第27話。鬼ごっこ⑥。
「あー。班のヤツらも、すぐモリリンに捕まっちまうしよー。偶然による奇遇の法則ってヤツ? 組も班も違うけど、よろしくみたいな? な、怜美? それと……。えと、誰だっけ?」
「んだそれ? 黙ってりゃ、面の良い男なのによ。口を開くと馬鹿丸出しだぜ? コイツは、内の班の幽霊の南未有だ」
「へー。あっそ。幽霊なのは、見りゃ分かる。んじゃ、改めて夜露死苦ってヤツ? オレがイケメンだからって、取り憑くのはカンベンな? な、南ん?」
「は……はい」
「ケッ……! 取り憑くワケ、ねーだろ? 内の南は、良い幽霊なんだぜ?」
森に吹き抜ける風に木々の葉っぱが、ザワザワと揺れる。見上げると、夕刻の迫る黄昏の空。
樹の上の枝の葉っぱに隠れてるモリリンと来姫さんと僕。息をひそめるようにして。
僕は、少し空を見上げた後、視点をもとに戻す。
相変わらず、植物霊使いの花園君が、自分のイケメンぶりを鼻に掛けて話すのが、気に入らない白虎君。一目瞭然だ。
「おへー! キザったらし! おえっ! まだ、内の虎男の方がマシだわ」
「ふーむ。そう言うもんか? 人間のことは知らんが、神を敬うなら不問。バチ当たりな態度なら破門。畏怖の念でひれ伏せてやるわ……」
いちいち、ツーブロックの前髪を掻き上げて……その長身から流れるような視線を、幽霊の怜美さんと未有さんにポーズとって浴びせかける花園君。……ほんと、取り憑かれたって知らないよ?
その花園君の一挙手一投足に、いちいち「おえ、おえ!」って言う来姫さん。背中の、くノ一みたいなポニーテールが揺れて、ハラリ……と落ちた。モリリンは、静かにアゴらしき場所に手を当てて、神様の威厳みたいなのを誇示してるし。
でも、どうなんだろ? 本当に、隙あらば取り憑いちゃうのかな。花園君も浄霊師の卵なだけに、手強いとは想うけど。
んー。でも、怜美さんは、ともかく。南さん──未有さんは、どうなんだろ……。読めない。
それに、白虎君は、完全に未有さんを信用してるみたいだし。未有さんは、白虎君に『良い幽霊』なんて言われて、心の中で何て想ってるんだろう……。
白虎君が、その大きな虎みたいな腕で、幽霊の未有さんの背中に手を当てる仕草をすると──。やっぱり、未有さんは、黙ったまま静かに顔を森の地面に俯かせていた。同じ幽霊な怜美さんは、「ハハハ……」と、額のクロスした茶色の前髪を掻き上げて……苦笑いしてるみたいだったけど。
「ハー……。男の嫉妬ってヤツ? 見苦しいぜ、虎男? オレは洞窟での赤羽の件で学んだんだぜ? 成長しない男は……」
「は?」
どうも、花園君が、白虎君の様子に勘づいてか。あるいは、馬鹿って言われたことにカチン!と来てたのか──。
いつも通りと言うか、何て言うか、洞窟で戦闘しそうになった時みたいな空気が、二人の間に漂う。
どうして、こうなるんだろ? お互いに何か引っ掛かってるものでも、あるのかな……。
「ま、まあまあ! 二人ともっ! 班も組も違うけどさー。ここは仲良く協力してゴール目指さなぁい?」
「ハハ!! 怜美に言われなくってもよ? もとから、そのつもりな? 浄霊師のオレが幽霊のお前を援護してやるよ? どこぞの妖魔な虎男には、真似出来ない霊術嚙ましてな?」
「ハッ! もう、浄霊師気取りかよ? 基本霊力スキルの『イロハ』も知らねーくせに」
「白虎君、煽らない。協力……しよ? 幽霊も妖魔も関係ないよ。浄霊師の子だって……」
「チッ! まぁ……そうだがよ」
見た感じ──。浄霊師の花園君も、妖魔な白虎君も。さっきから、幽霊な子だからって、毛嫌いしていない。そのことに関しては、まぁ……来姫さんよりかは好感が持てるワケだけれども……。
「フン! 相手が幽霊でも、女だからって、二人ともデレデレしてるだけよっ!」
うっ……。ジェ、嫉妬……。それこそ、嫉妬だよ来姫さん……。
って、僕は喉まで出かかって、言うのを止めた。そんなこと、今、来姫さんに言ったら……。すんごい怒られそうな気がした。「ムキー!」って。猫みたいに、バリバリ!と、顔を引っ掻かれるかも知れない。知らないけど、そんな恐怖が僕の身を襲った。とてもじゃないけど、言えない。
「じゃ、頂上? さっさと、目指しちゃぉっか? チビっちゃいクリオネみたいなモリリンが出て来ないウチにさ?」
「おー! それなっ、怜美! けど、さっきから、いねーんだよ。不思議……じゃね?」
「ハッ! おおかた、生徒のヤツら全員、捕まっちまったんじゃねぇのか? けど、この辺は渓谷。川が近くにある。稜線からズレてるぜ?」
「……早くゴールしなきゃ、だね。射矢君も、来姫さんも気になる……よね」
「フーン! わざとらしっ!!」──と。
未有さんの言葉を聞いた来姫さんが、ソッポを向いて。僕とモリリンの隣で、頰を膨らませている。
……んー。僕としては、早く二人が仲直りして欲しいって想う。『黄泉がえりの契約』は気になるけれど、とりあえず取り憑かれない様に気をつけてれば良いワケだし。
ゴールした後にも、何かと一緒になる行事は控えてるワケだし。流石に、部屋は男女別々だろうけれど、なーんか、二人が同じ部屋になるかと想うと、僕は気が重い……。
「チッ! アイツら、舐めやがって……」
僕と来姫さんとの間で、赤い瞳を光らせたクリオネみたいなモリリンが──。神様が言うと、とんでもなく恐ろしく聞こえる言葉を発して。何やら、ブツブツと呪文の様に聞こえる言葉を呟き出した。
──ギョッ!とした僕と来姫さんが、間に居るモリリンを見て固まった。焦った様にポカンと口を四角に開けた来姫さん。その、まん丸な瞳が僕を見つめる。
「握、和魂……。洗、荒魂……。光モテナシ闇ニカエレ。言ノ葉ニホヘ色ハニホヘト。音ノ波ニホヘ君散ルホヘト。正ニ夢聞ク春ヒホ以往ハ、持チテ帰リシ我ナラ奈落ニ……。散!!」
く、クリオネみたいなモリリンの、と、とんでもなく凄まじい霊気が、た、高まっているっ!!
見境の無いデタラメなモリリンの半端ない霊力が──。森の空気を一変させて、樹々がザワめき鳥たちが飛び立ち、おまけに、雷雲みたいなのが、空を覆って急に暗くなるし……!! な、なんだ?! これはっ!?
(──ゴゴゴゴゴゴ……)
晴れ間が射していた黄昏の空に、暗闇の雲が急激に立ち込める。
山の中ともあって、一気に視界から明るさが消え去り、シーンとしてた森に風が吹き荒ぶ。
──と。ポツリポツリと雨粒のような雫が、お爺ちゃん校長先生の施してくれた僕の結界の上を伝って行った。
「ん? 雨……」
「ち、違っ! こ、これって」
「フッフ。そうじゃん。これは──」
僕の隣で赤い小さな瞳を光らせたクリオネみたいなモリリンが、ニヤリと笑う。
結界の上を流れる水滴のようなものを見つめて──。くノ一みたいな来姫さんの瞳が、また、まん丸になり、口が四角になった。
僕も、来姫さんのように開いた口が塞がらずに、鳩が豆鉄砲を喰らったみたいに目を見開いて驚いた。
「──雨の雫じゃないじゃん? これ。全部、オレじゃん?」
(──ザザザザ、ザァ……)
森の樹々の葉っぱについてる、たくさんの水滴。その透明な雨雫の小さな粒の中に、よく見ると目みたいな赤い小さな点々が見える。
そして、透明なはずの水滴が、なんかモゾモゾと動いている。こ、これって──。
「も、モリリン?! とっても、小さな!?」
「えっ!? ちょっ!!」
「『神技』の一つ、【大海嘯】じゃん? ま、鬼ごっこじゃんから、手加減してやったじゃんが?」
僕の隣で満足そうに、ニヤリと笑う神様のモリリン。アゴらしき場所に手を当てて。
けれども、今度は空の音とも違う、とてつもなく大きな地鳴りが森の地面に響いて。樹の上にいた僕と来姫さんが振り落とされそうなほど、身体ごと樹の枝の葉っぱと一緒に揺れていた。
(──ゴゴゴゴゴ……。ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!)
「あ? なんだっ!? 凄まじい霊気かよっ!! ゲリラ豪雨か? 違っ、地震?! って、なんだコレ!!」
「ぐっ!! ま、まさか、山崩れかっ!? モリリンの!!」
「見てよ、あれっ!!」
「山なのに……大洪水。みたいな──」
──そう。山なのに、大洪水……みたいな。
僕と来姫さん。そして、神様モリリンの視線の先に居る四人が。森の少し開けた場所で、雨宿りすることさえ出来ずに、そのまま滝のような雨──全部小さなモリリンの分身体──に打たれて、大地震のような山の震動に身動き取れずに立ち尽くしている。
けれども、四人ともお爺ちゃん校長先生の結界に守られてるから、小さなモリリンの粒が、傘に弾かれた雨粒みたいにして、森の地面に落下していた。
だけど──。
不気味な山の地鳴りとともに、だんだんと。小さなモリリンの粒が洪水みたいに森の地面に溜まって行く。とんでもなく凄まじいモリリンの霊力が……。質量が凄すぎて、結界ごと押し潰されそうな圧力を僕は感じた。
「クックックッ!! このまま、お前らの言う合宿先のゴールとやらに、押し上げてやるじゃん? この小童どもめがっ!!」
──モリリンは、神様の威厳を保つために……。山に残る生徒の子たち全員を、合宿先のゴールまで押し上げる気だ。まだ、誰もモリリンの追跡を躱してゴール出来てない。たぶんだけど、これで神様モリリンの勝ちが確定する。そんな予感がした。
「(ちょっと!)」
「(え?)」
「(モリリンの『タンマ』って、いつまで続くのよ?)」
「(あ! そ、そっか! これは、まだ『鬼ごっこ』の最中で……)」
「(そうよ。ウカウカしてらんないわ……。今の隙に──)」
「(うん……)」
コソコソと。「ククク……」と、笑う神様モリリンの隙を見て。来姫さんが僕に耳打ちをする。
『タンマ』──神様モリリンと僕と来姫さんとの『鬼ごっこ』の中断──。そうだ。これは、鬼ごっこの最中の特別ルール『タンマ』であって、モリリンとの鬼ごっこに決着がついてたワケじゃない。
たぶん、遅かれ早かれ、そのことに気づいた神様モリリンは、僕らを再び捕まえようと追いかけて──。
「行くよ! 射矢君っ!!」
「え、えっ?! あ、うんっ!!」
「なーっ!? お、お前らまで……。特別扱いしてやろうかと想ってたじゃんが、逃げる気か?」
いやいやいやっ!! モリリン? 『鬼ごっこ』を提案したのは、神様モリリンだょっ?!──なんて、言えなかった。
これは、『鬼ごっこ』。すんごく、すんごく、神様モリリンにツッコミたかったけれど。モリリンが僕と来姫さんを睨み付けた赤い瞳が、途轍もなく怖かった。大きなクリオネみたいな格好してるけど。
「こんのぉっ!! 裏切り者どもめぇっ! がぁぁっ!!」
(──ピカッ!! ズドドドドォォォォン!!)
落雷。本気のヤツだ。
瞬時にして、来姫さんの霊スキル『アヤトリ組み紐』に引っ張られたおかげで、飛び退いた僕と来姫さんは無事だった。お爺ちゃん校長先生の結界に守られていたとは言え、直撃してたら、どうなってたかは分からない。もといた樹の幹が、真っ二つにモリリンの落雷で割れて。ゴウゴウと炎を上げて燃え出した。
「ちょっ! モリリン、アタシらを殺す気っ?! 裏切り者って、どっちがよっ!!」
「そ、そうだよ、モリリン!! これは、遊びっ!! 『鬼ごっこ』でしょっ?!」
「ぐっ! ぐぅぅ……。け、けど、なんか、オレも、お前らと一緒に居たいじゃん!!」
大きなクリオネみたいなモリリンの赤い瞳に、小さな光の粒……。
あ、あれ? も、モリリン? もしかして、な、泣いてる──のかな……。
──と、その時。
違う樹の上に逃げてた僕と来姫さんの視線の先に。
小さな赤い瞳を光らせたクリオネみたいな神様モリリンの後ろで──。
モリリンの集合体とも言える森の大洪水に流される……花園君、白虎君、幽霊女子の怜美さんと未有さん──その姿を見た。
「い、射矢っ?! それに……」
「来姫……さん」
「A組の、二人っ?!」
「あ、赤羽……。そ、それと、洞窟の時に居た……」
大きな透明の巨大な手のようなモリリンの分身体に、結界ごと掴まれた四人の音声が、僕の耳もとのデバイスに響き渡る。
森の樹々を押しのける様にして──。透明なその巨大な波のような渦の塊が、どんどんと皆をゴール先の頂上へと押し上げて行く。
「ござ……ご、ざぁっ!!」
「み、御剣……君」
「ふ、二人とも、私……を守って」
(──ピピピ、ガー……)と。耳もとのデバイスが、もう一つの音声に反応して拾い上げた。
C組の、ござる忍者浄霊師の御剣君と、確か……満天君と青風さんの声だ。
「ぐっ……。ぐももも、も……」
「ふ、フンガー……」
同じA組の毬栗百足妖魔男子の子と、「フンガー!!」幽霊男子の子の声も直ぐに聞こえた。特徴的だったから、すぐ分かった。
それから、他の生徒の子たちの声も聞こえた。「キャーッ」とか「わーっ!」って。ザワザワと……僕の耳もとのデバイスを通して。
「しょ、植物霊……」
「は、花園っ!! ぐっ! タ、『猛虎変化』……。くっ!」
「だ、ダメ……。ち、力が、出ない」
「射矢君……来姫さん、ご、ごめん……」
その時。
僕は、耳もとのデバイスの音声の中で、ハッキリと聞いた。未有さんの声を。
きっと、こんな大波に呑まれている最中に嘘なんか言うはずが、無い……。そう、想った。
「キャーッ!!」
「え? う、わっ?!」
森の中の、あり得ない大津波。
本当の山崩れが起きてたなら、これくらい物凄い力に押し流されていたんだと想う。
波のような巨大なモリリンの本当の姿。透明なその海のような身体に包まれた瞬間、僕の視界が、真っ白に埋め尽くされた。
「お前ら……。いいヤツだったじゃんが……。気に入ってたじゃんが……」
白い波に運ばれる最中──僕は、モリリンの声を聞いた気がした。
意識が遠ざかる……。まるで、眠っている時みたいな。どうしてだろう……。




