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「闇に潜む者たち」

 その日イノブタとその一派は、セイリン島でも最大の広さを誇るビゲス森林に狩りに来ていた。天気は快晴、まさに狩り日和という日だった。

 イノブタ達の狩りは至ってシンプルだ。手下達5人が獲物をイノブタのいる方向に追い立て、それを射る。とてもうるさい手法なので、狙っている獲物以外は付近から姿を消してしまう。要は、金になるデカブツ一匹を狙うハイリスクハイリターンの狩りなのだ(実際は太り過ぎてまともに動けないイノブタが手下をこき使っているだけなのだが…)

 「おい!オメェ等!俺はここに陣取る!目ぼしいの見つけたらここまで追い立てろ!!」

 イノブタはいつもの定位置である高台に座り込むと手下達に獲物を捜索に行かせた。

 「今日は待たせんなよな、あの愚図共……」

 合図の笛が聞こえるまでの間、イノブタは最近のあれこれについて考えを巡らせてみた。行きつけの店の姉ちゃんにどんなちょっかいをだすか、最近険悪な女房の機嫌をどうやって取るか、他の奴らの狩場をどうやって奪うか……そして当然、あの日ルミナに言われたことについても考えた。森に出る化け物…本当はあの時、そんなものは存在しない!と思うと同時に、もし本当だとして、自分達が遭遇したらと想像し冷や汗をかいていたイノブタであった。

 「あの小娘め…妙なことを言い出しやがってよ…」

 ルミナには何かと突っかかるイノブタだったが、ぶっちゃけ狩りの腕前に関しては認めている部分もあった。

 「実際、あの年でよくやるぜ、まったく……あの生意気さが無ければ、俺の手下に加えてやってもいいくらいだ。まあガラガラ森林を独占してるのはやっぱり気に食わねえがな…」

 色々考えたところで、イノブタは手下達からの合図がいつもよりかなり遅いことに気づいた。

 「遅えなアイツら、いつもならそろそろデケェのが一匹見つかる頃なのによ…」

 その後、イノブタはひたすら手下達からの合図を待ったが、彼らからのアクションは何時まで経っても無かった。

 「何やってんだアイツら?熊にでも遭遇したのかぁ?」

 イノブタは重い体を起こすと、仕方なく手下達を探しに行くことにした。


 少し森林を進むと、イノブタは強烈な違和感に襲われた。まだ追い立てはしていない、それなのに、獲物になるような大きい動物だけでなく鳥や小動物の気配すら全く無かった。こんなこと、長いこと狩りを生業にしているイノブタにも初めてのことだった。

 「い、いったい…何がどうなってやがる…!?」

 否が応でもルミナの話を思い出したイノブタだった。

 「いや、まさかな……」


 さらに歩を進めた所で、イノブタは血の付いた木片を見つけた。まだ乾いていない血、ついさっき流された血だ。それ自体は珍しいことではなかった。問題なのは血がその場所から、まるで誘導するかのように奥へ奥へと続いていることだった。獣たちはそのようなことはせず、仕留めた獲物はその場で喰らう。この量の出血で逃げられるとも思えなかった。この先に、不吉の全てがある。本当のことを言うと、このまま引き返したかった。だが、いくらイノブタであっても仲間を見捨てる訳にはいかなかった。静寂が満たす森の中、思わずナイフを握る力が強まった。

 「ったく、世話の焼ける連中だぜ…」

 イノブタは血を辿り、森の奥へと進んでいった。



 それを見た瞬間、イノブタの本能は既に逃走を選択していた。しかし、そのあまりの異形さ、巨大さ、奇怪さに、体が言うことを聞かなくなった。

 「なんだ……コイツは…!?」

 化け物はイノブタと目が合うと、全身の口という口に歓喜の笑みを浮かべた。口内に妖しく光る牙と舌は、目の前の特大の獲物に反応するように忙しなく蠢いていた。自分が化け物の捕食対象であることは明白だった。戦わなければどのみち死ぬ。イノブタは覚悟を決めた。

 「おめぇが何なのかは知らねえが、俺がここで殺ってやる!」

 イノブタは素早く弓を取り出し引き絞ると、化け物の脳天目掛けて放った。イノブタは図体のせいで俊敏な動きができない代わりに弓の腕は立つ。矢は狙い通り化け物の頭を貫いた。

 「へっ、どんなもんよ…」

 しかし、化け物は一瞬動きを止めたかと思うと、頭に刺さった矢を、まるで効いていないという様子で引き抜いてへし折った。

 その後の展開は一方的だった。イノブタが振り下ろしたナイフを体表の"沼"で捕らえ体の自由を奪うと、全身の口を使ってゆっくりとイノブタの体を貪り始めた。

 「痛ぇ!痛ぇよ!おい!もう分かったから離しやがれって!てめぇっ――」

 

 激しい抵抗も虚しく、イノブタの右腕は化け物の体に完全に取り込まれ、もはや右半身を失いかけていた。ゆっくりと、自分の肉が千切られていく感触。化け物はこの特上の獲物を、少しずつ楽しむことにしたようだった。

 激痛で意識が遠のく中、イノブタは自分の目線の先、木々が密集し陰になっている場所に誰かが立っていることに気づいた。よく目を凝らすと、それは真っ黒いローブを身に纏った長身の男だということが分かった。フードを目深に被っているので、顔はよく見えない。男はこの惨状に微動だにせず、ただその光景を静観していた。

 「おい!そこのアンタ!見りゃ分かんだろ?突っ立ってないで手ぇ貸してくれ!」

 男からの反応は無かった。

 「アンタだよっ!そこの木の間にいる!」

 男はゆっくりとその場から歩み出てこう言った。

 「もしかして私に言ってるのか?だとしたら、それは聞けないお願いだな」

 「意味が分からねぇよ…つべこべ言ってねえでさっさと助けてくれ…俺ぁもう、右腕食いちぎられちまった……」

 「意味が分からない、か…。まあいいだろう、お前はこれから死ぬんだしな、教えてやってもいい」

 イノブタは男の要領を得ない返答に再び意識を失いかけた。

 

   "そいつをこの森に放ったのは私だ"

 

 体の大部分を失い、もはやイノブタには返答する気力も残っておらず、ただひたすらにうめき声をあげるのみだった。

 「5人もいたから少しは手こずると思ったんだが、案外あっけなかったな…」

 男の発言から手下達全員の死を覚り、イノブタは最後の希望を絶たれた。

 「こいつは半魔獣といってな、最初はとても小さく、虫や小動物を喰らう。そこから段々サイズを上げていき、次はお前らが普段狩っているイノシシや鹿なんかを喰らい始める。そしてなかなかグルメなこいつらは、最終的に人間を喰らって完成するって寸法だ」

 男はイノブタの引き裂かれた体には全く興味が無いという様子で、淡々と語った。

 「あいにく、今の私は体が思うように動かん。そこでだ、私の代わりになる存在が必要になった。暗い場所でしか活動できないこいつらだ、お前ら狩人を糧にするのは必然のことだったのだよ」

 イノブタはかろうじて残った左腕で腰のナイフを掴むと、男の顔めがけて力一杯放った。しかし、男はまるで鬱陶しい羽虫でも払うかのように、飛んでくるナイフを軽く素手で弾いて見せた。

 「一体…何者だ……?おまえ……」

 「これから死ぬ人間に名乗る必要は無いな」

 

 イノブタは自分の命が着々と失われていくのを感じた。もはや助かることはできそうになかった。化け物は最高の獲物に対して喜びを表すように、イノブタの残った体を振り回し、引きずり、叩きつけた。

 薄れゆく意識の中、最後の力を振り絞り、左手から血に染まった指輪を外すと、一瞬の隙を突いて、降り積もる木の葉の下に隠した。きっと、あの小娘なら見つけてくれると信じて。

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