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「報告」

 何度も転んでボロボロになりながらも、ようやく森を抜けた。ルミナは肩で息をしながら近くの木にもたれかかると、抱きかかえたナンブに目をやった。あの化け物に身体の半分まで取り込まれかけたナンブであったが、幸い大きな傷は見当たらなかった。しかし、まるであの時体力を吸い取られでもしたかのように、ぐったりと憔悴しきった様子だった。ルミナも、自分と同じくらいの大きさのオオカミを抱きかかえて走ってきたので、体力などほとんど残っていなかった。

 「ナンブ……?」

 ルミナが話しかけてもただ目線を動かすだけで、体で反応する気力も残っていないようだった。もしかすると、気のせいではなくあの化け物に沈み込むと体力を奪われるのかもしれない…。ルミナはあの時自分まで体力を奪われ共倒れしていたらと想像し、身の毛がよだった。きっと、2人ともあの鹿のように体をズタズタにされて頭を食いちぎられていただろう。あの化け物の"狩り"は体表の"沼"で捕まえて体力を根こそぎ奪ったあと、動けない獲物をゆっくりと、全身の口で食い荒らすものなのだ。

 とりあえず、このことを誰かに報告することが、今するべきことだと思った。少し休んで息を整えると、ルミナはナンブを抱えてゆっくりと歩き出した。



 幸い、森を出た地点が目的地とあまり離れていなかったこともあり、残った僅かな体力でたどり着くことができた。森から北西に位置する古ぼけた木造の小屋、これがルミナの目的地であった。

 「ケハイネおじさん、いますかぁ?」

 ルミナが門前で呼びかけをして少しすると、壊れかけたドアの軋む音と共に、小屋の中から少し腹の出た、背の高い、そして真っ白い顎髭を蓄えた中年の男が出てきた。

 「おぉ!、ルミナちゃん達か、待っとったよ。さあさあ中に入んな!」男は顎髭を触りながら嬉しそうな表情でそう言うと、軋むドアを開け放してルミナ達を中に招き入れた。

 "ケハイネおじさん"、彼はルミナ唯一の身寄りであり、ルミナが訳あって一人になってからは何かと彼女の面倒を見てきた人物である。いわばルミナの後見人のような存在。そしてこの小屋は、ルミナが街に行く際はナンブを必ず預ける場所でもある。ルミナはこの小屋に来て、ようやく心が休まるのを感じた。

 「よく見たら2人ともボロボロじゃねえか?一体何があったんだ!?」

 テーブルについて一息したあと、おじさんは怪訝そうな顔でそう尋ねた。ルミナは信じてもらえるか不安だったが、事の顛末をしっかりとおじさんに伝えた。

 「そう、か…、にわかには信じられねぇ話だが…ルミナちゃんが嘘を言うとも思えねぇ…」

 おじさんもこのありえない話にかなり動揺している様子だった。

 「分かった。ルミナちゃんの話は信じよう。とりあえず、2人が無事で良かったぜ…」

 おじさんは少しの間をおいてルミナの話を信じてくれたようだった。

 「あ、でもこの子…ナンブはあの化け物に接触しすぎたせいで、その、体力を奪われてしまったみたいなんです」

 「そりゃあほんとか?だとしたら一層やべえな、その化け物は…全身の口に、体は底なし沼、体力まで奪ってくるときた…」

 おじさんは何やら深く考え込んでいるようだった。

 「ともかく、そいつの正体が何なのか、何匹いるのか、いつからこの島にいやがるのか、何も分からねえが、近づかねえことだけが今できることだな。ガラガラ森林にはもう行かねぇほうがいい。残念だが他の狩場を探そう…」

 ガラガラ森林で狩りができなくなるのは残念だったが、おじさんの言う通りだった。次にあの化け物と遭遇したとして、あんなラッキーが起きない限りは必ず殺される。突然自分が狩られる側になるなんて、ルミナは今まで思っても見なかった…。

 「その荷物の中身、獲物か?」

 そう尋ねられて、ルミナはさっき森で獲った兎のことを思い出した。化け物のインパクトがでかすぎて、すっかり頭から抜けていた。

 「今から街に卸しに行ったんじゃ腐っちまう。今日は2人ともクタクタだろ?その兎は俺が料理してやるから、今晩は泊まっていきな!」

 おじさんの提案により、今晩は泊まらせてもらうことにした。ナンブの状態を考えると、それが一番良いことだし、なによりおじさんの作る料理が食べたいと思った。おじさんは普段街の一番美味しい店で料理人をしていて、ルミナが家に来たときは決まって最高の料理を振る舞ってくれる。

 目の前に出されたシチューにルミナは目を輝かせた。自分の獲った獲物がこんな美味しそうな料理に変身することが毎度とても嬉しいルミナであった。その焦げ茶色の肉をフォークて口に運ぶと、豊かな旨味が口いっぱいに広がって今日の最悪な出来事も一瞬忘れることができた。だがナンブがぐったりしているのを見ると、また一気に化け物のことで頭がいっぱいになった。

 「明日、街の狩人組合の連中にも、このこと報告したほうがいい。まあ、あいつらが信じるとは思えねえが…」

 シチューを頬張りながらおじさんはそう言った。

 街の狩人組合…確かにあそこの人たちは信じるとは思えないが、報告はしたほうがいいに決まってる。ほかの人達があの化け物に襲われるのは嫌だし、できることはやったほうが良いと思った。


 日が完全に沈むと、ルミナはナンブと一緒に床に就いた。あの化け物のこと、狩人組合のこと、これからの生活のこと、いろいろなことが頭の中を巡って、その晩は疲れているのになかなか眠りにつくことができなかった。ぐっすり眠ったナンブの横で、ルミナは一人窓の外の月を眺めた。 


 


 

 


 

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