↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
121/167

第121話 持っていくもの

 工房へ持っていく袋から、魚の尾が出ていた。


 ミナは包みを押さえ、戸口で立ち止まった。

 もう少し深い袋にすればよかったと思ったが、今から戻るほどではない。

 中へ声をかけると、リゼが顔を出した。


「おはよう。……夕飯の相談だったかしら」


「包丁を試すなら、普段切るものを持ってくるようにと」


「ええ。そう言ったわね」


 リゼは尾を見て、口元を緩めた。


「ちょうどよかった。工房の方にも台所を借りてあるから」


 前に来てから、数日が経っていた。

 セリカはもう仕事へ戻り、今日はミナ一人だった。

 袋の中には魚のほかに、布と、使い慣れた小さな包丁も入っている。


     *


 新しい包丁は、卓の上で鞘に収まっていた。


 リゼは、その隣へ紙を置いた。

 細かな線が何本も描かれている。ところどころに、別の色で印がついていた。


「先に言っておくと、全部を読み終えたわけではないの」


 ミナは頷いた。


「ただ、普通に使う範囲で、どこへ魔力が流れるかは確かめられた。今日は、あなたの手で使ったときも同じかを見たい」


「強く入れずに、ですね」


「そう。切れないところがあっても、無理に押し切らないで」


 刃を受け取ると、木の柄が掌に収まった。

 いつものものより長く、重い。

 コルナで使ったときにも感じた重さだった。


「オルヴェンさんにも、見ていただいたんですか」


「ええ。写しに意見をもらったわ。使っていない間に、余分な魔力を流し続けない。その点は、二人とも同じ読みになった」


 リゼが紙を引き寄せる。


「でも、あなた自身の魔力が増えるわけではないからね」


「はい。使えば、減ります」


「そういうこと」


 台所へ移ると、ミナはまず、まな板を置く場所を確かめた。

 下へ布を敷いて、滑らないようにする。

 魚を包みから出す前に、切り分けた身を載せる皿も用意した。


 鱗と内臓は店で取ってもらっていた。

 残っているところを確かめ、表面の水気を拭く。


「最初は、魔力を入れずにやってみます」


 頭を落とし、背へ刃を入れた。

 魚の骨に沿って、少しずつ進める。

 途中で、柄を持つ手を止めた。


「どうしたの?」


「刃先が、思っていたところより先にあります」


 小さい包丁と同じつもりで引くと、動かしすぎてしまう。

 ミナは魚を置き直し、空いている方の手もずらした。

 刃の長さが増えた分、手を動かす幅は小さくできた。


 片側の身を外したところで、一度包丁を置いた。

 骨に残った身を見て、次に刃を通す場所を確かめる。


「次は、少しだけ」


 柄を握り直した。

 目へ通すときのように、魔力を細くする。

 刃を進めると、先ほど引っかかったところを、手に強い力を入れずに通れた。


 そこで、ミナは手を止めた。


「……楽です。でも、骨に当たった感じも分かります」


「その感触は、覚えておいて」


 リゼが測定用の水晶を見た。


「切るのが楽になると、確かめる前に進めたくなるから」


 ミナは頷き、骨の位置へ視線を戻した。

 刃が通ることと、そこを切っていいことは違う。


 残りの身を外す。

 最後に腹の骨をすくときは、いつもの小さな包丁へ持ち替えた。

 こちらの方が、今は刃先を細かく動かしやすかった。


 並んだ二枚の身を見てから、リゼが尋ねた。


「大きい方だけで、全部やるかと思った」


「慣れたらできるかもしれません。でも、今日はこっちの方が薄く取れそうだったので」


「ええ。それでいいわ」


 リゼは、二本を見比べた。


「新しいものをもらったからって、前のものが急に下手になるわけじゃないものね」


     *


 魚は塩をして、工房の涼しい保存箱へ入れさせてもらった。

 昼に焼き、借りた台所のお礼に少し分ける約束をした。


 その後で、補助帯を合わせた。


 座ったときに引っ張られたところは、直っていた。

 ミナは腰を曲げ、膝を寄せて、もう一度座り直した。


「今度は、大丈夫です」


「歩いているときだけよくても、休憩するたびに外すのでは困るでしょう」


 リゼは留め具を確かめ、指で位置を示した。

 魔力を絞る仕組みが働いたときのことも、改めて説明してくれた。


「もっと動きたいと思っても、助ける力が思ったほど増えないことがある。そのときに、無理に魔力を押し込まないこと」


「足りない分を、もっと入れようとしないんですね」


「ええ。その先まで必要になったら、そもそもの動き方を変えて。あなたを守るために絞っているのに、競争されては困るわ」


 ミナは、サハルで動けなくなった体を思い出した。

 あのときは、先のことを考える余裕がなかった。

 今、説明を聞きながらでも、同じ場面になれば落ち着いていられると言い切ることはできない。


「使う前に、帰る方を見ておきます」


 リゼが顔を上げた。


「逃げるために使っても、どちらへ行けばいいか分からなかったら、困るので」


「……そうね」


 リゼは、留め具から手を離した。


「道具の使い方だけ覚えていても、足りないのよね」


 短く動かし、止めてからも歩いた。

 今日は速さを試さなかった。

 軽い荷物を持って向きを変え、台を上り、元の場所へ戻る。

 リゼに言われる前に、ミナは補助帯へ通す魔力を切った。


 足が、少し重くなった。

 けれど、床へ置く位置を確かめながら、自分の足で歩けた。


「太腿が重いです。膝は、痛くありません」


 感じたことを伝えると、リゼが書き留めた。


「今日だけで終わりにはしないで。今夜と明日の朝も、様子を教えてね」


「はい」


 補助帯を外す。

 新しくなった布を畳んでいると、リゼが小さな紙を渡した。

 確かめる場所と、異常があったら使わないことが、短く書かれていた。


「読めるところへ入れておいて。あなた、使い終わったら料理を始めそうだから」


「……先に、体を確かめます」


「今、少し考えたでしょう」


 ミナは紙を丁寧に畳んだ。

 昼に魚を焼く順番を考えていたことは、言わなかった。


     *


 翌朝も、膝や腰に痛みはなかった。

 ミナは教わった動きを確かめ、体の重さもほとんど残っていないことを伝えた。

 追加の確認を終えると、補助帯も旅へ持っていけることになった。


 その後の数日は、荷物を出したり、しまったりした。

 使える道具が増えても、袋の大きさは変わらない。

 包丁が二本になった分、ほかに減らせるものがないか考えた。


 看板は持っていかないことにした。

 下宿の管理人へ相談すると、荷物を預かっている場所を見せてくれた。

 湿り気の少ない棚へ、箱のまま置かせてもらえるという。

 預ける期間と代金を確かめ、名前を書いた札をつけた。


「大事なものなんだね」


「はい。帰ってきたら、また開けたいです」


 箱を渡した後は、部屋が少し広く見えた。


 商会から知らせが来たのは、その数日後だった。


     *


 机へ広げられた地図には、いくつもの町の名前があった。


「最初は、こちらで依頼の内容と現物を確認していただきます。その後は、採取地をいくつか回ってもらいたいそうです」


 担当者の指が、川に沿って動いた。

 別の線は、内陸へ続いていた。


「同じ町に、ずっと泊まるのではないんですね」


「ええ。前の紙では、そこがはっきりしていませんでしたね。産地を比べたいというお話ですから」


 ミナは地図へ顔を近づけた。

 最初の滞在先だけでなく、移動先で泊まる場所の手配についても書かれていた。

 同行者は採取地に合わせて相談し、危険のある場所へ一人では入らない。

 調査に必要な移動と宿泊の費用も、条件に含まれている。


「こちらの道は、いつでも通れるんですか?」


「そこは、現地で確かめてからです。雨の具合で順番を変える可能性もあると」


 ミナは、道の線を指で追うのをやめた。

 紙の上では、どの道も同じ細さだった。

 けれど、歩く場所は同じではない。


「では、ここを回れなかったときに、無理に予定を埋めなくてもいいんですね」


「はい。理由と、その時点で確かめた範囲を報告してもらいます」


 前に尋ねたことも、一つずつ確認した。

 記録を渡す相手。仕事を続ける場合の相談。配信の許可を取る相手。

 泊まる場所によって台所を使えるかは違うが、最初の町では炊事のできる宿を用意してもらえることになっていた。


「そこは、念を押しておきました」


「ありがとうございます」


 ミナが頭を下げると、担当者が笑った。


 出発する商隊の予定も、届いていた。

 まだ、準備を終える時間はある。

 ミナは日付と条件をもう一度読み、受けることを伝えた。


     *


 その日の夕方、ラグに地図を見てもらった。


 台所の卓には、潰した豆の入った鉢もある。

 約束していた作り方を試したところで、ラグは味見に使った匙を置いた。


「今回は、あちこちを回られるのですね」


「はい。荷物を、背負って歩ける重さにしておかないと」


 ラグは川沿いの印から、内陸の印へ視線を移した。


「暖かい国へ行くからといって、上着を全部置いていかないように」


「高いところは、寒いですか?」


「冷える場所もあるでしょう。泊まる予定の土地で、夜に何を着ているか聞いてみるとよいかと」


 ミナは荷物の一覧へ、小さく印をつけた。

 サハルへ行ったときより、長く歩くつもりで靴も見てもらおうと思った。


「同じ薬草でも、場所で違いがあるかもしれません。料理も、違うのでしょうか」


「帰られたときに、お聞きしたいですね」


 ラグが、豆の鉢をミナの方へ寄せた。


「こちらは、前に教わったものと同じになりましたか」


 ミナは一口食べた。

 滑らかで、前より少し塩が控えめだった。


「少し違います。でも、おいしいです。何と食べますか?」


「塩の利いた干し肉を添えようかと」


「それなら、ちょうどいいと思います」


 ラグは満足そうに頷いた。

 ミナは鉢を見ながら、旅先で聞きたいことを一つ増やした。

 料理の名前だけでなく、何と一緒に食べるのかも聞いてみよう。


     *


 夜、出発の日を知らせる手紙を書いた。


 セリカには、教わった連絡先へ。

 マルタとキリルにも、それぞれの家へ送る。

 すぐに返事をもらえるとは限らないので、最初に泊まる町と、連絡を預かってくれる商会を書き添えた。


 封をする前に、日付を確かめる。

 今度は、「行きたい」だけではなかった。


 袋の底へ、包んだテントを収めた。

 寝具、雨具、着替え。

 補助帯は取り出しやすい場所へ。二本の包丁は、それぞれ鞘と留め紐を確かめた。


 記録帳を開くと、サハルで書いた頁の端が少し擦れていた。

 その続きに、まだ白い頁が残っている。


 同じ名前で呼ばれる草が、違う土に生えているかもしれない。

 知っている料理が、知らない味で出てくるかもしれない。


 ミナは帳面を閉じ、袋へ入れた。

 確かめたいことを、全部書けるように。

 予備の紙も、少しだけ増やした。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。