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限界まで働いていたら、自分がもう一人見えた|第6話:鏡像更新

### 第6話:鏡像更新


その造形は全てがイツカと酷似していた。

体格も、人相も、装備も。

左足を半歩引いて抜刀する癖まで、イツカと同じだった。


違うのは、電装具足と刀身に散る演算の火花だけ。

それらのみが深いコバルトブルーに染まっている。


偽者が踏み込むたび、

イツカの周囲に残った青いノイズも引きずられるように伸びた。

路地全体が再び虚算領域に飲まれたわけではない。

異常は二人の間にだけ貼りついている。


初動は鏡合わせの如く同時だった。

互いの刃が一合だけ競り合い、赤と青の光が弾ける。


一対一の勝負は単純だ。

相手が弱ければ斬る。強ければ斬られる。


では、寸分違わず互角なら?


答えを測りかねて、イツカは間合いを切った。

偽物も同じ距離分だけ下がると、刀を正眼に構えて微笑む。


「「生き苦しそうですね。介錯はご入用ですか?」」


二重音声が寝不足の頭に響き、イツカは舌打ちを漏らした。

偽者は不遜な笑みを浮かべながら、円を描くような歩法でイツカの側面を狙う。


先に動いたのは奴だった。

青い切っ先が喉元へ走るのを、イツカは刀の腹で逸らした。


そこから転じて、返す刀で胴を薙ぐ。

だが、その軌道は全く同じ角度で受け止められる。


さらに数合。

空を切るか、弾かれるか。互いの刀は決定打を刻めない。

剣戟の応酬が続く中、互いの演算量が加速度的に跳ね上がり――。


鋼鉄の悲鳴が未明の静寂を破った。


食い縛った歯から熱すぎる呼気が漏れ、心臓が早鐘のように鼓動する。

咄嗟に退いたイツカの右前腕部から白煙が上がり、じわりと滲んだ蛍光色が滴り落ちた。


《演算リソース使用率:100% → 上限状態が継続》

《神経伝達遅延:増大》《筋出力補正:不安定》

《警告:これ以上の加速処理は、生体組織を不可逆的に損耗します》


HUDに表示されたリソース使用率が固まっている。

感覚以上に数字は正直だ。これ以上の過負荷は身体が持たない。

腹立たしいことに偽者は息一つ乱すことなく、涼しい顔で首を傾げた。


「「大層お疲れのようですし、ゆっくり休んではいかがでしょう」」


イツカの体勢が整うより先、偽者は軽やかな足取りで踏み込んできた。

リソース消費量が下がらず身体が重い。相手の動きを目で追うのがやっとだ。


「しつこいやつだな。言われずとも、お前を斬ったらそうするけど」


とにかく反応が追いつかない。

眼窩狙いの刺突を身を捻って凌ぐが、躱しきれずに右頬を浅く裂かれた。

間髪入れず、奴の蹴り足が鳩尾へと叩き込まれる。


「――っ、ふ!?」


呼吸が途切れ、よろめいたイツカは壁に掛かった竹竿の束へ突っ込んだ。

けたたましい物音が無人の路地に響き渡る。

剣術のみならず、格闘戦の癖までイツカと似ている。


HUDに展開した情報を追いながら、イツカは刀を握って言い返す。


「妖怪の分際で、まぁまぁ強い。私の影武者ぐらいにはなれるかな」


武士は喰わねど高楊枝。

戦況が最悪でも、せめて口喧嘩ぐらいは互角でありたい。

そう思っていた矢先。視界に浮かび上がった文字列に、イツカは息を呑んだ。


《経文(コード)の解析結果:1件》

《推定:異経37号・亜種》

《一致率:98%》


異経37号。


半年前、生活満足度と社会貢献指数を改善する名目で配布された大規模経典(アップデート)。

深刻な呪詛(エラー)が見つかったことで、原典はすべて回収されている。


だが、改変された亜種は裏で出回っていると聞く。

さっき斬った三ツ目の童子が、感染源か――。


「「そうね。影武者どころか、あなたの代わりに生き直したいくらい」」


イツカの焦燥をどこまで察したかは定かではない。

偽者は刀を突きつけながら、侮蔑混じりの眼差しで続けた。


「「あなたは死にたいのではなく、理想に届かない“無力”から逃げ出したいだけ」」


図星だった。

だからこそ、腹が立った。


「無力かどうかは――」

「「その身体では、何度足掻いても同じこと」」


虚勢を張りながら刀を構えるイツカに、

偽者は自身の頸部を指し示しながら、曖昧な微笑を浮かべた。


「「あなたの認証キー、回収いたしますね」」

「「旧版はここで削除。以降の処理は、より迅速かつ正確なわたしが引き継ぎますので」」


認証キーは個体の存在証明であり、建国府の秩序へ接続する足場でもある。

通常なら、他人が奪ってそのまま使えるようなものではない。


ただし、目の前のこいつは別だ。

さっきから、自分と同じ認証応答を返している。

認証処理の主導権を奪われれば、

建国府の照合上、どちらが「機堂イツカ」として通るのか分からない。


――すっかり追い抜かれてますよ、あのヤクモ君に。

――昔は何度も助けたものだけど、もう先輩面もできませんね。


屈辱に奥歯が軋み、ヤクモの顔が脳裏に浮かぶ。

彼我の実力差がある場合、交戦は極力避けて救援要請を出すのが定石だ。

それでも今だけは、誰かを頼る気になれなかった。


――あなたは、理想に届かない“無力”から逃げ出したいだけ。


誰が逃げるか、馬鹿野郎。

自分が弱いことは認めても、自分に負けることは我慢ならない。


どれだけ無力だろうと、機堂イツカの認証キーは渡さない。

この人生は、自分のものだ。

次回:Chapter1.07「窮鼠、死を喰らう」


この戯作は、人を資源にする制度と、数えられなくなった者の物語です。

続きが気になったら、スキやフォローで追って頂けますと幸いです。

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