「追憶の中で」
ルミナの母親も狩人だった。というより、ルミナは母の影響で狩りを始めた。母は、ルミナが生まれてすぐ、酒に酔って荷馬車に轢かれて死んだ父の代わりに必死に働いて養ってくれた。女手一つで弱音を絶対吐かず、毎日のように森に。そんな母の姿に、子供ながら憧れていた。
その日ルミナは6歳の誕生日を3日後に控え、とっても浮き足立っていた。誕生日会にはケハイネおじさんも呼んで、盛大に開こうと計画していた。
「おじさんは料理人だからさ、でっかいケーキとか鶏の丸焼きとか作ってよ!ね?できるでしょ?」
無邪気に難題を突きつけてくるルミナに、ケハイネもたじたじだった。
「もう…あんまりケハイネさんを困らせないのよ?ごめんなさいね、この子大人に無理を言って困らせるのにハマってるんです。ほんとに、来てくださるだけで十分ですから…」
「いやいや!是非腕によりをかけますとも!フィオナさんとルミナちゃんのためなら!」
誕生日の前日、母はおかしなことを言い出した。ルミナへの誕生日プレゼントを買うため、他所の島へ船で行くというのだ。当然、ルミナもケハイネも反対した。
「なあフィオナさん、一体どうしちまったんだよ…?誕生日の前日に他所の島に行くなんてよ、もし何かあって当日に帰ってこれなかったら…」
「そんなのいいって!!プレゼントは島にあるものでいいから!どこにも行かないで!」
そんな二人の制止も虚しく、フィオナは船を出した。「あなたにとって、きっと良いものだから――」母はそれしか言わなかった。こんな時に自分を1人にするなんて…母は自分を愛していないのではないかと思った。灰色の空が、ルミナの気分を余計に落ち込ませた。
母は帰って来なかった。当日になっても、ルミナが7歳の誕生日を迎えても。付近の島には手紙で消息を尋ねたが、そんな女性は来ていないとのことだった。島の人達はルミナのことを気の毒に思って、船の捜索をしてくれた。近くの海域を徹底的に調べたが、結局船は見つからなかった。
最初の頃、島民達はルミナを憐れんで優しくしてくれた。だが次第に、ルミナの母は他所の島の男と"デキていて"、あれは夜逃げだったのだという憶測が広まった。ルミナの母はとても美人だったので、前から色々噂されることが多かった。やがてルミナは、母を失った子から母に捨てられた可哀想な子になった。
それでも天涯孤独になったわけではなかった。ルミナにはナンブがいた。ナンブはかつて、森の中で母オオカミの亡骸に縋り付いているところをルミナの母に保護された。二人はどちらも、母親を失った子だった。毎日寂しそうにしているルミナにナンブは寄り添い、励ました。ルミナが学校を辞め、狩りに専念するようになる頃には二人の絆はより強固なものになっていた。
日々を生き抜くのに必死で、ルミナの中で次第に母との記憶は薄れていった。それでも毎年誕生日を迎える頃になると、決まって母が船に乗って海の向こうに消えていく光景を夢に見るのだった。もしかしたら、母は本当に自分のことを捨てたのかもしれない。そう思うのが嫌で、自分から記憶に封をしようとしていたのかもしれない。
ケハイネおじさんの家に向かう途中、ルミナはふと母親のことを思い出した。何故なのかは分からない。ただ、追憶の中で、母はいつもルミナに優しく微笑んでくれた。空はあの日と同じ、灰色だった。




