第四章 第二十六話 燃えない羽
鈴葉の視線の先にあったものは、灰の中へ半分埋もれていた。アレンはすぐには手を伸ばさなかった。周囲の木片は黒く炭化し、ところどころではまだ赤い火種が残っている。さっきまで灼岩獣との戦いで燃え広がっていた場所だ。その中央に、細長い羽根のようなものだけが形を失わず残っていた。
「触るなよ」
ガレスが槍の穂先を下げたまま言った。
「分かってる」
アレンは近くに落ちていた細い金属棒を拾い、灰を少しずつ払った。姿を現したものは、やはり羽根だった。長さは手のひらより少し長く、軸から細い羽枝が伸びていた。色は一様ではなく、根元に近い部分は淡い金色で、先へ行くほど赤みを帯び、先端には白に近い光沢があった。金属ではない。それでも、焦げた跡はどこにもなかった。
「本物の羽根……よね?」
鈴葉がしゃがみ込み、顔を近づけすぎない距離から観察した。
「そう見える」
「でも、周りは全部焼けてるわ」
土地の者の一人が、炭になった木片を靴先で転がした。そのすぐ隣にあった布切れも黒く縮れ、触れれば崩れそうになっていた。それでも羽根だけは、何事もなかったように灰の上へ横たわっていた。
◇
火が完全に消えるまで待ってから、アレンたちは羽根を調べることにした。ガレスが水を少し垂らすと、表面で小さな雫になり、そのまま羽枝の間を滑り落ちた。焼けた臭いも、濡れた羽毛特有の匂いもほとんどしない。アレンは布を何重かに重ね、その上から慎重に持ち上げた。
「熱い?」
鈴葉が尋ねる。
「温かい。でも、持てないほどじゃない」
不思議なのは、周囲の灰より明らかに温度が高いことだった。火種から離してしばらく経っているのに、羽根そのものに熱が残っているように感じられた。
アレンは表裏を確かめた。焼け跡はない。軸も折れておらず、羽枝の先まで整っていた。ただし、根元近くには黒い灰が付着していた。
「さっきの火で燃えなかっただけかもしれない」
アレンが言うと、土地の老人が首を振った。
「普通の鳥の羽なら、あの火の中じゃ残らん。谷にいる火喰い鳥でも、羽先くらいは焦げる」
「火喰い鳥?」
「小さい鳥だ。熱穴の近くに巣を作る。火には強いが、燃えないわけじゃない」
鈴葉は羽根へ目を戻した。
「じゃあ、少なくともその鳥のものではなさそうね」
「大きさも違う」
老人の答えはそこまでだった。誰も持ち主の名を挙げず、アレンも知らないものへ勝手に名前をつける気はなかった。
◇
救助した三人をこのまま連れて谷の奥へ進むことはできなかった。セドは歩けても速くは動けず、もう一人は肩を傷めている。熱気を吸い込んだ男も、咳は落ち着いたものの万全ではない。ガレスは七人の土地の者たちと短く相談し、うち三人が負傷者を連れて分岐まで戻ることになった。
「俺も戻る」
セドが言った。
「残り四人が先に行った場所は分かる。ここから先は一本道だ。途中で右へ分かれる細い坂があるが、そっちは行き止まりになってる」
「無理するな」
アレンが言うと、セドは苦い顔で頷いた。
「分かってる。ただ、あいつらが見たって言ってた赤い光……俺も遠くから一度だけ見た。谷のもっと奥だ」
「どんな光だった?」
「火みたいだった。でも、揺れてなかった」
その答えにアレンは眉を寄せた。
「揺れてない?」
「松明みたいにちらつかない。赤い点が、岩の向こうにずっと残ってた」
セド自身も、それが何だったのかは分かっていないらしい。アレンはそれ以上意味を足さなかった。
負傷者たちが戻る準備をしている間、鈴葉は先行した四人の足跡をもう一度確かめていた。
「アレン、こっち」
呼ばれて近づくと、盆地の先へ続く足跡の脇に、赤い羽枝が一つ落ちていた。
「同じ……?」
アレンは手に持った羽根と見比べた。色も質感もよく似ている。ただし、地面に落ちていたのは羽根一本ではなく、先端から千切れたごく小さな一片だった。
「たぶん同じ種類。でも、同じ個体から落ちたかまでは分からないわ」
「うん」
鈴葉はそこで断定せず、アレンも同じように判断を保留した。
◇
負傷者たちを見送ったあと、残ったのはアレン、鈴葉、ガレス、それに土地の者四人だった。ガレスは槍を持ち直し、谷の奥を見た。
「ここから先へ行くなら、長居はしない。残り四人の様子を確認して、危険が増えたら戻る。バルドとの約束は忘れるな」
「分かってる」
アレンは羽根を直接荷物へ入れず、厚手の布で包んだ。燃えない理由も、熱を残している理由も分からない以上、肌へ触れ続けさせるつもりはなかった。
「持っていくの?」
鈴葉が尋ねた。
「落ちてた場所も分かってるし、あとで戻すこともできる。今は残りの四人が同じものを見てたか確かめたい」
「それならいいと思う」
アレンは包みを腰の小袋へ収めた。これは明らかに生き物の羽根だった。何の生き物のものかは分からないが、その一点だけは見れば判断できた。
七人はそのまま盆地を離れ、先行者の足跡を追ってさらに谷の奥へ進んだ。採掘場を越えた先で赤い谷は再び狭まり、岩壁には黒く焼けた筋が増えていた。地面の亀裂から上がる熱も強くなり、ところどころには小さな炎が自然に灯る場所まである。風がないのに、青白い火先だけがかすかに揺れていた。
「昔からこうなのか?」
アレンが尋ねると、土地の男が首を横に振った。
「火が出る場所はある。でも、こんなに多くはなかった」
「最近増えた?」
「少なくとも俺が最後に来た時よりはな」
それが山の異変と関係しているのかは分からない。アレンは聞いた事実だけを頭へ留めた。
やがて四人分の足跡が左右へ乱れ、そのうち一人は岩壁の近くまで寄っていた。そこには焦げた跡があり、赤い羽根の小さな欠片がもう一つ落ちていた。
「まただ」
鈴葉がしゃがみ込んだ。
今度は触れずに確認した。小さな欠片のすぐ近くには、人の靴跡も残っていた。
「四人も、これを見つけたのかもしれない」
アレンが言うと、ガレスは頷いた。
「可能性はある。だが、追ったかどうかまでは分からん」
「分かってる」
先行者たちの足跡は、そのまま谷の奥へ続いていた。さらに数百歩進んだところで、先頭の男が足を止めた。
「この先だ」
「何が?」
「昔、山の神を祀ってた小さな祠がある。採掘に入る連中が無事を祈る場所だった」
アレンは谷の先を見た。赤い岩壁が少しだけ開き、その向こうに黒く崩れた何かの輪郭が見えていた。
「今も使われてるのか?」
「いや。何年も前から誰も使ってない」
男はそこで言葉を切った。
「ただ……あんなに焼けてた覚えはない」
アレンたちは足を止めたまま、灰と熱気の向こうにある黒い影を見つめた。先行した四人の足跡は、まっすぐその場所へ続いていた。
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