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186年 趙慈の乱04

初春の冷たい風に吹かれて始まった荊州の巡業は、木々の若葉が瑞々しい水分を蓄え、五月の鮮烈な新緑がぎらぎらとした陽光を浴びて眩しく輝く頃に終わりを迎えた。

頭上を覆う青葉の隙間からは、強烈な光の破片が不規則に屈折して地面に降り注ぎ、街道の乾いた土からは、熱せられた馬糞と青草の放つ濃い匂いが立ち昇っていた。


劉憲は、かつて朝廷を震撼させた清廉の士、老太守・羊続の息子という完璧な隠れ蓑を使い、この数ヶ月間で荊州南部の郡を丹念に回り、その土を踏み締めていた。

零陵の周氏や劉氏、桂陽の郭氏、長沙の区氏といった、その土地に深く根を張る地元豪族の重鎮たち。彼らと交わした、饐えた濁酒の匂いが立ち込める酒席や、薄暗い奥座敷での密密たる会談を通じ、劉憲は徐璆という巨大な理の重石が消え去った後の荊州の惨状を、自らの皮膚にまとわりつく湿気のように生々しく感じ取っていた。


王叡という、己の保身と洛陽への阿ねりしか頭にない凡庸な刺史の下、各郡の太守たちは飢えた狼のように私欲に走り、末端の官吏にいたるまで民から最後の一粒の米を絞り取って私腹を肥やすことに躍起になっていた。

かつて徐璆が辛うじて繋ぎ止めていた統治の網の目は無残に引き裂かれ、そこかしこにある貧しい村々の片隅からは、民の言葉にならぬ不満という名の、仄黒い火種が燻りながら煙を上げていた。


「おい、孝子。お前が道中で拾って荷台の隅に放り込んでおいたあの干し魚だがな、今朝見たら完全に腐って妙な虫が湧いておったぞ。

まったく、廬江の儂の古い屋敷でさえ、これほど不潔なものは置かなかったわ。孫の鼻が曲がったらどうするつもりじゃ」


馬車の御者台の横で、羊続が白い髭に手をやりながら、苦々しい声を漏らした。彼の背負う古い麻衣からは、数か月の旅で染み付いた埃と、馬の酸っぱい汗の匂いがしている。荷台の藁の中では、旅の疲れからか、幼い孫が小さな寝息を立てて丸くなっていた。


「それは失礼いたしました、父上。長沙の区氏のところで手に入れた鮒だったのですが、どうやら五月のこの急な暑さには耐え切れなかったようです。

次の宿場に着いたら、清らかな井戸水で荷台を綺麗に洗い流させますので、どうかご勘弁を」


劉憲は手綱を握る指先を緩め、頭に巻いた手拭いの位置を直しながら、気のいい息子としての柔和な笑みを浮かべた。しかし、その瞳の奥は、五月のまばゆい光を一切反射せず、漆黒の深淵のまま淀んでいた。


別れ際、南陽太守としての正式な着任を間近に控えた羊続は、荷馬車の車輪が止まると、呆れたように、しかしその澄んだ瞳の奥で目の前の青年をじっと試すような光を宿して劉憲を見た。


「全く、この大うつけめ。儂の清廉な名を、各地の油断ならぬ豪族どもと裏で固く誼を結ぶために、これほど巧妙に使いおおせおって……。

それで、お主はこれから一体どうするつもりじゃ。ただ儂の親孝行に付き合って各地で不味い酒を飲み、知己を得て回ったわけではあるまいな」


劉憲は、新緑の青葉の隙間から容赦なく差し込む鋭い陽光を遮るように、長い睫毛の隙間から目を細め、その口角を仄暗く歪めて笑った。


「もちろんでございます。残念ながら、あの曹寅の目が血走って光る武陵の地には、これ以上の深入りは危険と判断して直接蛮族の頭目たちに接触することは叶いませんでしたが。

もし他の三郡の豪族たちが、これ以上の王叡や太守の圧政と重税に耐えかねて、己の兵を率いて立ち上がろうとする際には、必ずや事前にこの湖陽の私の元へ、密かに連絡が入る手筈になっております」


「……まさか、お主。その凡庸な外見から想像もつかぬ恐るべき知略を持って、彼らの背中を後ろから押し、この荊州全土に巨大な反乱でも起こさせるつもりではあるまいな」


羊続の眼光が、一瞬にして老練な太守としての鋭さを帯びて光った。彼の放つ正義感が、目の前の静かな青年の胸の奥に潜む、底知れない危うさを烈しく問い詰めた。だが、劉憲は困ったように小さく苦笑して首を振る。


「滅相もございません、私はただのしがない湖陽の県令にすぎませぬ。

私はただ、その避けられぬ混沌が実際に起きた際、苦しむ民にとって何が唯一の救いとなるべきか、その具体的な形を彼らと定め、あらかじめ握手を交わして決めてきただけにございますよ」


「処置なしじゃな、本当に。親の顔が見てみたいわ……。よかろう、お主のその不気味な頭の使い方は、これからの南陽の中で見せてもらう。

儂は春からずっと新野の壁の中で動きのない、あの趙慈の乱を内側から引きずり出して鎮めねばならぬが、お主にも湖陽の兵を率いて泥水を啜ってもらうぞ。南陽の平定は、お主の協力なくしては到底成し遂げられぬだろうからな」


「御意。父上の太守としての初陣の舞台、その顔に泥を塗るような不手際は決していたしません」


羊続の乗った古びた馬車が、ガタガタと軸の軋む音を響かせながら、五月の陽炎が立ち昇る街道の彼方へと遠ざかっていくのを見送った後、劉憲の表情から、それまで張り付いていた息子としての柔和な温かさが、潮が引くように一瞬で消え去った。


湖陽の役所へと戻った劉憲は、旅の埃を払う間もなく、ただちに冷たい墨をすり、一本の古い筆を執った。


「孝子、長沙の商人が置いていったこの新しい紙ですが、少し糊の匂いが強いですね。指先が妙にねばつきます。

それに比べて、この湖陽の湿地で我々が作った葦の紙のほうが、吸水は悪いですが墨のノリは硬くて心地よい」


李厳が隣で、旅の間に溜まりに溜まった各村からの穀物報告の木簡を整理しながら、肩の骨をパキパキと鳴らして実務的な愚痴を零した。


「正方、そのねばつく紙で構わん。そのほうが、言葉が裏までよく染み込む」


劉憲が書き始めたのは、単なる軍の命令を記した無機質な公文書ではなかった。宛城の激戦の中で共に立ち上がり、粘り強く守戦を生き抜いた義勇兵たち。

そして、劉憲の慈悲によって首を繋ぎ止められ、新たな土地や職を密かに与えられて荊州各地の村々に深く潜伏している、元・黄巾の降兵たち。

彼らの網の目のように広がる耳へと届くべき、その檄文には、圧政に喘ぐ者たちの胸の奥に眠る怒りを正確に鼓舞し、同時に敵の防壁を内側からぐずぐずに崩壊させるための、甘く危険な「心の毒」が大量に孕まされていた。


「趙慈の乱を、この手で終わらせる。……だがな、それは襄陽に籠もる王叡のためでも、洛陽の腐りきった宦官のためでもない」


劉憲の冷徹な号令の下、周倉が、文聘が、そして古い強弓の弦を張り直した黄忠が、静かに、しかし確実にその白い牙を研ぎ始めた。


湖陽から南南西の方向、蔡陽の城外に果てしなく広がる、名もなき野花が咲き乱れた草原。

そこに幾重にも陣を敷いた劉憲の軍勢は、数千の兵力を数えながらも、驚くべきことに、耳が痛くなるほどの奇妙な静寂を纏っていた。


五月の生ぬるい夜露が、兵たちの持つ竹製の弩の表面を濡らし、大気には湿った草の葉の匂いと、大釜で炊かれた粗末な麦飯の酸っぱい匂いが混じり合って立ち込めていた。

兵の多くは、かつて宛城で劉憲の慈悲によって命を救われた元黄巾兵や、湖陽の泥にまみれて生きてきた者たちであり、その装備はバラバラで、一見すればどこにでもある烏合の衆の小勢に見えた。しかし、彼らの濁りのない眼光には、ひとつの強固な意志が共通して宿っていた。


「仲業、今日も城壁の上からは我らを嘲笑う酒盛りの歌が聞こえるな。若い兵たちが、そろそろ槍を動かしたくて足の裏を痒がっておるが、本当にただ座っているだけでよいのか」


黄忠が干し肉を小さく引きちぎり、口の中で時間をかけて咀嚼しながら、前線の物見櫓から戻った文聘に声をかけた。


「漢升殿、焦る必要はないだろう。孝子の指先が動かぬうちは、我らはただの案山子でいればよいのだ。それにしても、今日の蔡陽の風は、少し焦げの匂いが混じっているように感じられるな」


文聘は新調したばかりの革帯をきゅっと締め直し、城門のほうを鋭く睨み据えた。


劉憲は、蔡陽の城壁に向けて一度も矢を放つことも、攻城の兵器を進めることもなく、ただ日に一度だけ、煤に汚れた一人の使者を城門の前まで送り届けた。


「武器を捨て、自らその重い門を開くならば、すべての者の命を等しく助けよう」


城壁の上で弓を手にした反乱兵たちは、そのあまりにぬるく、締まりのない呼びかけに鼻で笑い、夜な夜な酒を酌み交わしながら、外に群れる弱腰の義勇軍め、と声を揃えて嘲笑を浴びせていた。


しかし、包囲が始まって四日目の朝。彼らの下卑た嘲笑は、昇ってきた朝日の光と共に完全に凍りつくことになった。


白々と夜が明け、朝霧が蔡陽の湿った城壁の根元を白く覆い尽くしていく中、これまで堅く閉ざされていたはずの巨大な南門が、誰の命令を受けることもなく、音もなく全開になっていたのである。

門のすぐ傍らの内壁には、夜間の見守りを任されていたはずの反乱軍の兵たちが、ボロ布の猿轡を深く噛まされ、まるで畑の芋虫のように無様に転がされて身悶えしていた。

城外の劉憲の陣は、相変わらず一歩も動かず、不気味なほどの沈黙を守ったままであった。だが、その動かぬ沈黙こそが、何よりも恐ろしい凶報となって城内の兵舎を容赦なく駆け巡った。


「一体誰が門を開けたのだ、裏切り者は誰だ。隣の奴の顔をよく見ろ」


一瞬にして底知れぬ疑心暗鬼に陥った反乱軍は、慌てて全開になった門を閉ざし、すべての兵力を南門に集中させて、互いに剣を突きつけ合うほどの厳戒態勢を敷いた。だが、劉憲が仕掛けた「見えざる影の手」は、門を一つ開ける程度の手ぬるい工作では終わらなかった。


翌朝。城内の最も奥深くにある、厳重に鍵がかけられていたはずの兵糧蔵の巨大な扉が、またしても外から何者かの手によって静かに開け放たれていた。

開いた扉のすぐ前では、土に深く突き立てられた杭に括り付けられた太い松明が、時折パチパチと不気味な火花を散らしながら、朝の冷気の中でゆらゆらと紅い炎を揺らしていた。


それは、いかなる言葉よりも冷酷な、死の脅しであった。


『我らはいつでも、お前たちの命綱であるこの麦を焼き払える。お前たちが兵舎で呑気に眠っている間に、城の最も神聖な心臓部にまで、我らの手はとっくに届いているのだ』


城を包囲する頑丈な石壁が、外側からではなく、人間の心の恐怖によって内側からぐずぐずと溶けていくような、圧倒的な戦慄。

絶望に震える兵たちの間では、城外に陣を敷く劉憲という男が持つという「不思議な徳」や「底知れぬ神がかり的な智謀」についての噂が、尾ひれをつけてまことしやかに囁かれ始めた。


「あの湖陽の劉憲様なら、今すぐ武器を収めて降れば、決して悪いようにはされぬと聞く」


「これ以上戦うだけ無駄だ。我らが外の軍勢に攻め滅ぼされるか、あるいは今夜眠っている間に隣の仲間に寝首を掻かれるか、どちらが先か分かったものではない」


不穏な動揺が城内の隅々までを蝕み、ついに反乱軍の若き指揮官は、劉憲の軍勢とただの一度も矛を交えることなく、白旗を掲げて降伏を申し出た。


重い城門が再び開き、劉憲がゆっくりと馬を進めて蔡陽の街へと入ると、そこには、最後まで徹底抗戦を叫んで狂暴に暴れたらしい数人の小頭目が、仲間たちの手によって頑丈な縄で縛り転がされており、残された数千の反乱兵たちは、誰もが地面に額を擦り付け、身体を小刻みに震わせながら膝を突いていた。

彼らが本当に恐れたのは、城外に佇む数千の不揃いな兵たちではなく、自分たちのすぐ隣に、微笑みを浮かべて立っているかもしれない「劉憲の目に見えぬ影」そのものであった。


新緑の風が蔡陽の煤けた路地を吹き抜ける中、この要害の城は、一滴の血も水面に流されることなく、静かに、そして完全に劉憲の掌中へと収まったのである。

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