第24話。鬼ごっこ③。
「あのさ、『結束力高めるために下の名前で呼び合う』って提案。後ろめたくないの? 射矢君にやろうとしてる事ってさ──」
「ご、ごめん……」
「だよね? このままじゃ、結束力どころか……。今でもなんか、ヒビ入っちゃってるよ? 特に私、南さんのこと、下の名前でなんか呼びたくないかな」
(──え? 何これ? すんごい二人の仲……悪くない?)
樹海の中をヒュンヒュン──と。
赤い『アヤトリ組み紐』を自由自在に操り、忍者のように枝から枝へと飛ぶ来姫さん。それに、特別な霊力を隠し持っていたのか、相当な飛行霊力で変幻自在に飛ぶ未有さん。二人の風を切るような素早さは、なかなかのものだけど……。
その姿が、僕のグルグル回る結界の中で、デバイスから映し出される画面越しに見える。
けれども、なんだかとっても二人の空気が……。
「……なんか、言いなよ?」
「言いたく、無いかな……」
「あっそ」
画面越しだけど、二人を見てると本当に気まずい。会話だけ僕の耳もとのデバイスを通してクリアに聞こえるから、余計にだ。
時々、二人の前にクリオネみたいな小さな神様──モリリンが、森の陰から出て来るけど。まるで、ゲームの中のプレイヤーが凄腕スキルで難無く躱して行く感じで。気まずいまま、無言でモリリンを躱す二人の姿は、音の無いゲーム動画を見てるみたいだった。
直線的なスピードは『不死鳥変化』の紅さんの方が速い。けど、ヒラヒラと木の葉が舞うような素早い二人の動きに、モリリンの方が「ま、待てじゃん!」とか言って、翻弄されている。
とは言え、未有さんと来姫さん──二人が互いに牽制しあうように樹海の中を飛んでいるのか、近づいては離れてを繰り返して、何か言葉のきっかけを探しているようにも見えた。
「このままじゃ、信用回復出来ないよ? 射矢君には、まだ知られてないみたいだけど」
「そうだね……」
(──いや、聞こえてるんですけど……。聞こえてなかった方が、まだマシだったよ……)
ある意味、気持ちだけなら、未有さんに僕も翻弄されてしまっている。
来姫さんが言ってたように。僕もショックだった……。
『黄泉がえりの契約』──そこまでは、良い。
幽霊女子の未有さんの生き返りの手伝いが出来るなら、信じがたいけれど、未有さんが言うのならって。僕は、別にかまわない。
だけど、未成熟の魂がどうとか、心配とか──って、何?
来姫さんは、僕の知らないことを知ってたみたいで。それを言われた未有さんの方も謝っちゃってるし。……何? どう言うこと?
もしかしたら、僕は……。思い返せば好意のようなものを、南さん──未有さんから感じていたのか……。心当たりはある。それに、あまり言いたくはないけど、僕も──。そう言うの、感じていたのかも知れない。言葉に詰まる。
──それにしても。
そんなことを考えてたら、頭の中でグルグルと言葉が回り始めて。ただでさえ、視界もグルグル回って、気持ち悪い……のに。
「げ、限界だ……。ダメだ、目がっ! 目が、回るぅーー!!」
樹海の何処の上空なのか、見当もつかないまま──。結界ごと激しく空転していた僕は。
あろうことか、心の内なるものを吐き出すように、未有さんと来姫さんの居る辺りに落下してしまった。
(──ギャルルルル!! ズドォォォォォン!!)
「ギャッ!!」
「キャッ!!」
「ごぶふぇぇ……」
まるで、雷でも落ちたかのように……。
モウモウと辺りに白い煙が立ち込め、太い樹の幹が黒く焦げたように割れている。
そして、地面には山の斜面の土や岩が露出していて──僕だけが、月面のクレーターのような半球体の凹みに、埋まるように沈んでいた。
「アハ。アハハ……。やぁ。ど、どうも。射矢です。ウップ! ぐぇぇ……」
「射矢君っ!!」
「赤羽君……違っ。射矢……君」
なんだか、雰囲気の悪かった二人の間に、無理矢理割って入ったような感じになってしまって。
流石の二人も、いったん鬼ごっこのことを忘れたかのように、口をポカンと開けて立ち止まっていた。
驚いた顔の来姫さんと未有さん。二人の髪の先端が、僕から仰向けに見えた黄昏の空に揺れている。
だけど、二人の後を追っていたクリオネみたいなモリリンの小さな霊気が、複数体。赤い眼と口をキラリと光らせて、フワリフワリと浮いているのが遠目に見えた。
「ちょこまかと、すばしっこいヤツらめ。ようやく、じゃん? 捕まえ……」
「ちょっ、タンマぁ!!」
「え? じゃん?」
──『タンマ』。
僕らの地域で、遊んでた時によく聞いた言葉だ。意味は、『ちょっと、待って!』。けど、僕は、小さい時から気味悪がられてて、友だちに遊んでもらったことがない。うらやましくて、遠く離れた場所から見てただけで。そんな言葉をよく聞いてた。今みたいな、黄昏の空の下で。膝を抱えて。
「え? 何、じゃん! タンマって、何じゃん?!」
「だから、タンマよぉっ!! ちょっと、待って!!」
赤いジャージ服の背中に、ポニーテールを振り乱して叫ぶ来姫さん。
樹海の神様モリリンに、かなり強めに『タンマ』を言い放ったもんだから、モリリンの方も「え?」ってなって、びっくり驚いて宙に浮いたまま固まってしまった。
幽霊女子の未有さんは、僕の隕石のような空からの落下と、来姫さんの矢を射るような声に更に驚いて──可愛く口もとを抑えたまま大きな黒い瞳を見開いて、長い睫毛をパチクリ! フワフワと浮いている。けど──。
疑問とか不安とか。未有さんの今までの行動に色々と思うところが、あって。僕には……。だから、今は可愛く無いって想う。うん。未有さんは、可愛く無い。
「ちょ、一体、どう言う事なんだいっ?! 南さん!! じゃない、未有さん?! う、うぇっぷ……」
「聞こえてたの?」
「うっ……。そ、それは」
「ごめん……」
「え? いや、あの、その……。うっぷ。ハァハァ……」
森の地面に埋まってた僕は、ヨロヨロと……。
重たい身体を引きずるように起こして、何とか立ち上がった。
「うぅっ……。ほ、本当のことを、教えて欲しいかな? 未有さん……」
「本当のこと? 前にも話したとおりだよ。射矢君……」
僕と幽霊女子の未有さんとの間に、寂しい風が吹く。
森の樹々と葉っぱが、ザザザ──っと、ざわめくように揺れた。
なんか、寂しかった。え? 僕と未有さんて、こんなもんだったの?
「射矢君。南さん──未有さんからは離れた方が良いよ。やっぱり、生きてる人間と幽霊とじゃ分かり合えない」
「ら、来姫……さん」
驚いた僕は、未有さんを見てから来姫さんを見た。
風に揺れる未有さんのセーラー服のリボンと腰まで届く背中の黒髪。けれども、未有さんは、僕を見ないように俯いたまま。長い前髪が、顔を見れないように覆い隠していた。
来姫さんも、A組の赤いジャージ姿に未有さんを見ないように、プイッと横顔を向けて。背中の一つ括りにしたポニーテールが、風に靡いていた。
「おいおい! なんか、揉めてるじゃん?」
「も、モリリン……。い、いえ、神様……その」
僕は、鬼ごっこを忘れて──。かくかくしかじかと、これまでの経緯を説明して、『黄泉がえりの契約』について、神様であるモリリンに聞こうとした。けど、躊躇った。
「軽々にものを申すなじゃん?」とか、モリリンも言ってたし。い、良いんだろうか。
僕は、なんだか神様であるモリリンが畏れ多くて……。両手の拳を握りしめて、口を噤んだまま森の地面を見て俯いた。
「なんだ? 童? 言うてみ? お前の霊気は美味じゃから、聞いてやる」
「え? い、良いんですか?」
小さく分裂していたクリオネみたいなモリリンの身体が、どんどん集まって来て。僕らとさほど変わらない普通サイズくらいの大きさになった。ちょっと、重そうな身体をズシーン……と腕組みして、森の土の上に座ったモリリン。ブワリと風が吹いて、またもや森の樹々がざわめいた。
僕は、チラリと、未有さんと来姫さんを横目で見たけれど。相変わらず、未有さんは俯いてて、来姫さんはソッポを向いたまま。
「フーン。待て待て、童。皆まで言うなじゃん? ワシが神通力で当ててやる」
『オレ』って言ってたモリリンが、神様っぽく『ワシ』って言ってるし……。
「ふむふむ、ふんふん……」と、独り言を言うようにして、うなずき始めたモリリン。
何かが閃いたように、パーにした左の手のひらにグーの右手をパチリ!と突然のせ、赤い眼と口が、より一層キラリと赤く光った。
「おい! そこの幽霊の童!!」
「は……はいっ!!」
突然──。ビシッ!と、未有さんの方へと指差したモリリン。
いきなりのことで、びっくりした未有さんが、フワリと浮くのをやめて、地面に突っ立ったまま固まった。まるで、金縛りにでも遭ったみたいにして。
けれど、僕も来姫さんもモリリンの声にビクッ!と驚いて、二人とも視線は未有さんへと釘付けになってしまった。
「お前、アレだの? 生への未練が強いじゃん? 取り憑かれた人間がどうなるか分かってるかじゃん?」
「そ、それは……」
途中まで何かを言いかけた未有さんが、突然ガバッと顔を上げたかと思うと。未有さんは、唇を噛むようにして、目にはたくさんの涙を浮かべていた。
それから──。
未有さんが、急に身を翻して、ダッ!と森の土を足で蹴るように駆けだした瞬間。未有さんの背中の黒髪が身体ごとフワリと浮いて。樹海の奥の樹々の陰の中へと、風とともに消えてしまった。
「未有さん!!」
僕は手を伸ばして叫んだけれど──。その時には、未有さんの姿は、もう無かった……。




