第四章 第五十三話 炎の中の追跡
岩の合わせ目の奥で揺れる赤い光は、外から差し込む陽光ではなかった。女が細長い箱を抱えたまま進むと、足元の裂け目から熱風が吹き上がり、最後尾の男が持つ灯りの炎を横へ吹き流した。赤く照らされた岩の表面には、溶けて固まったような筋が幾重にも走っている。五人が通り抜けてきた狭い道の背後では、崩れた石がときおり乾いた音を立てていた。
「こっちも塞がったら、戻れないぞ」
縄を背負った男の声に、女は答えず前方を見た。通路は間もなく途切れ、山を深く裂く細長い谷へ開けていた。谷底は暗く、そのさらに下で赤い光が脈打っている。切り立った壁には昔の石段が残っていたが、途中から崩れ、向こう岸へ渡るには幅の狭い天然の岩橋を使うしかない。橋の下からは、熱せられた空気が絶えず立ち上っていた。
女が箱を持ち直すと、包んだ布の下で硬いものがかすかに触れ合った。焼き物の筒は封じられたままで、金色の光も漏れていない。それでも、女は腕の中で何かが動いたのではないかと疑い、足を止めかけた。焦げた袖の男が振り返り、後ろの暗がりへ耳を澄ませた。
「追ってくる音がしない。もう諦めたんじゃないか」
「空を飛べる相手よ。ここから出る場所を探しているかもしれない」
女の返事が終わる前に、谷の上から大きな翼音が降ってきた。五人が見上げると、細く切り取られた空を巨大な影が横切る。グリフィンは尾根の外側を旋回し、谷の出口へ続く岩の形を確かめていた。狭い裂け目の中へ巨体を入れることはできない。だが、彼らが岩橋を渡り、開けた斜面へ出れば、再び行く手を塞げる位置にいた。
「箱を持ったまま逃げ切れると思うな。何を運んでいるのか答えろ」
岩壁に反響した声で、五人は身を縮めた。女は箱を抱え直し、谷の向こう岸へ目を向けた。言い争っている間にも、橋の下からは熱い風が吹き上がり、岩の縁で細かな灰が舞っていた。
「縄を使って渡る。ここで立ち止まったら、岩が先に崩れるわ」
縄を背負った男は岩橋の手前にある太い石柱を確かめ、傷の少ない根元へ縄の一端を結んだ。反対側の端を腰に結び、残る四人に縄を支えてもらいながら、橋を一歩ずつ渡り始めた。途中で足を滑らせれば、結び目と仲間の力だけが頼りになる。男は橋の中央で一度膝をつき、揺れる岩を確かめてから進んだ。向こう岸へ着くと、腰の結び目を解き、突き出した岩に縄を回して固定した。最後に両手で強く引き、緩みがないことを確かめた。
「渡れる。だが、一人ずつだ!」
二番目に渡ったのは、先ほど鉄の鉤を投げてグリフィンの注意をそらした男だった。次は女の番だった。彼女は箱を包む長い布の両端を肩と背中へ回して結び、箱を胸の前に固定した。結び目が緩まないことを確かめ、片手で縄を握る。岩橋の中央では靴底の下から熱気が上がり、顔を覆う布にも乾いた灰が付いた。向こう岸の二人が手を伸ばしたが、女は箱を渡さず、自分の足で最後の一歩を踏み出した。
その瞬間、谷底から赤い炎が噴き上がった。先ほどまで岩の隙間に見えていた光が突然太くなり、火の舌が橋の下をなめていく。女の外套の裾が熱風にはためき、縄を握る手が反射的に強張った。向こう岸にいた男が女の腕をつかみ、岩の陰へ引き寄せる。炎は橋に届く前に細くなったが、石の表面には新しい亀裂が走った。
「急げ! あと二人だ!」
焦げた袖の男は、最後に残った男から灯りを受け取り、火を消して橋の手前の岩陰へ置いた。それから両手が空いたことを確かめ、縄を握って渡り始めた。彼が向こう岸へ着くと、最後の男も橋へ踏み出した。男は縄を伝い、亀裂を避けながら進んだが、橋の中央を越え、向こう岸まであと数歩というところで背後の石柱が低く鳴った。縄が震え、渡り始めた側に立つ柱の根元から細かな欠片が落ちた。
「柱が動いてる!」
男が叫んだ直後、石柱が谷側へ傾き、縄を結んだ根元が砕けた。縄の一端が柱とともに落ち、橋の上で張りを失った。男はとっさに縄から手を離し、橋の縁へ膝をついた。しかし足元の石が剝がれ落ち、右足を踏み外した。向こう岸の先頭の男と焦げた袖の男は岩棚に腹ばいになり、身を乗り出して腕を伸ばした。最後尾の男は二人の手をつかみ、空いた片足を岩の縁に掛けた。三人は互いの体を支えながら、ようやく彼を岩棚へ引き上げた。
倒れた石柱が谷底へ落ち、遅れて鈍い音が返ってきた。五人は全員渡りきったが、最後の男は右膝を岩に強く打っており、立ち上がるまでに時間がかかった。靴の縁には熱い灰が入り、布の焦げる臭いがした。女は箱の結び目を確かめ、それから男の足元を見た。
「歩ける?」
「走るのは……少し待ってくれ」
女は先へ急ごうとしていた男たちを止め、一人に膝を傷めた仲間の肩を支えさせた。そのとき、頭上でグリフィンが鋭く鳴いた。巨体が尾根を越え、五人の進む先の開けた斜面へ影を落とす。翼が大きく開き、着地に備えて鉤爪が前へ伸びた。
「そこから先へ進むな!」
女は答えず、岩壁に沿って下る細い道を探した。グリフィンが降り立とうとした斜面との間には、まだ崩れた岩が積み重なっている。だが、その先を抜ければ遮るものは少ない。女は先頭の男へ、膝を痛めた仲間に合わせて進むよう指示した。負傷した者を置いていけば、追ってくる相手の前に一人で残すことになる。女は急ぎたい気持ちを抑え、全員で下る道を選んだ。
グリフィンが岩棚へ降りかけたとき、山肌の割れ目から炎が噴いた。赤い火が斜面を斜めに走り、熱風が灰を吹き上げる。グリフィンは翼を打って身を引いたが、外側の羽根の数枚が火の縁をかすめ、焦げた臭いが立った。巨獣はすぐに高度を取り直し、炎の広がる岩場から離れた位置を旋回した。山の変化が箱の中身と関係しているかどうか、まだ確かめられていない。だが、目の前で火が噴き上がった以上、無理に降りれば人も自分も危険だった。
炎が細くなるまでの短い間に、五人は岩壁の陰へ潜り込んだ。女は縄を運んできた男と並んで足場を確かめ、残る三人のうち負傷した男を、ほかの二人が両側から支えながら進んだ。細い道は次第に下り、灰の積もった斜面へ続いていた。火道へ引き返すにも崩落の続く狭い通路を通らねばならず、岩橋の縄も片側の固定を失っている。背後には赤い光が残り、頭上では翼の音が消えずにいた。
◇
村の外で見張りを続けていたアレンは、火山の斜面に一瞬だけ赤い光が走るのを見た。遠く離れたこの場所に熱は届かず、見えるものも雲の切れ目からのわずかな光だけだった。ガレスは槍を持ったまま山を見上げ、バルドへ異変を伝えるようニアに頼んだ。アレンは空にグリフィンの姿を探したが、灰色の雲の下では大きな翼さえ見失いかけていた。
「山がまた荒れ始めたのかな」
アレンの問いに、隣へ来た鈴葉は首を横に振った。彼女も遠い山腹を見つめていたが、赤い光はすでに薄い雲に隠れ、火がどこから噴いたのかも確かめられなかった。
「今の光だけじゃ分からないわ。グリフィンが何をしているのかも、ここからでは見えないもの」
アレンはうなずき、荷車の並ぶ方角を振り返った。テオも、逃げ戻った若者もまだここにいる。だからこそ、離れた山で何が起きたのか確かめたい気持ちを抑え、持ち場に戻った。鈴葉はその背中を見送ったが、すぐには山から目を離さなかった。遠くに翼の影が見えた辺りを、しばらく黙って見つめていた。
◇
グリフィンは燃える割れ目の上を避けて旋回し、尾根の向こうへ進む五人を再び見つけた。女が箱を抱えていること、仲間の一人が足をかばっていることは上空からも分かった。箱の中身を確かめる機会はまだない。グリフィンは翼の焦げた縁を風にさらしながら、彼らが次に岩陰から出る場所を見極めようと高度を下げた。
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