「約束された鉛」
ナンブの頬舐め攻撃で目覚めると、既に家の中におじさんの姿は無く、庭に薪割りに行ったようだった。ルミナはおじさんの家の物は自由に使っていいことになっている。そこら辺のもので適当な朝食を作ると、それをナンブにも分けてあげた。ナンブはニコニコしながら尻尾をふりふりして喜びを表現した。毎朝のことだが、ルミナはなんだか可笑しくて笑ってしまう。
庭先に出ると、おじさんはせっせと薪を割っている最中だった。
「おはようルミナちゃん達。昨日の晩はよく眠れたかい?」
「いえ…いろいろあったので、なんだか昨夜はよく眠れなくて…」
「そうか…まあそりゃそうだな、言われてみりゃ。そんで、今日は街の連中に報告だろ?一人で大丈夫か?」
「はい…あの人達に信じてもらえるとは思いませんけど、なんとかやってみます。それに、新しい狩場も見つけなくちゃいけないですし」
「でも大丈夫か?あいつら自分の狩場にライバル増えんの嫌うだろ?」
「……」
「うん、まあ……そんときゃ…うちの店の手伝いでもすりゃいいさ!」
「……」
実際、この報告をしに行くのはとても気が重いことだった。狩人組合、彼らは年少者のルミナが狩りをしているのをよく思っていない。さらに、ルミナしか出入りできない狩場を持っていることにも少なからず腹を立てているようだった。要は、彼らは"ガキ"に対してムキになる連中なのだ。特に狩人組合のドン、通称イノブタ。彼はルミナに会う度に嫌味を言ってくる始末だった。
おじさんの家から街へ行く道中、ルミナは何度か立ち止まってそのまま家に帰ろうとした。しかし、これから出るかもしれない被害と鉛のように重い気分を天秤にかけて、ようやく街へ行く決心をした。
セイリン島の中心街、塔の真南に位置するこの街は島唯一の街であり、島のあらゆる物や人が集まる場所だ。市場、酒場、食事処、道具屋、花屋、雑貨屋、大人のお店、なんでも揃っていた。美しい石畳の路地とレンガ造りの建物達、中央の広場には時報を伝える大きな鐘に加え、邪を滅する神を象った像と噴水がある。街中は常に人でごった返していて、そしてなにより活気で溢れていた。
狩人組合本部、この街の外れにある木造の薄汚い建物に来る度に、ルミナは嫌な思いをたくさんしてきた。そして今日はおそらく今までで一番嫌な思いをするだろう。
ルミナが重い扉を開くと、薄暗い部屋の中、数人の狩人達と受付嬢、そして奥の丸いテーブルで、猪のような巨躯にブタのような赤みがかった大きい鼻を持った男、イノブタとその取り巻き達が酒を煽っていた。
「なんだぁ!?狩人ごっこのお嬢ちゃんのご登場じゃあねえか?」
イノブタの発言と共に、取り巻き達による嘲笑混じりの野太い笑い声が起こる。受付嬢や他の狩人達は一斉に目を伏せて見ないふりをした。
「んで、一体何の用だよ?俺たちに」
「今日は重要な報告があって来ました……」
ルミナはおじさんに対してした様に、事の顛末を細かく、順を追って説明した。イノブタは鼻くそをほじりながらふんぞり返って、興味なさげに話を聞いていた。そして、話が終わるなりこう言った。
「オメェ等よ、このお嬢ちゃんとうとう頭がおかしくなっちまったみてぇだ」
再び部屋に響く大きな笑い声。
「寝言は寝て言いなお嬢ちゃん。森が怖くて幻覚が見えてきちまうなら、そんな"ままごと"さっさとやめて、学校に通うことをおすすめするぜ、俺はよ。そして仮に、仮にだ。その化け物が森に出たとして、俺等一流狩人の敵じゃあねえ。ガキはさっさと帰ってママにあやしてもらいなッ――あぁ、そうだったそうだった、コイツにママはいないんだったな、ガハハハハハハハハッ」
目に涙を浮かべながら、ルミナは狩人組合本部を後にした。おおよそ、12歳の少女がかけられるべき言葉ではなかった。そして、ルミナの報告は届かなかった。これから他所の森にあの化け物が出てきた場合、彼らに対処する術はおそらく無い。遭遇、それは彼らにとって死を意味している。ルミナは強烈な無力感に襲われながら、とぼとぼと、意味もなく中央広場を目指して歩きだした。




