第10話 茸を包んで焼きます
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芋に木の串を刺すと、真ん中まで通った。
ミナは火を止め、鍋の湯を切った。
共同台所の窓が、夕方の色になっている。
今日は、茸を包んで焼く。
午前中にギルドへ行き、採集路の掲示を見てきた。
この前、ガマに遭った辺りは、まだ一部が確認中だった。
別の道は通れるが、途中で枝分かれするところがある。
受付で地図を見せてもらい、帰るときの標識を確かめた。
次は、その道を歩いてみる。
遠くまで行かず、日帰りで。
手首の布は、もう外していた。
傷があったところをこすらないよう、袖を折る。
芋をつぶす前に、配信水晶を台へ置いた。
「こんにちは。今日は、茸を包んで焼きます」
文字板に、すぐ言葉が届く。
〈灰ねこ:こんにちは。芋?〉
「はい。お鍋は、もう使ったところです」
ゆでた芋を器へ移す。
木べらで押すと、ほろりと崩れた。
「前に煮込みに入れたのと、同じお芋です。今日は、つぶします」
〈針しごと:手首、もう布を取れたんだね〉
「はい。水でぬれても大丈夫になりました」
ミナは一度、手を開いた。
痛くはなかった。
「でも、まだ擦らないようにします」
文字板の端の数字が、二になった。
いつもの二人だ。
芋の大きな塊を探し、木べらを当てる。
全部がつぶれたところで、塩と少しの粉を混ぜた。
「粉は、まとめられるくらいです。多いと、硬くなってしまうので」
手で少し取り、丸めてみる。
指から離しても、崩れない。
器へ戻そうとして、水晶の横を見た。
数字が、三になっていた。
「……あ」
ミナは、丸めた芋を持ったまま止まった。
「今日は、三人ですね」
前には、二人になったのがうれしかった。
今も二人が来てくれて、もう一人いる。
誰だろう。
すぐに帰ってしまうかもしれない。
ミナは小さく頭を下げた。
「見てくださって、ありがとうございます」
*
王都の宿で、バルドは入力欄を開いていた。
挨拶は、する。
見ているだけでは、来たことが分からないだろう。
こんにちは。
文字を一つずつ選ぶ間に、少女の手元の芋が丸くなった。
こちらは、まだ最後の一文字がない。
押す。
確かめる。
送るところに触れた。
短い文が、表示された。
〈こぐま:こんにちは〉
閲覧名は、昨夜決めた。
最初に入れたものは、ほかの利用者と同じだった。
考え直して、これになった。
理由を聞かれたら、短くて打ちやすいから、と答えるつもりだった。
画面の向こうで、少女が顔を上げる。
『こぐまさん、こんにちは』
バルドは、椅子の上で背を伸ばした。
自分が映っているわけではない。
それは分かっていた。
*
「中に入れるのは、茸と玉ねぎです」
ミナは、切っておいた具を鍋へ入れた。
少しの油で、ゆっくり炒める。
玉ねぎの角が透き通り、茸から水気が出てくる。
「このまま包むと、中がぬれてしまいます」
〈灰ねこ:パンのときと、同じだね〉
「はい。先に、水気を少なくします」
木べらで返す。
鍋の底に残る汁が、少しずつ減った。
塩を加え、香草をちぎって入れる。
小皿へ移して、広げた。
「熱いままでは、包みにくいので。少し冷まします」
待っている間に、芋を分ける。
手のひらへ載せ、真ん中を薄く広げた。
具を一匙。
もう少し、入れられそうだった。
匙の先に残っていた分も、載せる。
縁を寄せた。
閉じなかった。
「……少し、多かったです」
〈針しごと:戻せる?〉
「はい。まだ、戻せます」
具を少し小皿へ戻す。
指に付いた芋をぬぐい、もう一度、縁を合わせた。
今度は閉じた。
〈こぐま:それでいい〉
ミナは文字を読んで、笑った。
「ありがとうございます。次は、このくらいにします」
平たく整えて、皿へ置く。
二つ目は、具を一匙だけ。
包む前に、匙を小皿へ戻した。
ふと、文字板の下に小さな印が出た。
見たことのある表示ではあった。
自分の配信に出るのは、初めてだった。
支援が届いています。
ミナは手を止めた。
「……こちら、私にですか?」
金額は、大きくなかった。
けれど、市場で何が買えるか、すぐに分かる額だった。
〈灰ねこ:うん。受け取って大丈夫だよ〉
〈針しごと:今夜の料理、楽しみにしてる〉
ミナは自分の文字板を確かめた。
押し間違いではなさそうだった。
「ありがとうございます」
もう一度、頭を下げる。
手に載せた芋が崩れそうになり、慌てて皿へ置いた。
「次のお買い物で、少し、チーズを買えます」
具の小皿を見る。
「これ、中にチーズを入れても、おいしいんです」
*
グレンが支援の操作をしたときには、その日の上限に達していた。
表示を読み、配信へ戻る。
別の連絡欄に、リゼから文が届いた。
「送れた?」
「いや。もう埋まってた」
「私も」
グレンは、少し考えた。
来ているのは、三人だった。
バルドへ、短い文を送る。
「支援の操作、できたみたいだね」
返事が来るまでに、ミナが二つ目を包み終えた。
「昨日教わったところを押した」
グレンは笑った。
「早かったな」
「先に開いていたからだ」
リゼへその返事を伝えると、すぐ文が戻った。
「次は私も先に開いておく」
グレンは返事を書きかけた。
そのとき、水晶から声がする。
『チーズは、少しでいいんです。茸の味も残るので』
少女が、買い物のことを考えながら笑っていた。
グレンは書きかけの文を消した。
代わりに、リゼへ送る。
「楽しみが増えたみたいだね」
少しして、返事が来た。
「うん」
*
鍋に、薄く油を広げた。
包んだ芋を置くと、小さな音がした。
ミナは火を弱め、底が焼けるのを待つ。
「具は、もう炒めてあります。お芋もゆでたので、外をこんがりさせます」
〈灰ねこ:何度も動かさない方がいい?〉
「はい。下が焼けてからの方が、返しやすいです」
木べらを入れて、そっと持ち上げる。
まだ、薄い色だった。
元へ戻した。
待つ間に、灰ねこから言葉が届く。
〈灰ねこ:この前の話なんだけど。声を受け取れる配信水晶もあるんだって〉
ミナは文字板を見た。
「声、ですか?」
〈灰ねこ:許可した相手の声を、文字の代わりに聞けるもの〉
文字を、もう一度読んだ。
木のそばで、包丁を握っていたとき。
画面を見るのが遅れていたら、と思うことがあった。
「文字を見なくても、灰ねこさんのお話が聞けるんですね」
〈灰ねこ:うん。目を離せないときには、役に立つと思う〉
〈針しごと:ただ、新しい型だから高い。今の水晶も使えるし、急いで替える話じゃないよ〉
「どのくらい、しますか?」
針しごとが、おおよその額を書いた。
ミナは黙った。
頭の中で、宿代と比べた。
次に、資格のために残しているお金と比べた。
鍋が、小さく鳴った。
「あ。先に、返します」
木べらを差し込み、芋を裏返す。
焼けた面が、きれいな茶色になっていた。
ミナは息をついて、水晶を見た。
「……すぐには、難しいです」
〈針しごと:うん。使うときは、相手を選ぶ設定や、音を切る操作も覚える必要がある。今の道具でできる備えも、続けよう〉
ミナはうなずいた。
「今のも、使い方が分かってきたところなので」
手袋の糸を確かめること。
荷物を外せるようにしておくこと。
帰る時間を決めること。
声が聞ける水晶になっても、きっと必要だった。
「でも、いつか買えたら、うれしいです」
文字板に届いた支援の印へ、目を向けた。
「ご飯と宿代と、資格のお金を分けて。残せる分を、少しずつにします」
〈灰ねこ:食事は減らさないでね〉
「はい。チーズも、少し買います」
その返事を書いたグレンが笑ったことは、ミナには分からなかった。
*
焼けたものを、皿へ並べた。
一つ目は、継ぎ目が少し太い。
二つ目は、丸く整っている。
三つ目は、焼き色が一番よかった。
ミナは一つ目を、自分の器へ取った。
木の匙の縁で割ると、中から湯気が出た。
茸と玉ねぎが、白い芋の間に見える。
「中も、温かいです」
少し冷まして、口へ運ぶ。
外は香ばしく、中は柔らかかった。
茸の汁が、芋になじんでいる。
「おいしいです」
〈針しごと:きれいに包めたね〉
〈灰ねこ:最初のも、ちゃんと焼けた〉
こぐまの言葉は、少しあとに届いた。
〈こぐま:よくできた〉
「はい。具を戻して、よかったです」
ミナは、残りの皿を見た。
管理人にも、一つ持っていこう。
夕飯には、これと、昼に作った野菜の汁がある。
「明日は、採集に行こうと思っています。道は、ギルドで聞いてきました」
〈灰ねこ:どこまで行くかも、決めた?〉
「はい。新しい道なので、途中の休憩所までです。茸があまりなくても、そこで戻ります」
〈こぐま:それがいい〉
今度は、少し早かった。
*
配信を終えると、グレンは旅の鞄へ資料をしまった。
明日は、リュネールへ戻る馬車に乗る。
その前に、ギルドから届いた案内を開いた。
来週の新人講習に、特別講座を追加するという。
担当者の名前を見て、手が止まった。
盾冠バルドによる、新人向け防御講座。
王都の訓練場から配信し、各地のギルドでも閲覧できる。
グレンは、リゼへ連絡した。
「講座の案内、来た?」
「今見てる。会議、昨日だったよね」
「うん。もう話を通したんだな」
案内には、盾を持たない者の参加も歓迎すると書かれていた。
場所と時間。
配信を見たあと、地方の講習担当者へ質問できる窓口。
見せるだけで終わらないよう、そこまで決まっていた。
「……あの人、こういうとき本当に早いね」
リゼから、もう一通届く。
グレンはうなずき、返事を送った。
「俺たちが水晶の相談をしてる間に、今できることを始めてる」
それから、バルドへも文を送った。
「講座の案内を見た。ありがとう。ほかの町の新人にも届くね」
返事は、しばらくして来た。
「場所と人は、ギルドが用意してくれた。俺は教えるだけだ」
リゼは別に、道具の扱いに困った参加者がいた場合は修理相談の窓口へ回せる、と連絡した。
講座の中で何を教えるかは、バルドに任せる。
グレンは、案内をもう一度開いた。
こなべさんにも、知らせておこう。
次の配信で、時間が合えば。
*
翌朝、ミナはギルドで入域の手続きをした。
昨日確かめた道の情報に、変更はなかった。
帰る予定の時刻を伝え、掲示板へ目を向ける。
新しい紙が、一枚増えていた。
『盾冠バルド 新人向け防御講座』
ミナは足を止めた。
盾冠という言葉は、講習でも聞いたことがある。
自分が習うには、難しすぎるだろうか。
下に、もう一行あった。
『盾を買う前に、覚えられること』
「……盾、なくてもいいんですか」
そばを通った講習担当者が、紙を見た。
「いいよ。ここでも配信を見る時間を設ける。終わったあと、基本の動きを確かめる予定だから、参加したかったら受付で聞いて」
ミナは、日にちを確かめた。
その日は、採集を休める。
「お願いします。戻ったら、聞きに来ます」
直した手袋をはめる。
留め具を、一度確かめる。
次は、外したあとにどう動くかも、覚えられるかもしれない。
ミナは掲示板から離れ、入口へ向かった。
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