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188年 西園八校尉01

中平五年、晩秋。黄金色に実った稲穂が悉く刈り取られ、天日で干された藁のどこか香ばしく乾いた匂いが街の隅々にまで漂う季節を迎えていた。収穫の喧騒がようやく落ち着きを見せた零陵の街は、次なる冬に備えて霊渠の傷んだ石積みを補修する重い槌音と、街道の泥を掻き出して赤土を固める人々の活気ある声に包まれていた。


太守の屋敷の執務室では、劉憲が窓外の秋晴れの空を眺めながら、涼州から連れてきた一頭の老馬の体調について文聘と他愛のない世間話を交わしていた。


「仲業、あの老馬は最近、朝方に少し右の後ろ足を引きずるようだな。湖陽の凍てつく冬の寒さを何度か越えてきた頑健な奴だが、流石にこの南方の湿った秋の風は、老いた骨に堪えるのかもしれん」


「孝子、あれには毎朝、新しく刈った藁にほんの少量の塩と、あく抜きをした木の実を混ぜて食わせいる。南陽にいた頃、私の父が老いた軍馬の体調を気遣う際によく施していた古い知恵だ。あと数月もすれば、この地の気候にも完全に馴染むだろうよ」


文聘が、街道の整備を手伝った際に手についた乾いた泥を、手慣れた様子で粗末な麻布で拭いながら、実直な顔を綻ばせる。傍らでは李厳が、新しく学舎に入った山の若者たちの帳簿をめくりながら、近頃の若い者は竹簡に文字を書かせるとすぐに横棒を右上がりに傾ける、と実にどうでもいい愚痴をこぼしていた。


そのような穏やかな日常の最中、その中央の威光は唐突に姿を現した。


そのような折、太守の屋敷の門前に激しい泥水を跳ね上げて止まったのは、埃まみれの辺境の風景にはあまりに不釣り合いな、極彩色の錦でこれでもかと着飾られた豪奢な馬車であった。

馬車の引き戸が乱暴に開け放たれると、洛陽の宮廷で流行している上質な白粉の匂いが、旅の汗の饐えた臭みと共に周囲へ強烈に撒き散らされる。


「とくと門を開けよ! 小黄門・蹇碩様が直属の使者、馬阜であるぞ! 零陵太守ごときに、蹇碩様を通じありがたい天子の御意志を伝えに来てやったのだ!」


馬車から降り立った両頬のたるんだ男の、甲高い高圧的な怒声が秋の澄んだ空気に響き渡り、周囲を固めていた零陵の若き兵たちの手が、一瞬にして腰の剣の柄へと伸びて殺気立つ。

だが、劉憲はすぐさまそれを片手で制し、自ら柔らかな足取りで門前まで出向くと、地面の乾いた赤土に膝を突かんばかりの勢いで、この上なく恭しく使者を迎えた。


「これはこれは……このような遙か南の辺境の地まで、わざわざ尊いお足を運んでいただけるとは。一郡の太守として、光栄の至りにございます。さあ、埃っぽい門前では何ですから、どうぞ中へお入りください」


劉憲の、いささかの澱みもない慇懃な態度に、馬阜は鼻をフンと鳴らして満足げに何度も頷いた。家主であるはずの太守を完全に顎で使い、泥のついた高価な革靴のまま、まるで自分の所有する広邸にでも入るかのように横柄な足取りで踏み込んでいく。

そのあまりに無礼な振る舞いに、劉憲の背後に控える文聘の大きな拳が、骨の鳴る音が聞こえそうなほど白く握りしめられたが、劉憲は背中越しにその姿をわずかに見つめつつ、傍らの李厳へ密かに鋭い指示を飛ばした。


「正方、今すぐ蔵から我が家が秘蔵する最高級の交州酒を用意せよ。長旅でお疲れの使者様を、極上のもてなしでお迎えするのだ」


屋敷の奥の、風通しの良い広間で、馬阜は沈香を焚き込めた椅子に尊大にふんぞり返り、まるで天子の威光そのものを自身の小さな背中に背負った虎の如き傲慢さで告げた。


「天子様は、度重なる天下の乱れを収めるため、皇帝直属の精鋭常備軍たる西園八校尉を新しく設置された。

我が主、蹇碩様はその最高位である上軍校尉に直々に任命されたのだ。そこでお前のような地方の太守にも、天下の安寧のため、その栄えある軍備の資金となる財貨を自ら供する最高の名誉を授けてやる、とのお達しだ」


軍資金、という美名で包装された、あまりに露骨で強欲な賄賂の無心であった。中央での急激な権力闘争の足音が、その使者のまとう、どこか焦りを含んだ衣服の擦れる音からも伝わってくるようだった。


李厳が劉憲の斜め後ろで、苦虫を噛み潰したような酷い顔を浮かべる。しかし、劉憲の表情には一点の曇りもなく、むしろ天からの配剤に歓喜して震えているようにさえ見えた。


「これはこれは、なんと畏れ多くもありがたいお話。天子様の覚え最もめでたき、あの偉大な蹇碩様と、この零陵のような小郡が直接の繋がりを持てようとは、まさに望外の幸せにございます。

我が零陵の全ての蔵をひっくり返し、その大いなる軍備の一助になれるよう、喜んで品々をお送りいたしましょう。

早速、お送りする財貨の正確な目録を作らせます。……それには少々、蔵を検分するお時間を頂きますので、その間、使者様にはこの屋敷にて長旅の疲れをごゆるりと癒してくださいますよう」


劉憲の言葉が終わるか終わらぬかのうちに、脂の乗った川魚の炙り焼きや、南国特有の甘い果実を贅沢に使った料理、そして何より交州の密林から流れてきた、琥珀色に輝く芳醇な椰子の酒が次々と卓の上に運び込まれた。さらに劉憲は、配下の山の若者たちに何事か密やかに、かつ迅速な手調子で指示を下すと、自らは古びた竹簡と帳簿を手に、所蔵品の整理へと入っていった。


それからの酒宴は、三日三晩にわたって途切れることなく続いた。


馬阜は、劉憲が折に触れて捧げる絶妙なおべっかと、目の前に並ぶ山海の珍味、そして何より喉を焼くように甘美な交州の極上の酒に完全に溺れ、当初抱いていた辺境への警戒心も、洛陽の緊迫した情勢もすべて忘れたかのように、ただ享楽に耽り続けた。広間には終始、油煙の匂いと、使者のだらしない笑い声が気味悪く響いていた。


その乱雑な喧騒のすぐ裏側、薄暗い廊下で、劉憲は感情を伴わぬ手つきで墨をすり、目録に細かな文字を書き加えていった。それは蹇碩を狂喜させるための壮大な仕掛けであると同時に、これを受け取った瞬間、洛陽の宦官の重鎮が劉憲の底知れぬ忠義の証明人となることを意味する、甘い毒を含んだ書状であった。


「……正方、広間の酒は足りているか。使者様がこの心地良い夢から途中で覚めてしまわぬよう、杯が空になる前にたっぷりとなみなみと注いであげなさい。南陽の古い冷酒とは違って、この南方の酒は後から酷く頭に響くのだ」


暗がりの廊下で、劉憲の細められた瞳が、自ら張った細い網の真ん中でじっと獲物の動きを窺う蜘蛛のように、冷たく怪しい光を放っていた。


馬阜の滞在が四日目を迎えた頃、太守の屋敷の目の届かない裏手では、目も眩むような光景が繰り広げられていた。


南方の深い海から引き揚げられた大粒の真珠、交州の奥地からもたらされた濁りのない琥珀、そして丁寧に磨き抜かれて冷たい光を放つ大きな銀塊。

それらが劉憲の細かな指示により、馬阜の乗ってきた大ぶりな馬車へと、それこそ零陵の蔵が完全に空になるまで詰め込むと言わんばかりに、隙間なくギチギチと容赦なく詰め込まれていったのである。

あまりの重量に、馬車の漆塗りの車輪が砂利の上でミシリと鈍く軋んだ。


積み荷の凄まじい重みを聞きながら、劉憲は広間で広げられた帳簿の横で、馬阜の杯にさらに並々と酒を注ぎ、少し困ったような嘆息混じりに語りかけた。


「使者様、実はこの辺境を預かる身として、一つ小さなお恥ずかしい悩みがありましてな。

最近の天下の乱れに乗じて、天子様の高潔な威光を軽んじ、あろうことか中央への献上品を途中の関所で中抜きする不届きな太守や県令が各地に居ると聞き及んでおります。

さらに困ったことに、此度の交易の素晴らしい宝物を遠くから聞きつけ、凶悪な黒山賊の残党どもが南下し、隣の長沙郡あたりではあの勇猛なる孫堅殿が、その対応に日々血眼になって苦心しているとか……」


「……ほう、左様か。どいつもこいつも、我が上軍校尉様の権威を知らぬ不届きな奴らめ。洛陽に戻れば、ただでは済まさぬ」


交州の強い酒の香りに思考をすっかり鈍らせた馬阜が、真っ赤な鼻を鳴らして傲慢に言い放つ。劉憲は、待っていましたとばかりに、うやうやしく数枚の丁寧に書かれた書簡を差し出した。


「全くでございます。もし、万が一にもこの先の道中で不埒な賊に襲われ、あるいは各地の不当な検閲に遭い、蹇碩様への大切な献上品が途中で失われるようなことがあれば、私一人の首を撥ねられたところで到底申し開きが立ちませぬ。

そこで……確かにこの零陵の地において、正しくこれだけの献物が使者様の手に渡ったことを朝廷に証するために、この目録とその写しに、使者殿の立派な印を今ここで頂戴できませぬでしょうか? これさえあれば、私の蹇碩様への絶対の忠義は完全に証明されますので」


「ふむ、なるほど。お前のその殊勝な忠義、しかと我が手で受け取った。余計な手間をかけさせるな」


完全に上機嫌となった馬阜は、そこに書かれた細かな財貨の内容を精査することも、写しの数を確認することもなく、差し出された書類の端に、懐から取り出した重い印を力任せにべたりと押し付けた。赤い朱肉の匂いが、室内に小さく広がる。


翌朝。山のような宝物の重みで車体を大きく沈ませ、牛の歩みのように鈍重な足取りとなった豪奢な馬車は、満足げに腹を揺らす馬阜を乗せて、誇らしげに北の洛陽へと向かって出発していった。劉憲は門前で、その馬車が見えなくなるまで、何度も深く頭を下げて見送っていた。


しかし、その贅沢な行軍は、長くは続かなかった。


馬阜が劉憲の忠告通りに孫堅の守る厳格な長沙郡をあえて避け、道の険しい武陵郡との境界に入ってしばらく進んだ頃である。秋の終わりの冷たい風が吹き抜け、道が鬱蒼とした薄暗い森の奥へと差し掛かったその瞬間、静寂を切り裂く矢の鋭い風切り音がいくつも響き渡った。


「な、なんだ!? 何事が起きたのだ!」


馬車の中で眠りこけていた馬阜が悲鳴を上げる間もなく、周囲を固めていた洛陽の軟弱な護衛の兵たちが、森の茂みから放たれた無数の矢によって次々と射抜かれ、崩れ落ちていく。

驚いた御者が手綱を引いたが、重すぎる馬車は急旋回しようとしてバランスを崩し、街道の泥濘へと無様に横転した。


ひっくり返った荷台から地面へと不格好に放り出され、顔中を黒い泥に塗られた馬阜を、粗末な革鎧を纏い、顔に山の泥を塗った逞しい男たちが瞬く間に囲み、頑丈な麻縄で縛り上げていく。


「無礼者! 貴様ら、私がどなたの使者か分かっているのか! 私はあの偉大なる蹇碩様の使者であるぞ! 早くその汚い縄を解くがよい、さもなくば一族郎党、一人残らず打ち首……!」


馬阜の、必死の虚勢を容赦なく遮ったのは、森の木々を揺らす下品な嘲笑の声であった。


「ひひっ、洛陽の宦官の威光が、この武陵の山奥まで届くとでも思っているのかよ。首が欲しけりゃ、その蹇碩とかいう奴をここまで連れてくるんだな。俺たち黒山賊の恐ろしさを、身を以て知るがいい」


山の男たちは、馬車に積まれていた大量の真珠や琥珀、銀塊を、手慣れた手つきで次々と筵に包んで手際よく奪い去ると、地面で芋虫のように転がりながら怒声を上げ続ける馬阜をそのまま放置し、風のように森の奥へと消え去っていった。

数時間後、なんとか自力で縄を抜け出した数少ない護衛の兵に肩を貸され、身にまとった錦の衣をボロボロに引き裂かれながら、身一つで命からがら洛陽へと逃げ去っていく馬阜の丸まった背中には、もはや天子の威光など微塵も感じられないほど、惨めで哀れな哀愁が漂っていた。


その同じ頃。


零陵の深い山中、霧の立ち込める人知れぬ岩陰に設けられた、分厚い木製の隠し倉庫の重い扉が、軋む音を立てて静かに閉じられた。


薄暗い蔵の中には、先ほど武陵の境界で奪われたはずの、あの南海の美しい真珠と、交州の琥珀、そして鈍く光る銀塊が、何一つ欠けることなく元の木箱に入ったまま、整然と積み上げられていた。松明の炎が、その財貨の表面を怪しく照らし出す。


劉憲は暗がりの中で、馬阜がその太い指で確かに押した、受領印の鮮やかな赤い控えを指先で静かに優しくなぞりながら、満足げにその薄い口角を吊り上げた。


「……実に良い、大きな貸しができたな、中央の蹇碩殿。これだけの財貨を受け取っておきながら、途中で黒山賊に全て奪われたとなれば、あの強欲な男も私に対してしばらくは大きな顔はできまい」


埃っぽい暗い蔵の奥に静かに響き渡るその劉憲の低い笑みは、次の獲物を自らの張り巡らせた見えざる網の奥へと、物音ひとつ立てずに誘い込もうとする蜘蛛の静かな吐息のように、どこまでも冷ややかであった。

史実メモ:8月、霊帝は直属郡の西園八校尉を設立。小黄門の蹇碩が最高位の上軍校尉に任命される。袁紹、曹操らも校尉のうちの一人として数えられています。

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