葬儀の前に、忘れてませんか?残務処理|第二話:滲出液
休む間もなく、HUDに次の目標が表示された。
イツカが所属する妖狩改方は、二十四時間三百六十五日、例外なく稼働する。
川べりに生えた木の陰から、河童の姿が垣間見えた。
流れ込んだ不正な経文によって、水の流れが逆方向にスクロールしている。
イツカは舌打ち混じりに抜刀すると、妖を頭頂部の皿ごと断ち割った。
脳天から飛沫を噴出させる姿は、さながら花の咲いた胡瓜のようだ。
一瞬の間を置き、川へ転落した残骸が水柱を立てる。
碁盤目のように設計された都の北東。
「心艮町」と呼ばれる掃き溜めの如き一角が、イツカの担当範囲だ。
恨み町、という別名は誰が言ったか。
治安は都でもワースト一、二位を争う区域。
妖怪が出没するのも日常茶飯事だ。
戦闘ログの送信中に割り込みが入った。
送信元は妖狩改方の長官・猿股ゴリョウ。
HUDの白いインターフェイスにお馴染みの選択肢が浮かぶ。
《業務指示:「弥栄サクジ」の残務を担当する》
《一. 承知しました》
《二. 至急対処します》
《三. 完了しました》
吐き気がする。このやりとりに意味などない。
選ばせることで部下の意思を尊重しているという、上層部の建前と自己満足。
言い換えれば、選択肢にない声は黙殺するということである。
『返事は迅速に』
六十秒後。回答を保留していると、機械的な催促が届いた。
上司と隣人は選べない。
舌打ちを飲み込み、一番マシなものを選択する。
《一. 承知しました》
サクジが飛んだことにより、イツカの仕事量が増えた。
これは稼働時間に計上されない無償の奉仕。要するにサービス斬業だ。
他の仲間も自分の激務で手一杯。応援は一切期待できない。
「なんで死ぬんだよ」
自分の斬業が終わらなくなったことで、嫌な愚痴が漏れた。
純粋に彼を悼んだ言葉ではないことに、自己嫌悪が纏わりつく。
疲れた。
止まりたい。
それが無理なら――自分も死にたい。
靴底が0と1の腐泥に粘つき、セルリアンブルーの鮮やかな足跡を残す。
辞めればいいという声は聞き飽きた。
それが許されるのは、ここ以外に行き場のある者だけだ。
機堂イツカは武者の生まれ。
刀を握る以外の生き方を、まともに教わったことがない。
建国府に仕えたのは食うため、そして名を上げるため。
尤も、今やそれすらどうでもいい。
『処理落ち事故、前月比2.1%増加』
『辻斬り多発。警備アルゴリズムの更新をお忘れなく』
『妖怪の結婚詐欺に注意。狙いは配偶者から連れ子へ巧妙化』
絵巻型の電光掲示板に、最新のかわら版が流れていく。
ここ数年、妖怪の報告件数が増えた。イツカの仕事も増えた。
しかし、人員が補充されることはない。
効率を落とせば、今度は猿股の評価が下がる。
彼は余剰を無駄なコストとして嫌い、恐れていた。
心艮町の路地は狭く複雑に入り組んでいる。
サクジの担当範囲を見回るうち、異形の一団と遭遇した。
突破以外の道はない。
《対象:破損》《照合中……》《競合》《破損》《更新停止》《照合中……》
《認証期限:超過 → 廃棄許可》《呪詛警告:異経37号 → 廃棄許可》
HUD上でタグが犯歴のように瞬く――前方の六体全て、妖怪。
抜刀したイツカは、吼えながら一団へと突っ込んでいく。
袈裟切り、左薙ぎ、逆風。
踏み込みに膝が笑い、刀を振るえば肩が軋む。
それでも太刀筋だけは乱さない。武者とはそういうものだ。
黄色や緑、赤や青。
鮮やかな残骸が宙を舞う。
それらはドぎつい蛍光と共に崩壊し、クラッシュダンプとなって散逸する。
彼らとて元は無辜の市民だった。
呪詛などの外的要因により、致命的な欠陥が生じた者。
あるいは認証キーが更新できず、不正なアルゴリズムに認定された者。
こうした非正規の存在が生き続けるには、他者から演算リソースを奪うしかない。
彼らは妖怪と呼ばれ、それを処分するのがイツカたち妖狩改方というわけだ。
《対象:処分完了》
淡白な記録がHUDに浮かぶ。
イツカは息を整えながら、足元に散ったアルゴリズムの断片を一瞥した。
照準が定まり、該当のログが読み出される。
《認証キー未検出:最終照合日/37日前》
何らかの理由で認証キーが欠落し、妖怪と化した者らしい。
やがて、その断片も風に溶けていく。
刀を納めたイツカは、次の座標へ足を向けた。
妖狩改方に明るい材料など一つもない。
それでも、他に行くところなどない。
斬っても、斬っても、妖怪は減らない。
どんなに疲弊しても、稼働を止めることは許されない。
結果、16進数の屍が積み上がるばかり。
心艮町の北端。
古い蔵が軒を連ねる細道に差し掛かった時、空気が変わった。
足元の石畳が微かに揺れている。
ゆれというより、ずれだ。
現実の継ぎ目が数ミリ単位で食い違っていく、特有の感触。
《演算圧:臨界域》
《虚算領域:顕現確率87%》
HUDの縁が赤く滲み始めた。
次回:Chapter1.03「虚算領域」
この戯作は、人を資源にする制度と、数えられなくなった者の物語です。
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本作品はnote、カクヨム、Tales等でも掲載しています。




