第23話。鬼ごっこ②。
「わ!? ちょ、これ、どうなってんの!!」
樹海の木々の間を、ザザザ──と、風が通り抜ける。
ふと、視界には、薄黄色く色褪せた黄昏時の空が目に飛び込む。
かと想いきや──、森の土の茶色や葉っぱの緑がグルグルと回って。僕は……。
風が吹いてたせいなのか、なんだか、ボールみたいに転々と。風で押し上げられるみたいにして、樹海の斜面を転がり上がっていた。
そう──。落ちるんじゃなくって、転がりながら昇ってたんだ。この鬱蒼と茂る森の樹の枝や、石ころや岩だらけの地面に当たるたび、跳ね返るようにしてポンポンと。
「赤羽! じゃねぇ、射矢! って、呼びにくいぜ。あ! アイツ、ボールか風船みたいに、飛んでったぜ?」
「んー。射矢君って、相変わらず未知ね。不器用なんだか、器用なんだか」
「射……矢君、霊力空回り。けど、凄い勢い。結界ごと飛んでる」
お爺ちゃん校長先生の結界に守られた僕以外の三人が──。
「大山君……は白虎君。轟さんは……えと、何だっけ? 来姫さん? 南さんは未有……さん。って、ふわわ! 目が、目が回る!」
──グルグル回る視界の中で、グルグル回る班の子たちの下の名前とともに、僕から遠ざかっていく。いや、僕がドンドンと皆から遠ざかって……。
「なんだ、お前? 面白いヤツ。捕まえ……」
「ギャッ!! クリオネお化け!!」
「お化けじゃないじゃん! 神様じゃん! 痛ッ!!」
突然──。空と森が逆さまにグルグル回る視界の中、手のひらサイズほどになった森の神様ことモリリンが、小さなクリオネのような姿で、目と口を赤く光らせて、僕の目の前に現れた。
驚き過ぎた僕は、お爺ちゃん校長先生が施してくれた結界の中で更に激しく回転を増し──、クリオネみたいなモリリンが僕に触れようとした瞬間「バチッ!」と弾いて、更に空へと高く樹海の斜面を駆け上がった。
「ひぃえぇぇっ!!」
ぐるんぐるん回る結界の中で、僕は、突然──黄昏迫る空へと放り出された。
空には、B組の火の鳥妖魔女子──紅さんが『不死鳥変化』させた姿で、もう一体の分裂した空飛ぶ小さなクリオネこと森の神様モリリンから、逃げ切るように身を翻して、猛スピードで飛んでいた。
前とは違って今回は、ちゃんとB組の黒のジャージ服を着ていた紅さん。けれども、ジャージ服を着たまま『不死鳥変化』してるせいか、心なしか窮屈そうで飛びにくそうだった。
追いかけるクリオネみたいな神様──モリリンの目と口が僕の時みたいに赤く光る。
「(ピピピ、ガー……)先ほどは失礼! アクマで生徒を見守る紳士! ピピ郎先生が、華麗に参上っ!!」
ぐるぐる回る僕の耳のデバイス音──。まるで、一番近くの声を拾うようにして響いた声。
黄昏の空をコウモリのような影が飛ぶ。ピピ郎先生だ。
「あー! もう、捕まっちゃうよ! ピピ郎先生、助けて! 空からブッチギリの一位狙ってたのにー!!」
「フハハハ!! 安心されたし! B組が可憐なる美少女、紅クン!! 森の神ことモリリンに捕まっても合宿先であるゴールに連れて行かれるだけ!! 鬼ごっこのテイですから! 私、ピピ郎先生も捕まるワケにはゆかぬのデス!! アディオス!!」
「び、美少女……。って、ちょ、もぉー!! ピピ郎先生っ!! って、え? 赤羽君?! キャッ!!」
「捕まえた……。じゃん?」
螺旋を描くカタチで、夕焼けに染まり始めた空を潜り抜けるように赤く飛ぶ──紅さんの燃えるような不死鳥の姿。それを更に上回るスピードで、華麗に滑空する吸血鬼なピピ郎先生が、紅さんを追い抜いた。
その瞬間──。
ぐるぐる回る結界の中で、僕と不死鳥姿の紅さんの目がピタリ!と合った。
けれども、その一瞬の隙を突くカタチで、モリリンのクリオネの手が「ピト……」と、紅さんの不死鳥の尻尾の先にくっついていた。
「イヤ! ちょ、もう、何なのよ、アンタ!! 離してっ!!」
「ぐぇっ!! い、いや、暴れるなじゃん!? こ、これは、鬼ごっこじゃん!! 小童!!」
「小童じゃない! 美少女よっ!!」
僕と同じようにお爺ちゃん校長先生の結界で守られてる紅さんだったけど。弾かれることなく、森の神様モリリンの小さなクリオネの手に抱きつかれるように捕まって──。
そのまま「ススス……」と、山頂にある合宿先へと黄昏の空に消えるように連れられていってしまった。
変身が解けて、俯いた紅さんの赤い前髪が、夕日が沈み始めた空の風に揺れていた。
♢
「ぎゃ、うぉぉぉっ!! え?」
黄昏迫る空に打ち上げられ──。お爺ちゃん校長先生の施してくれた結界とともに回転していた僕だったけど……。
あたふた、ワチャワチャと、混乱してたら──たまたま僕の手が耳もとのデバイスの小さなスイッチに「ピッ!」と触れたのか、突然、ホログラムの四角い画面が絶賛回転中の僕の目の前に浮かび上がった。
回転しながらも、僕の視覚を追うようにして映る画面。耳のデバイスが僕と一緒に回転しているせいなのか、回ってても画面の中の映像を見ることが出来た。
分割された画面の中に、えと……。白虎君、来姫さん、未有さんが居た。呼びにくい……。
「(ピッ!ガガ……)おい! 赤羽……ちがっ! 射矢!! 何処いやがるっ!!」
「(ピッ!ガガ……)あ、い、今は空だよ、空!! 大山君……じゃない、白虎君!!」
「空だぁ?! こっちも、轟……来姫と、南未有と、散り散りになっちまったぜ!!」
結局、フルネームで呼んでるし。大山白虎君。僕だって、呼び慣れなくて恥ずかしいし……。
けれど、さっき僕が居た場所かは分からないけど、うん……白虎君が、爆発のような土煙を上げながら森の中を突き進んでいるのが、ホログラムのような画面に映っていた。腕だけ猛虎変化させた技──『大腕爆破』だ。
「チッ! 山頂のゴールまで妖力が持つか分からねぇぜっ!! クリオネの野郎、凄ぇスピードのくせして、小さくて何処から来るのか分からねぇ!!」
「白虎君!! 後ろっ!!」
「何っ!?」
「つーかまえた! つかまえたっ! 妖、虎童の美味な妖力!!」
(──ザン……)
瞬間、後ろを取られた白虎君の背後に現れた影。
まるで、クリオネみたいな森の神様モリリンと、腕だけ巨大な虎みたいな白虎君との間に──。「ピシッ!」と、鞭のようなものがしなり、クリオネ神様モリリンの小さな身体を遮った。
「な、何ヤツじゃん?!」
「あれ、大山? ハハ。図体デカ過ぎて苦労してるんじゃねーの?」
「ゲッ! は、花園っ!! な、なんで、お前が居んだよ……」
「は? オメーの為じゃねぇよ。覚醒した俺の霊力が許さねーんだよ」
「ハァ? 誰も助けろなんて、言った覚えはねぇけどな?」
「む、無視するなじゃん……。お、俺、モリリン。神様じゃん……」
弾かれた衝撃と無視されたせいか、クリオネお化けみたいな小さなモリリンが、森の樹の影に佇むようにフワフワと、寂しげに浮いていた。
そんな最中──。見覚のあるスラッとした長身、韓流イケメンアイドルみたいな顔。植物霊使いのサラブレッド浄霊師。花園君だ。いつものスカした表情で、白虎君の目の前に立っている。
そして、モリリンが弾かれた時の衝撃で、地面に片膝ついて座り込む白虎君。何だか、納得のいかない様子で、虎みたいな鋭い目つきを花園君に向けて睨んでいた。
たぶん、弾いたのは、花園君の召喚した植物霊の蔦か蔓だと思う。
「さっき、紅のヤツが捕まった。お前らは、どーしたよ? なんか、A組とかB組とか関係なしに、クリオネ野郎に捕まんのって、シャクじゃね?」
「んだよ……。お前にしちゃ、まともだな。気味が悪いぜ?」
それにしても──、森の神様モリリンの小さなクリオネみたいな分身体は、そこかしこに居る。
今でも「キャーッ!」とか「ワーッ!」って、叫び声とともに、森の中や空を──分身体のモリリンに連れられていく生徒の子たちが、たくさん見える。浄霊師や妖魔の子、それに幽霊の子たちは比較的たくさん捕まっていたみたいだ。
(──ガガガ。ピー……)
その時、分割されたホログラムのような画面の下の方。
そう……。うん。
未有さんと、来姫さんが、並行するように森の中を突き進んでいた。
「二人きりだから言うけど。未有さんって、射矢君に取り憑こうとしてる?」
「……え?」
「黄泉がえりの契約──」
「──知っ……てたの」
「未成熟の魂。成人してたら、ともかく。射矢君は、私たちと同い年。心配だよ……」
「そ、それは……」
まるで、樹海の樹々の中を──ターザンロープのように赤い『アヤトリ組み紐』を霊力で這わせて、忍者のように飛びながら移動する来姫さん。
その隣で、涼しい顔した未有さんが、事も無げに小さなクリオネのモリリンの追跡を躱しながら飛んでいた。
二人とも、凄い。だけど──。
デバイスのスイッチは切られて無くて。たぶん、もしかしたら、白虎君にも聞こえてる?
こ、これは、鬼ごっこよりも──、い、一大事なのかも知れない……。




