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203年 五銖銭01

時をわずかに戻し、興平十年。

洛陽の空は、どこまでも高く澄み切った秋の群青に染まっていた。河北の冷たい風土では、袁紹の遺児たちが血を分けた兄弟でありながら醜い主導権争いを演じて互いの肉を食らい合い、その綻びの隙を絶対に見逃すまいと、曹操が飢えた獣のように血走った目を光らせていた。


天下の耳目が土煙舞う中原の決戦へと注がれる中、洛陽の奥深く、重厚な扉に閉ざされた執務室にいた劉憲は、全く別の巨大な図面を卓上に広げ、静かに頭を悩ませていた。


「いやはや、秋の風が少しばかり骨身に染みるようになってきたな。仲達、お前、さっきから肩を回してばかりいるが、また寝具が合わずに首を痛めたのか?」


「……余計な御世話です。昨夜は少し、届いたばかりの西涼の馬の血統書を読み込んでいて夜更かしをしただけのこと。それより州牧、その冷え切った茶をすするのはおやめなさい。胃が冷えて、また午後から薬湯を飲む羽目になりますよ」


「それもそうだな。後で熱い白湯でも持ってこさせよう」


劉憲は苦笑しながら、手の中で冷たくなった青磁の茶碗をことりと机に置いた。微かに残った茶の渋い匂いが、部屋に満ちる墨と古い竹簡の埃っぽい匂いと混ざり合う。

彼は無造作に、卓の隅に積まれていた数枚の銅銭を指先で弾いた。チリン、という高く澄んだ金属音が、静寂の執務室に冷ややかに響き渡る。


「仲達、孔明。少しばかり退屈な頭の体操に付き合ってくれ。

なぜ我が荊州や司隷では、今こうして私が弾いたような、当たり前の五銖銭が市場の隅々にまで流通しているのに、冀州や兗州から洛陽へとやって来る商人どもは、懐に軽い銭を持たず、わざわざ肩に食い込むような重い絹や麦の袋を担いでやって来るのか。

その根本的な理由を、深く考えたことはあるか」


劉憲の唐突な問いかけに、真っ先に不機嫌そうに鼻を鳴らしたのは、首の筋をほぐしていた司馬懿であった。


「何を今さら、子供の遊戯のような問いを。董卓の目に余る専横以前から世の秩序は崩壊し、各地で野盗や反乱が相次ぎました。

それによって、かつて朝廷が厳格に管理していた各地の銅山や鉄山のある郡県は荒れ果て、坑道は水没し、過酷な採鉱を担っていた人足たちは流民となって散り散りになった。

物理的な鉱山設備が失われただけでなく、重い金属を運び、鋳造された銭を隅々まで行き渡らせる安全な流通路すら完全に寸断されたのです。

それを劉州牧や蒯良殿が、独自の鉄官や銅官をいの一番に再設置し、兵を置いて厳重に統制して、再び質の良い貨幣の鋳造を根気よく始めたからに決まっているでしょう。

……ついに州牧も、毎日の書類仕事の激務のあまり、頭の血管が詰まって惚けが出始めましたか」


容赦のない、氷の刃のような司馬懿の答えに、劉憲は怒るでもなく、むしろその明晰さに満足げに深く頷いた。

その傍らで、諸葛亮が手にした白羽の扇で口元を隠し、司馬懿の相変わらずの年長者に対する口の悪さに、肩を揺らして微かな苦笑を浮かべていた。


「その通りだ。相変わらず一分の隙もない的確な分析だよ、仲達。君のその容赦のない舌鋒を聞いていると、逆に頭の霞が晴れてくる。

では、もう一つだけ聞こう。なぜ、広大な領地を持つ袁家や曹操、あるいは南の孫権は、未だに自領でまともな銭を鋳造することができず、ひどく不便な絹や麦を、銭の代わりとして前時代的に使い続けているのだ?」


「そこの首の血の巡りの悪そうな悪態軍師に代わり、私がお答えいたしましょう」


諸葛亮が、衣擦れの音を滑らかに立てて一歩前へ出た。彼は上質な絹の衣服の袖を優雅に整えながら、秋の泉のように涼やかな声で引き継いだ。


「曹操の地盤である豫州の潁川郡は、確かに古くから鉄の大産地ではありますが、その他の彼らの支配地域をいくら深く掘り返しても、肝心の銭の原料となる良質な銅を掘り出すことはほぼ不可能です。

袁家もまた、広大な平野を持てども同じ理由で足踏みをしております。

一方、江東の孫権は丹陽という良質な銅の産地を辛うじて保持してはおりますが、先年の代替わりの激動や山越族の反乱もあって、それを安定して大規模に採掘し、さらには火を焚いて通貨として運用するための熟練した職人と人手が、決定的に足りておりません。

あちらは今、銅を掘るより田畑を開くことに必死でしょうから」


諸葛亮は、窓から差し込む陽光の帯の中で、自身の頭の中に広がる巨大な大陸の地図を指先でなぞるように、滑らかに言葉を続ける。


「翻って、我らの版図はどうか。江夏郡と豫章郡の奥深くで、土の匂いにまみれながら豊富な赤銅が掘り出され、同じく豫章郡、桂陽郡、零陵郡、さらには蒼梧郡などの遥かなる交州からも、鈍く光る潤沢な錫が船に揺られて手に入ります。

そして襄陽郡、弘農郡、広漢郡では、農具や武具となる鉄が豊富に取れます。

……これらすべての資源の流路と水運を完全に掌握しているからこそ、我らは不純物の少ない純度の高い良質な銅を惜しみなく使い、それ自体に金属としての確かな価値がある、市場での信頼性抜群の五銖銭を日々発行し続けられているのです。

……ふむ、しかしこの扇、少し羽の根元が緩んできましたね。後で糊で補修せねば」


現状の強固な経済基盤についての認識が完全に一致したところで、劉憲は卓の上に散らばる銅銭を手のひらでじゃらりと弄びながら、不敵な、酷薄さすら滲む笑みを浮かべ、ぽつりと心の奥底の本音を漏らした。


「天下広しと言えども、今、我ら以外に誰も『万人が欲しがる信頼性の高い銭』を安定して作ることができない。

ならば、意図的に曹操や袁家の領地へと流す銭の量を堰き止めるように完全に止める、もしくは、逆に洪水のように溢れんばかりに彼らの領内へ流し込んでやったら、一体彼らの足元はどうなると思う?」


その静かな言葉の裏に隠された、何万もの兵を動かすよりも恐るべき真意に気づいた瞬間、司馬懿の顔からさっと血の気が引き、その顔色が劇的に変わった。冷え切った空気が、室内に張り詰める。


「馬鹿な……。やつらはただでさえ、日々の莫大な戦費として、運搬にひどく苦労する重い麦や、かさばる絹の反物を酷く時と労力をかけながら持ち歩いているのだぞ。

そんな危うく不安定な物々交換の市場から、かろうじて流通しているわずかな貨幣をこちらがさらに意図的に絞り込んで減らせば、兵への支払いや物資の調達が滞り、軍や郡の即応性が完全に失われる。

そして同時に、市場に残った銭の希少価値が異常なまでに跳ね上がる。

……そうなれば、利益の匂いに敏感な飢えた商人どもは、こぞって使い勝手の良い我が方の良質な五銖銭を死に物狂いで求め、曹操や袁家の土地から財貨だけではなく、見切りをつけた腕の良い職人や、生活に困窮した民までもが、次々と豊かな荊州へと流出し始めるぞ」


「逆に、彼らの領内に我が方の銭を溢れかえらせるのも、身の毛のよだつような妙手ですね。

乾坤一擲の機を謀り、我が方の使い切れないほどの五銖銭をもって、敵の領内から現物資材である麦や絹を大いに買い付ければ、敵の軍は倉庫に銭の山を持ちながら、明日食う兵糧すら得られなくなります。

いくら手元に美しく輝く銭があふれかえっていても、固い金属の塊は煮ても焼いても食べられはしませんので。たちまち領内は激しい物価の高騰を招き、民や将は反乱を起こすでしょう」


諸葛亮が、さも楽しげに、しかし極めて冷ややかな声で静かに補足すると、劉憲の口元に浮かぶ薄い笑みは、さらに深く、暗いものへと変わっていった。


「冀州や豫州では、これまでの相次ぐ過酷な戦乱と徴発により、いま最も決定的に足りないのは、日々の命を繋ぐ食料などの現物だ。

我らは、他国の戦火に苦難する曹操殿の経済を少しでも助けてさしあげようという大慈悲のため、今後の商人を通じた物資の支払いは、我々の銭を使わず、なるべく彼らの大好きな『重い絹』や『かさばる麦』で現物支払いを行ってさし上げようじゃないか。

きっと、涙を流して喜んでくれることだろう」


「……この、底知れぬ邪智め。表向きは他国を思いやる大義名分を分厚い盾にしつつ、今度は血の流れない銭の力で、誰にも気付かれぬよう真綿で曹操の首をじわじわと締め上げる気だな……」


吐き捨てるように言った司馬懿の、ひどく整った顔に刻まれた眉間の皺は、いつになく深く、険しく刻まれていた。

劉憲はその苦悩に満ちた顔をのんびりと眺めながら、


「あんなに四六時中、眉間に皺を寄せて怒ってばかりいたら、そのうちあの深い皺が顔に完全に定着して、せっかくの若さが台無しになる老け顔になってしまうのではないか。

今度、妻が使っている顔の保湿の油でも勧めてみようか」


などと、天下を揺るがす経済戦争の火蓋を切った直後だというのに、相変わらず明後日の方向へと平然と思考を巡らせているのだった。

窓の外では、秋の深まりを告げる小鳥のさえずりが、のどかに響いていた。

史実メモ:190年頃、董卓は五銖銭を改鋳し粗悪な董卓五銖銭を作成。経済的混乱を招いた。

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