第28話。白いゴール。
──目の前に広がる白い空間。
た、確か、僕は……。何だか、記憶が薄れている。え、えと。んー……? 上手く想い出せない。
僕が、誰だったか。ここが、何処なのか。
想い出せないけれど、なんだかとても安心する心地良い場所。
僕は、この白い空間の中を気持ち良さそうに、まるでフワフワと。
──って、え? こ、これって、も、もしかしてっ?!
「赤羽君……。射矢君。どこ……?」
誰だろう? 誰かが誰かの名前を呼んでいる……。聞こえる。
この白い空間に、ポツリ。
まるで、お日様の様な光が見える。眩しくは無いけれど、その中に小さな点。それも、とても小さな。小さな……。
「誰? 誰か、いるの?」
僕は、声の聞こえた方に向けて。誰とも知らず、不安混じりに尋ねてみた。弱々しく響く僕の声。この広い広い白い空間に。
「私……。ここに、いるよ」
誰だろう? さっきから、声がする。私って、誰?
「す、すみません! こ、ここは、何処ですか?!」
僕は、思い切って声の主に尋ねてみた。何か、分かるかも知れない。
それにしても、何処までも透明な僕の身体。とても、気持ち良い。いや、こう言うのって何て言うんだろ? さっきも、もしかしてって思ったんだけど。これって、言わゆる確か……えーっと。ん? 何だったんだろう……。想い出せない。
「ここは、私の記憶の中。もしかしたら、あの世……かな?」
ん? 記憶? 誰の? 私って、誰? それに、あの世……。ふむふむ。
んー。えっと、つまり。僕は──、えっ?!
「えと、えーっと?! つ、つまり、僕は。も、もしかしてっ?!」
「んー。具体的に言うと、ここは『狭間』。この世とあの世の中間だよ。いろんなものが、混ざり合ってる」
「いろんなもの……。そ、そうなのっ?」
「うん……」
誰とも知らない声の主。姿は見えないけれども、どうやら女の子っぽい声だ。
「憶えてる……かな?」
だんだんと。お日様の様な光の中にあった小さな点が。ぼ、僕に近づいて来るっ?!
そう──。それは、まるで……。
「フフ……。だーれだっ?」
大きなクリクリとした黒い瞳に、長い睫毛をパチクリ! 腰まで届く様な背中に揺れる長い髪の毛。それと、鼻先まで隠れちゃう様な長い前髪。
何処かの学校の服を着てて、セーラー服の赤いリボンが揺れている。風なんて吹いて無いのに。
とっても、笑顔の可愛いらしい女の子が、僕に微笑み掛けている。少し照れながら、恥ずかしそうに……小首を傾げて。
「ん、んー? 誰だろ……。ごめん。上手く想い出せないや」
「そっか。無理も無いよね……。だって、ここは君にとって初めての場所。それに……」
「それに?」
「後悔を残した私とは、違う。君は、ね?」
「……そう。なんだ」
誰とも分からない女の子と。不思議な会話が、続く。
そうこうしていると──。目の前の白い空間に、赤いブランコが二つ。現れた……。
「フフ……。隣。座る?」
「え? あ。うん……」
その女の子が、フワリ。片方の赤い小さなブランコに腰かけた。
「君の名前は、赤羽射矢君……。って、言うんだよ?」
「赤羽……。射矢?」
「そう」
「じゃ、じゃあ……。君の名前は?」
「フフ……。私は、ね? 想い出せないかな。射矢君? 想い出して欲しいんだけどな……」
「ん? んー? もしかして、君は。ぼ、僕が知ってる人?」
「そーだよ? フフフ……」
んー。うーん……。全然、想い出せない。
僕の名前は、どうやら、『赤羽射矢』って言うらしい。
けれど、この子の名前は? 気になる。
僕は、その女の子と一緒に、赤い小さなブランコを、キコキコと揺らしながら──思い切って聞いてみた。
「き、君の名前は……?」
「フフ……。想い出せないか。しょーがないっ? んじゃ、教えてあげるよ。私の名前は、ね?」
「う、うん……。君の名前は?」
なんだか、不思議とドキドキする。
目の前のこの女の子の笑顔が、とっても可愛いもんだから。
それに、なんだか、あたたかい。何なんだろう。嬉しい様な照れくさい様な……。とても、フワフワとしてて、気持ちが良い──。
「んと、ね? 私は……」
「わ、私は?」
「南」
「南?」
「未有──だよ?」
「ミウ……。みなみ、ミウ?」
「うん……」
この女の子が、なぜか、恥ずかしそうに。僕に名前を告げた。……なんでだろ?
「ずっと。ずっと……」
「え? ずっと? え?」
な、なんだろう。こ、このパターンは、もしかしてっ?! き、期待しちゃって良いパターン?!
この世とあの世──その『狭間』に居るらしいのに。僕は、呑気なもんだ。なぜか、全然。怖い感じとかしない。ここに来た時は、不安だったけど……。目の前に、この女の子──『みなみ、ミウ』って子が居るからかな?
少しの時間──数えても数分にも満たない沈黙の後、その女の子が、口を開いた。
僕と、その『みなみ、ミウ』って子の赤い小さなブランコが、この白い空間で、キコキコと二つ並んで。互い違いに、揺れていた──。
「ずっと。君に──」
「ず? ずっと?! き、君に……?」
だ、ダメだ。舞い上がる。
そ、それこそ、ここがあの世とこの世の『狭間』なら──ぼ、僕は、昇天っ?! じょ、成仏してしまうっ!!
「ずっと、君に。謝りたかったんだ……」
「あ、あぁ、あ、謝りたかったって? え? えぇ、え? ……ど、どゆこと?!」
ガクッ……。か、肩透かし。お、思いっ切りのフェイント。
うぅっ……。そ、そだよねー。な、なんか。期待しちゃってた僕が、は、恥ずかしっ!
僕は、赤い小さなブランコをキコキコと揺らしながら──ウォホン!っと。わざとらしい咳払いをして。その『みなみ、ミウ』って女の子に、謝りたい理由を尋ねてみた。
「ぼ、僕に謝りたかったのって、な、何かな? アハハ……」
「君は、相変わらず。ここでも、赤羽君……射矢君してるね」
「んん? なんだろ? 僕が、僕らしいってことかな?」
「そだよ。……羨ましい」
その『みなみ、ミウ』って女の子が、ポツリ。呟いて俯く。赤い小さなブランコに座ったまま。キコキコと、揺らして。
「んとね。私……」
その子が、何かを言い掛けた瞬間──。
この白い空間に響き渡る僕の名前?──って、言うのかな?
誰かと誰かの声が、響いた。
『赤羽っ!! 赤羽、射矢っ!! しっかりしろぉっ!!』
『赤羽君っ!! 射矢君っ!! 目っ!! 覚ましてぇっ!!』
誰かと誰かの声。
聞き覚えがある、気がする──。
僕は、揺らしてた赤い小さなブランコを、ピタリ……と、止めて。隣に座る『みなみ、ミウ』って子の大きな黒い瞳を見つめた。その子の長い睫毛が、パチクリ!と、瞬きをして。
「呼んでるね。もう、行かなきゃ、だね? 赤羽射矢君?」
「え? あ、うん。……って、何処へ?」
「君の行くべきところ。帰る場所。待ってる……ね」
「えっ?」
その子も、キコキコと漕いでいた赤い小さなブランコを止めて。
ユラユラと、揺らめく様に。白い空間が、歪んで──薄ボンヤリとした光の中に、その女の子の姿が、消えて行った。長い黒髪を背中に揺らして。長過ぎる鼻先の前髪を掻き上げて──。
「じゃ……」
「ま、待って!!」
僕が、手を伸ばすと──。
だんだんと、白い空間が、鮮やかに色づいて。
目の前が、より鮮明に。光を帯びて……。
見覚えのある顔が、僕の開けた視界の中を見下ろしていた。とっても、心配そうな顔だった。
♢
「赤羽っ!! いや、射矢っ!! どーしちまったんだよぉっ!! しっかりしろぉっ!!」
「赤羽君!! や、射矢君っ!! もー!! 心配したんだよっ?! やっと、目、覚まして……。良かった……」
身体を起こした僕が、辺りを見渡すと──。
クラスの子たち。それに、先生たち。とりわけ、班の子たちの白虎君と来姫さんが、僕の周りを囲む様にして心配そうに見つめていた。その中でも──。
「射矢君。お帰り……」
ゆ、夢の中の、お、女の子っ?! いや。違うっ! え? そうなの?
そ、それは──、白い世界で出会った女の子。目の前にいる。
相変わらずの、フワリとした儚い笑顔。その人。
み、南、未有さんが──。居た。
「お? 赤羽。目を覚ましたか。守ってやれなくて、すまん……」
「うわーん! 赤羽君っ!! 良かったよぉぅっ!! も、心配したんだからぁっ!!」
「そーだよ!! モリリンっ!! ちょっ、やり過ぎっ!! ウチらの大事な生徒たち、殺す気っ?!」
「ぐっ……。むむむ。すまぬ。ちと、さじ加減を誤ったかじゃん……」
責任を感じた様子の川岸教頭先生が、赤いネクタイをキュッ!と締めて。僕に向かって深々と。腰から九十度に直角に曲げて頭を下げていた。やっぱり、川岸教頭先生は真面目で清々しささえ感じる。
それから、僕らA組担任の叶先生が、頭のツインテールを振り乱して。ムギュッ!と、僕に抱きついた。と、年は離れてるけど、な、なんだか照れくさい。そ、それに、叶先生は女先生だからか、と、とても良い匂いがした……。け、けど、ち、力入れすぎだよ……。痛っ!イテテテ……。
その隣で、科学者のような白衣と黒い丸眼鏡をかけたヴィシュヌヴァ先生が、頭に立ってる寝グセの髪の毛を風にクリンクリン揺らして。この樹海の神様ことモリリンに対して、かなりご立腹の様子だ。神様モリリンに対して、怯まぬその態度。す、凄い……。
比べて、モリリンは、ヴィシュヌヴァ先生に怒られて──。シュン……としている。クリオネみたいな透明な姿が更に小さく。ピクピクと身体を震わす様にして、赤いつぶらな瞳を地面に俯かせていた。
「ほっほっほ! まぁ、良きかな良きかな。ワシの結界術があってなればこそ! 赤羽君? ワシ、ちゃんと校長先生しとったじゃろ?」
確かに。
お爺ちゃん校長先生の結界術が無ければ、僕は、どうなっていたか分からない。お爺ちゃん校長先生は、ちんちくりんの身体を嬉しそうにスキップさせて、僕に近寄りタッチ! フワリと僕の背中に手をやってニマニマと喜んでいる。まぁ、デタラメな霊力とお爺ちゃん校長先生の行動力には毎回驚かされるけど、今回ばかりは、お蔭様で助かった。そのハゲちゃビンの頭には、お日様の光が反射してて少し眩しいけれど……。
──そうだ。お日様の光が、眩しい……。って、ことは、ここはっ?!
「ハロー? ナイストゥミーチュー、ハワユー? ですね! 赤羽君っ!! ちなみに、このピピ郎デバイスがあってなればこそ!! 耳もとの、それ。お役に立てたでしょう? ムフフ……」
僕が、目を覚ましてから、呆気に取られて。ここは、何処かと辺りを見渡していると──。吸血鬼みたいな紳士風の出で立ち。赤い瞳と、口もとの小さな牙をキラリと光らせて。ピピ郎先生が、何処かの黒執事の様に、僕に深々と丁寧に御辞儀をした。
相変わらずの、愉快で掴めない──不思議な先生だな……。確かに、ピピ郎先生が作ったオリジナルデバイスは、僕の耳もとで大活躍だった。
僕が、改めてお礼を言おうとすると、ピピ郎先生が、背中のヴァンパイアみたいな翼で、何処かへと……。颯爽と姿を消した。
そうだ。それより、ここは……? 一体……。
「あ、あの! こ、ここはっ?! も、もしかして?」
「そうだ。その、もしかして……だ。C組の生徒たちを救出するに留まり、己の無力さを痛感する。誠にすまなかったな。A組が赤羽……。その名を射矢。記憶とともにその勇姿……刻んでおこう」
ピピ郎先生の飛び立った後に、入れ代わる様にしてガシャン!と。剣を地面に突き刺すその姿。
この台詞。この口調! C組の担任先生──。白銀先生だ!
クラスカラーの青いジャージ服に、銀の大剣をカチャリ……と背中の鞘に入れ、煌めくような金の長い髪の毛を腰に。風に靡かせて、クルリ! 僕にコクリと頭を下げたかと想うと、その身を翻す様にしてスタスタと。もう、何処かへと行ってしまった。──え? 結局、ここって。一体、どこ?
「あら? 赤羽君? お目覚めかしら? ウフフ……。ま、私としては、想定の範囲内だったけど?」
なんだか──。僕の見つめた視線の奥から、猫みたいなキャットウォーク。妖しげに揺らめきながら歩いて来たのは……。B組が担任。く、黒井戸先生……。
んー。な、なんか、相変わらずの大人な雰囲気を漂わせている。
【魅惑】って技を幽霊女子の子たちに、教えてただけあって。う、うーん。なんだかな……。ぼ、僕には、まだ、分からないや。アハハ……。
「そうそう。この子たちも、赤羽君に、挨拶したいって。ほら、アンタたち? 赤羽君、目を覚ましたみたいよ?」
妖しげな黒井戸先生の後ろから、ワラワラと数人。
見覚えのある立ち姿に、その長身。赤いショートの髪が揺れる炎の気配。そして、【魅惑】をやたら意識してる鼻先クロスの茶色い前髪。
「よ! やっと、お目覚めかよ? 赤羽より俺の方が早かったか? ハハ……」
「心配したよー? けど、気がつきゃ、もう目を覚ましてるし? 流石だねー。赤羽君っ!」
「あ。あっと! み、未有と一緒にヨロシクぅー? みたいな? 初めましてだね。怜美でっす! スチャッ!」
んー。相変わらずの長身粋男。花園君の高すぎる視線が、僕を見下ろしている。な、なんだかな……。けど、モリリンの力に呑まれてた割には元気そうで。良かった。
それから、火の鳥妖魔女子の紅さんだ。なんか、スッキリとした表情で、爽やか感が滲み出てる。短い赤いショートのヘアスタイルが、軽やかだ。それと、笑顔も。ん? なんか、あった?
そして、こちらは、幽霊女子の怜美さんだ。こちらも、相も変わらずの【魅惑】を意識した立ち姿。幽霊女子とは言え、変にクロスさせた足先が、フルフルと震えていた。それから、左目にぎこちなく添えたピースサイン。女子らしいっちゃ、女子らしいけど。未有さんと友達だから、この先も関わり合うんだろな。アハハ……。
それは、良いとして──。
「あ、あのっ! こ、ここはっ?! ど、どこなのっ!? って、おーいっ!!」
一番気になる僕の質問に。誰も答えること無く去って行く三人。
いやいや! ちょっ! ま、待ってよー!!
「あ。ここな? ここは、だな。つまり……。言いにくいぜっ!!」
「も! 終わったんだから、良いじゃないっ? 言ったげなよ? ほれ、そこの……。あー、もう。心配してたんでしょ? 言いにくいな、もう……」
「ごめん。ありがとう。来姫さん。そだよ。射矢……君。優勝は、該当者なし。全員リタイア。クラス対抗の山登り合戦は、終わったんだよ……」
「え? って、ことはっ?!」
僕は、辺りをキョロキョロと見渡した。
合宿の皆の大荷物が、大きな建物の玄関前に集められてて……。
何処かからか、従業員らしき人の影が、チラチラと慌ただしく目につく。
「ゴール? したの? 全員?」
「そ……」
それを聞いた僕は、全身から力が抜けて──。
ピクピクと、目が回り。気分が悪くて動けなくなってしまった。お腹も凄く空いてたし、え、栄養が足りてなかったのか……な。それとも、ね、熱……?
「射矢っ!!」
「射矢君っ!!」
「い、射矢……君!!」
み、みんなの。班の子たちの……。白虎君に、来姫さん。それに、幽霊女子の未有さんの声が──き、聞こえ……る。
み、みんな。や、優しい……な。あ、ありが……とう。




