「目覚め」
頬に何か、温かく、湿ったものが当てられる感触で、ルミナは目を覚ました。体を起こすとすぐ、背中がじっとりと汗ばんでいるのを感じた。何か悪い夢でも見ていたのだろうか?しかし、眠っている間の記憶は全て無くなっていた。いや、そもそも夢なんて見ていなかったかもしれない。
欠伸をし、重たい瞼をこじ開けると、見慣れた同居人と目が合った。彼女はさっきルミナの顔を舐めた舌を出したまま、嬉しそうな顔をしてじっとこちらを見つめている。さらに彼女が尻尾をふりふりしていることに気づき、朝はご機嫌斜めがちなルミナの表情も若干緩む。
彼女、とは言っているが、ルミナの同居人は人間ではなく、ナンブというメスのオオカミだ。オオカミと同居、と聞くと「襲われるんじゃないか……?」と言って驚く人も多いが、ナンブはルミナが3つの時から寝食を共にし、徹底して躾けられているから、今まで人間を襲ったことはただの一度もない。他人に吠えることも決してしない。何なら、そこら辺の飼い犬よりもよっぽど大人しい子である。しかしルミナには人々の考えもよく理解できた。ナンブの牙はどう見ても他の生き物を食い殺すためのものだし、時折見せる鋭い表情だって他所の飼い犬の喧嘩の百倍は恐ろしい。故に、ルミナはナンブを街に連れて行くときは必ず頭巾を被せて服も着せる。オオカミだとバレれば、パニックが起こることは目に見えているからである。そうなればナンブと一緒に暮らせなくなるかもしれない。そんなこと、想像するだけで涙が出そうになる。それにナンブはいい子なので、ルミナが「家にいてね?」と言えば買い物から帰ってくるまで家の中でおとなしく遊んでいられるのだ。
ルミナはベッドから降りると、窓を全開に開け放った。爽やかな朝の光とやわらかな風が部屋いっぱいに広がって、古ぼけた家具達もなんだか輝いて見える。ナンブも嬉しそうに鼻息を荒立てて、くるくると走り回っている。毎朝見ているはずの光景なのに、いつも始めて見るかのように感動する。「この景色をいつまでも守れたらいいな」とルミナはしみじみ思った。
顔を洗ったあと、いつも通りの硬いパンと、キノコの和え物を朝食として胃に収め、ナンブにも干し肉の餌をやる。毎朝のルーティンを一通り終えると、ルミナは長い黒髪を後ろで一本に束ね、就寝着を脱いで帷子を装着し、地味な色の麻服を着た。今日の仕事の準備である。そう、ルミナはまだ12歳だが、訳あって一人と一匹で狩りをして生計を立てている。
必要な荷物を革袋にまとめ、お守りの首飾りを付けると、ルミナは2度手を叩いた。静寂で満ちた部屋に乾いた音が響く。これは毎朝やっているナンブへの出発の合図である。暫くすると、奥の部屋から銀色の凛々しいオオカミが駆けてきた。どうやら彼女の準備も万端みたいだ。




