190年 反董卓連合05
初平元年二月末。凍てつくような冬の寒気がわずかに緩み始めたとはいえ、魯陽の陣営を吹き抜ける風にはまだ鋭い棘が残っていた。しかし、その冷気を相殺するほどの熱気が、陣の中心に設えられた巨大な天幕の内部には充満していた。
積まれた真新しい竹簡から漂う枯れた竹の匂いと、すり潰された松煙墨の濃厚な香り、そして何日も風呂に入らぬまま働き続ける官吏たちの汗の匂いが混ざり合い、息苦しいほどの行政の戦場の空気を生み出している。
董卓による洛陽の無残な放火と、強引な長安遷都。その狂気じみた暴挙は、かつて大陸の底知れぬ富を集めた壮麗な帝都を数日にして灰燼に帰し、黒い煤にまみれて行き場を失った数多の民を、泥流のように南へと押し流した。
劉憲はその絶望的な人の波を、ただの哀れな避難民としてではなく、これからの荊州の確固たる未来を創り出すための、何よりも得難い財産として貪欲に受け止めていた。
「子柔殿、あまり根を詰めすぎないでくれ。指先が墨と寒さで紫色になっているではないか。この生姜を漬け込んだ熱い茶を飲んで、少し休むといい。
……ところで、こちらの家族単位で屯田に送る集団の細かな戸籍と、配備地の選定は出来上がっただろうか。学者や書士の一覧の進捗はどうなっている」
劉憲の問いに、襄陽の名士であり、今は彼の欠かせぬ右腕として恐るべき辣腕を振るう蒯良が、手渡されたひび割れた茶碗の温もりを手のひらで確かめるように包み込みながら、柔和に微笑んだ。
「お心遣い、感謝いたします。この南方の生姜湯は、体の芯まで温まって実によく効きますね。おかげで頭がすっきりとしました。
ご心配には及びませんよ、我が君。洛陽から逃れてきた書士が増えれば、この煩雑な戸籍作業もずっと楽になるでしょう。流民の中でも才ある者はすでに選別し、昨日到着した馬車に乗せて、零陵や襄陽の真新しい学舎へと送る手配をすべて済ませております」
蒯良の持つ上質な兎毛の筆は、劉憲と世間話をしながらも一切の淀みなく、竹簡の上を滑るように文字を刻み続けていた。劉憲はその超人的で効率的な作業ぶりに深い信頼の眼差しを寄せつつ、少し離れた卓で山のような木簡と格闘している若い文官へと視線を向けた。
「向朗殿、昨夜はあまり眠れていないのではないか。目元に深い隈ができているぞ。夜食に出させているあの粟粥は、少し塩気が足りんかもしれんな。……して、流民たちの労役の割り当てと、荊州各地への段階的な編入の状況はどうだ」
向朗は、疲れを微塵も見せまいとするように背筋を伸ばし、冷静な面持ちで報告した。
「お気遣い痛み入ります。あの粟粥には干し肉の出汁がよく染みていて、私には十分すぎるご馳走ですよ。
……流民の件ですが、一部、他人の荷を盗むような賊徒上がりの不逞の輩は厳しく排除し、長旅で酷い咳をしているような病人は別に隔離して医者を向かわせています。健康な者たちには、この魯陽の防壁構築を細かく分担させておりますが、彼らの必死さもあって、おかげで関門がみるみるうちに出来上がってきておりますね。手伝っている大工たちも、若い衆の飲み込みが早いと感心しておりました」
劉憲は深く満足げに頷き、ふと天幕の入り口から見える、朝から喧騒の絶えない練兵場へと目をやった。冷たい風に巻き上げられた黄色い土煙の向こうで、木刀の激しくぶつかり合う鈍い音が響いている。
「黄忠殿は……ああ、あの坊主、今日もまた朝から扱かれているな。まったく、見ているこちらが痛くなるほどだ」
土煙が舞う中、黄忠の巨躯の傍らで、頭から足の先まで砂にまみれ、顔を赤く腫らしている一人の少年がいた。
魏延。まだ幼さの残る細い首筋には痛々しい擦り傷が絶えない。遊び足りない年齢ながら、黄忠を下から睨みつけるその眼光には、決して誰にも馴れぬ野良犬のような鋭い反骨心が宿っている。元々は流民の群れに混じっていた身寄りのない孤児だったが、陣の隅で兵糧の干し肉を盗もうとして、運悪く黄忠の太い腕に捕まったのが奇妙な縁の始まりだった。
「並外れた武の才能はあるが、あの気性の荒さと底知れぬ飢えは、扱いを間違えれば周囲を傷つける諸刃の剣か。
……黄忠殿、そいつを骨の髄まで根性から叩き直してやってくれ。素材そのものは、決して悪くないのだからな」
劉憲は小さく苦笑し、少し冷えた手をこすり合わせた。
洛陽は無残に焼かれ、天下の象徴である天子は長安という薄暗い籠の中に完全に閉じ込められた。これまで数百年続いた天下の秩序は完全に崩壊したが、皮肉なことにその凄惨な崩壊が、司隷の地に厚く眠っていた人という名の莫大な富を、劉憲の手元へと滝のように注ぎ込ませている。
「洛陽の火は雨で消えても、あそこで理不尽に焼かれ、すべてを奪われた者たちの真っ黒な怨嗟は決して消えん。我らがなすべきは、その怨嗟の炎を復讐の刃ではなく、彼ら自身をこの荊州の新しい民として力強く再生させるための熱に変えることだ。
……さらに書記たちを急がせよう。墨が足りなければ桂陽から取り寄せろ。春の暖かな風が完全に吹き終わるまでに、ここにいる万人をすべて、一人残らず我が愛しき民にするぞ」
劉憲は悲惨な戦火の裏側で、手についた墨を気にすることもなく、着実かつ迅速に新たな国の強固な骨組みを、この泥まみれの魯陽の地に築き上げていた。
時はわずかに進み、三月の半ば。まだ底冷えのする冷たい風が、少し埃っぽい魯陽の軍議所に吹き込んでいた。部屋の隅に置かれた火鉢の炭はとうに白く燃え尽き、冷たい灰の匂いを漂わせている。
劉憲の青白い手には、全土の諸侯へ向けて放たれた反董卓を促す、三公の印が押された仰々しい公文書が握られていた。
「孝子、昼飯も食わずに何を睨んでいるのです。少しは休まないと、またあの湖陽に移ったばかりの頃のように胃を悪くしますよ。……それで、その大層な書状をどうするつもりですか」
李厳の気遣うような、しかし現実的な問いに、劉憲は冷めきった目でその書面を一瞥した。
「ああ、正方。どうにも食欲が湧かんのでね。湖陽の寡婦の作ってくれた、柔らかい蕪の汁物でもあれば別だが。
……この書状のことか。董卓の厳しい監視下で息を潜めている三公が、わざわざ自らの首を太い縄で絞めるようなこんな威勢のいい檄文を、外に漏れるように書くはずがない。
出所は知れている、どこかの野心家がでっち上げた偽物だろうな。印の押し方も、よく見れば不自然に力が入りすぎている」
書簡を乱雑に机の隅へと放り投げると、劉憲は胸の奥の重苦しい空気を吐き出すようにため息をついた。
「だが、これが偽物であろうとどうであろうと、己の欲を持て余している山東の諸侯にとっては、動き出すための格好の錦の御旗となる。
東の酸棗には、この布切れを免罪符にして続々と野心家たちが集結していると聞く。おそらく、長沙の孫堅殿のもとにも同じものが届いているだろう。あの常に血の熱い御仁のことだ、天下の義憤に駆られて一番槍を狙いに行くと、今頃馬の嘶きを上げているに違いない」
劉憲は視線を窓の外、茜色に深く染まり始めた南の空へと向けた。夕陽が、部屋の埃を黄金色に浮かび上がらせている。
「それよりも、私が到底看過できんのは身内のあまりに浅はかな愚行だ。刺史である王叡の動きがどうにもおかしい。
口では反董卓連合に勇ましく参加すると息巻きながら、実際に兵をかき集めているのは、洛陽に向かう北ではなく、南郡の南端、武陵との境界付近なのだ。そして、それに応じるように、日頃から犬猿の仲である武陵太守の曹寅も、境界へ向けて静かに兵を押し出している」
劉憲の口角が、怒りを通り越した深い呆れで微かに歪む。
「あの阿呆共め。天下のこの危急の事態に乗じて、日頃のちっぽけな私怨を晴らそうというのか。火事場で家が燃えているというのに、隣人と殴り合うような真似、虫酸が走るにもほどがある」
劉憲はすぐさま、部屋の隅で静かに武器の手入れをしていた李通を呼び寄せ、鋭く冷たい眼光で命じた。
「李通、すまないがすぐに兵を割き、この二者の不穏な動向を最優先で注視してくれ。もし奴らが境界で剣を抜き、戦を始めるような愚行に走るなら、どちらであっても構わん、主導者を容赦なく拘束しろ。
たとえそれが、朝廷から任じられた刺史であろうとな。その後の責任は、すべてこの私が取る。お前はただ、火種を消すことだけを考えろ」
「御意。ご安心を、太守様。もし奴らが民の畑を踏み荒らすような不穏な動きを見せれば、即座にこの槍でねじ伏せてご覧に入れます」
李通が鉄の擦れるような音を立てて力強く応じ、足早に軍議所を去っていく。その頼もしい後姿を見送りながら、劉憲は再び深い溜息を零した。
夕日に照らされた彼の横顔は、沈みゆく漢王朝の消え残る赤い残光をひっそりと惜しむようでもあり、あるいはこれから迫りくる終わりのない大混乱への苛立ちを、必死に隠しているようでもあった。
「……正方、本当に皮肉なものだな。天下の逆賊たる董卓を討つ前に、味方の足並みを揃えるだけで、日がとっぷりと暮れてしまうとはね。今夜は、少し強めの酒が飲みたい気分だよ」
史実メモ:2月、董卓が洛陽を焼き払い、長安に遷都する。




