へ入る前に、地元で採っている人と合流する予定だった。
担当者は、町の印のついた書類とは別に、もう一枚の紙を渡した。
「こちらは向こうで見せてください。採取する場所の管理が違いますので」
「同じルガンでも、別に確かめるんですね」
「ええ。ルガン連邦は、自治を持つ町や地域が集まった国なんです。国全体のことは代表者の評議会で決めますが、土地の使い方などは、それぞれの決まりがあります」
アルセリアのように、国王が治める国ではなかった。
ミナは二枚の紙を重ねかけ、すぐに分け直した。
「では、この紙をいただいても、着いてから確認するんですね」
「はい。使ってはいけない岸や、渡れない時間があることも。ゼルさんがご存じですが、現地の最新の話を聞いてください」
ミナは、それぞれの紙の役目を確かめて袋へ入れた。
地図の線を越えるときに聞くことが、一つ増えた。
*
夕方、宿の裏庭で荷物を広げた。
ゼルはミナの袋を持ち上げ、紐の縫いつけてあるところを見た。
自分の体に合わせて締め直すように言われ、ミナは背負って歩いた。
「その高さならいい。外に下げるものは減らせ。岸の枝に引っかかる」
ミナは小鍋の位置を変えた。
取り出しやすさだけを考えていたが、場所によっては邪魔になる。
「舟に乗るなら、こちらも濡れないようにしたいです」
記録帳を示すと、ゼルは薄く油を引いた布を見せた。
商会から借りる道具の一つだった。
「口を上にして包め。落とせば必ず無事、というものではない」
「はい」
ミナは自分で包み、開いて、もう一度包んだ。
帳面の角が布を突っ張らないように、向きを変える。
その脇には、明日の食事に使う食材があった。
市場で量を確かめて買った卵と玉ねぎ、それから挽いた穀物の粉だった。
「昼は、途中で買えますか?」
「船着き場に店がある。開いていればだが」
「では、少し持っていきます。ゼルさんの分も、作りましょうか」
琥珀色の目が、食材へ向いた。
「仕事に含まれてはいないぞ」
「はい。私も食べるので、一緒に作れます。費用は、使った分を後で」
「それなら頼む。食べられないものはない」
ミナは昼の器を思い出した。
「量は、大きい方ですね」
「そうだ」
それだけは、間違えずに分かった。
*
翌朝のかまどでは、小鍋から湯気が上がっていた。
ミナは買った粉へ熱い湯を少しずつ加え、匙で練った。
小麦粉のようには伸びなかったが、店で教わった通り、温かいうちならまとまった。
平たく小さく形を整え、湯へ落とす。
茹でたものを一つ割り、真ん中まで火が通ったか確かめた。
それから水気を切って、別の鍋で炒めておいた玉ねぎと合わせる。
溶いた卵を加え、固まるまで返した。
宿の女主人が、脇を通って鍋を覗いた。
「へえ。その粉を卵と食べるのかい」
「いつもの粉とは違うので、小さくしてみました」
「それなら食べやすそうだね。冷めると、少し締まるよ」
ミナは一つ、別の皿へ取って冷ました。
待っている間に使った道具を洗い、火を落とす。
冷めた方をかじると、たしかに少し歯応えが増していた。
でも、小さいので食べにくくはなかった。
自分の分と、ゼルの分。
二つの容器へ分け、湯気が収まってから蓋をした。
*
町を離れると、道は緩く下り始めた。
荷を運ぶ小さな一行に混じり、ミナとゼルも歩いた。
低い木の間から、遠くに白く光るものが見えた。
川だった。
下るにつれて、道脇の草が背を伸ばした。
風が止まると、首筋に汗が残る。
ミナは水を飲み、上着を入れた袋を少し締め直した。
昼前には、川べりの集落へ着いた。
杭へ繋がれた舟が、濁った水の上でゆっくり揺れていた。
軒下には籠が重ねられ、干してある布が川風にはためいている。
決められた窓口へ紙を出し、到着を知らせた。
採取を案内してくれる人は、午後に戻るという。
待つ間、ゼルがミナを岸の少し高いところへ連れていった。
「あそこを見ろ」
指した先の木に、枯れ草が絡んでいた。
今の水面より、ずっと高いところだった。
「水が、あそこまで来たんですか?」
「来た跡だ。いつ来たかは、ここの者に聞く。異変の時に来たのかもしれない」
ミナは今いる場所を見た。
草の絡んだ高さを延ばすと、足元も水の下になる。
「ここで休めそうだと思いました」
「異変前と違って地図も役にたたない場所がある。地図より見えるものを信頼しろ」
ゼルは、集落の方へ続く坂を示した。
ミナはその先まで目で追った。
教えてもらわなければ、平らで座りやすいところだけを探していたかもしれない。
*
昼食は、集落の休憩場所を借りて食べた。
手を洗ってから、ミナは二つの容器を出した。
ゼルへ大きい方を渡し、匙も添える。
「粉を茹でて、卵と玉ねぎで合わせました。こちらの粉は、初めて使ったので」
ゼルは一口食べた。
口が動き、止まり、もう一口食べた。
ミナは自分の匙を持ったまま、少し待った。
「……固くありませんか?」
「このくらいなら問題ない」
また一口。
表情は変わらなかった。
「味は、どうでしょうか」
ゼルが顔を上げた。
「うまい」
「うまい」
短く二回言って、器へ目を戻す。
ミナはようやく、自分の分に匙を入れた。
玉ねぎの甘さと卵が、素朴な粒の味に合っていた。
「よかったです」
「うまくなかったら、言った方がいいのか」
「はい。次に変えられるので」
ゼルは少し考えるように、匙を止めた。
「なら、明日はもう少し多くてもいい」
ミナは、大きい方の容器を見た。
もう半分以上なくなっていた。
「……はい。覚えておきます」
味の感想は短かった。
でも、空になっていく器なら、ミナにも分かった。
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