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189年 反董卓連合02

七月の峻烈な日差しが、容赦なく零陵の乾いた赤土の大地を白く焦がしていた。地表からは陽炎が立ち上り、割れた土の隙間からは干からびた草の焦げたような匂いが漂っている。

各地の頑固な豪族や、山奥に隠棲する偏屈な名士たちとの長く泥沼のような談判をようやく終え、衣服に塩が浮くほどの汗を拭う間もなく屋敷へと戻った劉憲を待っていたのは、遠く洛陽の都から届けられた、重い封蝋の施された二通の書簡。大将軍・何進と、清流派の絶対的な旗頭である袁紹からの、傲慢な召喚状であった。


「洛陽に速やかに参集し、君側の奸たる宦官どもを悉く排せ、か……」


西日が入る薄暗い執務室で、書簡を読み上げた劉憲の薄い唇に、皮肉に満ちた薄い嘲笑が浮かんだ。卓の上に置かれた木製の器には、ぬるくなった井戸水が湛えられ、室内の熱気で表面に細かな気泡を無数に浮かべている。朝廷を完全に私物化して、民の血を吸いながら贅に溺れる宦官らを虫唾が走るほど嫌う劉憲にとって、彼らの掃討そのものは大いに歓迎すべき事態ではあった。

しかし、天下の大義名分という都合の良い盾を掲げ、地方の貴重な兵力をいいように中央へ吸い寄せようとする彼らの浅はかな目論見は、あまりに独りよがりで、地方の現実を無視したものに他ならなかった。


「正方、そこに丸めてある古い地図を広げてくれ。……この猛暑の中、零陵から洛陽までは、いかに馬を急がせたところで、あまりに遠すぎる。兵糧を山ほど積み、数千の軍をのろのろと動かせば、都に到着する頃には、とっくに寂しい秋風が吹き抜けているだろうよ」


劉憲は文聘が差し出した、冷たい井戸水で濡らした麻布を受け取り、首筋の汗を拭いながら呟いた。李厳は、机の上の埃を軽く払って湿った地図を広げながら、険しい表情で何度も深く頷いた。


「何進将軍も袁紹殿も、どうにも目先の功を焦っているようです。本来であれば、地方の我らの軍などわざわざ待たずとも、洛陽に駐屯する直属の兵だけであの十常侍など一瞬で一掃できようものを。

わざわざこのような遠方にまで書状を出すとは、これは暗に、我らがどちらの陣営に付くかという忠誠の度合いを試しているのでしょうね。本当に、中央の御仁はいつでも退屈な揺さぶりを好む」


「かもしれないな。だが、前回の件で袁紹には過分な恩を売っておいた手前、此度の呼び出しを完全に無視して、この南国で涼しい顔をしているわけにもいかん。あやつは名族の無駄に高い誇りにかけて、自らの命に動かぬ者を、容赦なく逆賊と呼びかねんからな」


劉憲は温くなった水を一口啜り、暑さで少し顔を上気させている並み居る将たちの顔を見渡した。その視線は、かつて南陽で出会った頃の若き文聘を彷彿とさせる、血気盛んで眼光の鋭い一人の青年の前でぴたりと止まった。


「文聘、そして牛金。お前たち二人に、この零陵の全権と留守をそっくり任せる。

此度の長旅、留守中のここは我らの生命線だ。いかなる天下の混乱が北から伝わろうとも、この地の重い門を固く閉ざし、新しく入った山の民と学舎分校の若者たちを、死に物狂いで守り抜け」


「当然だ、孝子! この仲業、命に代えてもこの城壁の一片すら賊には触れさせはせん」


「はっ。この牛金、太守殿が安心して北の古狐どもを化かしに行けるよう、留守の陣は城の石壁よりも頑強に守ってみせましょう! 帰ってきたら、美味い新酒を開けてくださいよ」


新進気鋭の若き将、牛金が、日焼けした分厚い胸板を拳で力強く叩いて笑った。その武骨でまっすぐな信頼を肌で確認すると、劉憲は少し視線をずらし、隣に静かに控える、白髪の混じりはじめた髭を蓄えた老練な将、黄忠に向き直った。


「黄漢升殿。この先、此度の動乱によって荊州全体の守りを本気で固めるならば、貴殿の持つ比類なき強弓と、一切の無駄のない槍の冴えがどうしても重要になる。我が手持ちの精鋭二千を率い、私と共に洛陽へと向かってくれ。ただし、勘違いしないでほしいのだが、これは決して華々しい戦いに行くのではないのだよ」


黄忠は、長年使い込まれて手の形に馴染んだ愛用の弓の弦を、大きな指先で軽く弾いて音を確かめながら、その鋭い眼光を劉憲へと静かに向け、短く、しかし深く含みを持たせて応じた。


「……なるほど、太守様。中央の馬鹿騒ぎの裏で、行き場を失って逃げのびてくる哀れな民や、戦火に巻かれんとする知恵持つ者たちを守るため、彼らをこちらへ引き抜くための安全な道を作りに行く、というわけですな」


「流石は漢升殿、察しが良い。洛陽のきらびやかな宮殿が誰かの身勝手な血で赤く染まる頃、我らはその一歩手前の安全な地で、弱き民と、これから我が国に必要となる本物の知恵を持つものを残さず拾い上げる位置にいたい。無駄な戦死を出すつもりは毛頭ないのだよ」


劉憲は深く、そしてどこか冷ややかに微笑んだ。室内に、乾いた風が吹き込み、机の上の竹簡を小さく揺らす。

凄惨なる乱世の幕は、誰も望まぬうちに、すでに音を立てて上がっていた。劉憲を乗せた黒い馬が、南の豊かな赤土を力強く蹴り上げ、不穏な雲の立ち込める北の動乱へと向かって、静かに動き出した。それは崩壊しかけた漢王朝を我が身を挺して救うための愚かな行軍などではなく、崩れゆく古い国から多くの民と優秀な人材と富を根こそぎ拾い上げ、荊州の安寧を乱さないための、果てしなき遠征の始まりであった。


九月、肌を刺すような秋の冷涼な気候が、朝晩の霧と共に混じり始めた南陽の地。魯陽へ向かって進む劉憲の軍の陣幕へと、汗と土埃にまみれながら駆け込んできた一匹の早馬がもたらしたのは、帝国の完全なる崩壊を決定づける、あまりに凄惨な断末魔の叫びであった。


「大将軍・何進、宮中にて宦官らの罠にかかり、無残にも暗殺されました!」


その生々しい報告を聞いた瞬間、劉憲は深く長い溜息とともに、酷い頭痛を堪えるように白く細い指先で眉間を強く押さえた。反宦官勢力の絶対的な象徴でありながら、あまりに間抜けで愚鈍なその幕引き。それは、洛陽という、すでに限界まで膨れ上がった巨大な火薬庫に、自ら火のついた松明を投じるに等しい愚行であった。


「して、その後の袁紹殿はどう動いた?」


「何進将軍の首を見せられた袁紹殿は激怒し、即座に兵を集めて宮中へと乱入、目のつく宦官を片っ端から斬り捨てていると聞き及んでおりますが……都の中は火の手が上がり混迷を極めており、その後の正確な詳細は未だ不明です!」


劉憲は静かに瞑目し、長旅で幾度も思い起こした、まるで手垢のついた洛陽の細かな地図を、自らの脳内へと鮮明に広げた。室外からは、秋の虫の鳴き声と、兵たちが暖を取るために興した焚き火の煙の、焦げ臭い匂いが漂い込んでいる。


「……完全に終わったな、洛陽は。何進という、良くも悪くも全体を抑え込んでいた巨大な重石が取れてしまえば、袁紹ら名族の若者どもは、抑えきれぬ怒濤の如き勢いで宦官と類縁を赤子に至るまで皆殺しにするだろう。

だが、それは法や秩序による正当な裁きなどではなく、ただの血で血を洗う野蛮な虐殺だ。これによって都のすべての秩序は完全に消え去り、洛陽は、ただ純粋な力の信奉者だけが我が物顔で跋扈する、凄惨な修羅の庭と化すぞ」


劉憲は即座に鋭く目を開くと、傍らに控えて、静かに鏃を磨いていた黄忠と、帳簿を片手に兵糧の残高を計算していた李厳に、冷徹な指示を飛ばした。


「全軍、これ以上の北上を禁ずる。即座にここから魯陽まで軍を進めよ。そこで堅牢に駐屯し、洛陽の細かな動向をじっくりと注視しながら周辺の守りを徹底的に固めるのだ。

我らがこのまま何も考えずに北上して、洛陽の狭く暗い泥沼の市街戦に巻き込まれるのは、およそ得策ではないからな」


劉憲の抱く深い懸念は、遠い洛陽の政変のことだけでは決してなかった。中央の絶対的な権力の混乱は、必ずや地方に燻る野心家たちの見えない枷を外す引き金となる。


「正方、今最も警戒すべきは、洛陽の賊ではなく我らの身内だ。これまで中央の宦官どもに必死に阿っていた荊州刺史の王叡。そして、その王叡と昔から犬猿の仲であり、何とかしてその席を奪おうと画策している武陵太守の曹寅。

そして何より、此度の大義名分を聞いて、義憤に駆られれば火の如く暴走しかねぬ長沙の孫堅殿だ。……彼らの動向を、一刻の遅れもなく我が元へ報せろ。

王叡と曹寅が、中央の混乱に乗じて互いの首を狙って勝手に兵を動かすような真似をすれば、外敵が来る前に荊州そのものが内側から腐り落ちることになる」


さらに劉憲は、魯陽の周囲を囲む、夕闇に沈みつつある深い山々の稜線へと冷たい視線を向けた。


「中央の混乱を聞きつければ、必ずやこの近隣の山々からも、火事場泥棒の如き卑しき賊が民の村々を襲いに現れるはずだ。それらを見つけ次第、慈悲など一切かけることなく、速やかに、徹底的に鎮圧せよ。

南陽の民をこれ以上、飢えと恐怖に怯えさせるな。我ら零陵の精鋭がこの魯陽に厳然と腰を据えているということ自体が、周囲のすべての略奪者たちへの、何よりの無言の圧力となるのだからな」


「承知した。我が精鋭の兵をもって、その不逞の輩どもには、ことごとく我が強弓の露となっていただこう。太守様、今夜は少し冷えますな。宛の古い陣を思い出します」


黄忠が低く、しかし確かな信頼を込めて応じ、軍は速やかに進路を魯陽の堅牢な城郭へと向けた。

遠く洛陽の空が、数万の民の悲鳴と共に黒い怨嗟の煙に包まれているであろうその頃、劉憲はあえてその喉元にあたる魯陽でぴたりと足を止め、硬い甲羅に身を潜めて嵐の過ぎ去るのを待つ亀の如き執念深さで、次なる一手を打つための機をじっと窺い始めていた。

史実メモ:8月、中常侍(宦官)張讓らにより大将軍・何進暗殺。袁紹が2千にもおよぶ宦官を斬り、張讓らは少帝を連れ逃亡。逃亡先で張讓等は自害。少帝は董卓に保護される。

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