189年 反董卓連合04
十一月も終わりに近づき、魯陽の地にはいよいよ冬の確かな足音が近づいていた。朝方に張る薄い氷が昼の光を浴びて鈍くきらめき、乾燥した冷たい北風が街道の至る所でカサカサと乾いた落ち葉を躍らせる中、遥か地平線の向こうから、冷たい空気の底を揺らすような激しい蹄の音と、その場の寒々しい風景にはおよそ分不相応なほど極彩色に彩られた、華美で巨大な一団が砂煙を巻き上げて現れた。
金糸でこれでもかと派手な刺繍を施した帳を幾重にも垂らし、四頭の立派な白馬に引かせた豪奢な輿を中心に、きらびやかだがどこか手入れの行き届いていない鎧をまとった武装兵たちが進み出てくる。その中心から、豪奢な毛皮を肩にかけた一人の男が、周囲の泥にまみれた兵たちを見下ろすように傲慢に顎を突き出し、甲高い居丈高な声で叫んだ。
「控えよ。我こそは、天下にその名を知られぬ者のない名門中の名門、袁家の正統なる後継たる袁公路なるぞ。地方の太守風情が、余を平伏して迎えるがよい」
そのあまりに傲慢な呼び声に、劉憲の傍らに静かに控えていた李通の太い眉がぴくりと跳ね、腰の剣の柄へと伸びかけた大きな手が、不快感を露わにするように微かに固くなった。その様子を視線の端で捉えながら、劉憲は凍てつく冬の陽光の中に立ち、一瞬の間に脳内で計算の火花を走らせた。
……この男、これほどの自意識が肥大し切った愚者でありながら袁家の看板だけは本物だ。しかし、今ここで、この目障りな存在をひそかに消し去ってしまった方が、後々の世の混乱を未然に防ぐためになるのではないか。
喉元まで一気にせり上がってきたそのどす黒い殺意を、劉憲はまるで魚が動くまで息を潜める釣り師のような、完全に感情を削ぎ落とした無機質な冷静さで、静かに胃の底へと飲み下した。次の瞬間、彼の凡庸な顔には、天下の名族を迎えるにこれ以上ないほど相応しい、一点の曇りもない完璧な恭順の笑みが浮かんでいた。
「これはこれは……まさか、全土にその高名なる響きを轟かせる袁術様自らが、このような辺境の小城にお越しいただけるとは。零陵太守・劉憲、拝謁の光栄に浴します。
李通、何を突っ立っている、急ぎ馬を引くのだ。さあ、将軍、埃っぽい外では何ですから、どうぞ中へお入りください。我が零陵の全霊をもって、極上のおもてなしをいたしましょう」
しかし、劉憲が慇懃に屋敷の奥へと迎え入れた袁術の一団は、まさに歩く混乱の種そのものであった。
広間の上座にふんぞり返った袁術は、手入れの悪い爪で卓を叩きながら、ここに頑強な陣を構えてあの董卓を討つ絶好の機会をじっと伺う、と大きな身振りで豪語してみせたが、彼が連れてきた数千の兵たちには、軍としての最低限の規律の影さえ見当たらなかった。
屋敷の裏庭や廊下にまで溢れかえった彼らは、供された貴重な糧秣をまるで飢えた獣のように下品に貪り食い、白昼堂々から強い酒を求めては、そこかしこで酒瓶を叩き割る怒号を上げ、些細な言い争いですぐに抜き身の剣を激しくぶつけ合う喧嘩を始めたのである。
廊下には、彼らのまとう不潔な革鎧の汗臭さと、こぼれた黍酒の酸っぱい匂いが充満していた。
「これでは、天子様を守る軍というよりは、ただの統制を失った暴徒の集まりですね、孝子。それと、昨日新しく届いた零陵の新しい帳簿ですが、角が少し湿気で歪んでいたから、火鉢の横で乾かしておきましたよ。
……それにしても、あの庭の騒ぎはどうするのです。このままでは、我らが苦労して築いた魯陽の秩序が根底から壊されかねません」
陰の回廊からその乱雑な様子を苦々しく観察していた李厳が、徹夜の作業で乾いた目をこすりながら、手にした竹簡をきつく握りしめて吐き捨てた。劉憲もまた、内心で完全に冷ややかに同意していた。
このような目先のことしか見えぬ男を総大将として上に据え、欲望のままに動く統制の取れぬ兵たちと共にこれからの難局を動いていては、洛陽の董卓を討つどころか、自らの陣営が内側から腐り落ちてしまう。
劉憲の判断は驚くほど速かった。この肥大化した猛毒を内包する名門という名の怪物を、一刻も早く、かつ本人の機嫌を寸分も損ねることなく、自分たちの血の滲むような勢力圏から遥か遠くへと遠ざけなければならない。
……幸いなことに、この男の高慢な自尊心は豚のように肥大している。ならば、この狭い魯陽などよりも、はるかに大きくて華やかな舞台という名の美味い餌を与えてやるまでだ。
劉憲はすぐに李厳へ手調子で指示を出し、奥の広間にこれ以上ないほど豪華な酒宴の席を整えさせると、自ら最高級の琥珀色の酒を袁術の持つ酒杯へと並々と注ぎ、その耳元で甘い毒を静かに盛り始めた。
劉憲の屋敷の広間には、南国の果実を思わせる芳醇な美酒の香りと、次々と運ばれてくる山海の珍味の、香ばしい油煙を孕んだ湯気が白く満ちていた。
洛陽のあの血生臭い政変から命からがら逃れ、この魯陽にようやく辿り着いた袁術は、当初こそ荊州南部の太守である劉憲に対して猜疑の目を向けていたが、劉憲が折に触れて見せる徹底した名族への至高の礼と、都の宮廷のそれにも決して劣らぬ贅を尽くしたもてなしに浸るうち、次第にその尊大な自尊心を更に心地よく膨らませていった。
交州酒の強い酒精が回り、袁術の脂の浮いた顔がだらしなく赤らんだ絶妙な頃合いを見計らい、劉憲は自らも杯を傾けながら、静かに、しかし胸に熱を込めたような芝居がかった口調で切り出した。
「将軍、いま天下の無力な民たちは、将軍のような輝かしい名族の血筋こそが、暗黒を照らす真の旗頭となることを心の底から求めております。
このような狭く埃っぽい魯陽の城に籠もりて一城をちまちまと守るより、将軍の本来の本貫である汝南に堂々と拠りて宗族の古い地を完全にまとめ上げ、さらに揚州のどこまでも豊かな豊穣の富をその掌中に収める。
その二つの大いなる力を以て全土の諸軍を糾合されることこそが、反董卓の大義に最もかない、天下に袁公路の名を轟かせる覇道にございます」
「ほう、なるほど。この余を全体の旗頭にして諸侯を従え、朝廷を恣にするあの傲慢な董卓を討つと。
……それは実によい響きだ。風の噂では、あの妾腹の袁紹の奴が冀州という広大な地で勝手に兵を集め、自らを旗頭に推そうと画策しているらしい。だがな、汝南は我が袁家の本貫であり、揚州は大陸一の富庶の地。
兵糧の重要性は、この余が誰よりも分かっておるわ。奴より多い兵と、それを永久に養うに足りる莫大な兵糧さえ手に入れば、袁家の正統が誰であるかなど、一目瞭然よ」
袁術は、彫刻の施された金杯を指先で弄びながら、日頃から激しく憎悪している異母兄・袁紹への醜い対抗心を、酒の勢いもあって隠そうともしなかった。劉憲はその名門ゆえの、あまりに底の浅い狭量な嫉妬心を、己の盤面を進めるための最も有効な燃料として、言葉巧みにその胸の奥へと注ぎ込んでいく。
「おっしゃる通りにございます。ですから、この寒々しい魯陽の退屈な守りなどは、すべて我らのような泥臭い地方の者にどうぞお任せください。
ここは将軍の大いなる行軍のための、頑強な盾にございます。
将軍は高貴な旗として、汝南と揚州の広大な地から兵と糧を広く集め、反董卓連合の真の中核をお成しください。やがて将軍が、数百万の大軍を率いて洛陽へと西征される折には、我が荊州は必ずや董卓の背後を激しく脅かし、将軍の兵站を命がけで支えましょう」
「うむ。いずれ西征の途に就く折には、栄光ある我が軍がその先鋒を務めてやろう。余が直々に洛陽へ乗り込んで天子様を安全に確保し、袁家の本当の栄光を全土の隅々にまで知らしめてやるわ。劉憲よ、お前のその殊勝な忠義、余は決して忘れぬぞ」
広間に響き渡るような高い声で満足げに高笑いする袁術を、劉憲はただ、穏やかで柔らかな微笑みをその青白い顔に湛えたまま、静かに見つめていた。
その切れ上がった瞳の奥では、袁術という名の扱いやすい巨大な神輿を、反董卓の最強の盾として汝南・揚州方面へといち早く放り出し、自分たちの背後と東の守りを完全に固めさせるという、完璧なる盤面が静かに完成を迎えていた。
「もし将軍がそれを望まれるのであれば、汝南の諸家へ送るための丁寧な挨拶の書状、あるいは揚州方面の有力者への使者の手配、いずれも我が配下の優秀な文官たちに今夜のうちにすべて整えさせましょう。
将軍はただ、その気高いお口から号令を発するのみでよろしいのです。天下のすべての諸侯は、今か今かと将軍の一声を待っております」
「よかろう。そこまで言うのなら、この魯陽の小城の守りはすべてお前に任せてやる。だがな、お前はあくまで我が袁公路の名の下に動く、忠実な臣であることを片時も忘れるなよ」
傲慢で不遜な言葉を吐き散らしながら、袁術はすっかり上機嫌となって、敷き詰められた豹の毛皮に身を委ねて酒宴を終えた。
数日後。まだ朝霧が低く街道を覆う中、劉憲が密かに配した零陵の精鋭の護衛兵たちに厳重に固められ、これ以上ないほど豪華な錦の帳で設えられた袁術の巨大な輿は、自らの輝かしい未来を信じて疑わぬ足取りで、汝南を目指して東の地平線へと去っていった。その行軍が巻き上げる土煙からは、未だ彼らが贅沢に使い果たした上質な香料の匂いが微かに漂っている。
それを見送る太守の屋敷の門前で、劉憲のすぐ隣に立っていた李厳が、手にした竹簡で自分の肩を軽く叩きながら、呆れたように、しかし心の底から感心したように深く溜息をついた。
「……いやはや、実に見事な追い出しぶりですね。あのような手の付けられぬ凶暴な暴れ馬を、傷一つつけず、それどころか自ら喜んで東の汝南へと向かわせるとは。祖父が生きていたら、狐が人に化けて歩いているとでも言って腰を抜かしたに違いない」
「ふふ、正方。いかに扱いにくい暴れ馬であろうとも、あの袁家の名という極上の看板さえあれば、天下の誰もが無視できぬ立派な神輿になるのだよ。
彼が汝南の地で大々的に反董卓の狼煙を上げれば、洛陽の董卓の凶悪な目は、必然的にすべて東の袁術へと向くことになる。その貴重な隙に、我らはこの魯陽を基点にして南陽全体の治安を完全に固め、真に使える優秀な人材を各地の開墾予定地や学舎へと次々と送り込むことができるのだ。
……神輿は派手で、騒がしければ騒がしいほど、その神輿を担ぐ我らの影は、より深く、濃くなるものだよ」
劉憲はそう言って、冷たい風に乱れる長い前髪を細い指先で静かに払いながら、去りゆく一団の土煙を見つめていた。その視線は遠く汝南の空を遥かに越え、次なる荊州の安定を握るための、より深い闇の奥へとすでに向けられていた。
史実メモ:9月に袁紹、曹操が洛陽を脱出。12月に袁術が洛陽を脱出。袁術、南陽郡の魯陽県を拠点とする。




