診断結果は「切除不能」。なお労災は下りず|第11話:櫛に至る病
それから六日。
イツカは休暇を持て余していた。
動けないほどの怪我や病気という免罪符もない。
そんな空白に居心地の悪さを感じてしまう。
剣の鍛錬以外に、趣味らしい趣味もない。
友人や家族と過ごそうにも、
故郷を離れて以来、旧知の者とは連絡を取っていない
横になって目を閉じると、却って頭が冴える。
斬業で駆けずり回っていた頃は、あれほど眠りたかった筈なのに。
休むからには、きっちりパフォーマンスを上げなくてはならない。
睡眠時間は十分だ。なのに身体はだるい。
その上、寝ても覚めても、ふとした隙間に「奴」の姿を見るようになった。
たちが悪いことに、奴は口を開けば嫌味ばかり。
それもイツカが気にすることに限って指摘する。
交換可能な部品。
必要だと囁けば満足する便利な道具。
役目を居場所と取り違えた消耗品。
殺してやろうかと思ったが、相手が幻覚では手も足も出ない。
四六時中視線を感じ、自己肯定感はだだ下がりの一途を辿る。
そもそも、建国府が理由もなく七日間の休暇を与えるなど考えづらい。
ヤクモからはバイタルサインの不調を指摘されている。
異経37号の感染疑惑について、裏で何か疑われているのかもしれない。
寝床で考え込んでいたイツカは、唐突に跳ね起きた。
つまり自分に必要なのは、休息ではなく治療だ。
自室を出たのは夕刻。
足を向けたのは、繁華街の外れにある非公式の闇医者である。
呑み屋や賭場がひしめく胡散臭い館の地下。
入口では煤けたネオン看板がちらつく。
建付けの悪い障子戸を潜ったイツカは、薄暗い待合室に腰を下ろした。
口コミは高評価だが、他の患者はそこまで多くない。
絡繰人形の助手が出てきて、問診票を書かされる。
自覚症状の欄で迷ったものの、素直に幻覚が見える旨を記述した。
建国府の専属医とは異なり、不利な情報が職場に流れることはあるまい。
診察室へ呼ばれ、白い作務衣姿の老人からいくつか質問を受ける。
幻覚の内容、発生時期、戦闘時の異常ログ。
順に答えていくうち、彼の眉間に皺が寄った。
「幻覚だけなら、脳の過負荷でも説明はつぐ」
皺だらけの指が端末を叩く。
「だども、おめの場合は記録が残っとる」
投影されたのは、イツカのバイタルログと戦闘履歴。
覚えのない入力、睡眠中の参照履歴、照合権限のない同期要求。
どれも短時間で消えているが、確かに痕跡がある。
「異経37XX-6329640……まちげねぇ、例の亜種だべ。
アップデートが上書きできねぐて、分がれで増えだもんが、局所的に一度外さ投影されとる」
喉がひくりと鳴った。
幻覚と言われたほうが余程マシだ。
「外に……ですか」
「おめぇ、そいつとやり合ったべ?」
老医の眼は濁っていたが、妙なところだけ鋭かった。
イツカは答えなかった。
その沈黙を肯定と受け取ったのか、闇医者は端末に指を滑らせる。
認証キーを照合して、周辺の台帳や端末に残っていたイツカのバイタルログと戦闘履歴を拾い上げる。
「普通は経文が分岐すっど、新しい方が古い方を喰っちまう。
古い本体は残らん。残るにしても、どっちか片方だ」
闇医者が端末の一点を拡大する。
一本だった認証線は途中で二つに分かれ、その先で幾筋もの処理履歴へ裂けていた。
青い軌跡は、歯の不揃いな櫛に似ている。
斬撃の軌跡。認証キーの多重アクセス。虚渡り発動時の異常ログ。
その端々に、イツカ自身のものではない応答が混じっていた。
「だども、おめぇの場合は妙だ。
外に出た形を斬った。斬らねば、おめぇが喰われでた。まぁ、そこまではええ」
いいのか。
口を噤んだ闇医者に、イツカは目配せして先を促す。
「問題はその先だ。
外の形ば壊したことで、残った処理が内側へ逃げだ。
今は、おめぇの認証キーを足場にして割り込んどる」
背筋の奥が冷えた。
自分の中に逃げ込まれた――その言い方が、ひどく嫌だった。
淡々と言い切った老人に、イツカは声が震えそうになるのを堪える。
「こいつは妖怪ですか?」
闇医者は端末の投影を消し、首を振った。
「妖怪なら楽だ。斬ればええ。
これはおめぇの形を使って、おめぇの中に居場所を作っとる。
外敵でもねぇ。幻覚でもねぇ。かと言って、おめぇ自身とも言い切れねぇ」
言い切れないもの。
その曖昧さは、建国府が最も嫌う類の存在だった。
「治せますか?」
「完全には無理だべな。切り離すにせよ、もう深ぐ絡んどる」
闇医者によれば、分岐直後であれば結界経文を適用できたという。
だが、既に侵食ログは深く絡み、切り離せる段階を過ぎていた。
彼は諭すような口調で告げた。
「少なくとも今の建国府の照合じゃ、おめぇ側が正規として通っとる。
だどもな、妖怪ってのは『人の心ぁ生み出す』んだ」
地下階段を上がって診療所を出ると、すっかり日が暮れていた。
大通りの絵巻型看板ビジョンに、演算リソースの逼迫注意報が出ている。
『本日、亥の刻から寅の刻まで、都全域において演算資源が不足しています。
所により虚算領域の発生も予測されています。不要な外出はお控えください』
今宵も魑魅魍魎が出るという。
自分が不在の職場は回っているだろうか。
――現場を知らない者ばかりが、人の損耗を数字で処理する。
――なら、現場を知る者が上に行くしかありません。
そう言ってくれたヤクモの力になりたい。
妖狩改方の屯所は橋を渡ってすぐだ。
少しだけでも顔を出そうかと足を向けた矢先。
橋の袂。
行き交う人に紛れて、イツカと同じ姿形をした影のない女が佇んでいる。
素知らぬ顔ですれ違おうとするイツカに、女は言葉を発した。
「「休みの日も任務の心配なんて、哀れを通り越して滑稽ね」」
「責任感の現れと言って欲しいな」
「「しんどいと言いつつ、必要とされれば嬉しくなる。
それは責任感ではなく、役に立つことでしか自分の価値を確かめられないだけでしょう」」
この野郎。
拳を作りながら向き直ろうとするも、その姿はない。
一拍置いて、斜め後方で灯る石灯籠の陰から青い輪郭が歩み出る。
「「理解が追いつかないようですね。
わたしはあなたの外敵でも、単なる妖怪でもありません」」
ふざけやがって。
人のアルゴリズムを侵食しておいて何を言うか。
なのに、HUDの表示は異常なし。それがかえって気味悪さを増長させる。
「「侵食? わたしは外から来たのではありません。
あなたがずっと目を背けてきたものが、形を得ただけです」」
考えを読まれ、緊張に喉が引き攣った。
イツカの拳を包むように、側面から奴の掌が覆い被さる。
鈴のように涼やかな声が耳元へと流れ込んだ。
「「逃げたところで終わりませんよ。
これから先、あなたがどこで何を選ぼうと、わたしはそこに居ます」」
奴の姿は既に無い。
――妖怪ってのは『人の心ぁ生み出す』んだ。
夜の街は、何事もなかったように喧騒が続いている。
立ち尽くすイツカの胸中で、闇医者の言葉が幾度も反響していた。
次回:Chapter1.12「回収処理」
この戯作は、人を資源にする制度と、数えられなくなった者の物語です。
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本作品はnote、カクヨム、Tales等でも掲載しています。




