「セイリン島」
軒先に出てルミナが軽く口笛を吹くと、ナンブは姿勢を低くし一度小さく吠えた。これはルミナがナンブの背中に跨って、短い距離を走行するときの合図である。
ルミナ達が暮らす島、セイリン島。ナンブはこの島の固有種のオオカミであり、普通より身体が大きく馬力も凄まじい。故に、12歳の少女を乗せて少しの間走るくらいどうってことないのだ。そして、ルミナが主戦場にしている狩場の森林は家からそう遠くない。ナンブに係れば、この程度なら一瞬で運ぶことができる。
ナンブが勢いよく駆け出すと、ルミナはその大きく温かい背中にしっかりと掴まった。いつもと変わらない景色。瑞々しい草が生い茂る小高い丘を下り、石造りの橋を渡る。そこから川沿いの道をひたすら行く。普通の景色も、朝の太陽の光りによってとびきりの絶景に変えられる。ルミナはナンブの温かい背中に乗って、これらの景色を眺めるこの時間がとても好きであった。
セイリン島、この島にはかつて邪を滅する力を持つ神から祝福を受けたという言い伝えがある。その時、神から2つの聖宝と、島の至る所に生えているラクサの木を授かったとされている。このラクサの木々が織り成す淡い紅色は古くから島民の心を癒やしてきた。ラクサの木はいわば島のシンボルだ。一方聖宝はと言うと、現在その在り処を知る者が居らず、存在そのものを疑う声まで出てきている有様である。そして島の中央には、登れば島全体を一望できるほどの高さのラクサの塔がある。この塔は古に邪を滅する神を祀るために建造されたと伝えられていて、祭壇がある最上階に登ることを許されているのは、島民の中でもごく限られた者だけである。塔は今日まで、ラクサの木々に囲まれながら、変わらず島民達を見守っている。
しばらくナンブの背中で揺られていると、狩りの場である"ガラガラ森林"へと続く林道に差し掛かった。ルミナが短く口笛を吹くと、ナンブは緩やかに減速し、腰を低くして彼女を降ろした。ルミナはおもむろにそこら辺の適当な枝を拾うと、自分の周りに円を描いてその中で手を合わせた。これは狩りの安全を願うおまじないであり、この林道まで来ると毎回必ず行っている。言い伝えでは、このおまじないを怠った狩人が人ではない何かに変えられてしまい、今でもずっと森の中を彷徨い続けていると言う。ルミナはこの言い伝えを非常に怖がっており、初めて森で狩りをした日から欠かさずおまじないをしている。
ルミナ達の狩りは至ってシンプルだ。森の中にいる鳥や兎などの比較的サイズの小さい獲物を弓矢で射るか、ブーメランで上手く気絶させ生け捕りにする。狩りの際の移動はナンブに跨って行う。ナンブの野生のテクニックにより獲物はルミナ達の接近に気づき難くなる。さらに、最悪取り逃がした獲物は鳥以外ならナンブが走って捕らえることもできる。まさにおんぶに抱っこという感じで、ルミナの狩りはナンブと組んだおかげでとても楽なものになっていた。
「それじゃあ、行くよナンブ」
ルミナが語りかけると、ナンブは「くぅん」と小さく鳴いて返事をした。少女と銀色の凛々しいオオカミは、薄暗い森の中へゆっくりと進んでいった。




