第114話 四人で行ってみます
出発前に、ギルドで新しい報告を確かめた。
選んだ採取区画に、立ち入りの制限は出ていなかった。
ただ、近くの岩場では石羽鳥が目撃されている。
ミナは地図へ指を置き、通る道との距離を確かめた。
「帰りも、この道でいいでしょうか」
「そのつもりで。様子が違えば、手前で相談しましょう」
ラグが頷いた。
今日は右手の届く位置に、長い剣を提げている。
マルタは盾の紐を確かめ、キリルは袋を背負い直した。
四人で門を出る。
ミナは見慣れた道を、少し違う気持ちで歩き始めた。
*
細い道へ入ったとき、右手の茂みが鳴った。
ラグが足を止めた。
マルタがミナの右側へ寄り、キリルも同じ方を覗き込む。
ミナは後ろを振り返った。
音を立てたのは、小さな鳥だった。
枝から枝へ飛び、すぐに見えなくなった。
「……全員、あっちを見てたな」
キリルが言った。
「私は後ろを見られました。でも、左側は見ていませんでした」
ミナが答えると、ラグは道の両側へ目を向けた。
「私が前で止まったとき、全員で近づく必要はありませんね。後ろと、反対側も残しましょう」
「私、ミナの横へ行かなきゃって思っちゃった」
マルタが盾を下げた。
ミナは、狭い道の足元を見た。
「ここで並ぶと、私が槍を動かしにくいかもしれません。マルタ、少し前にいてもらえる?」
「うん。止まったときも、すぐ詰めないようにする」
「俺は、こっちを見てる。何かする前に言うから」
キリルが左側を指した。
もう一度、歩き出した。
前の日に決めたことだけでは、足りないところがあった。
実際に荷物を背負って並ぶと、声をかけたい場所も変わった。
*
目当ての薬草は、明るい斜面の下にあった。
ミナは依頼の紙を取り出した。
葉の大きさと、持ち帰る量を確かめる。
地図にある場所へ着いても、そのまま全部採ってよいわけではない。
先に周囲を見てもらい、袋を置く場所を選んだ。
マルタが少し離れたところへ立ち、ラグは道と斜面の上を見た。
「あそこの下、見えないな」
キリルが低い草の重なったところを指した。
ミナが覗き込もうとすると、片手を上げる。
「待って。少し、風を通す」
草の端が揺れた。
全部が一度に倒れるのではなく、下の方から、細い隙間が開いていく。
枯れ葉が一枚動き、その下に乾いた土が見えた。
ミナは採る株を指した。
「その葉は、動かさずにできますか」
「……こうか」
風が少しずれた。
目当ての葉は静まり、その横の草だけが揺れる。
キリルの眉間に、わずかに皺が寄った。
「ずっとは無理だぞ」
「はい。もう見えました。ありがとうございます」
風が止んだ。
ミナは足場を確かめ、袋から布を出した。
「すごいです。こんなに細かく動かせるんですね」
「昨日も言っただろ。練習してるって」
キリルは顔をそらした。
けれど、ミナが屈む前に、隣の草の下も確かめてくれた。
葉の裏を見て、必要なところへ包丁を入れる。
採った葉を布の上へ並べた。
マルタが見ている方向と、ラグの立つ場所を、ときどき顔を上げて確かめる。
「あと二株分で、揃いそうです」
「分かった。こっちは変わりないよ」
マルタが答えた。
ミナは次の葉へ手を伸ばした。
*
休憩は、帰り道へ戻った先の、開けた場所で取った。
ミナは袋を下ろし、薬草の包みを確かめた。
その隣で、キリルが水を飲んでいる。
マルタは少し離れた石へ腰を掛け、盾を足元へ置いた。
ラグは水筒を持ったまま、道の先へ目を向けていた。
「魔力は、まだ大丈夫ですか」
ミナが尋ねた。
「あれくらいなら。細かく動かす方が、頭が疲れる」
「私も、目を使い続けると、そうなることがあります」
ミナは水を一口飲み、頬にかかった髪を耳へ掛けた。
キリルが、そちらを見た。
前よりも、自分で確かめてから話すようになった気がした。
知らない場所で仕事をしてきたことが、さっきの手つきにも、言葉にも残っている。
髪を払った指先から顔へ視線を戻し、キリルは口を開いた。
「お、お前も……綺麗になったよな」
最後の方は、水筒を置く音に紛れた。
ミナはそのとき、袋の中で傾いた自分の水筒を直していた。
包みを濡らさない位置へ移し、ようやく顔を上げる。
「すみません、何か言いましたか?」
「な、何でもねえ。ちゃんと休めって言ったんだよ」
「はい。ありがとうございます」
ミナは素直に頷き、袋から手を離した。
キリルは、自分の水筒の蓋を必要以上に確かめた。
顔を上げると、マルタと目が合った。
にやり、と口元が上がる。
「……何だよ」
「べつに?」
マルタは楽しそうに足を揃えた。
ミナが二人を見比べても、それ以上は何も言わなかった。
*
帰りの道が岩場へ近づいたとき、ラグが手を上げた。
石の向こうから、乾いた音がした。
硬いものが、地面を擦るような音だった。
ミナは槍を持ち直した。
岩の陰から、石羽鳥が一羽出てきた。
翼の端が地面へ触れ、細かな砂が落ちる。
首を低くして、こちらを見ていた。
「近づかず、戻りましょう。慌てずに」
ラグが言った。
キリルが後ろを確かめる。
「戻れる。道は空いてる」
マルタが盾を構えた。
ミナは目へ薄く魔力を通し、鳥の足を見る。
一歩、後ろへ下がる。
鳥が地面を蹴った。
「来ます!」
マルタが前へ出た。
同時にラグも、剣を抜いて踏み出した。
二人の進む先が重なりかける。
「マルタさん、そこで止まってください。私は右へ」
「うん!」
マルタが足を止め、盾を斜めにした。
正面から押し返すのではなく、体ごと少し向きを変える。
ぶつかった嘴が縁を擦り、鳥の首が横へ流れた。
ミナは足腰と腕へ魔力を通した。
盾の後ろへ寄りすぎず、槍の届く距離を残す。
「キリルさん、左から回りそうです」
「左に風を入れる。槍、止めて!」
ミナは突きかけた穂先を留めた。
道の左側で草が大きく揺れ、鳥が足を踏み替える。
吹き飛ばすほどの風ではなかった。
それでも、そちらへ曲がろうとした動きが、一度止まった。
ミナは鳥の胸元へ槍を向けた。
前へ詰めさせず、足を横へずらす。
鳥の目が穂先へ向き、片方の翼が開いた。
「右の翼、来ます!」
硬い羽が、ラグの方へ振られた。
ラグは刃の手元側を斜めに添え、体を半歩ずらした。
剣へ重さが乗る前に、擦れる音を残して翼が流れる。
そのまま、剣先が戻った。
首の付け根へ刃が入り、鳥がよろめいた。
ラグは追って大きく踏み込まず、マルタの盾と並ぶ位置で止まった。
「まだ動きます。離れて」
四人で距離を取った。
鳥は翼を一度打ちつけた後、地面へ崩れた。
ミナは息を吐いた。
槍先を下げず、周囲を見直す。
「後ろ、いません」
キリルの声がした。
ラグが鳥の状態を確かめ、剣を下ろした。
*
「どこか、痛くない?」
マルタが尋ねた。
ミナは手足を確かめ、首を振った。
キリルにも、目立つ傷はなかった。
「マルタは? 盾に当たったとき……」
「大丈夫。手も、しびれてない」
指を開いて見せてから、盾の紐を確かめる。
縁には、新しい擦り傷がついていた。
ラグは剣の手元側を見た。
「少し、近かったですね。最初に私も前へ出てしまいました」
「私、受けなきゃって思った」
「ええ。あなたが受けるなら、私はそこを避けて動くべきでした」
ラグは、二人が立っていた場所へ目をやった。
ミナも自分の足元を見た。
「私も、キリルさんが風を使う前に、槍を出しかけました」
「俺が、もっと早く言えばよかった。見てから決めたから」
キリルが杖を下ろした。
「声をかけていただけたので、止められました」
ミナが言うと、キリルは頷いた。
ラグが周囲をもう一度確かめた。
「続きは、安全なところで。ここでは、必要な確認を済ませましょう」
ミナは魔力を落とし、息を整えた。
足には、まだ帰り道を歩く力が残っていた。
鳥の扱いとギルドへの報告を相談し、必要な処置をした。
持ち帰るものは薬草と分け、荷を一人へ集めないようにした。
予定を増やさず、町へ戻った。
*
納品の窓口で、薬草の包みを開いた。
葉の端が、布に沿って並んでいる。
職員が数と状態を確かめた。
「揃っています。傷みも少ないですね」
受領の印が押される。
ミナは報酬を受け取り、合流した三人へ顔を向けた。
「完了しました」
マルタが笑い、キリルが肩の力を抜いた。
ラグは石羽鳥の目撃場所と対応を、別の窓口へ報告していた。
すべて済んでから、四人で卓についた。
経費と報酬を確かめ、地図をもう一度開く。
「見る場所を分けた後は、採取しやすかったです」
「私は、ミナに近づきすぎない方がいい場所が分かった」
「魔法は、使う場所も先に言った方がいいな」
話したことを、ミナが短く書き留めた。
ラグは剣を受けたときの立ち位置について、自分の帳面へ何か書いた。
「うまくいったことも、残してくださいね」
ラグが言った。
「声をかけて、動きを変えられました。全員、無事に戻ってきています」
ミナは頁を見直し、そのことも書き足した。
四人だから、何でもできたわけではなかった。
でも、一人ではできないことを、今日は一緒にできた。
「また、一緒に行きたいです」
「おう」
今度のキリルの返事は、はっきり聞こえた。
マルタが彼の方を見て、少し笑う。
「……何だよ」
「私も、また行きたいって思っただけ」
ミナは頷き、記録帳を閉じた。
今日の頁には、四人分の話が残っていた。
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