↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/14

「ラクサの塔」

 フォアラと別れたあと、ルミナは自分の中に芽生えた感情が何なのか判断しかねていた。自分は同性を好きになるタイプではなかったし、元から彼女のことを恋愛的な目線で見ていたわけでない。でも、見つめ合った時の彼女の瞳があまりにも綺麗で、そうするほか無かった、というのが正しいだろう。そしてなにより、怯えるように震える彼女の体を抱きしめて安心させたかった。いくら考えてみても、この感情の名前は分からなかった。あのキスの瞬間の時が止まったような感覚だけが、頭の中で何度も思い浮かんだ。

 「次会うとき、どう振る舞えばいいんだろう…」

 もう人がいなくなった街の中を、ナンブと一緒にとぼとぼと歩く。民家の窓からは、明かりが点いた部屋の中、家族が仲睦まじそうに談笑するのが見える。自分を照らしてくれるのは月明かりだけだった。なんだか寂しくて、フォアラと一緒の家で暮らす想像をしてしまった。そこは街から少し離れた小さな家で、私が狩りをしてフォアラを養っている。夕方になって帰ってくると彼女が温かく出迎えてくれて、夕飯を一緒に食べながら何気ない話を――やっぱり、やめることにした。自分と彼女とでは身分が違いすぎる。身の程を弁えない妄想をいくらしても、余計辛くなるだけだ。それに、フォアラが自分と同じ気持ちだとは限らない。あのキスはただの気まぐれで、もう親が決めた許嫁なんかがいたりするのかもしれない。あんなお金持ちの家だ、娘が同性と二人で暮らすなんてことは到底許さないだろう。

 突然、強い風が吹いて枯葉がそこら中に舞った。目の前を木の葉がひらひらと落ちていった後、進行方向の少し先、さっきまで誰もいなかったはずの石畳の路地の上に、誰かが立っていた。

 「まだ人がいたんだ…」

 暗くてよく分からなかったが、どうやら小柄な老人のようだ。老人はルミナが進んできてもピクリとも動かず、ただそこに仁王立ちしながらこちらをじっと見ていた。

 横で一緒に歩くナンブが全く警戒していない様子なので、心配する必要は無さそうだ。ナンブの嗅覚は様々な局面で役に立つ。

 

 「待ちなさい――」

 

 「!?」


  横を通り過ぎようとしたとき、老人は突然声をかけてきた。その声は低く落ち着いていて、おとぎ話に出てくるような偉大な仙人を思わせた。

 

 「…なんでしょうか…?」

 「さっき一緒にいた娘…あの子のことが好きなんだろう?」

 老人から予想外の発言が飛び出てきて、警戒必要なしと思っていたルミナも思わず身構える。

 「見ていたんですか…?」

 「あぁ、見ていたとも、なんとも熱い抱擁じゃったのぉ…しかも女の子同士で。かなり珍しいものを見させてもらったわい」

 「いったい、何が言いたいんです…?」

 「お主にもあの娘にも危険が迫っておる」

 「…!?」

 「まあまあ、そう身構えるでない。横のオオカミはワシの本質を見抜いておるようじゃぞ?しっかし、本当に大人しいオオカミじゃのぉ…威嚇一つせんとは。カワイイ子じゃ」

 老人の言う通り、ナンブはまったく落ち着いた様子で大人しく座っていた。初対面でここまで警戒させない人間はこの老人が初めてだった。

 「ワシの名前はグリンド、この島に伝わる邪を滅する神の伝説を守る者じゃ。今回、理由あってお主と接触することになった」

 あまりに突拍子もない単語が出てきて、ルミナは半分呆れかけていた。最近、おかしな出来事が多すぎる。

 「さっそく本題じゃが、お主…半魔獣とはもう遭遇したかの?」

 「え!?」

 ルミナは驚いた。老人は半魔獣のことを知っていた。勘違いをしていたのは自分だった。今のところ老人の正体は分からない、だが自分が抱える問題と関係があることは確かなようだ。

 「その顔は、もう遭遇しとるようじゃの。なら話は早い、今からワシについてきなさい。奴らに対抗する術、知りたいんじゃろ?…あぁ、一つ言い忘れとった!ワシはとんでもなく足が速いんでの、横のオオカミちゃんに乗って来なさいな」


 実際、老人の走るスピードは凄まじく、ナンブが全速力で走っても追い抜くことができそうになかった。老人と少女と狼は暗い街の中を、まるで疾風の如く駆け抜けて行った。

 広い街の中をものの数分で走り抜け、辿り着いたのはラクサの塔の入り口だった。頂上から島の全体を見渡せるほど大きいこの塔は、暗い夜の中ではなんだか異質に見えた。夜間は扉に鍵が掛けられていて、管理者以外立ち入ることができないことになっている。

 「お主、ここが何のための場所か知っているかの?」

 「かつて島に祝福をもたらした神様を祀る場所…?」

 「うむ、半分正解ってとこじゃな。たしかに最上階には神を祀る祭壇があって、限られた者のみが立ち入る聖域として扱われておる。じゃが、この塔の本質が眠るのは上ではなく"下"じゃ」

 

 老人はそこまで話すと、どこからともなく鍵とカンテラを取り出し、扉を開いた。カンテラの明かりだけでは心細いほど暗い空間。最上階以外は昼間なら一般の者でも自由に出入りできるため、ルミナも何度も来たことがあった。さっき老人は下と言っていたが、あらためて思い返してみても、地下に続く通路のようなものがあるはずは無かった。

 「解せないという面持ちじゃな、まあ見とれ」

 老人はポケットから小瓶を取り出すと、中身を床にぶちまけた。内容物はなにか粉のような物らしく、空中に舞い上がるのがカンテラの明かりで見えた。老人はその場にしゃがみ込むと、なにやら地面に文字を書き始めた。

 「これは聖なる文句。この島で書けるのはワシだけじゃな。まあいずれお主にも書けるようになってもらうつもりじゃが…」

 老人が文句を書き終わり暫し経つと、なんということか、ガタガタと音をたてて、石造りの床が動き出したではないか…!

 「な、なんですか?これ…」

 「ふ、"隠し通路"ってとこじゃな」

 

 床に現れた人一人がやっと通れる程の穴を抜けると、そこは下へ下へと続く螺旋階段の入り口だった。老人の持つカンテラを頼りに階段を下っていく。

 「塔にこんな機能があったなんて…」

 「驚いたじゃろ?じゃがな、この島にはまだ色々隠されておるからの、期待してもらってかまわんぞ」

 「私は別に…奇想天外なことが起きてほしいとは思ってません…。なんなら迷惑です、そういうの。私の大切な人たちが安全でいれば、それで十分です…」

 「まあまあ、そう怒るでない。それに、お主の大切な者たちが安全でいられるかは、まさにお主の"これから"にかかっておるからな…」

 「え?」

 「――着いたぞ」

 階段を下り終えると、そこは一階と同じような円形の空間だった。

 

 「ここで最終確認をする。お主、この先に進む覚悟はあるかの?進めば、もう引き返すことはできんぞ?」

 正直言うと迷いはあった。老人とはさっき出会ったばかりだし、半魔獣や黒ローブの男と本格的に対立する覚悟を決めるのは難しいことだった。それでも、今の自分では大切な人達の安全を守ることは到底できない。戦わなければどのみち死が待っている。きっとイノブタ達も、家族が住むこの島を護るために逃げずに立ち向かったのだろう。自分がここで逃げてしまえば、彼らの死も無駄になる。それに、あの指輪の借りだけは絶対に返さなくてはならない。


 「はい、覚悟はあります――」


 老人はポケットからもうひとつ小瓶を出すと、中身を壁にかけた。さっきと同じ手順で聖なる文句を記すと、今度は石壁が移動して奥の部屋に続く通路が現れた。

 「お主の覚悟、しかと受け取った。さあ、先に進みなさい」


 老人が部屋の入り口の燭台に火を灯すと、その全体があらわになった。円形の部屋を取り囲むようにして巨大な石板とレリーフが交互に設置され、その中心には槍と盾を持った勇ましい姿の女神像があった。


 「ここが、ラクサの塔の本当の聖域じゃよ」


 ルミナは部屋の中をぐるりと周って全ての石板とレリーフに目を通したが、理解できるものは一つも無かった。

 「その石板に書いてあるのはとても古い言葉での、お主ら今の人間には読めんよ。じゃから、ワシが代わりに読んでやる」


 「"この島に人が移り住む前、邪を滅する神と白い悪魔が激しい争いを繰り広げた。長い戦いの末、大地は荒れ果て、生き物の多くは死に絶えた。それでも、神は結局悪魔を倒しきることはできなかった。両者が深手を負ったが、悪魔の方は回復を図るために離れ小島に逃げて行き、神は最後の力で傷ついた島を元通りにして息絶えた。神は死の直前、自らが戦いに使った武具と、邪を阻む結界としての効果を持つラクサの木を島に授けた"」

 

 「"その後我ら人間が島に移り住み、この島を発展させる。その途中、神が島に授けた聖宝を先住民のマンハ族が発見す。我らは不思議な力を持つマンハ族と白い悪魔の結びつきを疑い、マンハ族はそれを否定した。そして人間とマンハ族は宝を巡って争い、マンハ族は滅びた。戦いのあとで、彼らがかつて神と共に白い悪魔と戦い、島を守った者たちだと判った。我らは大きな過ちを犯した"」


「"我らは邪を滅する神への信仰と、我らの過ちによって死んだマンハ族に対する懺悔のためにこの塔を建てた。塔の最深部にはこの島の歴史を記したこの石板と、神と悪魔の戦いを描いたレリーフを設置した。いつの日か、白い悪魔が力を取り戻して再びこの島を襲わんとする時、選ばれし者が導きによってこの場所を訪れ、二つの聖宝を手にするだろう"」


 「これが、石板に記された内容じゃよ…」


 ルミナが幼い頃、まだ学校に通っていた時に聞いた言い伝えとは全く違っていた。その話では、マンハ族が白い悪魔の復活を企て、人間がそれを防ぐために仕方なく彼らを滅ぼしたということになっていた。長い歴史のなかで、人々はマンハ族との戦いについての正しい認識を失っていったのだろう。この塔の地下の存在もいつしか忘れ去られ、歴史を隠蔽するために封印が施されたのかもしれない。

 「だとしたら…あなたは一体…」

 「ワシは、マンハ族の子孫じゃ」

 「!?」

 「ふ、まあ驚くのも無理はないの。現に石板には滅びたと書いておるのだからな。実際のところ、その石板も間違っておる。人間とマンハ族が戦い、マンハ族が滅びたとされた時、その戦火を逃れ、他所の島に移り住んだ者がいたのじゃよ。その後、その者は現地の人間と愛し合い、子宝に恵まれた。血は途絶えることなく続き、分裂した。ワシはその中の一人。そしてルミナ、お主もじゃ」

 「え!?」

 「ふ、驚いてばかりじゃな。まあ、いつかは教えなくてはいけないと思っとったよ。マンハ族は一生に一度、神の声を聞くことがあるとされていての、お主が生まれた時、ワシは聞いた。その子が選ばれし者だ、と。お主の母フィオナも血縁をさかのぼればマンハ族に行きつく。ワシもお主も、運命に導かれてここまで来たんじゃ」


 ルミナは改めてレリーフを見てみた。一枚目、白い悪魔らしき右手に大剣を携えた髪の長い美しい女が、女神らしき者と向き合っている。二枚目、マンハ族らしき人々が白い悪魔を取り囲み、女神を援護している。三枚目、女神は倒れ、悪魔は姿を消した…。グリンドの話を聞いた後だと、レリーフの内容もすんなり入ってきた。彼が後戻りはできないと言った意味が分かった。自分はマンハ族の末裔で、神の残した武具を手に取り、悪魔と戦う宿命にある。そこで気になるのは、やはり聖宝の行方だった。

 「グリンドさん、この島の歴史のこと、自分の運命については、お話を聞いて大体分かりました。それで、神が残した聖宝は一体どこに消えたんですか?もしかしてまだ隠し通路があるとか?」

 「聖宝なら、お主のすぐ後ろじゃよ」

 「!?」

 全く気づかなかった。聖宝は部屋に入った時から目にしていた、女神像の手にしている槍と盾だったのだ……!


 「それこそが、邪を滅する神が残した武具『祈りの石』と『聖鏡盾』じゃ…!お主はこの二つを手にする資格がある!さあ、聖宝をその手に掴むのじゃ!」


 ルミナが槍に触れると、突然眩い光が部屋全体を包んだ。

 「うわぁぁぁっ!!」

 「離してはいかん!石は、お主が持ち主に相応しい存在か見定めておる。今離してしまえば、石に見限られてしまう!そのまま光を我が物とするのじゃ!お主ならできる!」

 「ナンブ!力を貸して!」

 「ウォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!」

 ナンブの遠吠えに呼応するようにして光が一層強まったかと思うと、その終わりと共に収束していき、最後はルミナの持つ槍に収まった。すると、手に掴んだ槍はみるみる萎んでいき、最終的に手のひらサイズの銀色の石のようになってしまった。

 「これで、お主は石の正統な後継者となったわけじゃ。説明が遅れとったが、『祈りの石』は持つものの心によってその姿形を変える武具。つまり先代の使用者が持っていた時は槍の姿をしていたということじゃ。お主は石に認められても、まだ力を発揮させる段階ではないようじゃ」

 「それじゃ…どうしたら…」

 「まあ待て。石の方はとんだ曲者でな、盾の方は素直じゃ。まずは盾を手に取ってみなさい」

 グリンドに言われて、盾を手に取ってみたが今度は何も起こらなかった。

 「その盾は地上に出て初めて真価を発揮するんじゃ。これで聖宝は二つ揃い、宿命の者は歴史を知った。さあ、ここから出るぞ!」

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。