第四章 第二十八話 七つは同じではない
焼けた祠を離れたあと、一行は来た道を引き返した。救助した四人は土地の者たちに支えられながら歩いていたが、自力で進めない者はいなかった。赤い谷の熱は相変わらず強く、岩の亀裂から噴き上がる生ぬるい風が、時折、焦げた臭いを運んでくる。
アレンは先ほどの祠を何度も思い返していた。七つの印、翼を広げた鳥のような線刻、そして鈴葉の「単純じゃない」という言葉。そのどれもが頭から離れなかった。
「さっきの話」
歩きながら声をかけると、鈴葉は少しだけ視線を向けた。
「七つの印のこと?」
「それもある。鈴葉が知ってること」
「……そうね。話すって言ったものね」
鈴葉は前を歩くガレスたちとの距離を確かめ、それから少し声を落とした。
「まず、アレンが一つ勘違いしやすいところから話すわ。七神獣は、七体で一つの意思を持ってるわけじゃない」
「一つの意思?」
「みんな同じことを考えて、同じ目的で動いてる集団じゃないってこと」
アレンは口を挟まず、鈴葉の続きを待った。
「七神獣って一つの名前で呼ばれてるから、私たちがいつも同じ側にいて、何かあれば同じ判断をするように思えるかもしれない。でも、違うの。それぞれに役目があって、守ろうとするものがあって、そのために何を選ぶかも違う」
◇
「役目って、空とか森とか、そういうこと?」
「それも一部ね」
鈴葉は足元の亀裂を避けながら答えた。
「グリフィンが空を司る。私は自然と深く結びついてる。そういう違いはある。でも、それだけじゃないわ。何を守るためなら動くのか。何を守るためでも越えない線はどこなのか。昔から背負ってる責任が何なのか。それぞれ違う」
アレンは、グリフィンが金属の羽根について知っていても語れないと告げた時のことを思い出した。昔、一つの責任を引き受けたからだと言っていた。
「グリフィンが羽根のことを話せなかったのも?」
「たぶん、あれはグリフィン自身が背負ってるもの。私はその約束の中身を知らないし、知ってるふりもできない」
「同じ七神獣でも?」
「同じ七神獣だからって、互いの全部を知ってるわけじゃないのよ」
鈴葉は一度息を吐き、足元を確かめながら言葉を続けた。
「誰か一体が人間を助けたからって、残りの六体も必ず助けるわけじゃない。逆も同じ。誰かと敵対したからって、全員がその相手を敵として見るとは限らない」
「じゃあ、七神獣っていうのは……仲間じゃない?」
「その言い方だと少し違うわね」
鈴葉は考えるように目を細めた。
「互いの存在を無視できるほど遠くはない。でも、いつも肩を並べてるほど近くもない。長い時間の中で協力することもあれば、同じ出来事を違う立場から見ることもある。人間が想像するような、七体がいつも一つになって動く仲間ではないわ」
アレンはその言葉を頭の中でゆっくり組み直した。母から聞いた七つの物語は、確かに一つずつ別の話だった。炎の中から蘇る鳥。空を駆ける翼ある王。森を巡る狐。水の底を渡る蛇。大地を支える巨獣。麒麟。そして最後の存在。自分が「七神獣」という一つの名前を知ったあとで、それらを勝手に一つの集団として結びつけていただけなのかもしれない。
◇
「じゃあ、あの祠の七つの印は?」
アレンが尋ねると、鈴葉はすぐには答えなかった。
「人間が七神獣をどう見ていたかを示すものかもしれない。でも、七つの印が並んでたからって、七体が一緒にあそこを守ってたとは限らない」
「石板の鳥も?」
「翼がある。それ以上はまだ言えないわ」
「分からない?」
「見覚えがないわけじゃない。でも、焼け残った線だけで誰かを決めたくない」
グリフィンの名を口にする前にも見せた慎重さだった。アレンはそれ以上急かさず、少し考えてから別の問いを向けた。
「鈴葉は、自分の役目を全部覚えてるの?」
その問いに、鈴葉の歩みがわずかに遅くなった。
「全部って言われると、難しいわね。覚えてることもあるし、感覚として分かることもある。でも、七神獣だから何でも知ってるわけじゃない」
「前にも言ってたな」
「やっと学んだ?」
「その言い方やめろって」
鈴葉が小さく笑った。けれど、その表情にはどこか考え込むような影も残っていた。
◇
採掘場へ戻ると、先に救助した三人と、彼らを連れて戻っていた土地の者たちはすでにいなかった。分岐へ向けて出発したあとらしい。盆地には灼岩獣との戦いで焼けた木組みと、黒い焦げ跡だけが残っていた。
アレンは腰の小袋へ手を当てた。厚い布の中に包んだ羽根は、歩いている間にも完全には冷えていなかった。
「これも、七神獣のどれかに関係してると思う?」
「可能性はある」
鈴葉は正直に答えた。
「でも、それだけ。燃えないことも、赤いことも、祠に似た欠片があったことも事実。でも、その事実を並べただけで持ち主の名前までは出せないわ」
「分かってる」
「本当に?」
「今度は本当に」
アレンが答えると、鈴葉は満足そうにほんの少し口元を緩めた。そのまま旧道の入口へ戻る頃には、谷の外を流れていた灰も朝より薄くなっていた。分岐ではバルドたちが荷馬車を動かす準備を進めており、ローデンとミックが直した本道を御者たちと一緒に最終確認していた。
ガレスが救助した四人と焼けた祠について報告すると、バルドは険しい顔をしながらも、全員が戻ったことを確認して大きく息を吐いた。
「これで目的は終わりだ。今日はこれ以上、山側へ入らねえ」
誰も異論を挟まず、商隊が再び動けるようそれぞれの持ち場へ戻っていった。
◇
商隊が再び西へ動き始めたのは、日が少し傾いてからだった。救助した者たちは土地の者たちとともに近くの集落へ戻るため分岐で別れ、アレンたちは本来の護衛位置へ戻った。
歩きながら、アレンは鈴葉の話を何度も思い返した。七つだから同じなのではない。名前を並べられているからといって、同じ意思で動くわけでもない。それぞれが別の役目と判断を持ち、それぞれの責任を背負っている。それなら、これから出会うかもしれない七神獣も、鈴葉やグリフィンと同じように接してくれるとは限らなかった。
「少し怖くなった?」
隣の鈴葉が聞いた。
「少し。でも、その方が分かりやすいかも」
「どういう意味?」
「最初から同じだと思わなければ、ちゃんと相手を見るしかないだろ」
鈴葉は一瞬だけ目を丸くし、それから静かに笑った。
「それなら十分よ」
その時、山側の雲の奥が一瞬だけ赤く染まった。夕日の色とは違い、内側から灯ったような赤だった。アレンが足を止めかけると、鈴葉も同じ方向へ顔を向けた。光はすぐに消れ、何だったのかはまだ分からない。ただ、腰の小袋の中で、布に包んだ羽根がわずかに温度を増したように感じられた。
アレンは確かめるために羽根を取り出すことはせず、山の方角を見つめたまま歩き続けた。
読んでくださり、ありがとうございます!
楽しんでいただけましたら、ブックマークと評価をいただけると嬉しいです。




