第四章 第三十一話 炎の中の道
夜が明けても、炎の道は消えていなかった。空は薄い灰色に染まり、火山側の雲は夜より高くなっていたが、黒い岩場を走る白金色の炎だけは夜明け前と変わらず細い線を描いていた。風が吹いてもほとんど揺れず、周囲の枯れ草へ燃え移ることもなかった。まるで地面の上へ光だけを置いていったようだった。
アレンは荷馬車の脇からその先を見つめた。夜のうちに誰も近づかなかったため、線の形はそのまま残っていた。腰の小袋には、焼けた祠の近くで拾った不死鳥の羽根が厚い布に包まれて入っている。夜明け前、不死鳥が再生したあとに落としたもう一枚は、炎の道の始まりから少し外れた岩の上に残されたままだった。
「まだあるな」
「不死鳥が取りに戻る様子もないわね」
鈴葉は炎そのものへ触れない位置から近づき、周囲の熱と不死鳥の気配をしばらく確かめた。それから落ちていた羽根を拾い、アレンが持つ一枚と並べる。根元の淡い金色、中央の赤、先端に残る白に近い光沢までほとんど同じだった。
「これで、あの羽根が不死鳥のものだってことは決まりか」
「少なくとも、同じ種類の羽根だってところまでは言っていいと思う」
「まだ慎重なんだな」
「慎重なのは悪いことじゃないでしょ」
鈴葉はそう言って二枚目を別の布へ包んだ。アレンは最初の羽根と混ざらないようにしたまま、二枚とも腰の小袋へ収めた。似ているからこそ、後で違いを確かめられるよう分けておくことにした。
そこへバルドが歩いてきて、消えない炎の先へ目を向けた。
「朝になってもそのままか」
「みたいだな」
「で、行きたい顔をしてる」
「……そんなに分かりやすいか?」
「夜明け前からずっとだ」
バルドは鼻を鳴らした。
「本道はこの先で山裾を回る。あの火も途中までは同じ方向だ。ただ、どこで外れるか分からねえ。商隊ごと突っ込む気はない」
「当然だな」
「だから見に行くなら、ガレスを連れて短く見てこい。鈴葉も一緒だ。昼までに戻れ。山へ登るな。火口へ近づくな。道が危ねえと思ったらそこで終わりだ」
前より厳しい条件だったが、アレンに異論はなかった。商隊を危険へ巻き込まないことの方が重要だった。
◇
三人が炎の道へ足を踏み入れたのは、朝の支度が一段落してからだった。
近くで見ると、火は地面に直接燃えているわけではなかった。岩肌から指一本分ほど浮いた位置に白金色の光が連なり、その縁だけが淡い赤へ変わっている。熱はあったが、焚き火へ手を近づけた時のような刺す熱ではなく、冬の陽だまりに似た柔らかい温かさだった。
「妙だな」
ガレスが槍の石突で炎の外側の地面を軽く突いた。
「夜明け前から燃えてるのに、焦げてねえ」
「不死鳥の再生の火も、周りには燃え移らなかった」
アレンが言うと、鈴葉は炎を見ながら頷いた。
「同じ性質かもしれない。でも、触らない方がいいわ」
「言われなくても触らない」
「前なら触ってた」
「触ってないだろ」
「触ろうとはしてた」
ガレスが二人を横目で見た。
「仲がいいのは分かったから、足元も見ろ」
炎の道は黒い岩の間を縫うように西へ伸び、やがて本道から少しずつ山側へ外れていった。そこから先は、古い溶岩が固まった起伏の多い地形だった。灰で隠れた亀裂や崩れやすい斜面もあったが、炎は危険な場所を避けるように曲がり、歩きやすい岩棚だけを選んで続いていた。
「道を知ってるみたいだ」
「作ってるのかもしれない」
鈴葉の言葉に、アレンは足を止めかけた。
「不死鳥が?」
「火が勝手に考えてるとは思えないもの」
断定ではなかった。それでも、夜明け前に不死鳥が山側を見てからこの炎を残したことを考えれば、偶然とは思いにくかった。
◇
さらに進むと、周囲の景色が変わった。黒い岩ばかりだった地面に赤茶けた石と白い灰が混じり始め、ところどころで細い蒸気が噴き出していた。火山へ近づいていることは明らかだった。
アレンは太陽の位置を確かめた。まだ昼までは余裕があったが、バルドから言われた「山へ登るな」という条件も頭に残っていた。
「そろそろ戻るべきか?」
ガレスも同じことを考えていたらしい。その時、炎の道が大きく曲がった。山へ登るのではなく、崖の脇を回り込むように横へ伸びている。その先には、灰と崩れた岩に埋もれていた細い谷間があった。
「こんな道、あったのか?」
ガレスが眉をひそめた。
「古い地形ならあったかもしれない。でも、外からじゃほとんど見えなかった」
鈴葉は谷間の入口へ近づき、地面を確かめた。白金色の炎は灰の上を走り、その下だけを細く溶かすように進んでいる。黒く固まった灰が崩れ、埋もれていた石畳が少しずつ姿を現していた。
「焼いてるんじゃない」
アレンはその場から目を凝らした。
「塞いでた灰だけをどかしてる?」
「そう見えるわね」
炎は古い石畳の上だけを進み、両側の枯れた低木には触れていなかった。夜明け前、不死鳥が自分自身を燃やした火とも違う。今ここにある炎は何かを壊すためではなく、埋もれた道を選び出すために使われているように見えた。
谷間へ入ると風が弱まり、外より静かになった。左右の岩壁には古い削り跡が残り、ところどころに人の手で積まれた石が見えた。ずっと使われていなかった道なのは間違いなさそうだった。
「鉱山の道か?」
「それより古い」
ガレスは壁の石積みを見ながら首を振った。
「少なくとも、昨日の採掘場の造りとは違う」
その間にも白金色の炎は迷わず谷の奥へ続き、三人をさらに先へ導いていた。
◇
谷間を抜けた先で、三人は同時に足を止めた。そこは小さな円形の窪地だった。周囲を黒い岩壁に囲まれ、中央だけが不自然なほど平らになっている。灰もほとんど積もっておらず、白金色の炎の道は窪地の中心まで進むと、そこで途切れていた。その先に続く道はなかった。
「ここまで?」
アレンが周囲を見回した直後、腰の小袋がゆっくり温かくなった。鈴葉の表情が変わり、すぐにアレンの背後へ視線を向ける。
「アレン、後ろ」
振り返ると、退路を塞ぐ炎はなく、谷間の入口もそのまま残っていた。ただ、岩壁の上から赤金色の光が差し、巨大な翼の影が窪地を横切る。それまで岩間を抜けていた風も静まり、次の瞬間、不死鳥が岩壁の上へ降り立った。
夜明け前に生まれ直した直後と同じ鮮やかな羽根だった。傷も衰えも見えず、赤金色の瞳だけが静かに三人を見下ろしていた。ガレスは槍へ手を掛けたものの構えず、鈴葉もその場から動かなかった。
「ここへ連れてきたのは、あなた?」
鈴葉の問いに、不死鳥は答えなかった。代わりに視線がゆっくり動き、鈴葉からガレスへ、そして最後にアレンで止まった。
腰の小袋の中で、布を分けて包んだ二枚の羽根が同時に熱を帯びた。不死鳥は翼を閉じたままアレンだけを見つめ、その沈黙には敵意よりも、何かを待っているような重さがあった。アレンも目を逸らさなかった。
炎の道が彼らをここまで導いた理由は、まだ分からなかった。ただ、その答えを持っている存在が目の前にいることだけは、もう疑いようがなかった。
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