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189年 反董卓連合03

九月半ば、秋の長雨が過ぎ去った魯陽の陣営には、湿った藁の匂いと、ぬかるんだ泥が放つ独特の生臭い空気が低く立ち込めていた。どんよりと垂れ込めた雲の隙間から差し込む、どこか力ない秋の光が、机の上に乱雑に広げられた洛陽からの書状を白く照らし出している。その書状は、急ぎ報告を書き付けたせいで墨が各所で酷く掠れ、粗悪な竹簡のささくれが劉憲の指先にチクリと不快な痛みを残した。


「宦官二千余を悉く誅殺か。あの名門・袁氏の旗頭である袁紹殿らしい、いささか分別の足りぬ苛烈さだが、そこまでは私の計算の範疇だ。

だが、天子様と陳留王殿下の御身を、あろうことかあの涼州の董卓にやすやすと拾われるとは。宮中を囲んでいたあやつらの軍勢は、一体全体、その大層な袁家の御威光で何をしていたのだ」


劉憲は読み終えた書状を、乾いた音を立てて机の上へと乱暴に叩きつけた。袁紹という男の、名族としてのプライドだけは天を突くほどに高いものの、最も肝要な玉の確保という実務をあっさりと怠り、野心に満ちた辺境の獰猛な猛将にその極上の座を無防備に明け渡した致命的な失策。

さらに、執金吾の丁原がその子飼いであった呂布に呆気なく殺害されたという一報は、中央の軍事バランスが完全に崩壊したことを意味していた。


「名族の誇りだけは一丁前だが、肝心の実務がこれでは話にならんな。……洛陽の都はもはや、董卓という血に飢えた猛獣の檻と化した。あそこに残された公卿どもは、さぞかし毎夜生きた心地もせんだろうよ」


独りごちる劉憲の切れ上がった瞳には、隠しきれない深い軽蔑の色が冷ややかに混じっていた。


そこへ、部屋の重い木の扉が小さく軋む音を立てて開き、目の下にどす黒い隈を浮かべた李厳が、膨大な木簡の束を抱えて入ってきた。その衣服の袖口は、流民たちの整理を手伝った際についた白っぽい木灰の粉でうっすらと汚れている。劉憲はすぐに筆を置き、李厳のあまりに疲弊した様子を見て、少し声を和らげて語りかけた。


「正方、少しはその霞んだ目を休ませたらどうだ。顔色が南陽の冬の凍豆腐のようになっているぞ。あそこにいた頃、我がばあ様がよく教えてくれたのだがね、蒸した小豆を清潔な麻布に包んで、寝る前に少し目の上に当てておくと、驚くほど目の凝りが取れるそうだ。今夜にでも配下の者に用意させよう」


「ふふ、孝子、その温かい気遣いだけで十分に目が覚める思いですよ。だが、お婆様の知恵を試すのは、この山積みの木簡が片付いてからの楽しみにさせてください。

……今、魯陽の周辺には、洛陽の戦火を逃れ、荊州は安寧なりという風の噂を蜘蛛の糸の如く縋るようにして辿り着いた、哀れな流民や行き場を失った知識人が文字通り溢れかえっているのです。兵たちに命じて、彼らを後方の零陵や桂陽へと順次送らせる作業だけで、我が部下たちも皆、ここ数日はまともに横にもなれていない状況にある」


李厳が、乾いた喉を潤すように冷めきった麦湯を一口啜り、ふぅと長い息を漏らした。この凄まじい混沌の渦中で、しかし劉憲の元には、彼の放つ特異な引力に引き寄せられるようにして、新たなる確かな力が静かに集まり始めていた。


南陽の古い血筋を引く有力者であり、私兵を率いる霍篤ら兄弟。そして、江夏の自警団の指揮を腹心の陳恭にすべて託し、ただ一振りの槍を携えて単身この魯陽まで駆けつけてきた、体中から鉄錆の匂いを漂わせた凄腕の武人・李通である。


「よくぞこの泥深い魯陽の地まで参ってくれた。貴殿らのようなどこまでも真っ直ぐな義士の助けがあれば、この地の無力な民たちも、今夜からはようやく枕を高くして静かに眠れよう。道中の飯は、御身の口に合わぬものではなかったか。悪路で馬を痛めてはいまいな」


劉憲は、彼らを単なる一時的な加勢の客将としてではなく、一軍の差配をそっくり任せるべき真の将として、最大限の礼をもって手厚く遇した。地位や生まれ、虚飾に満ちた名声ではなく、ただ純粋な実力と、その胸に秘めた志の重さを何よりも重んじる劉憲のその徹底した姿勢は、中央の腐敗に絶望し、行き場を失っていた熱き武人たちの乾いた心を、瞬く間に強く捉えて離さなかった。


さらに、劉憲がかつて襄陽や零陵の地に心血を注いで築き上げた、真新しい木材の香る学舎の噂は、戦火によって知識の拠点を奪われ、飢えた若き才子たちの耳をも深く揺さぶっていた。

「風評に聞く、あの司馬徽先生や龐徳公先生の下で、泥にまみれながらも本物の学問を学びたい」と、擦り切れた履物を履き、遥々志願してきたのは、豫州出身の徐元直と石広元という、まだ年若い二人の青年であった。彼らのまとう粗末な麻衣からは、長旅の汗の臭いと共に、彼らがこれまでに貪るように読んできたであろう、古い書物の竹の匂いが微かに漂っている。


「……学ぶに足る家が、今の洛陽や豫州にないというのなら、この私がいくらでも新しい棲み家を用意しよう。本気で天下のための学問に励むというのなら、墨一滴、竹簡一枚に至るまで、資金の心配など一切無用だ。

元直殿、聞けばお主には豫州に老いた母親が健在であったな。すぐにでも我が配下の早馬を出し、こちらへ呼び寄せるがいい。老人がこの南方の湿った冬を越すには、桂皮を煎じた薬湯が実によく効く。家族の生活も、この劉憲が責任を持ってすべて養おう」


劉憲のこの言葉は、決して単なる安っぽい慈善から出たものではなかった。これからの果てしない乱世において、最も希少で、かつ戦況を根底から覆す最大の資源は、兵の数ではなく、正確な情報とそれを扱う知恵であることを、彼は誰よりも敏感に知っていた。

武人にはその命を燃やすに足りる戦う場を、文人にはその知を磨き上げるに足りる学ぶ場を。

洛陽の都が、董卓という底知れぬ怪物の専横によってじわじわと暗黒の闇に包まれていく中、魯陽というこの小さな拠点は、劉憲という一人の男の持つ奇妙な引力によって、次代の大陸を担うべき異能の士たちが夜な夜な集う、怪しくも力強い希望の溜まり場へと変貌しつつあった。


魯陽の地に、日に日に集まり続ける才の凄まじい奔流を目の当たりにしながら、劉憲はその胸の奥に心地よい高揚感と、それ以上に、冷や汗が背中を伝うような切実な危機感を同時に抱いていた。


徐元直や石広元のような、まだ原石でありながら恐るべき輝きを秘めた若き俊才。そして霍篤や李通のような、戦場での叩き上げの武人。さらには戦火を逃れてその古い縁故を頼ってくる気難しい名士や、日に数千人規模で押し寄せる膨大な数の流民たち。

彼らの一人一人を適材適所に狂いなく振り分け、日々の生活の基盤となる粥と家を与え、さらには今後の軍事・内政の確かな歯車として完全に活用していくには、現在の李厳一人の献身的な実務能力に依存した事務体制では、早晩、内部から破綻するのは火を見るより明らかであった。李厳の部屋の卓に積み上げられた木簡は、すでに彼の背丈を越えようとしている。


「ただ人を集めるだけでは、この乱世、何の役にも立たんのだよ。集まったあまりに巨大な力を完全に統率し、一つの強固な形にするための……組織全体の要石となる、本物の差配役が必要だ」


劉憲は静かに決意を固めると、まだ冷たい朝霧が立ち込める中、自ら愛馬の腹を蹴って、以前より龐徳公を通じて何度か登用を打診していた、荊州屈指の賢才・蒯良の隠れ住む居所へと、数騎の護衛だけを連れて直接赴いた。


林に囲まれた、風通しの良い静謐な庵。窓から差し込む秋の少し傾いた光の屈折が、卓の上に置かれた古い陶器の器に、複雑で深い影を落としている。蒯良は劉憲が手土産として差し出した、零陵の蔵から出してきた古い酒を静かに杯に注ぎ、その独特の甘い香気をひとしきり楽しんだ後、喉を鳴らして一口含むと、その射すような鋭い眼光を、衣服の裾を整えて座る劉憲へと真っ直ぐに向けた。


「太守殿。貴殿がこれまであの零陵で見せた驚くべき治世、そして洛陽でのあの蹇碩を文字通り上座から引きずり下ろした鮮やかな立ち回りは、この山奥にいても十分に聞き及んでおります。……ですが、此度、我が知を求めるというのであれば、一つだけ、貴殿の胸の奥底を問わせていただきたい」


蒯良の声は低く、しかし庵の古い土壁を微かに震わせるほど、重く、深く響いた。


「今の貴殿は、いかに才があろうとも、朝廷から任じられた一郡を預かる太守に過ぎない。いくら裏で緻密な知略を巡らせ、各地の煩雑な実務をこなそうとも、その権限には自ずと形式的な限界がある。

董卓の専横がこのまま進めば、遠からず天子様による任命など有名無実の紙切れと化すでしょう。いずれは、各地には名族の威光を盾に勝手に任じられた偽の太守や、力のみを信じて勝手に王を自称する浅はかな群雄が溢れかえるはず。

……その逃げ場のない混沌の中で、貴殿はこの荊州を真に安定させ、漢室の栄光を復興するために、最終的に何になるべきか、その恐ろしさを真に理解しておられるか」


それは、劉憲という男の、これまで隠してきた本当の覚悟を容赦なく問い直す、血の匂いのする踏み絵であった。ただの優秀な能臣として誰かの下で都合よく終わるのか、それとも自ら泥を被り、果てしない血を流してでも、この大地の頂点に立つというのか。


劉憲は、窓の外の林の向こうに広がる、どこまでも高く底知れぬ青をたたえる荊州の広い空を見つめ、一瞬だけ間を置いた後、静かに、だが一片の迷いもない澄んだ声で口を開いた。


「私はあくまで、天子様の忠実なる臣でありたい。それは南陽の地で、義勇軍を立ち上げた頃から、今に至るまで一日たりとも変わらぬ私の本心だ。……だが、子柔殿」


一度言葉を切り、劉憲は座り直すと、蒯良のその鋭い瞳を真っ直ぐに見据え、言葉に熱を込めた。


「これ以上、世の理が乱れ、天子様の尊いお言葉もその栄光も、すべて洛陽の佞臣どもの私欲によって遮られるというのなら。各地で罪なき民が飢え、百年先のための智が失われ、ただ暴力という名の野蛮だけがこの美しい大陸を支配するというのなら……。

私は、形式的な官位など放り捨ててでも、この荊州を、いや天下を一つに纏め上げる主として、この足で立たねばならぬ時が来ると、そう確信している。たとえそれが、未来永劫、逆賊の汚名を着せられる茨の道であろうとも」


劉憲の静かな、しかし大地を揺るがすような言葉の後に、堂内には完全な静寂が流れた。風が梢を揺らし、葉の擦れ合う音だけがサラサラと聞こえる。

やがて蒯良は、満足げに深く、長く、体中の毒を吐き出すかのように吐息を漏らすと、着ていた上質な麻衣の襟を正し、劉憲の前の冷たい床へと、静かにその両膝をついた。


「……その言葉、その大いなる覚悟、この蒯子柔、しかとこの耳で承りました。此度の乱世を真に鎮めるのは、朝廷の用意した形式的な官位などではなく、腹の底にある揺るぎなき志と、それをすべて包み込む器の大きさのみ。

劉憲様、いえ、我が君よ、あなたの進むその大義ある王道に、この蒯子柔、命の最後の一滴が枯れるまで、喜んで殉じましょう」


蒯良が、石の床に衣服の擦れる音を響かせながら深く頭を垂れ、完璧なる臣下の礼をとった。

その瞬間、劉憲の華奢な背中が背負う歴史の重みは、曖昧な理想から、確固たる現実の王道へと完全に変わった。単なる小賢しい野心家ではない。荊州という広大な大地と数百万の民を根底から統べる、一人の絶対的な支配者としての胎動が、魯陽の乾いた秋の風の中に、確かに、そして重重しく響き始めていた。



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