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セイクリッドボーン  神獣と忘れられた血  作者: 鈴木 明
第四章 灰の大地と二つの翼
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第四章 第四十話 血のない獣道

村の外に停めた六台の荷車を前に、バルドは獣道の再調査を求めるガレスの申し出を聞き、しばらく西の草地へ続く道を見つめていた。行方の知れない村人たちについて、テオが話せたことは多くない。少年が語った女の話はアレンの胸に残っていたが、それだけで村から人が消えた理由を説明できるはずもなかった。


「西の足跡を調べたいんだな」


 ガレスは周囲の御者に声が届かないよう一歩近づき、岩場と草地の位置を簡単に示してからうなずいた。


「はい。いつ付いたものなのかも分かりません。ただ、あの跡は村の境で終わっていません。どちらへ続くのか、確かめる価値はあります」


「それで六台の荷車まで危険にさらすわけにはいかん。調べに行くなら四人だけだ。岩の斜面が途切れる所までだ。日が暮れる前に戻れ。途中で何か見つけても、相手を追うな」


 ガレスは了承し、アレンと鈴葉、ニアも同意した。バルドはローデンとミックに荷車の警戒を続けさせ、御者たちには馬を繋ぐ場所を変えないよう伝えた。テオには御者の一人が付き添い、荷車の陰で水と食事を少しずつ取らせた。鈴葉が出発を告げると、少年は袖をつかみかけたが、唇を噛んで手を下ろした。その仕草を見たアレンは、帰るという言葉を軽々しく口にしないまま、少年の前で膝を折った。


「俺たちは跡を確かめたら、ここに戻ってくる。村の人を見つけられるかどうかはまだ分からない。でも、何か分かったらガレスがバルドに伝えるから」


 テオは小さくうなずいた。鈴葉は安心させようと無理に笑わず、彼のそばに水筒があるのを確かめてから立ち上がった。


 四人は再び西の門へ向かった。以前通った場所に新しい物音はなく、扉を閉ざした家々だけが残っている。ガレスは村を抜ける前に家並みを振り返り、後ろに人影が見えないことを確かめた。境の外では、先に見つけた大きな足跡と、九筋に分かれた尾のような掃き跡がまだ草に残っていた。だが、二つの痕跡が同じ生き物によるものかは、並んでいるというだけでは確かめようがなかった。


「ここまでは調べた。問題は先だ」


 ガレスが示す先で、大きな足跡は背の低い灌木の間に続いていた。ニアは地面に片膝をつき、湿った土に残る縁へ矢の先を近づけた。


「指先の向きは村のほう。でも、あっちには別の跡もある。草が反対向きに寝てる」


 アレンが目を凝らすと、確かに狭い獣道の草がところどころ西へ押し倒されていた。草の折れた向きだけで通った順序までは分からない。ニアはさらに少し先の柔らかい地面を調べ、人の靴底にも見える浅いくぼみを見つけた。かかとに当たる部分が欠け、輪郭も途中で崩れているため、村人のものと決めることはできなかった。アレンはくぼみと草の倒れ方を見比べてから言った。


「人が歩いた可能性はある。連れ去られたとまでは言えないな」


「ええ。走った跡にも見えないわ。地面の状態が違えば、同じ足でも残り方は変わるもの」


 鈴葉はそう答え、しゃがんで土に触れた。彼女にも匂いの痕跡は感じられたが、村を離れるほど草木と乾いた土の匂いに紛れ、誰のものか分けられないという。アレンは彼女が神獣だからといって、見えない答えまで知っているわけではないことを改めて意識した。


 灌木を抜けたところで獣道は浅い窪地へ下り、そこで一度広がっていた。枝が折れ、土が踏み固められ、石の間には引きずられたような長い擦り傷が走っている。ニアが周囲を調べる間、ガレスは窪地の中央に入らないよう全員へ注意した。そこには何人もの足が重なったような乱れがある一方、踏まれていない草も斑に残っていた。アレンは荒れた地面を見つめて尋ねた。


「ここで何かが暴れたのか?」


「そうかもしれない。だが、まず血があるか確かめる」


 ガレスは答えると、擦れた石の表面と、その下の砂を慎重に調べた。アレンも少し離れた場所で、引っかかった布切れや落ちた持ち物がないか探した。しばらくしてニアが浅い溝の底から乾いた布の端を見つけた。灰色の粗い布で、片側は鋭く裂け、見えている縁には古い縫い目が残っている。村の誰が身につけていたものかを示す印はなく、持ち主を特定できるような品も付いていなかった。ニアは布を動かさず、ガレスにその場所を示した。


「見えるところに血は付いていない」


 ガレスは布の露出した面と裂け目を確かめ、それから擦り傷の周囲を見渡した。石のくぼみには乾いた土が残り、折れた草にも赤い染みは見当たらない。


「石にも草にも、今のところ見つからん。だが、血がないから誰も傷ついていないとは限らない。ここで何が起きたかも分からん」


 その言葉を聞き、アレンは窪地の先へ目を向けた。獣道は一本に見えて、途中から二つの細い通り道に分かれている。右は岩の多い斜面へ、左は草の深い谷筋へ続いていた。大きな足跡は岩場へ向かう途中で不鮮明になり、靴跡らしきくぼみは草のほうへ続く。しかし、斜面の手前にはもう一度、何本もの細い線が土を掃いた跡が重なっていた。


「九本とは数えられないわね」


 鈴葉は草を分けて確かめたが、ここでは線が重なりすぎていた。数えられるのは数筋だけで、村の外で見つけた九筋と同じものだとは断言できない。アレンは地面に落ちた細い毛を一本見つけたものの、土がこびりついて色も判別できなかった。手に取ろうとしたところでニアに止められ、踏み荒らさないよう小石を目印に置いた。ニアは小石と毛の位置を見比べて言った。


「持ち帰って比べるなら、布で包もう。落ちている場所も覚えておいて」


 ニアは予備の布を使い、毛を周囲の土ごと包んだ。先に見つけた毛と似ている気はしても、その場で同じ獣のものだと証明できるわけではない。ガレスは道が分かれた位置を確かめると、腰の小さな手帳に簡単な図を描いた。


 四人は岩の斜面に沿って進み、斜面が途切れる手前で立ち止まった。バルドに許された調査範囲の終点がそこだった。足元には赤褐色の細かな土が溜まり、いくつもの足跡が窪地へ向かって重なっている。靴らしい跡は大小まちまちで、ひとつはつま先を大きく削るように踏み込んでいた。ところが、その先に伸びる草むらには、足を引きずった筋も、倒れ込んだ跡も見当たらなかった。石の根元には二つに割れた蹄に似た小さなくぼみもあり、ニアは家畜か野生の獣か判別できないまま、その形だけをガレスに伝えた。


「みんな自分で歩いた……そう考えたくなる跡だな」


 アレンのつぶやきに、ガレスは首を横に振った。重なり合う跡を見ていると、ひと続きの出来事だったように思えてくる。だが、足跡の古さを確かめられる材料もない。


「歩けた者がいた可能性はある。それだけだ。足跡の持ち主が村人かどうかすら分からん。ここには獣も、人も、別々の時に通っているかもしれない」


 風が斜面を渡り、乾いた草の穂を揺らした。アレンはその音を聞きながら、村の西側で家具が窓に押しつけられていた光景を思い出した。内側から戸を塞いだ人々が、その後どこへ行ったのか。ここに残る跡が答えを示しているようで、ひとつも確かな言葉にはならなかった。


「これ以上は進まん。バルドと決めた範囲はここまでだ。分かれ道の位置と、見つけたものだけを持ち帰る」


 ガレスの声には、引き返すことへの迷いがなかった。足跡が先へ続くとしても、四人で捜索を広げれば、村の外で待つ者たちまで危険に巻き込む。


 ニアが先に歩いて退路を確かめ、アレンと鈴葉は最後に一度だけ斜面を見上げた。岩の向こうには細く続く尾根があり、その先は地形に遮られている。何者かの姿が見えたわけではない。ただ、さっきまで草を揺らしていた風が止むと、谷に不自然なほど静かな時間が訪れた。


「……戻りましょう」


 鈴葉の声にアレンがうなずいた。血を見つけられなかった獣道には、人が歩いたかもしれない跡と、獣が通ったかもしれない跡が残されている。どちらが先で、どこへ向かったのか。答えを急げば、テオが知らないことまで彼の言葉に背負わせてしまう。四人は残された痕跡を踏まないよう注意しながら帰路につき、背後の尾根には確かめられない静けさだけが残った。

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