第30話。心配。
(──ガラガラガラ……。ガチャン……)
「フー……」──と。
僕は、A組の赤いジャージ服を着たまま、俯きながら「やれやれ……」と言った感じで溜め息を吐き。保健室の様な部屋を背に、後ろ手に扉を閉めた。
曰く付きの『お茶』だったけれど──。
稲荷神様とヴィシュヌヴァ先生とモリリンの『力』が入ってたせいか、割と飲んだ後、身体がシャンとしていた。めちゃめちゃお腹は、減ってるけど。けど──、けどだ。
木の廊下? それに辺りは、ほぼ真っ暗。極限まで抽象化された緑の走る人がデザインされて映る『非常灯』って言うんだろうか? 明かりは、それのみ。
「ん? 学校? 合宿先は、高級ホテルなんじゃ……?」
見渡す限り、薄ボンヤリとした暗闇に包まれている──非常灯にのみ照らし出された木の廊下。
その木造の床が、延々と見えない暗闇の先へと続いている。
「んー。あれ? 高級ホテル『ザ・シーサイドビュウホテル・リッツヒルトン樹海』じゃなくて? 随分と想ってたのと雰囲気が違うような……。いや、まさか僕は、もう一度寝ちゃってて……。夢でも見てるんだろうか? それにしても、暗い……。今って、何時なの? 夜中?」
ボーッとしながらも。ポケットの中のビー玉──ヴィシュヌヴァ先生とモリリンが言ってた『神界』──『玉』を握りしめて。
結局。モリリンは、ヴィシュヌヴァ先生と、この世における霊的な話──神霊談義に夢中になり、いつまで経っても話が終わらないもんだから、僕は溜め息をつきながら、ついさっき保健室の様な部屋を出て来たばかりだ。
「んー。ここが何処だか、見当もつかないや。ま、いっか。生きてるわけだし。確かA組は……」
ポケットの中をゴソゴソと。確か、ビー玉と一緒に入れてたはず。
僕は、クシャッと四角に折ったヴィシュヌヴァ先生にもらったメモ紙を広げて見る。
「……んなっ?! うっ……。な、なんて読むんだ、コレ? こ、古代文字? ヒエログリフ? 象形文字? 楔形文字? し、神聖文字っ?! ほ、他には絵と記号……。ぜ、全然、読めない……」
まさに、謎──。
まさか、合宿先に来て……謎解きから始まる自分の部屋探しなんて。想いも寄らなかった。
いや、想いも寄らないことなんて、今想えばクラス対抗山登り合戦もそうだし。そもそも、お爺ちゃん校長先生のワガママ──推しアイドルのライブを見に行きたいとか何とかで、合宿の日程が急遽繰り上げになったのもそうだし。なんか、ハチャメチャなんだよな……。この学校。
「あーっ! もぉっ! ど、どうしたら良いんだっ!! って、ハッ! そ、そうもしていられない。お腹はめちゃくちゃ減ったけど。探さなきゃ……」
辺りは、ほとんど真っ暗。木の廊下のずーっと奥にある非常扉の上の非常灯だけが、ボンヤリと。幽かに光っている。
「うわ……。こ、コレって、地味に肝試しなんじゃないの? 僕一人だけだし。今、気づいたよ……」
(──ギギギ……)
「な、何っ何っ?! き、木の廊下だからっ?! て、てか、どんだけ古いのっ!?」
僕は、ビックリ一人肝試しを、人知れず敢行している。誰にも気づかれずに、だ。
けれども。自分の泊まる部屋を探してるだけなのに、何て言うか、物凄く心細いっ!!
いや。浄霊師の子や妖魔な子たちなら、これくらいでビビるわけなんて無いよなー……なんて、想う。その道のプロフェッショナルを目指しているわけだし。いやいや! ぼ、僕だって、そうだぞっ! ──なんて、言えない……。だって、地元の中学に通いたくなくって、この浄霊師中学に入学しただけなんだから。
そして、幽霊の子たち。絶対に、怖いなんて想わないはず。ましてや、出る側っ!! こんな、僕一人いる暗闇の木造廊下なんて、独壇場のはずで。ぜーったいに、僕みたいにビビるはずなんて無い。
……だって、幽霊なんだから。
「あー。けど、見たくないかな……。同じ学校の子だとしても、幽霊の子たちだけは、カンベンだよー。ビックリするから。けど、見えちゃうんだよな……」
僕は、生まれつきのこの霊感を有難いと想ったことは、今まで無かった。
けれども、少ーしずつ、同じ霊的な力を持つ子たちに出会えて。特に、幽霊女子の南さん──未有さんとも話せるんだってことが分かって。僕の知らないところで、『黄泉がえりの契約』とか、よく分からないことはあるみたいだけれど──。この学校に来れて、良かったんだって想い始めてる。
(──ギチリ……ギチリ……)
……まるで、今にも底抜けしそうな木の床。たわんでいる。微妙に。僕の軽い体重でさえも。
本当に、大丈夫なのかな……なんて心配になる。一歩、一歩。進むたび……。
けれども、今のところ、何もない。誰も居ない──はず。僕の頼り無い、この自称『霊探知』能力にも引っ掛からないワケだから。
ところが……。この暗闇の木造廊下には、幾つかの部屋の『扉』がある。
そこから、バーッ!──と。理科室の人体模型のお人形さんとかが、飛び出して来やしないかなんて不安になる……けど。ここは、学校じゃない。
いやいや。
開かずの『扉』とかがあって。急に、ガーッ!とか開いて……僕をあの世とかに連れて行きゃしないかなんて、勘ぐったりもする。や、それは、流石に無いか。僕が、ビビりすぎてる証拠だな……なんて、想う。
「あー! あぁ、だよっ! もぅっ! 合宿途中のバス酔いと船酔いも酷かったし! みんなは、三食きちっと、この合宿先に来てからも食べて……お風呂入って──今ごろ、温かいお布団の中でスヤスヤと寝ているんだろうな……」
──と。まるで、僕は、僕自身が本当の『幽霊』にでもなったみたいな心境になって来て。
羨ましい……。妬ましい。いやいや、あー! もぅっ……。だいぶ、気持ちがヤラレてるよ。……赤羽射矢。頑張れ、僕。頑張れ……赤羽射矢。僕の名前は、赤羽射矢……。
お腹減ったのと、早く眠りたいのとで、トボトボと木の廊下を歩く。それでも、歩く度に──ギチリ……ギチリ……と床の軋む音がするんだけれど。──暗い。暗すぎるんだよ。この廊下。僕の気持ちもか?
──壁に掛けられている柱時計。
保健室の様な部屋を出て、ようやく廊下の真ん中辺りまで来た。しかし、この柱時計……いかにも、古そうだ。昭和? 今は、令和の時代だけれども、明らかに、見た目レトロっていうか。そんな雰囲気満載の大きな柱時計の中で、金色に見える振り子が「カチリ……カチリ」と、音を立てて揺れている。
「あー。なんか、こんなデザインも良いよね。古いけれども、心惹かれる……。こんな時代も、あったのか。けれど、年期が入ってて……やっぱ怖い」
(──カッチ、カッチ……)
柱時計の振り子の音……。暗闇の廊下に響いてる。
年期が入った古い物には、『付喪神』なんてのが取り憑くって言うけれど……。
まさか、ね?
僕が、ふと見上げた暗闇の廊下に鳴り響く柱時計の中の静かな音。金色の長針と短針が、もう僅かで重なるミリ単位の真夜中の時間。
その、僅かな時間に顔を上げた僕が、瞬きをした瞬間──。
(──カチリ。ボーン……ボーン……)
「ぎぃっ! やぁあぁっ!! やめてーっ!! で、出たぁーっ!! と、時計の針ぃーっ!! 午前零時だから、あと十二回も鳴るのぉーっ!! って、え?」
僕が、柱時計の針の音を幽霊と勘違いして、驚き慌てふためいていると……。
柱時計の奥から、物影が、スーッ……と、現れた──。
「こんばんは……」
「ギャーッ!! で、出たぁーっ!! 二度目っ!! 二度目ましてっ! コンニチワーッ!! ぼ、僕の名前は、赤羽射矢だよぉーぅっ!! ひぃぃっ!!」
「赤羽……君? 違っ……射矢君?」
「ギャッ! ギャワーッ!! ユ、幽霊が、しゃべってるっ!? み、南、未有さんがっ、しゃべってるぅーっ!!」
「幽霊だなんて、言わないでよ。それに、南未有で合ってるよ。正解」
「アハハー……。な、なんか、ありがとう。ハァハァ……。い、いや、ごめん……。え?」
僕は、驚きすぎて──。
てっきり、幽霊が、出たのかと想った……。いや、幽霊であることには、間違いなかったワケだけれども……。
パチクリ!とした長い睫毛に大きな黒い瞳。その目が、隠れちゃうほどの長い前髪。見た目は、可愛いらしいけれども。やっぱり、しっかり幽霊してる南未有さんが、そこに居る。
チラリ──と。
未有さんの足もとを見て確かめてみる。
すると、薄ボンヤリとはしているけれども──暗闇の木造の廊下に浮かんでいる……未有さんの足。床から数センチほど上に。……フワフワと。
いや、しっかりと足は二本ある。いつもどおり。けど、あれ? ローファーって言うのかな。革靴?
今まで意識してなくって。気が付かなかったけれど……。可愛らしい白地に、赤の何かの刺繍の入った短い靴下を、その茶色の革靴と一緒に履いていた。
(──あれ、模様? お花? ウサギ? アルファベットで『ミウ』?……の文字──)
とは言え。未有さんが、やっぱり幽霊であることには、変わりないんだけれども……。
「驚かせて、なんか、ごめん……。心配で」
「い、いやいや……。ぼ、僕の方こそ、びっくりし過ぎて……。驚いちゃって、なんか、ごめん」




