第22話。鬼ごっこ①。
「クハッ! 鬼ごっこ! 良いでしょう! 例え神とて、このピピ郎は捕らえきれないはず!」
「フッ……。面白い趣向だ。余興にはちょうど良い。敢えて、その鬼ごっことやらに参加しようではないか?」
樹海の主こと、この森の神様であるモリリンに、ビシッ!と指差して宣戦布告のような仁王立ちのポーズをとるピピ郎先生──。
と、他の先生たちに馬乗りにされても尚、首をもたげた白銀先生が不敵に笑う。
い、いや。森の神様ことモリリンも、生徒の子たち皆に提案したんだと想うんだけど。大人の先生たちも参加するの?! こ、子どもの遊び……。アハハ……。僕でさえ、今さら感が強いのに。
「なんだ? 鬼ごっこ舐めるなじゃん? オマエらも、神であるオレ様に遊んでもらいたかったじゃん?」
「ククク……。例え子どもの遊びでも、プライドが許しませんからねぇ?」
「私の剣技が児戯に等しいとでも? フッ……。後悔するが良い」
吸血鬼みたいなピピ郎先生と、言ってることが何処かの魔王みたいな白銀先生。
なんか、二人とも完全に戦闘モードに入っちゃってんのか、会話が噛み合ってない。ハァ……。どうして、ウチの先生たちは、いつもいつも……。
い、いや。それより、モリリン、怒ってないよね? な、なんか、怖い……。バチ当たりなウチの先生たちを、どうか許して! うぅっ……。もぅっ! なんなんだ、一体っ?!
吸血鬼なピピ郎先生の目が赤く光り、風なんて吹いて無いはずなのに、白銀先生の長い金色の髪の毛が逆巻いている。
これじゃあ、なんだか悪魔対神様みたいじゃないかっ!
ほんと、これでよく教師が務まるな──なんて、ホログラムのように宙に浮かぶ画面を見てて想う。
「あら、白銀先生? 教師同士の生徒たちを守り抜く課題は頭に無いのかしら? ピピ郎先生と同レベルじゃ評価は望めないわ?」
「ピピちゃんは、ともかくさ。白銀先生まで自分を見失うなんてさ。ビックリしたワケさ」
「んー。残念だけど、白銀先生はもっと生徒に愛情のある人だと想ってたよ? 生徒の子たちより自分が大事?」
そう。そうだよ! ここで、ようやく白銀先生を止める先生らしい発言が、先生たちから飛び出した。でも、こんなとこ映してたら、生徒の子たちの信頼に関わると想うんだけどな。でも、もう遅いよね……。
先生たちの間に流れる沈黙の時間──。
しばらくすると、白銀先生の金色の長い髪の毛が、フワリと青色の背中のジャージに落ちて、銀色の大剣の鞘に覆いかぶさった。
それから──。三人の先生たちは、白銀先生に馬乗りになってたのをやめて、黒井戸先生もヴィシュヌヴァ先生も叶先生も、悲しげな表情で白銀先生を見ていた。もう争いはやめようって言ってるみたいに。
全く相手にされなかったピピ郎先生は、どうしたら良いのか分からない様子でオロオロと立ち尽くしていた。ピピ郎先生の赤い目の光が消えて、ピピ郎先生も、なんだかちょっぴり可哀想だった。しゅん……としている。
「ぐっ! す、すまぬ。確かに。私が、どうかしていた。すまぬ! 生徒たちよ! 私は、私は……。生徒たちを愛して……。くっ! 愛している!! 生徒が、一番大事だ……」
ポタリポタリと──。白銀先生の涙が落ちてた。背中の大剣を背負ったまま。祠の地面に手をついて白銀先生が泣いてた。金色の長い髪の毛が、サラサラと光って見えた。僕は、なんだか、これで良かったんだって想えた。
「めでたしめでたしじゃの。白銀先生の心の成長、しかと見届けさせてもらったわい!! のぉ、楓くん?」
「ハァ……。私は、校長が一番心配ですが? まあ、何にしても良かったですよ。ピピ郎には、後でガツンと言っておきます。それより、樹海の神が退屈そうにしてますが?」
フッ……と、川岸教頭先生が、首もとの赤いネクタイをキュッと締めながら、ちんちくりんのお爺ちゃん校長先生に視線を下ろして笑っていた。お爺ちゃん校長先生も腰に手を当てて、なんだか嬉しそうに教頭先生の顔を見上げて笑った。
そして──。
白銀先生は、黒井戸先生とヴィシュヌヴァ先生と叶先生の三人に抱きしめられて泣いていた。
真ん中に、白銀先生。それから、叶先生、黒井戸先生、ヴィシュヌヴァ先生……。
「うっ、うわぁぁぁん……!!」
「よしよし。良い子、良い子」
「こっちまで、泣けてきちゃうわ」
「大丈夫。大丈夫だよ、しろがねっち……」
そんなこんなで、悪魔対神様みたいな緊張した場面は、幕を下ろした──。
そう言えば、黒井戸先生は二十歳だけど、叶先生も白銀先生も、まだ僕らと同じ未成年で十代だった気がする。ヴィシュヌヴァ先生は……一体、何歳だろ?
「なぁ……。みんな、神様であるオレ様のこと忘れてないかじゃん……?」
♢
「おいっ! 赤羽っ! 鬼ごっこだってよ! 楽しそうだよなっ?!」
「ハハ……。そ、そうだね。大山君……」
「赤羽君。目が笑ってない」
「ハァッ……。もう、どうして、アンタは、馬鹿なの? 今から森のオバケみたいな神様に追い回されるんだよ? 嫌んなっちゃう……」
んー。
大山君のことを悪く言う轟さんだけど、ピピ郎先生と白銀先生のことは気にならない? スルーなのかな? アハハ……。だいぶ、轟さんの先生たちへの半端ないリスペクト感が伝わって来るよ……。
ダンダン!と、大きな身体を揺らしてブンブン!腕を振り回す大山君。迂闊に近寄るとフッ飛ばされそうだ。けど、いつだって元気な大山君は頼もしい。
けれども、幽霊女子の南さんは相変わらず。至って冷静沈着。フワフワと腰まである長い黒髪を浮かせて、睫毛をパチクリとさせていた。先生たちに色々あったのに、冷めてるんだろうか?
それから、俯いて腕組みして溜め息ついてた轟さんが、バッと顔を上げたかと思うと──風が吹いて背中のポニーテールが揺れた。
森の空気が少しヒンヤリとして来て、空の色もだんだん色褪せてる。黄昏時が近い──。
ホログラムのような宙に浮く端末機みたいな画面の中で、先生たちが、樹海の神様ことモリリンと何か話をしている。こっちじゃ、目を閉じた川岸教頭先生の幽体が、太い樹の幹に腕組みしてもたれ掛かったままだ。
「色々あるよね。先生たちだって、人間だもんね」
「ピピ郎先生も、人間なのか?」
「アンタは、うるさい! 人間でしょーが……」
「私も、泣くような感情、取り戻したい……。なんだか、薄い……。うらやましい」
やっぱり、先生たちのことは、僕らの気持ちみたいなのを少し揺り動かしてたみたいだ。
色々、引っかかるよね。そりゃぁ……完全無欠みたいな白銀先生だって泣いちゃうんだもん。
轟さんだって、幽霊女子の南さんだって、やっぱり──。ううっ。なんか、ちょっぴり切ないや。
その時──。
そっと、南さんの手が僕の手に触れていた。大きな黒い瞳と長い睫毛をパチクリ!とさせて、僕を見つめる南さん。
そうだ……。南さんが言ってた「恋人になれば良いじゃん」って言葉が、ずっと引っ掛かってたんだ。まさか、まさかね……。
そう想ってたら、南さんの指先の力が僕の手に強く伝わって来た。想わず僕もそれで──南さんの指先に応えるようにして。って、え?
轟さん? 轟さんが、僕を見てる?
隣にいる南さんが、僕の手を握り返していて、それを轟さんが見ていた。風が吹いた。森の木の葉がザワめく。
「まぁ、色々あるけどよ! 先生たちも俺たちも、これからだぜっ! な、赤羽っ!!」
「う、うん。そうだね、大山君。って、バッチーン!って、背中痛っ!」
「ちょ、アンタ!!」
「うっせ、轟! 白虎って呼べよ……」
「じゃ……提案。この班の中だけ、下の名前で呼ぶ? 結束力……高めるため」
なんか、雰囲気を変えようとした大山君が、想わず僕の背中をバッチーン!って叩いて来たけど。イタタ……。
な、なんだろう。大山君も、なんか、先生たちのこともそうだけど、さっき僕が感じたこの班の微妙な空気みたいなのを大山君も感じ取ったんだろうか? 意外に鈍感なフリして、大山君は……。
いつも、大山君のこと「アンタ」って言う轟さんに対して、「白虎って呼べ」。ま、まさか。
だけど……一瞬、大山君も、僕の背中を叩いた後、寂しそうな表情で俯いてた。
それから、南さんが「結束力」の名のもとに、下の名前で呼ぶことを提案した。南さんの前髪が風に揺れるようにフワリと身体を浮かせて、木もれ日のような笑顔を見せた。南さんが小悪魔っぽくて──。轟さんの表情が、驚いたように固まっていた。それで、大山君も、俯いてた顔を上げた。みんなの目が、この班全員の四人の目を見て、時が止まったように風が流れた。
『鬼ごっこ、ダァァァァー!!』
仕切り直しのような、二回目の声とともに。
宙に浮くホログラムのような端末機の画面に見えた森の神様ことモリリンの姿。
それは、僕らの耳もとのデバイスにも響いて──。僕らは、ようやく動くことが出来た。
たくさん、散り散りになったモリリンのクリオネみたいな小さな分身体が、瞬きする内に消えて行く。
そう言えば、神社で相撲を取るとかって、神事のひとつで。
鬼ごっこも、神様を喜ばせるための奉納か何かなんだろうなって、頭の片隅で想ってた。
そして──、先生たちの姿も画面から消えて。ホログラム自体もプツリと消えた。
幽体である川岸教頭先生が笑みを浮かべて、僕をツィー……と、押した。お爺ちゃん校長先生の結界術で守られているのか、幽霊女子の南さんのようにフワフワと浮いてた。それは、まるで風のように。
「早く逃げなきゃ、な?」
川岸教頭先生がウィンクして──、先生自体も消えた。
『鬼ごっこ』──今から逃げなきゃ。みんなを、下の名前で呼ばなきゃ……。




