第25話。鬼ごっこ④。
「やれやれじゃん? 『黄泉がえりの契約』はな……。まぁ良いかじゃん。それより、十数えるから、もっぺん逃げるじゃん? あの幽霊童も見つけてやるじゃん?」
森の樹々の奥へと消えるように──幽霊女子の未有さんの姿が、全く見えなくなってしまった後。
呆然と立ち尽くしてた僕に、振り返ると「えっへん!」と威張ったような格好のモリリン。
目と口を赤く光らせているけれど、クリオネみたいな姿だからか、なんだかあんまり神様の威厳と言うか貫禄みたいなのを感じられなかった。いや。それでも霊気は凄まじくて。流石は樹海の神様なんだって畏れ入る。
「み、未有さんを……ですか。それに、『黄泉がえりの契約』って、一体……。やっぱり、気になります」
「聞きたいかじゃん? オレに勝ったら教えてやるじゃん!!」
黄昏迫る黄色の空と雲。だんだんと空の青色も遠くに行ってしまいそうな寂しさ。
森の樹々の間をザザザ──と風が通り抜ける。
けれど、何だかんだ言って、目の前には森の神様のモリリンと、来姫さんが居る。南さん──未有さんのことは気になるけれど。
な、なんか、未有さんとのことを想うと寂しいけれど、そうだ……。僕は、この薄ヶ丘浄霊師中学校に来てから一人じゃない。合宿が始まってからもいろんなことあったし。こんなにも友達が出来たのは初めてなんだ。寂しくない。きっと、未有さんとのことも……。
「ら、来姫さん……」
「んん? な、何かな、射矢君? アハハ……」
「さっきは、僕のこと心配して……」
「あ、いいの、良いの! 気にしないで!! さ、モリリンに捕まらないように、さっさと逃げよ?」
さっきまでの未有さんとの気まずい空気を気にしていたんだろうか……。
来姫さんが、突然僕に話し掛けられて、なんか焦った様子で返事した。
──ふと、想う。
このままゴールを目指すべきか、未有さんを追い掛けるべきか。
班の子たちとの結束──。
なんか、数分前まで仲良かったのに、想わぬことでバラバラだ。それも、たったひと言で。
けど、来姫さんは、気づいてた。何かと知りたがり屋さんだし、委員長タイプにも見えるし。先生か誰かから聞いてたのかも知れない。
けれど、改めてしつこく来姫さんに聞くのも、何だか気が引ける。気になって仕方ないけれど。
「おぃっ! お前ら、鬼ごっこの続きじゃん?! 十数えるから、さっさと逃げるじゃん!! 十……九……」
わわわ……。モリリンのカウントダウンが始まった! どーしよう!!
来姫さんが、サササッと、頭のポニーテールをひとつに括り直してから、両の手のひらに赤いアヤトリ組み紐を霊力で抽出するのに集中している。未有さんとのことは、割り切ってるってことか。
僕は、直感だけど──。このまま未有さんを追いかけても逃げられてしまう気がした。なんだか、それも悲しいんだけど……。仲間なら、お腹割って話せるのが本当だろうに、そうは簡単に行かないのかな……。
「今は集中だよ。射矢君。あの子の裏切り行為は実戦なら厳罰対象。三人一組の任務は失敗。けど、想定外も想定して任務完遂させなきゃね?」
「はわわわ……。な、仲間の裏切り? げ、厳罰って?!」
「そうよ。浄霊師の世界は何が起こるか分からない。厳しいんだよ? 妖魔の子たちと手を組むとか、未だに軋轢や差別があるわ。ましてや、幽霊と仲良くするなんて。広く解釈するなら幽霊も悪魔よ? 契約で使役するのじゃなく同等にって難しいわ? けど、それがこの学校の新しい試みで、教育の理念なんだろうけど……」
なんか……来姫さんの本音が一気に溢れ出た気がする。それに、言ってることが先生みたいだ。
うん。浄霊師や妖魔──悪魔とか悪い霊と戦うこの世界は厳しいんだって、それは色んな人から聞かされて知ってた。
けれども、来姫さんは浄霊師の家系だからか、僕とは違って覚悟が凄い。僕も見習わなきゃ……。一般家庭の普通の親に育てられた僕は、まだまだヒヨッコの甘ちゃん中学一年生なんだって、改めて想う。
ふと隣を見ると──。来姫さんが何かを狙うように、大きな瞳を鋭く光らせている。赤いアヤトリ組み紐を霊力で風にのせるみたいにして、遠隔操作しようとしている気配を感じた。
「三……二……一……」
ハッ!! い、イケない!! か、カウントダウンが……!! もう、すぐそこまで、迫って──。あぁ……。
「射矢君! 手っ!!」
──咄嗟に。
僕の目の前に差し出された来姫さんの『手』……。
赤いジャージ服姿に背中の長いポニーテールを風に浮かせ、僕へと振り向いた──来姫さんの有無を言わせない眼光が、狼狽える僕の迷いを吹っ切らせた。
僕は、来姫さんの『手』を想わず掴むしか無かった。
「行っくよー!!」
「え?」
「ゼロ……じゃん?」
「『古式、組み紐術式』!!【地走りアヤトリ乱舞】!!」
樹海の大きな樹の幹に顔を伏せてカウントダウンしてたモリリンが、赤い口と目を光らせて僕らに振り向いた瞬間──。
飛んでいた。僕と来姫さんが。それも、スレスレの地面を低空飛行で突っ切る様にして。
まるで、来姫さんの手から放たれた赤い紐状の霊力が超高速で巻き取られて行く。
(──ギャルルルル!! バヒュン……!!)
「ぎゃわわわ!! はうぅぅっ!! ひぇぇぇっ!!」
それは、僕の漏れ出た変な声を置き去りにするほどの物凄いスピードで。
来姫さんと僕の手が、風圧で離れそうなほど……凄まじい勢いを感じた。
この樹海の神様ことモリリンのクリオネ姿が、どんどん森の奥の影へと消えるように小さくなって離れてく。今、来姫さんの手を離したら、もう僕の霊力だけじゃ、アッと言う間にモリリンに捕まっちゃう!!
(──そうだ……。霊力スキルの基本技【憑】だ……)
未有さんとのことが気になるけれど。今は、集中しなきゃだ。
少し前に掴みかけてた基本霊力スキルの【憑】の感覚を想い出しつつ──僕は、来姫さんの『手』の霊力に僕の霊力を混じり込ませるように、くっつけてみた。
それは、寄り添うように。もう少し言えば、何だろ……さも取り憑くかのように? かな……。
「な、何?! この感覚!? って、射矢君?! そうか。ハッハーン、なるほど……。分かった! あの子、射矢君のこの霊力を見抜いて、取り憑こうとしてたんだ……」
「な、何?! どゆことっ!?」
「詳しい話は、後よ? 今は、それどころじゃあないっ!」
「ひぇぇぇっ!!」
更にアヤトリ組み紐の霊力の術式で、加速する来姫さん。
けど──。
どんどん、モリリンから離れてくのを目にして。未有さんが居なくなった場所が見えなくなって。
『黄泉がえりの契約』のこともそうだけど……。
未有さんを今追いかけないと、ずっともう傍に居れなくて、何処か未有さんが遠くへ行ってしまう気がした。そんな変な霊感なのか直感なのか、よく分かんないのが、僕の頭の中をよぎった。
「ハハ……。来姫さん、ごめん。やっぱ僕、行かなきゃ……」
「え? い、射矢君?!」
「捕まるとか捕まらないとかじゃないんだ。これは、鬼ごっこ。ただのゲーム。けれど、未有さんをこのまま放っとくと、もう会えない気がするんだ……。僕は、捕まっても構わないから」
「ちょっ! 射矢君?!」
そうやって──。
パッ……と、僕が来姫さんの手を離した瞬間。
物凄い風圧が僕を襲い、今度は来姫さんと真逆の遥か後方へとぶっ飛ばされ──。
(──ギュルルルルル!!)
「ごぶふぇっ!! ふごももももも!!?」
「な?! 何かが、ぶっ飛んでったじゃん?!」
追いかけて来たモリリンを通り越し、もとの場所を通り越し。
まるでパチンコ玉が弾かれるみたいにして、僕は何処だかよく分からない森の茂みに突っ込んだ。
──それから、ボールみたいに何回かバウンドして何処かの樹の枝に引っ掛かった。お爺ちゃん校長先生の結界に守られてて良かった。とんでもない状況だったのに、身体は無傷だ。流石のモリリンも僕を見失ったみたいだった。
「おふぇ……。目が、目が回る……」
「シッ! 静かにしてろじゃん、童!!」
「ぎょぇっ?! も、モリリン!? じゃない、神様っ!?」
「モリリンで良いじゃん? てか、あそこ見てみろじゃん?」
「え?」
モリリン?! い、居たの?! てか、鬼ごっこ……。
洗濯物が物干しざおに干されるが如く、樹にぶら下がっていた僕。その隣で探偵のような鋭い目つきで赤く眼を光らせているモリリン。無いはずのアゴの辺りに手をやり、何か様子を伺うような感じで僕を捕まえる気配が一向に無い。
「あ、あの? 鬼ごっこ……」
「今は、タンマにしといてやるじゃん。それより、あそこを見るじゃん!」
「ほえ?」
モリリンの指差す先──いや、モリリンに指は無いんだけど。そっと……モリリンが手を向けた森の茂みの中に、誰かが居た。
遠くて見えづらいけれど、あれは──幽霊女子の南さん? いや、確かに未有さんだ……。僕の視力は2.0なのだ。
未有さんは未有さんなんだけど、他にもう一人……んん? 誰か、誰かが居る!!
しかも、あの気配は──ゆ、幽霊、だ……。
何かを未有さんと話してる様子だけど、流石に声までは聴き取れない。
と、その時──。
(──ピピピピ……ザザ、ガー……)
僕の耳もとのデバイスが何故か反応し、何か音のような声みたいなのを幽かに拾い上げた。
音は小さいけれど、耳を澄ましてるとなんとか聞こえる。どうやら、二人の話し声のようだ。
未有さんの向かい側に立つボンヤリとした姿のその幽霊──。女の子みたいだ。
セミロングって言うのか、肩にかかる茶色の髪先。
未有さんほども長くは無い前髪が、鼻先でクロスしている。
そして、未有さんの着ているセーラー服とは違う、ミニスカートにブレザーと、僕らの学校とは違う何処かの学校の制服を着ていた。
けれど……。
もしかしたら、合宿中の僕ら薄ヶ丘浄霊師中学の子なのかも知れない。幽霊の子とは言え、こんな樹海の真っ只中に居るわけだし。
それに、幽霊の子たちだけ、僕らみたいな組ごとに色分けされたジャージ服は着てない。幽霊の子たちは、学校の履修科目を経て、イメージで姿を変えれるようになるらしいからだ。
未有さんの儚げな表情と小さな背格好より、その幽霊の女の子の方が、背が高くて大きな瞳に鋭い眼光があった。
そして、耳もとに光る小さな……んん? ど、どうも、ピアスってヤツなのかな? 幽霊の子なのに、アハハ……。お、お洒落さんなのかな……。
「未有……。そっちは、どうよ? 計画どおり進んでる? 憑依融合率は?」
「……ま、まあまあ、だったけど。だ、ダメ……かな」
未有さんの向かい側に立つ幽霊な女の子が、腕組みをしながら鋭い大きな目を光らせている。時々、肩にかかるセミロングの茶色の髪を掻き上げては、未有さんを横目に「ハーッ」と、深い溜め息をつきながら。
けれども、未有さんは、僕らの時と同じように──相変わらず長い黒の前髪で顔を覆い隠すように俯いたままで……。
そ、それにしても『計画どおり』? 『憑依融合率』?! な、何だっ?! 幽霊の子たちだけ知ってるのかっ?!
知りたがりの来姫さんなら、何か知ってるのかもだけど。来姫さんは、僕と未有さんを追っては来ていないみたいだった。
寂しいような風が、黄昏の空から吹く。樹海のこの森の何処か。
樹の枝にぶら下がる僕と神様モリリンは、未有さんとその幽霊な女の子の会話に、ひたすら息を呑んでは耳を澄ましていた──。




