第29話。『【玉】』。
「ん、んー……」
視界に飛び込む白い蛍光灯の明かり。
それと、グレーっぽい灰色がかった天井の板に、よくある黒の点の様な模様。
眩しい光の中で、どうやら目が覚めた僕が見たのは──。
何処か、保健室に似た様な場所。その部屋のベッドの上。
白いシーツと、パーティションって言うのかな? 部屋の入り口の扉から、目隠しの様にされて置いてある。その衝立の様な薄く波打つ白い布の向こう側に、小柄な誰かの影が揺れていた。てか、ここ何処? 合宿先の建物の……中?
「あ。目が覚めたかな? ボクの『癒しの風』でもすぐ回復しないから、焦ったよ? ま、お腹空きすぎて眩暈起こしちゃたのかなー。貧血性の立ちくらみ? 必要な栄養が足りてないと、そうなるよねー」
この声。聞き覚えがある。
スッキリとは目が覚めていないみたいだし。まだ、何処かフラフラとする僕の身体。
ボーッとした頭で考えてる内に、なんとなくピン!と、来た。
ボクっ子先生で、風の力を使うとなると……。
「おっ?! 心配したじゃん! お前、死んだかと思ったじゃん! 童っ!!」
「わっ!? も、モリリンっ?!」
目が覚めて、早々。
ベッドの淵に顔を出した半透明の頭に、赤いつぶらな小さな瞳。
シーツお化けの様な丸い手を、お布団の上に乗せてヒョッコリ。
一瞬、本物のお化けかと思ったくらいにビックリしたけれど。その声と姿に、ボーッとした僕の頭でもすぐに分かった。
「な、なんで、モリリンが、ここにっ?!」
「ムフフ……じゃん?」
「なーんか、知らないけど。随分と、赤羽君のこと気に入ってるみたいだよー? アチッ!」
パーティションの衝立から、スルリ。
こちらも、床スレスレに届く長い白衣を、風に靡かせた様にフワリ。
小顔には釣り合わない──大きな黒縁の丸眼鏡の真ん中を、左手の人差し指でクイッ!
いつでも、頭の上の寝グセをクリン!と立たせたヴィシュヌヴァ先生が、水色のショートの髪先を肩に揺らして。爽やかな空気とともに現れた。
けど、なんだろ? とっても、良い匂いがする……。ヴィシュヌヴァ先生が右手に持つ、お盆の上の、それ。
「……お、お茶、飲む? ぼ、ボクの風神力と、モリリンの森神力を混ぜ合わせた、特製のブレンドティー……だよ?」
「え? あ、はい。あ、ありがとうございます。ヴィシュヌヴァ先生。いただきます……。って、熱っ!」
「へへ。心して飲めじゃんよ?」
モリリンが、僕を気に入ってる? どう言うことだろう? 怒ってたんじゃなくって? まぁ、理由はともかく……。なんか、モリリン、機嫌良いみたいだし。鬼ごっこで僕が裏切ったとか言ってモリリンの勘違いなんだけど。気にしてないのかな?
ボクっ子のヴィシュヌヴァ先生が、ホワホワと湯けむりの立つ良い香りの『お茶』をお盆ごと。僕にそっ……と、手渡したもんだから。
なぜか、僕のベッドの傍らでニヤニヤとしているモリリンだったけど、気にせずに受け取って飲むことにした。かなり、熱いみたいだけど。
それに、ヴィシュヌヴァ先生とモリリンの『力』が入ってるんだったら、とっても身体に良いものに違いない。
僕は、手もとにその『お茶』とお盆を置き。念入りにフーフーと息を吹きかけて、冷ましてから飲むことにした。
「熱……。フーフー……。ん? んー……。ゴクリ。プハーッ!! な、なんですか? コレッ!? い、今までに無い、ふ、不思議な──」
「それ。オレの眷族の稲荷神の小便じゃん?」
「ちが、違っ!! べ、ベースは、そだけど、稲荷神とモリリンとボクの力が合わさった……」
「なっ?! ブーッ!! ゲホッゲホッ!! お、おぇっ……」
「ちょ! もっ! モリリンっ!!」
「ホントのことじゃん? だから、心して飲めって言ったじゃん? って、ぬあーっ!! ヴィ、ヴィシュヌヴァっ?! や、やめれぇっ……!!」
ポカポカと……。
グーパンチにした両手をグルグル回したヴィシュヌヴァ先生が、クリオネみたいなモリリンのツルツルッとした頭に連打っ!!
赤い小さなつぶらな瞳を閉じたモリリンが、頭を抑えて「ギョエーッ!」とか「ぐえーっ!」とか、叫んでいる。
どうも、モリリンは、ヴィシュヌヴァ先生に頭が上がらないみたいだ。それと、ヴィシュヌヴァ先生は風神力? なんか、『神』ってつく言葉を口にした? いや、熱……。ほんと、おぇっ……。
ま、良いや。いや、良くない……。
目の前の差し出された『お茶』が例えオシッコであったとしても。コレは、神様のオシッコ……。
飲むんだ。射矢……。僕は、男の子だ。理由は、ともかく──お稲荷様とモリリンと、ヴィシュヌヴァ先生の『力』が宿ってるんなら、コレは、この世に存在する唯一無二の貴重すぎる飲みものに違いない。そう、想って……。
僕は、決心した──。
「んゴクッ! ゴクンっッ!! うえっ……。プハーッ!! ハハ……。飲んだ、よ?」
「あ、赤羽君っ?! ご、ごめん! ぼ、ボクに、あ、悪意は無いんだからねっ?! こ、これには、本当ちゃんとした『神の力』が……」
「痛っ! は、離せじゃん! ヴィシュヌヴァ!! って、なっ?! わ、童!! お、小便だぞっ?! ぐっ……! み、見事なり……。童のその心意気っ!! ほ、惚れたじゃん?」
「へへ……」
なんか、シてやったり感満載で。
驚く顔のヴィシュヌヴァ先生とモリリンを見てると気持ちが良い……。へへへ。顔がニヤける。
い、いやいや! ぼ、僕にはそう言う趣味は無いんだからっ!! だ、断じて違うっ!! 僕のバカバカ!!
……ちょっと。おかしな自分自身の新たな一面て言うか、意外性に気づくとともに──。
ん? モリリンが、痛いって言った? 神様でも痛いってのがあるんだって、僕は少し不思議に想った……。
まぁ、良いや。今は、『神様の力』が入ってた『お茶』を飲み干せたんだ。誇りに想おう。こう言うのは、飲んでおいた方が良いんだ。昔読んだ何かの漫画でも、そう言うの……あった気がする。
「ん? 何、ニヤけてるじゃん? 気でもふれたかじゃん?」
「ち、違っ! 断じて、違うからっ!!」
い、いくらなんでも、それは誤解っ! 例え相手が神様モリリンであっても、そこは強めに言っとく。
「?」って、不思議そうな顔してるモリリンの傍で。目を耀かせてるヴィシュヌヴァ先生が、クリクリと頭の寝グセを触りながら、水色の前髪をサラリと掻き上げて。僕の顔を覗き込む様にして、丸眼鏡をクイッと人差し指で押し上げながら、こう尋ねた。
「──で? ど、どうかな? な、なんか変わったかな?」
「ん、んー……。ん? い、いえ。な、なんとも。特に変わったことは……」
「まー、その内、分かるじゃん? 分かった時が、変わった時。期待してると良いじゃん? ナーッハッハ!!」
「フーッ……」と。
額を拭うようにしたヴィシュヌヴァ先生の「やれやれ……」と言った表情が、黒縁の大きな丸眼鏡越しに見てとれた。なんか、申し訳ないって感じなのと、飲んでくれて良かった的な? なんだか、そんな風にも想えた。神様モリリンは、相変わらずニヤニヤとしているみたいだけれど。
──と。
僕は、何かグリグリとした違和感を太ももの下辺りに感じて──。
A組の赤のジャージズボンのポケットの中に入れたままだった『あるもの』を、ギュッと握りしめて想い出した。
「あ。落としてなかったんだ? 良かった……」
「何が、じゃん?」
「え? これだよ。んしょ……。ビー玉。ただの、ビー玉だよ? 僕の御守りの……」
「……ん? なっ?! って、え!? お、お前っ! こ、これが、ただのビー玉ってヤツに見えたかじゃん?!」
「え? な、なに? ち、違うの?」
「どれどれ? んー? なっ?! お、驚いた!! こ、これは……」
「「『【玉】』──っ!!」」
「え?」
──玉。え? 玉? 球っコロって、ことでしょ? そのまんまの意味じゃん?って、想うんだけど……。
なんだか、ヴィシュヌヴァ先生と神様モリリンが。とっても、驚いた様な顔してるから。僕は、とーっても気まずい……。アハハ……。
いや、でも、どうして僕は、ヴィシュヌヴァ先生と神様モリリンが声を揃えるほどの、このビー玉みたいな……玉?ってヤツを持ってんだろ? いつから? 物心ついてた時には、既に握りしめていたような? んー。想い出せないや。
「お、お前っ! こ、これを、どこで?!」
「そ、そーだよ! ぼ、ボクも人間界で目にしたのは、は、初めてなんだけどな……」
やんややんやと、物言いながら。小さな丸い手で、神様モリリンが、その『玉』ってのを僕からヒョイと奪い取ると──。マジマジと赤い小さなつぶらな瞳を光らせて。掲げたその球っころを、ヴィシュヌヴァ先生も黒縁の丸眼鏡をクイクイッさせながら、目を凝らして見つめていた。
「ぐーむ……。これ。誰かに見られたじゃんか?」
「え?」
「言いにくいんだけど。それ。とーっても、貴重だよ? 珍しい……。君って、人間だよね?」
「は、はい。ただの赤羽射矢です」
「童! オレの質問に答えるじゃん? 誰かに見られたかじゃん?」
「そ、そー言えば……。南さん──未有さんに、少し。と、他にも……」
「いつ?」
「え、えと……。入学初日? だったっけ?」
「うーむ……。あの幽霊女子か。だけなら、まだ良いじゃんが……」
「あ、赤羽君? そ、それ。隠しといた方が良いよ? 【玉】にまつわる話は、ね? んー」
な、なんだろ? 先の見えない急展開なお話みたいなっ?!
んー。どっから、どう見ても。僕には、ただの球っころ……ビー玉にしか見えない。手触りも、そんな感じだし?
それにしても──。
ヴィシュヌヴァ先生とモリリンの食いつきが、凄い……。一体、何の球だってんだろ? そんなにも、珍しいもんなのかな?
モリリンの丸い手から、更にヒョイッと奪い取ったヴィシュヌヴァ先生が。その僕の持ってたビー玉みたいな『玉』ってのを、繁々と手に取って見つめている。時々、ズリ落ちそうな大きな丸眼鏡をクイッと指先で押し上げて。空色の瞳を、パチクリ!と、瞬きさせた──。
「いいかな? 赤羽君。これは、小さいけれど『神界』。神様の住み処。人が持ってて良いもんじゃない……」
「けど、見た感じ空き家じゃん? それに、『玉』は、童を選んだ。赤羽っ! 名前、覚えててやるから、その『玉』にオレを住まわせろじゃん?」
「「──え? モリリンをっ?!」」
「そうじゃん? 神であるこのオレが、赤羽の所有する『玉』に入って。守ってやるって言ってやってるじゃん?」
──守ってやるって、言ってやってるじゃん? モリリンが? ほぇっ?
驚いた僕は、同じく驚いた顔してるヴィシュヌヴァ先生と、声をそろえて顔を見合わせた。
かくして……。なんだか、よく分からない展開に。神様モリリンが、僕の持ってたビー玉みたいなヤツ──『玉』に住むことになった……?
「え? って、ことは、神様モリリンは、僕といつも一緒ってこと?」
「そうじゃん? 誉れ高きことじゃん? 有難く想え?」
「あー! 良いな、良いな! モリリン、ずっるーいっ!!」
「な、なにもズルくなんて無いじゃんっ?! そ、それに、あの幽霊女子に見られたじゃんかよ? 他にも、いろいろと……良からぬ連中が、寄ってたかって狙ってくるかもじゃんか? ヴィシュヌヴァっ!」
「んー。まぁ、そうだね。これは、ここだけの話。内緒だよ、赤羽君? 先生たちになら、安心かもだけど……。ピピちゃんは、ウッカリが心配だしなー。うーん……」
そうなのか? なんか、とんでもないお話になって来たっ?! うーん。どうしよ……。って、考えてても、仕方がないっ。
モリリンが、神様だけども、このビー玉みたいな『玉』ってヤツに入りたがってるし? てか、そうなると……。ビー玉みたいな『玉』を所有する僕は、神様モリリンを『飼う』ってことぉっ?!
「なんだ、童? いや、赤羽っ! なんか、良からぬことを考えておるじゃんな?」
「いーや、いや! ちがっ! 違っ!! な、なんか神様モリリンと、いつも行動をともにするなんて、考えてたら、緊張して来ちゃって。アハハ……」
「……しかし。これで『黄泉がえりの契約』とも合点がいくじゃんな? ヴィシュヌヴァ……?」
「え? 『黄泉がえりの契約』?! 夢葉っちと、黒音のっ!?」
「黄泉がえった人間が身内にいたじゃんか? 『玉』と『魂』──。赤羽っ! お前、心して生きろよ? さもなくば……」
「そう。脅すわけじゃないけど……。それ。喉から手が出るほど欲しがるシロモノだよ、赤羽君? この業界じゃあ、ね?」




