第14話「異形の右腕」
その頃――サクヤは、アジトの最奥へと連れてこられていた。
重い扉が軋む音を立てて開く。
中にいたのは、一人の女だった。
レンよりも一回りどころか、明らかに大きい。
筋肉で膨れ上がった腕、堂々とした体躯。
そして何より――存在そのものが圧迫してくる。
女は椅子に腰掛け、巨大な肉塊にかぶりついていた。
骨を噛み砕く音が、部屋に響く。
「……誰だ」
サクヤが低く問う。
女はちらりと視線を向けると、興味なさそうに肉を噛み続けた。
――次の瞬間。
ゴッ、と鈍い音。
肉の骨が、一直線にサクヤへと投げつけられた。
サクヤはそれを、片手で受け止める。
「まずはお前が名乗れ」
低く、重い声。
サクヤは一瞬だけ黙り――
「……サクヤだ」
短く答える。
女は骨を放り捨て、口元を拭った。
「そうか」
ゆっくりと立ち上がる。
床が軋む。
「じゃあ次はこっちだな」
ニヤリと笑う。
「ヴァルカだ」
それだけで十分だった。
この女が、このアジトの頂点だと分かる。
ヴァルカはサクヤの前で立ち止まり、見下ろす。
「へぇ……妙な感じがするな」
値踏みする視線。
サクヤは睨み返す。
数秒の沈黙。
「いい目だ」
満足げに笑い、背を向ける。
「ついてこい」
案内された先には、小さな作業台。
そこに置かれていた布包みを、ヴァルカは乱暴に投げた。
「ほら」
サクヤは受け取る。
重い。
布がほどける。
――中にあったのは、“腕”。
黒く、歪で、生きているように脈打つそれ。
内側から滲む、禍々しい光。
「……なんだ、それ」
「義手だ」
「義手……?」
「ただのじゃねぇ」
ヴァルカが一歩近づく。
「魔物で作った義手だ」
空気が変わる。
サクヤの視線が、腕に吸い寄せられる。
「……こんなの、つけられるわけ――」
「つけられるさ」
言葉を遮る。
そして――
「丁度お前、右手ないしな」
一瞬、空気が止まる。
サクヤの目がわずかに細まる。
事実を、淡々と突きつける言い方だった。
「……」
否定できない。
ヴァルカは気にする様子もなく続ける。
「まあ普通は無理だがな」
肩をすくめる。
「今まで誰一人、これに“適合したやつはいない”」
静寂。
「全員、壊れた」
「腕に食われたやつ、身体ごと潰れたやつ……まあ色々だ」
軽い口調なのが逆に重い。
「欠陥品だよ」
だが――
「お前は違う」
断言。
迷いはない。
「感じてるだろ」
サクヤの視線が、義手に落ちる。
脈打つ黒。
まるで――呼ばれている。
「それ、お前を拒絶してねぇ」
指先が、わずかに動く。
触れていないのに、繋がっている感覚。
「……もし使えたら、どうなる」
サクヤが問う。
ヴァルカは笑う。
「さあな」
わざとらしく間を置いて――
「少なくとも、“今のお前”じゃ届かねぇ場所には行ける」
拳が、わずかに握られる。
無力。
届かなかったもの。
守れなかったもの。
「……」
沈黙。
そして――
サクヤは布を完全に剥ぎ取った。
異形の右腕が、露わになる。
「いいねぇ」
ヴァルカが笑う。
「その顔、気に入った」
サクヤは何も言わない。
ただ、その腕を見つめる。
――選ぶのは、自分だ。
異形の力か。
それとも、このままか。
運命は、右腕に宿る。




