第21話。樹海④。
「川岸教頭先生! 今って、どう言う状況なんですか!」
「あぁ、そうだな、轟。詳細としてはだな──」
樹海の木々の隙間から白い雲と青空が覗いている。鳥の鳴く声が聞こえる。
けれども、僕らの合宿が始まってから、だいぶ時間が経過している。
早朝からバスに揺られフェリーに揺られ……気分が悪くなってた僕は何も食べてない。流石にお腹が空いた。みんなは、どうだろう? 幽霊の子たちは別として、他のみんなは、フェリーの中で何か食べてた気もする。
心なしか、だんだんこの青空も黄昏時って言うか夕方に近づいて来ているような色合いだ。おまけに、山の中ともあって、だんだん気温も下がってヒンヤリとして来たように想う。
そんな中、相変わらず轟さんは元気が良い。背中のポニーテールを揺らしながら川岸教頭先生に質問攻め。
まあ、さっき緊急放送で聞いた内容の確認と詳細を掘り下げて聞けるから良いんだけれど。
「轟、質問が多くて長いぜ? 要は、この後、どうすんのかって事じゃねえのか?」
「もうすぐ、黄昏時……」
腕の『猛虎変化』の変身を解いた大山君が、大きな身体で「デン!」と突っ立ったまま、退屈そうに頭をポリポリ掻いていた。
幽霊女子の南さんは、僕がしたのと同じように、青空からだんだん色褪せる空を見上げて、ポツリと呟いた。相変わらず、地面から数センチ上をフワフワと浮いている。
けれども、川岸教頭先生も、なんか薄いって言うか、フワフワと……。って、え?
「川岸教頭先生……。も、もしかして、幽霊──じゃない、幽体、ですか?」
「あぁ、そうだ。敢えて言わなかったが、まあ、気づくと思ってな?」
「知ってたしー! 言わなかっただけだしー!」
「?! だろうな! 言うまでもないぜ!!」
「今、気づいたっぽい……」
正直、すぐには気が付かなかった。
気配と言うか何というか、突然現れた川岸教頭先生に呆気にとられてたのもあったけど、存在感が川岸教頭先生そのものだったから。
幽霊の子たちと違うのは、特有のゾクリとする感覚が無い。まあ、南さんとは慣れっこだから、今さらだけど。
「南の言うように、今は昼下がりだが黄昏時まで、あと数時間と迫っている。生徒たちには、早く合宿先に到着させて身体を休めてもらいたいし、新入生歓迎会を兼ねた夕食パーティーの準備もあるが、その前に部屋の割り振りの説明など、こなさねばならない事が盛り沢山とある中、困ったことに『神隠し』などとふざけた事態に陥った現状況を……ブツブツ──」
スーツ姿に赤いネクタイを「きゅっ!」と締め直した川岸教頭先生。最初こそ笑顔で元気よく話してくれてたのに。だんだんと、先生の表情に影が差し込んで来て……。最後の方は俯きながら視線を足もとに落として、何やらブツブツと呟き出した。
「せ、せんせ?」
流石に質問攻めだった轟さんも、心配そうな表情で川岸教頭先生の顔を覗き込んだ。
何だか、幽体のはずの川岸教頭先生の雰囲気が、よく見かける幽霊の人たちのように重い。
(「──ピンポンぱんぽーん~……」)
その時、突然──。
お知らせの放送の音を真似したような、どこかで聞いたことある声が、僕らの装着している耳もとのデバイスに響いた。ピピ郎先生の声だ。
「え、エー。あー。マイクのテスト中~。マイクのテスト中~。それでは──皆さん、皆さん……。お元気ですか、お元気ですか……。え? マイクのエコーは要りません? 叶せんせ?(ドカッ!バキッ!)痛いですね?! 乱暴はよしてください、叶せんせ! あ。私、半幽体ですので痛みは無いんですがね?(も! そんなの良いから、早く説明!!)ハイハイ、おせっかちですねぇ~……」
ピピ郎先生が、先生なのに、いつものふざけた声で放送をし始めた。何か隣で、僕らA組担任の叶先生の声まで聞こえる。
「あー、失礼失礼。実はですねぇ~。ウフッ」
ピピ郎先生が何を言うのか、ちゃんと静かに聞こうとしてたのに。ピピ郎先生が、もったいぶったような感じで「ウフッ」とか笑った声の後に、マイクのようなものを奪い取る音が聞こえた。
「(ガサ、ドン! ぐえっ?!)……生徒たちの皆、元気かしら? B組担任の黒井戸先生よ? 今から話すからよく聞いて?(ちょ、夢葉! 生徒たちの羨望を浴びたいからって、キャッ!)A組担任の叶先生だよ? 私が、皆を守るから安心してねー。大丈夫だよ? えーと、えーと。何から話せば……。(お爺ちゃ、校長先生? うん、いーよ?)うぉほん! えー、ワシじゃ! 薄ヶ丘エクソシスト中学の皆の校長先生じゃ! つまりはじゃな……。心して聞いて欲しい」
何だか、ワチャワチャと。相変わらずの先生たちだ。
入れ代わり立ち替わり、マイクのようなものを奪い取る放送の主導権争いが、僕らの装着している耳もとのデバイスの向こう側から聞こえる。なんだか、これじゃあ、生徒の皆に示しがつかないって。いや、逆に安心するか……。
「(な! 楓くん?! ここは、校長であるワシの出番っ!!)(校長は黙って生徒たちを守る結界の維持に集中しててください。事態は急を要します)あー。生徒の皆。『神隠し』の原因についてだが、先生たちは現在、『樹海の主』がいる『祠』に身を置いている。ヴィシュヌヴァ先生が『樹海の主』と対話を行っている間、それぞれ幽体分離した先生たちが、みんなを今から合宿先まで避難誘導する──」
耳もとのデバイスから聞こえる、本体の川岸教頭先生の声。
僕らの目の前にいる幽体分離した川岸教頭先生は、太い樹の幹にもたれかかったまま、腕組みして目を閉じている。
ひととおり。デバイスの向こうで話し終えた川岸教頭先生が、片目をパチリと開けて──。
「──ま、そう言う事だ」
「うおっ?! 凄ぇ!! ここに居るのは、先生の分身体ってわけかよっ?!」
「だから、最初から、そー言ってるじゃん」
「『樹海の主』『祠』。強烈な霊力。試してる。先生たち必死……」
「まぁ、南の言う通りだ。強烈な霊力と磁場の影響で、担任の先生たちも手が回らん様子だ。教頭の俺は、そのサポート役だ」
先生によると──、各生徒たちを守る結界の維持にお爺ちゃん校長先生。デバイスの電波通信役にピピ郎先生。『樹海の主』との対話をヴィシュヌヴァ先生。そして、各担任の叶先生、黒井戸先生、白銀先生が幽体分離して生徒の皆を守っていて、川岸教頭先生が、そのサポート役と合宿運行の指揮を執っているらしい。
すると──。
「(あそぼ、あそぼ……)」
「(フッ……。『樹海の主』か。ただならぬ霊力。いや、神よ。私と闘え!!)」
(「ジャキーン!!」)──って……。え? 金属音? 剣? 嘘でしょ? その声は……、『白銀先生』と誰?! 『樹海の主』?!
川岸教頭先生の言葉の後に、耳を疑うような……ただならぬ気配と音が、僕のデバイスから響いて来た。
「(わっ、ちょ!! 白銀せんせ?! 相手は、『神様』だよっ?! な、何してんのサ!! あ、モリリンまで!! イヤー!!)」
「(アッハ!! オレ、モリリン! ヴィシュヌヴァ、オレ、ソノ名前、気に入っタ!! オレ、コイツと闘ウ!!)」
嘘だ。嘘だ、嘘だ、え? どうなってるの? え? ここで、待ってる僕らは、一体、どーなるの??!!
静かに樹海を吹き抜ける風が、突然、ゴォー!!──と、うねり、森の樹々を揺らした。
な、なんか、地響きまで「ゴゴゴ……」って。え? 嘘だ……。
生命の危機を感じる。樹海全体が震えていた。ま、まだ、幽霊さんには、なりたくないかな。アハハ……。
(ガーガー、ピー……)
──今度は、耳もとに変なノイズ音がして。
デバイスだけでなく、ピピ郎先生オリジナル端末機の画面から、巨大なクリオネみたいな半透明のムニムニしたダルマさんのような姿が……。『樹海の主』だ。
ホログラムのように宙に映し出されている。画面からはみ出るくらいに。
「(あー、ピピろー、それ、貸せ)」
「(え? いや、ちょ! あなた、何するんデス?! 『神』とて、許しがたい……ぐえっ?!)」
つぶらな二つの点みたいな黒い目。けど、赤く広がる大きな口。それ以外は雪ダルマみたいな体で半透明。
大きな巨大な身体をしたクリオネみたいな『樹海の主』が、ピピ郎先生を押しのけて、画面と白銀先生の前に立ちはだかっていた。
「(どうした? 私と闘え……。『樹海の主』よ)」
「(バカなヤツ。本気にしたか? 『神』であるオレが、人間であるオマエと闘ウわけネーじゃん?)」
「(くっ!! 舐めるな!!)」
背中に背負われた銀の大剣を引き抜く白銀先生。
青色のC組のジャージ服に、白銀先生の金色のような長い髪の毛が、身体から噴き上がる霊力に揺れていた。その構えられた姿からは、目には見えない剣技か何かが放たれようとしていた。
その、瞬間──。
(──ガッっ!!……)
「(な、何をする!! 叶先生!! 離せ、離さぬかっ!!)」
「(ダメだよ。白銀先生。戦闘より生徒だよ?)」
「(好戦的なのは、同感。けど、『樹海の主』様は『神様』だもの。愛されたいわ)」
「(キャーッ! もうっ! なんで、霊力や魔力に当てられると、見境なくなっちゃうかな! しろがねっちはサ!!)」
「(ククク……。悪魔、いや、失礼。『樹海の主』よ。私、ピピ郎の自撮り専用端末機を奪われた暁には、いかなる『デス』を与えて差し上げようかと想いましたがね?)」
「(わ、ワシの出番が……)」
先生たちが、白銀先生を取り押さえるように──馬乗りになっている姿が、ホログラムの画面越しに映し出されていた。
ま、まったく……。山全体が揺れてるってのに、樹海に放り出された僕らは、一体どうなるのってわけサ!!
僕のワナワナ震える手に、南さんの指先が、そっ……と触れた。
「大丈夫、だよ? 赤羽くん……」
「え……?」
南さんが、クイッと川岸教頭先生の方に指先を向けると──。
再び、目を瞑った川岸教頭先生が腕組みをしたまま、今度は、宙に浮かぶホログラムの画面を指差した。『樹海の主』の前に、スッ……と立つ川岸教頭先生の姿が、そこにはあった。
「(すまない。『樹海の神』よ。『神』──『モリリン』の名に掛けて、生徒たちを守ってやって欲しい。『神隠し』の理由を聞かせてくれないか?)」
「(フン! 軽々にものを申すなじゃん! けど、オレは、童が好きじゃん? オマエらの霊力気に入った!! いっぱいもらって、歓喜!! 久しぶりの美味っ!! 中には、クソ不味い魔力ヤローも居たじゃんがな?)」
一瞬、黒井戸先生とピピ郎先生が、ピクリ!──と、動いて顔を見合わせていた。
「私かしら?」とか「『デス』に値する」とか、なんか、そんな小さな声が、デバイスから聞こえた。
「(童大好き!! ワハハ! ワラワラじゃん?!!)」
「(──つまり、生徒たち及び一部の教師を除く者たちから、良好な霊力をたくさんもらえて、嬉しかったと? で、食後のデザートとして戯れを?)」
「(そゆことじゃん?)」
それから──。
大きな赤い口を開いたクリオネみたいな雪ダルマ──『樹海の神』こと『モリリン』が、大きく息を吸い込んで、竜巻みたいな風を吐き出して叫んだ。
「(鬼ごっこ! ダァァァァーーーーー!!)」
耳もとのデバイスから、ぐわんぐわんするぐらいに。バカデカい『モリリン』の声が響いて来て、轟さんも大山君も、幽霊女子の南さんまで、耳を塞いだ。
僕は、ヘナヘナと、その場にへたり込んでしまった。
鬼ごっこって。体力ないよ……。お腹減った。喉が渇いた……。




