「島の最も暗い場所から」
「イノブタ達がビゲス森林に狩りに行ったきり、帰ってないらしい…。もう…3日経つそうだ」
おじさんの言葉を聞いて、すぐにあの化け物のことを連想したルミナだった。
「俺も同じだよ、全く同じことを考えてた。やつらルミナちゃんの話を信じなかったから…こうなるのは時間の問題だったともな…。今、街の方で大規模な捜索隊を編成しているらしい。」
「わたし、志願します」
「ん!? 何を言っている…?あれだけ痛い目に遭って、もしかして死ぬかもしれなかったんだぞ?今森に行って、もう一度その化け物と対峙して、生きて帰れると思ってるのか…?はっきり言うがな、あのときはたまたま助かっただけだ!」
「もちろん、おじさんの言うことも分かってます…。でも、このままじゃいけないと思うんです。おそらくイノブタ達は森であの化け物に遭遇し、そして殺された…。なら、彼らの仇を取ってあげる必要があると思うんです。彼らにも妻子があった。愛する人がいた。このままじゃ――」
「それは君の役目じゃない!」
おじさんが怒鳴ることなんて、滅多に無いことだった。それだけ、ルミナのことを案じているということだった。
「ごめんなさい、わがままを許してください」
ルミナはただ、おじさんの目を真っ直ぐ見て頼むだけだった。
「……わかった、わかったよ……。ただ、無理だけはしないでくれよ、約束だ。フィオナさんを失って、君まで失ったら、俺は……」
「はい、絶対に無理はしません。それに、わたしには頼もしい相棒がいますから…」
まるで会話の内容を分かっているみたいに、ナンブはルミナの前に勇ましく進み出た。
「そうだな、たしかにナンブがついてりゃ安心だ」
今にも泣き出しそうなどんよりとした曇り空の下、狩人組合本部前に集まった男たちは皆暗い顔をしていた。あの日ルミナが話した内容は人伝に広まり、まだ懐疑的ではあったが周知され始めているようだった。
「森に化け物が出るんだってよ…」
「俺ぁ正直気が乗らねえな」
「もしそんなのと遭遇したら一目散に逃げるぜ」
「イノブタ達は化け物に食われたってことか?」
もちろんルミナだって怖かった。おじさんの言う通り、もう一度対峙して生き残る保証は無かった。やっぱりナンブは連れてくるべきじゃなかったかもしれない。前だって、ルミナを助けようとして酷い目にあった。それでも、ナンブが来てくれるなら、それはありがたいことだった。
「集まってくれた諸君、まずは礼を言う。今回行方不明になっているイノブタ達、彼らは皆妻子がある。残された人達の不安を癒すためにも、迅速な発見が望まれる――」
島長の言葉を聞いた後、重たい空気の中、捜索隊はビゲス森林を目指して歩き出した。
ビゲス森林に入ると、捜索隊は散り散りになって手掛かりを探しに行った。ルミナは他の誰とも違う方向に向かうことにした。以前、イノブタ達は追い立てをしていると聞いたことがあった。なら手下達が追い立てた獲物を射る場所、高台の付近に何か手掛かりがある気がした。
もう他の捜索隊の声が聞こえなくなってきた頃、ナンブが何かに反応を示した。ナンブはくんくんと忙しなく辺りの地面を嗅ぐと、一つの方向へ進みだした。ナンブは言われずとも、強い臭いを放つものを追跡してくれるのだ。
だんだん、ナンブの嗅ぐスピードが早くなってきた。これは、もうすぐ何かに辿り着くということだ。
ナンブが立ち止まった
落ち葉が降り積もって地面が隠れている場所、そこで臭跡は途絶えているようだった。ルミナは落ち葉溜まりの近くにしゃがみ込むと、見落としがないように少しずつ、でも素早く掻き分けた。
最初発見したとき、それは黒い小石のように見えた。
「なんだろ、これ…?黒い、小石……?」
しかし手で触ってよく見ると、それは血塗れの指輪であることが分かった。指輪全体に血が付着し、時間と共に乾いた…。これがイノブタ達の誰かのものであることは間違いなさそうだった。つまり見立て通り、彼らは化け物と会敵し、襲われた。その中で、誰かが見つけることを願ってこの指輪を隠した…。衣類や他に身に着けていたものが一つも無いということは、あの化け物は"お残し"をしないということだ。ナンブのおかげで、本来見つけられなかったであろう証拠を手に入れることができた。今すべきは、一刻も早く危険なこの場所を離れ、この指輪を彼らの家族に届けることだ。モタモタはしていられない。
"どこへ行く"
一瞬、他の捜索隊メンバーに声をかけられたのかと思った。しかし、声の主を見てすぐそうではないことが分かった。ルミナの背後、木が密集し暗くなっている場所に、そいつはいた。真っ黒いローブを身に纏った長身の男…。顔はフードでよく見えない…。おそらくフォアラの家の前に立っていた男だ…!
「まったく、こんな大勢で来るとは…困ったな。それにあのデブ、いつの間にそんな物を隠していたのか…。悪いがそれはそれは頂いていくよ。さあ、こっちに渡してくれ」
「あのデブって…あなたもしかしてイノブタを知っているの?」
「ん?先日この森で特大のデブを殺したが…イノブタって名前だったのか…変な名前だな」
「!?」
「どうした?そんなに動揺して。さっきから横のオオカミも威嚇しすぎだぞ」
「殺したってどういうこと!?イノブタ達を襲ったのは黒い化け物でしょ!?」
「あぁ…そういうことか。たしかに、デブを直接殺したのは私ではない。それをやったのは"半魔獣"だ。半魔獣とは私の血肉を分け与えた存在でな、獣や人間を喰らって成長するんだ。まあ、訳あって弱っている私の代わりってとこだな」
男があまりに淡々と話すから、ルミナは話の内容をすぐには理解できなかった。イノブタの死、半魔獣、黒ローブの男、それらの情報が頭の中を突然満たし、とても処理し切れなかった。
「君に会うのは三度目だな。一度目はガラガラ森林で、偶然が重なったとは言えまさか半魔獣から逃げおおせるとは驚いたよ。二度目はセイル邸で…あぁ、安心していいよ、今日は彼らは別の森にいるから」
「なんで……そんなことするの……?」
ルミナは混乱する頭で必死にその一言を絞り出した。
「何故、か…。それを説明するには少し早いかな。とりあえず、その手に持ってる物を渡してくれ。まだ島の人間に私たちの存在が知られる訳にはいかないからな。渡してくれないなら殺して奪う、それだけだ」
突然男から放たれた凄まじい殺気に、ルミナの体は思うように動かなくなった。ナンブも最早戦意を喪失し、小さくなってルミナの後ろに隠れてしまった。
「戦おうったって無駄だよ?いくら弱ってるからって、君みたいな小娘一匹ひねり潰すのに時間はかからない。さあいい子だから、その手を開いて」
男は瞬きの一瞬で距離を詰めると、ルミナの手から指輪を反応できない程のスピードで奪った。
「"君はつくづく運が良い、もう金輪際森には近づかないことだ。証拠がなければ人々も君の話を信じないだろう。おとなしくしてれば、殺すのは最後にしてあげる"」
全く体を動かせなかった。男は殺気のみでルミナを制圧した。戦えば、死んでいた。それだけは確実だった。男が指輪を持って森の中に消えていく間、ルミナは振り返ることもできず、ただその場に立ち尽くしていた。




