激務で同僚が壊れた。介錯した|第一話:介錯
死にたい――。
どれだけ強く願おうと、斃れていくのはいつも他人だ。
高輝度の毒色に染まった、深夜の大太鼓橋。
和紙のような月の下、彼女――イツカは欄干から乗り出して胃液を吐いた。
やがて水路の表面に、紫~緑の蛍光グラデーションが浮き上がる。
通行人を記録する、結界仕込みの大鳥居。
至る所に設置された、監視用のカメラ灯籠。
建国府の都は今宵も通常運転だ。
橋の支柱には、復元不能になった文字化けが苔のように滞留している。
密かに垂れ流された違法ログの残骸と噂されるが、真相は定かではない。
見飽きた景色。
溶けたデータが淡い光を纏い、歩くたびに残骸が靴底へと纏わりつく。
口元を拭ったイツカは、重い足を橋の終点へ向けた。
ここへ来るのは今宵で何度目か。
尤も考えたところで、他に行く場所などない。
目的の座標に辿り着いた時、HUDの照準が猫背で痩身の甲冑武者を捉えた。
そこに居たのは、交代を予定していた同僚。
イツカの視界に赤文字で命令が走る。
《対象「弥栄サクジ」:破損 → 廃棄許可》
時間が凍った。
照合表示の下で彼の認証キーが弱々しく点滅している。
「まだ、帰れない……妖怪が、残ってる……」
彼は抜き身の刀を手にしたまま、虚ろな呟きを繰り返している。
落ち窪んだ右の眼窩から、どろりとしたエメラルドグリーンが零れ落ちた。
「一体でも……多く、……成果を出さないと……」
差し込まれた命令に続き、選択肢が展開した。
《業務指示:「弥栄サクジ」の廃棄》
《一. 承知しました》
《二. 至急対処します》
《三. 完了しました》
どれを選んでも結果は等しい。
要するに、四の五の言わずに介錯しろというわけだ。
口元に滲んだ胃液を手の甲で拭いながら、イツカは告げる。
「サクジさん、刀を下ろして。照合はまだ切れてない」
選択肢に触れないまま、半歩だけ前へ出る。
橋の幅はおよそ五メートル。
イツカの後方、二歩先はもう欄干だ。足場は広くない。
彼からの応答はない。
代わりに片方だけ残った眼が、獣じみた正確さでイツカの喉元を見据えた。
「……月末の、首が……足りない……!」
夜空を泳ぐ雲が、月の光を遮った。
うわ言混じりに繰り出される刺突を、横方向へ軸をずらして凌ぐ。
駄目か――。
立ち込める蛍光色の臭いにえづきながら、イツカは脇差の柄を握った。
《kill/斬》
HUD上で命令が赤く点滅する。
身を低くして、踏み込みながら距離を詰め、サクジの懐へと潜り込む。
《業務指示:「弥栄サクジ」の廃棄》
《一. 承知しました》
《二. 至急対処します》
《三. 完了しました》
回答を急かすように、例の三択が展開する――黙れ。
相手の胴体に腕を回したイツカは、その横をすり抜けながら反転。
抱え込むように背後を奪って、動きを封じる。
その瞬間、至近距離で彼の呟きを聞き拾った。
「……長官、今月のノルマが……必ず……すみません……」
諦めと怯えが混じる声。頼むから、黙ってくれ。
上司でもない自分に、ノルマ未達成を詫びられても困る。
「お疲れ。後は片付けておくんで、ちょっと休んできてください」
「月末には……」
「大丈夫、間に合う……もう、働かなくていい」
囁くと同時に刃を走らせ、装甲の継ぎ目へ潜り込ませた。
相手の表情を見られず、イツカは俯いたまま手元に力を込める。
電装具足が崩れるように軋む中、どこか穏やかな声を耳にした。
「悪いね。いつも、手伝わせて――」
……もういい。
ずぶり、と。
停止した同僚の体重を感じながら、刃を引き抜く。
狂彩度のデータが圧を伴いながら吹き出し、辺りの闇を彩った。
脱力したサクジを抱えたまま、イツカは頸の後ろに刃先を差し込む。
彼の頚椎から抜き取ったのは指先程度のチップ。
表面には二〇桁の符号列が刻印されている。
《素体照合 → キャッシュデータ「弥栄サクジ」と一致》
AUTH-KEY: 7XP1-B46W-0YQL-C4S9-6RJK
認証キー。
この近似世界における唯一無二の身分証明。
数瞬前まで弥栄サクジが存在していたという証拠が、この掌にある。
イツカは改めて、同僚の骸へ視線を落とす。
刃を差し込んだ傷痕からエメラルドグリーンが細く滴り、首に掛かっていた組紐を染めていた。
一連の戦闘ログを提出するにあたり、報告欄に文言が自動生成される。
それを一瞥したイツカは、そっと中身を書き換えた。
《処理報告:~~廃棄完了~~ → 機能停止/認証キー回収済》
些細な違いかもしれない。それでも。
役目に殉じた者を、誰でもない故障品として終わらせたくはなかった。
「……羨ましい」
斬業から解放されたサクジの傍ら。
イツカは誰に向けるでもなく言葉を吐き出す。
都の北には黒い海が広がる。
殉職者はそこに浮かぶ陸続きの島に埋葬され、英雄として祀られるという。
ただ……それだって、死ななければ畜生以下の扱いだ。
終わりの見えない妖怪の討伐任務に従事して数年。
イツカの連続稼働時間は法定の三倍を超えているが、誰も何も言わない。
結局、生きるのも、死ぬのも、ろくなもんじゃない。
空中の大凧ビジョンに、演算リソースの逼迫警報が流れていた。
次回:Chapter1.02「滲出液」
この戯作は、人を資源にする制度と、数えられなくなった者の物語です。
続きが気になったら、スキやフォローで追って頂けますと幸いです。
本作品はnote、カクヨム、Tales等でも掲載しています。




