旅
俺はシャオユエに本を読み聞かせていた。
本当なら、シャオユエだけでも読めるのだが、どうも彼女は俺に読んでほしいようだ。
シャオユエは物語が好きだ。
エーテル工学の卵が物語好きというのも変わっているが。
シャオユエとしては甘えたいのだろう。
それに俺も甘えられて嫌ではない。
「なあ、シャオユエはアスカのことが好きか?」
「アスカお姉ちゃん? うん、好き」
「そうか。いろいろと教えてくれるか?」
「うん、いろいろと教えてくれる」
「ティエンマーはアスカお姉ちゃんが好きなの?」
「え!? それはあ……」
俺は照れた。シャオユエはストレートに聞いてくる。
俺もアスカのことは嫌いではない。
ただ、好きかと言ったら、まあ好きなんだろう。
アスカとは友人以上、恋人未満の関係だ。
この関係を変えるには相当な、苦労が必要だろう。
「ティエンマーはアスカお姉ちゃんと結婚するの?」
「ええ!? なんていいかな……」
シャオユエは純真だ。だからこんなことをはすかしくもなく聞ける。
困った。どう答えればいいんだろう?
正直、アスカと結婚したという想いはある。
ただ、いくらシャオユエでも答えられないことがある。
そもそもシャオユエに行ったら、この子からアスカに伝わるかもしれない。
それはまずい。
アスカは俺のことをどう思っているんだろう?
「いろいろとあるんだよ。今すぐに答えは出せない。シャオユエ、少し待ってくれるか?」
「うん!」
花のような笑顔でシャオユエが答える。
まったくこの子と来たら。
「テンマ、帰って来たのか?」
「? 父さん?」
そこに現れたのはクウマ・イカズチ。
俺の父だ。
俺にとっては剣術の師でもある。
パンツァー持ちでもある。
「今、話せるか?」
「シャオユエ……」
「私はいい。ティエンマーは行って」
「ありがとう。この埋め合わせはするから」
「ん、期待してる」
「で、なんだい、父さん?」
「うむ。前々から考えていたことだ。武者修行の旅に出るという件だ」
「ああ、その件ね」
「おまえも野盗と戦っているだけではこれ以上強くなれんだろう。一人の剣士として修行の旅に出るべきだ」
これは前々から決めていたことだ。
俺は今よりもっと強くなりたい。
一人の剣士として剣術を磨きたい。
そのためには修行の旅に出る必要がある。
これは剣士としての問題だ。
レジスタンスの一員としても問題じゃない。
「それは俺もいいけど、いいのかな? 俺たちがこの艦を離れて?」
「コンノの許可は得ている。ラ・リベラッツィオーネはレジスタンスベースに戻るつもりだ。私たちは心置きなく旅に出られる」
「そうなんだ。ならいい。で、いつ行くんだ?」
「できるだけ早い方がいい。できれば無駄な時間は持ちたくない。明日だ」
「明日!? それも急だな?」
「出発前のあいさつはしておくといい。私の方の準備はできていいる」
「わかったよ。俺も準備をしておく」
こうして俺の武者修行の旅が始まった。
とはいえ、何も声をかけないで出発はできない。
シャオユエやアスカには話をしておかないとな。
「シャオユエ?」
「何、ティエンマー?」
「しばらく、会えなくなりそうだ」
「え?」
「俺は修行の旅に出る。父さんといっしょにね」
「それってどれくらい会えないの?」
「わからない。半年か、一年か、それとも二年か……」
「……!」
シャオユエはそのままいなくなってしまった。
これ以上聞きたくなかったのだろう。
「やれやれ……」
「テンマ?」
「ああ、アスカ」
「どうしたの? シャオユエが走って行ったわよ?」
「ああ、そのことなんだが……」
「?」
「俺は父さんと武者修行の旅に出ることにした」
「ああ、それでシャオユエがいなくなったのね?」
アスカはこの話題から納得したらしい。
アスカは俺が剣士として高みに至りたいという想いを知っている。
「テンマはいないとさびしくなるわね……」
「アスカ……」
こんな時どう言ったらいいんだろう?
アスカを安心させたい。
ただ、その言葉が出てこない。
「すまないな。俺もできればアスカのそばを離れたくないんだが……」
アスカは力なく笑った。
アスカもわかっているのだ。
アスカは俺の想いを尊重してくれる。
「それで、出発はいつ?」
「明日だ」
「明日!? ずいぶんと早いのね……」
「まあ、父さんは強引だから……」
「テンマは今以上に強くなりたいのね?」
「ああ、俺はまだ未熟だ。一人の剣士として、もっと剣の道を極めたい。それが俺の希望だ」
「そう……」
アスカは俺に抱きついてきた。
アスカの髪からほのかな香りが発する。
う……ドキドキする。
俺とアスカの出会いはアスカが帝国軍の追撃から逃れた時にさかのぼる。
アスカたちは優秀なパンツァー研究者だった。
帝国はそれを理解していたのだろう。
アスカたちはレジスタンスを目指した。
アスカたち、優秀な頭脳が流出すれば、帝国にとって脅威となる……そう考えたのか、帝国は最悪アスカたちを殺すつもりだった。
俺たちはアスカたちに接触し、アスカたちを保護した。
それ以来、アスカたちはレジスタンスにいる。
「ほう……これはこれは……場違いなところに出くわしてしまったかな?」
俺とアスカは離れた。
「リョウタロウ博士……」
「お父さん……」
この人はパンツァー開発の権威で、レジスタンスの研究部長リョウタロウ・イザヨイ博士だ。
この人はパンツァーの専門家と言える。
いわばパンツァー工学博士だ。
「クウマさんから聞いたよ。修行の旅に出るんだってね」
「はい、明日出発します」
「あんまり、アスカを待たせることがないようにな? でないと失望されるぞ? ふっふっふ」
この人は俺たちの関係に気づいている。
それに俺たちをくっつけたくて仕方がないようだ。
とはいえ、俺にも譲れないものがある。
「わかっています。できる限り早く切り上げてきますよ」
「よろしい。それでは君の新型パンツァーに期待していてくれたまえ」
そう言うと博士はいなくなった。
俺は再びアスカに向かいなおる。
「いいのよ? 私はわかっているから……テンマは自分の道を歩んで」
「ごめんな。これは俺にとって絶対に譲れないものなんだ」
俺はアスカを抱きしめた。
アスカのぬくもりを俺は感じる。
アスカの体は何て柔らかいんだろう。
俺は次の日、母艦から出発した。
シャオユエとは仲直りした。
さて、では修行の旅に出ますか。




