↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
122/200

第122話 道の途中で会いました

 出発する朝、ラグは下宿の前で待っていた。


 ミナの袋へ目を向け、それから足元を見た。

 靴は修繕してもらい、昨日も履いて歩いてある。


「忘れ物はありませんか」


「たぶん、大丈夫です。三回見ました」


「それなら、私が四回目をするのはやめておきましょう」


 ミナが笑うと、ラグも目を細めた。

 右手には、小さな包みを持っていた。


「こちらは、今日のお昼に」


 中身を聞くと、パンと、豆を潰して焼いたものだという。

 昨日のうちに試して、自分でも食べてみたらしい。


「少し崩れやすいので、上に重いものを載せないようにお願いします」


「ラグさんが作ったんですか?」


「ええ。持ち歩く料理も、一つ覚えようと思いまして」


 ミナは両手で受け取った。

 包みからは、ほんのり焼いた豆の匂いがした。


「ありがとうございます。お昼が楽しみです」


 下宿の管理人にも挨拶し、荷車の集まる広場へ向かった。

 ラグは、そこまで一緒に歩いてくれた。


     *


 広場では、荷の数を確かめる声が飛んでいた。


 ミナは商会の人へ名前を伝え、同行する者の集まる場所へ案内された。

 道中の責任者から、歩く位置と休憩の合図を教わる。

 勝手に列を離れないこと。遅れそうなら、早めに知らせること。

 見覚えのある薬草を見つけても、採るために立ち止まってはいけなかった。


「採取の仕事に行くんだったね。道で気になるものは出てくるだろうけど」


「はい。場所を覚えるだけにします」


 返事をすると、相手は頷いた。


 出発までの間に、ミナはラグのところへ戻った。

 話しておきたいことは、昨日までに話したつもりだった。

 それでも、いざ出るとなると、何か残っている気がした。


「……お仕事、気をつけてくださいね」


「そちらも。困ったときは、現地の方を頼ってください。エルディアの経験が活きるといいですね」


「はい」


「分からないまま、できる顔をする必要はありませんから」


 ミナは頷いた。

 それなら、前よりできると思った。

 教えてほしいと頼んで、覚えられたことがたくさんある。

 そしてダリヤからそれは長所だと言われたことを思い出す。


 列が動き始めた。


「行ってきます」


「いってらっしゃい、ミナさん」


 ラグが手を上げた。

 ミナも振り返してから、前の荷車との間を詰めた。


 袋の上の方に、お昼の包みが入っている。

 背負い直すときは、そこを押さないようにした。


     *


 最初の宿に着いたとき、まだ外は明るかった。


 荷を下ろす場所と、翌朝の集合を確かめる。

 水を汲み、靴を脱いで足も見た。

 擦れて赤くなったところはなかったが、ふくらはぎには歩いた分の張りがあった。


 ミナは腰を下ろし、ゆっくり足首を動かした。

 以前なら、宿へ着くとしばらく袋を開けるのも億劫だった。

 今日は、休んだ後に夕飯を食べる場所を見に行く余裕があった。


 食事を終えてから、宿の人へ配信してよい場所を尋ねた。

 庭の端なら、荷やほかの客を映さずに済む。

 水晶の向きを確かめ、自分と壁だけが入るように置いた。


「こんばんは。今日、リュネールを出ました」


 画面の向こうへ挨拶する。

 しばらくして、見覚えのある名前が出た。


〈サフィナ:間に合った! もう出発したんだね。あ、サハルのサフィナ!結局ニックネームの登録よくわからなくて〉


 サフィナらしい。そう思ってミナは少し笑った。


「サフィナさん。はい。今日は、最初の宿です」


〈サフィナ:また遠くなっちゃうね。足は大丈夫?〉


「大丈夫です。靴も直していただきましたし、今日は豆もできていません」


 ミナは、昼に食べた包みを思い出して少し笑った。


「食べる方の豆は、いただきました。ラグさんが、お昼を作ってくださったんです」


〈サフィナ:えっ、あのよく話してたラグさんが? ミナが教えたの?〉


「少しだけです。でも、今日のはラグさんが考えて作ってくださいました」


 豆は表面が香ばしく、中には刻んだ玉ねぎが入っていた。

 一つだけ端が崩れていたが、それも包みの中から拾って食べた。

 パンの上に載せると、ちょうどよかった。


〈サフィナ:そっか。帰ったら、作って待っててくれるかもね〉


「それも、楽しみですね」


 文字を読んでいるうちに、サハルの台所で話していたときの声を思い出した。

 サフィナは、次の文字をすぐに送ってきた。


〈サフィナ:ハーシムからも伝言。『無茶するな』だって〉


「はい。ありがとうございます。気をつけますって、伝えてください」


〈サフィナ:伝えとく。今日は一緒じゃないんだけど、ミナが次の旅に行くって話したら、それだけ言ってた〉


 ミナは、短い言い方がハーシムらしいと思った。


「サフィナさんは、採取へ行っていますか?」


〈サフィナ:行ってるよ。前に一緒に見たところ、今は違う草が伸びてる。次に来たら、また案内するね〉


「はい。見たいです」


 自分が離れた後も、あの斜面の草は育っている。

 ミナが知らない季節を、サフィナは見ているのだと思った。


「ルガンでは、一つの町だけでなく、いくつかの採取地を回ることになりました。私も、違うところを見つけたら、お話しします」


〈サフィナ:待ってる。変わった料理も忘れずに!〉


「はい。それも、ちゃんと」


 約束して、ミナは笑った。

 庭の向こうで、宿の人が灯りを運んでいた。

 長くは話さず、明日も早いのでと伝えて配信を終えた。


     *


 数日後の昼、街道の休憩所には、反対側から来た荷車も停まっていた。


 水場の周りだけは人が多かった。

 ミナは順番を待ちながら、道の向こうへ目をやった。

 土の色が、リュネールの周りより明るい。

 日当たりのよい斜面には、葉の細い草がまとまって生えていた。


 名前までは分からなかった。

 近づいて確かめたかったが、今は列を離れないことにする。


「その顔、見に行きたいけど我慢してるね」


 横から声がした。


 振り向いた先に、角のある女性が立っていた。

 旅装の裾に土埃がつき、肩の袋には使い込んだ採取道具が結ばれている。

 ミナを見る目が、楽しそうに細くなった。


「ロゼッタさん!」


「久しぶり。今度は、どっちへ?」


「ルガンへ行くところです。ロゼッタさんもですか?」


「私は帰るところ。南の街道沿いで調べる仕事があってね。ここからリュネールを通って戻るんだ」


 ミナは思わず、来た方の道を見た。


「もう少し早かったら、町でお会いできたんですね」


「そうみたい。君、戻っていたんだろう?」


「はい。コルナにも、お姉ちゃんと行ってきました」


 水を汲む順番が来た。

 ミナが水筒へ注いでいる間、ロゼッタは隣で待ってくれた。

 商隊の休憩が終わるまで、まだ少し時間がある。

 責任者に知り合いと話すことを伝え、荷車の見える木陰へ移った。


     *


「帰郷はどうだった?」


「行ってよかったです。お世話になった方にも会えて。食堂も、町の方が掃除してくださっていました」


「大事にされていたんだね」


「はい」


 ミナは、棚の上で見つけた箱のことも話した。

 看板と、大きな包丁が入っていたこと。

 包丁はリゼに見てもらい、使い方を確かめていること。


 ロゼッタは途中で急かさず、聞いてくれた。


「それは、よかった。君が帰って、見つけられて」


 ミナは袋の紐へ触れた。

 新しい包丁は、布の下に収まっている。


「ロゼッタさんにも、もう少しゆっくり、お話ししたかったです」


「私も。前に会ったときより、聞くことが随分増えたみたいだ」


 ロゼッタはミナの手元を見た。

 休憩の間に書こうとしていた記録帳を、まだ持っていた。


「ルガンでは、何を調べるの?」


 ミナは依頼の内容を説明した。

 産地が変わり、同じ名で納められる素材の状態に差が出ている。

 採る場所や時期だけでなく、乾かし方や運び方も確かめたい。


「一度に全部、分かるとは思っていません。でも、比べられるように書きたいです」


「うん。向こうの人が、何を同じものとして扱っているかも聞いてみるといい」


「種類が違うかもしれない、ということですか?」


「それもある。こちらでは分けて呼ぶ草を、同じ用途だから一つの名前で呼んでいることもあるし、逆もあるよ」


 ミナは帳面を開いた。

 薬草の名前だけを揃えても、比べるものが違っているかもしれなかった。


「使う方にも、お話を聞ける予定です」


「それなら、話が早いね。どの部分が必要で、何が混ざると困るのか。採る人と使う人で、気にするところが違うこともあるから」


 ミナは短く書き留めた。

 サハルで葉の状態を褒めてもらったときも、使う人の望む形で渡せたからだった。


「ルガンは、ずっと暑いのでしょうか」


「行く場所によるね。川沿いと高い土地では、着るものも草の育つ時期も違う。南へ進む日でも、坂を上がって冷えることはあるよ」


「上着は、入れました」


「なら、よし」


 ロゼッタが笑った。


「それと、雨の話を聞くときは、その町で降った雨だけだと思わないこと」


 ミナは筆を止めた。


「上流で降ると、川が増えるからですか?」


「そう。晴れているから水辺へ行こう、とは限らない。向こうの案内役に、よく聞いてごらん」


「はい」


 覚えたいことが、また増えた。

 ミナは斜面の草へ目を向けた。


「あの草も、近くで見ないと分からなくて」


「今の距離で分かったことにしないのは、いいことだよ」


 ロゼッタは同じ方を見た。


「私なら、花と根元も見たいね。葉だけ似ているものがある」


「……一緒に採取へ行けたら、たくさん教えていただけそうです」


「今度、時間を合わせようか。講習の続きみたいにして」


 ミナは顔を上げた。


「いいんですか?」


「もちろん。君が覚えてきたことも、聞きたいしね。私が全部知っていると思って来られると困るけど」


「そんなふうには」


「少し思っただろう?」


 ミナは返事に詰まり、ロゼッタが笑った。


     *


 出発を知らせる声がした。


 短いと思った休憩が、もう終わろうとしていた。

 ミナは帳面を閉じ、立ち上がった。


「ありがとうございました。ルガンに着いたら、また配信でもお話しします」


「見られるときに見せてもらうよ。最近は記録を後から見ることが多くてね」


「はい。お時間のあるときに」


 ロゼッタは袋を肩へ掛け直した。

 来たときとは反対の方へ、歩き出す支度をする。


「次に会ったら、今日の続きから聞かせて」


「……きっと、長くなります」


「じゃあ、お茶を多めに用意しよう」


 ミナは笑い、頭を下げた。

 列へ戻る途中で振り返ると、ロゼッタが手を振っていた。


 行く人と、帰る人。

 少し前なら、同じ町にいても会えなかったかもしれない。

 今日は道の途中で、顔を見て話せた。


 荷車が動いた。

 ミナは前を向き、歩き出した。


 帰ってから話したい相手が、また一人増えていた。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。